半人半魔のデビルハンター   作:ピーターソン

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児戯と神技

 『悪魔祓い(エクソシスト)』と呼ばれる存在が居る。

 エクソシストと言われてまず頭に浮かぶのは、黒い修道服に身を包み首からロザリオをぶら下げた壮年の男性だろう。広義的にはそれも正解だが三大勢力の一つである『天界』、そこに属するエクソシストはそれとは変わった趣を放っている。

 天界のエクソシストは光の洗礼を受けた武装を身に纏い、教会や熾天使の命を受けて悪魔や堕天使、魔獣などを討伐する、いわば教会の尖兵だ。人間でありながらも高い身体能力を持つ彼らは凡そが敬虔な信徒であり、神や教会の御名の下でしか力を振るわない。

 

 しかしどこにでも例外は存在する。彼らエクソシストの中には、私怨や欲求のために虐殺を行う者、果ては信仰が狂信へと変化し、同じ信徒をその手にかける者まで居る。もちろん上位者たる教会がそれを見過ごすはずもない。そういった問題を起こしたエクソシストは例外なく異端審問にかけられた後に追放される。

 そうして晴れて教会という檻から放たれた彼らは、世界各地で思うままに力を振う。

 教会を離れたエクソシスト。彼らは俗に『はぐれ悪魔祓い(はぐれエクソシスト)』と呼ばれる。

 

 そして色素の無い白髪に白い修道服を来た少年、フリード・ゼルゼン。彼も『はぐれ悪魔祓い』の一人だ。

 

 月のない、墨を流したような夜。閑静な住宅街の一角に位置する一軒家の目の前、そこにフリードは居た。

 

 ツイてない。彼はここ最近、心のなかでそう呟くことが多い。フリードがそう思う10割方の理由は、彼の上司に起因している。

 彼の上司である堕天使達の機嫌が、ここ最近すこぶる悪い。そしてそのとばっちりがフリードにも振りかかるのだ。

 

 上司たちの不機嫌の原因は恐らく二つだろうとフリードは予測している。まず一つ目は、神器保有者を排除するために町に出ていった上司の一人、レイナーレが翼を撃ち抜かれて無様に帰還した事。そして二つ目はその翌日に違う上司――ドーナシークが行方不明となって帰ってこないこと。それらがフリードの上司たちの機嫌を悪くさせている。

 

 当の上司たちは不足の事態に慌てに慌てた。行方不明のドーナシークは未だに見つからず、翼を撃ち抜かれたレイナーレなど、怨嗟を隠そうともせずに辺りにわめき散らしていた。

 

 そんな経緯で今、彼らの詰所の廃教会にはピリピリとしたムードが漂っている。だがしかし、フリードにとっては他人事だ。自分が被害を被っている訳ではない。一応鼻では笑っておいたが、個人的には特に思う事はない。

 だが他人事とはいえ、同じ組織という枠組みの中で起きた事でもある。そのシワ寄せはフリードにも勿論及ぶ。居なくなった上司の穴を埋めるべく上司達は当然フリードにも仕事を割り振ってくるが、その量たるや半端ではない。晴れぬ鬱憤をそこにぶつけるのはやめろとフリードは言いたくなった。

 

 そんなこんなで、ここのところはフリード自身にも鬱憤が溜まっている。今日はそのリフレッシュと、新人研修も兼ねてこのお宅までやってきたのだ。

 

「そんじゃ、クソ悪魔くんと契約しちゃったクズにも劣る人間チャンにお仕置きしてあげましょうかぁ!」

 

「ひっ!」

 

 フリードは景気付けに叫んだ。すると彼の視界の隅にブルッと震える物体が映る。

 

「んあー?」

 

 怪訝に思ったフリードは、その物体の方へズイっと首をとまわす。

 そこに居たのはここ最近ですっかり見慣れたシスターだった。彼女の名前はアーシア・アルジェント。どうやらアーシアは突然叫びだしたフリードに驚いたらしい。そのせいで今にも腰を抜かしそうだ。あまりに高揚したフリードは彼女の存在をすっかり忘れていた。

 

 アーシア・アルジェント。彼女のビスクドールのような顔立ちとブロンドの髪を垂らした容姿は、まさに聖女と呼ぶに相応しい。しかしどういう訳か、こんな辺境の地に飛ばされたらしい。その辺りの詳しい事情をフリードは知らない。フリードが知っているのはアーシアが『聖母の微笑』という回復系の神器を持っているということだけだ。

 回復系の神器所有者というのは希少で、どこの勢力も喉から手が出るほどに欲しているありがたい存在だ。だが今日の仕事は一方的な虐殺。彼女を付き添わせる上司のセンスにはフリードも首を傾げる。

 

 しかし決まったことなら仕方ない。なにしろアーシアはこれから何が始まるのかを把握していないのだ。息も凍るような情景を前にして、心優しいシスター様はどんな悲鳴を聞かせてくれるのか。フリードはそれが楽しみでもあった。

 

 仕切り直しに派手にいくか、とフリードは再び高らかに叫ぶ。

 

「んでんで、アーシアちゃんも初めてのお仕事ですケドー……張り切って行っちゃいましょうかぁッ!」

 

 フリードは言葉と同時に玄関を蹴り破った。……のだが、ビクともしない。

 それもそのはず、玄関は通常、外側からしたら引き戸になっていて、おまけに頑丈だ。人並み外れた膂力を持つフリードでも、綺麗に蹴り破れるはずがない。

 

 突然のフリードの奇行を怪訝に思ったアーシアが不思議そうな顔で見上げている。これには狂人などと謳われるフリードですら若干の居心地の悪さを感じてしまう。

 

「……ザッケんなぁ!!」

 

 フリードは懐から出したエクソシスト御用達の武器、光の剣でもってドアを切り裂いた。

 

 ストレス解消のためにやって来たのに、逆にストレスが溜まってしまっては本末転倒だ。光の剣を懐にしまったフリードはズカズカと中に踏み込んでいく。傍らのアーシアはフリードに咎めるような目を向けつつも、一歩遅れてついていった。

 

 玄関を入ると細い廊下が一本、奥まで続いているのが確認できる。そしてその突き当たりにあるドアからは光が漏れ、楽しげな談笑の声が響いている。恐らくそこがリビングで、ターゲットもそこにいるのだろう。

 ターゲットはこの一軒家に一人暮らしをしているとフリードは聞いていた。なのに二人分の声が漏れ聞こえている。フリードは内心で首を傾げるが、それもすぐにやめた。今回のターゲットは悪魔との契約の常習犯。その友人ならば同罪だ。まとめて始末してしまえばいい。そうフリードは結論づけた。

 一人殺すも二人殺すも変わらない。殺すことに忌避感を覚えないフリードは、むしろ殺しを促すような哲学を持っていた。その考え方がフリードを狂人せしめた要因なのかもしれない。

 

 フリードは意気揚々と突き当たりのドアまで歩みを進め、ドアノブに手をかけて開こうとする。

 しかし後ろに誰もいない事に気付いた。

 

「んん?」

 

 先程までアーシアがついてきていたはず。フリードはすぐさま背後を振り返ると、アーシアが玄関でもたついていた。彼女はどうやらブーツを脱ぐのに手間取っているらしかった。他人のお宅に上がりこむのに土足というのは許せないのだろう。

 

 ――律儀なことで。

 フリードは内心で吐き捨てた。教会を追放されてもなお清廉潔白であろうとする精神がフリードには理解できなかった。フリードの素行は教会に所属していたころから清廉潔白とはかけ離れたものだ。故に今もここまで土足で上がりこんできた。

 同じ元信徒だというのに、なぜこうまで違いがでるのか。なぜああまでして居るかも分からぬ主の教えに殉ずることができるのか、フリードは不思議で仕方がない。

 

「けっ、くだらねぇ」

 

 吐き捨てるように言ったフリードは、アーシアを待たずにドアノブを回す。そして無駄な思考を振り切るように勢い良く押し開けた。

 

 

 ドアが開ききり、フリードの視界に入ったのは、ソファーに座る中年男性。そして対面に座った赤いコートの男だった。

 二人は酒を片手に談笑中だったようで、中年男性の方はグラスを持ったままポカンとフリードを見上げている。見知らぬ人間が自宅に上がりこんできたのだ、困惑するのも当然と言える。

 しかし対面の赤いコートの男は違っていた。彼はフリードがドアを開けても表情を崩さず、むしろ歓迎するかのような微笑を浮かべている。

 

「なんだ? おっさん子持ちだったのかよ。ならこんな夜遅くまで遊ばせちゃいけないぜ。最近物騒だからな」

 

 赤いコートの男は中年男性に向かって見当違いな話をし始めた。対する中年男性は呆けた顔のまま横に首を振っている。当たり前だ。いかにもな東洋の顔つきをしたこの中年男性から、フリードのような顔立ちの子供が生まれるはずがない。赤いコートの男もそれは承知の上だったのか、二の句を告げる。

 

「じゃあ物盗りってとこか。こりゃますます物騒になってきた」

 

 その予想はあながち外れでもない。しかし赤いコートの男はフリードを物盗りだと推測したというのに、まるで慌てた素振りを見せない。それどころか更に酒を煽る余裕すら見せつけている。

 

 その態度はフリードをこの上なく苛立たせた。このままでは気が済まない。せめて怯えきった表情を浮かばせてから全身メッタ切りにしてやらないと、この気は晴れない。

 フリードは懐から光の剣を取り出す。この光の剣は悪魔にとって致命傷になりうる武器だ。フリードはこの男の微笑も渋面に様変わりするだろうと思ったのだが、

 

OK...This maybe fun(いいね、楽しめそうだ)

 

 などと宣った。フリードは心の奥底からふつふつと苛立たしさが全身に広がるのを感じた。

 今まで彼の手にかけられた人間、悪魔は皆一様に泣き叫んで許しを乞うてきた。しかし、この男は剣を取り出したフリードを、オモチャを買い与えられた子供の如く扱っている。もはや屈辱の一言では表せないほどの怒りがフリードの内で沸き起こった。

 

 つまり、もうフリードは限界だった。

 

「余裕ぶっこきやがって、このクソ悪魔がぁッ!!」

 

 

 

 

 近頃の若者はキレやすい。ダンテはそう聞いたことがある。ダンテ自身も若かりし頃はそういった傾向があった。だから近頃の若者に共感を覚える点も多々ある。

 

 しかし、この白髪神父は度を越している。まさかいきなり切りかかってくるとはダンテも思いもしなかった。お陰でこちらは丸腰だし、先程まで陽気に酒を酌み交わしていた中年の爺さんも泡を吹いて気絶している。そういえば彼は小心者を自称していたとダンテは思い出す。

 

「仕方ねぇな……」

 

 ダンテは立ち上がると同時に呟き、両腕に魔力を込めた。白髪神父が振り下ろす光の剣を、構えた腕で受け止める。

 

「んなぁッ!?」

 

 ダンテの腕をバターのように切断する筈だった光の剣は、金属を叩き合わせたような音をあげて後方へ弾き返された。全身全霊の一閃を見事に防がれた白髪神父は、目を疑うような視線をダンテに浴びせた。しかしダンテは武器など手にしていない。ただこの両腕でもって剣を弾き返しただけだ。

 

Hey.What's up?(おい、どうした?)

 

「……な、な……な」

 

「ん?」

 

「ナメてんじゃねェぞ!! 悪魔の分際でよォッ!!」

 

 ダンテとしては労りの意味で言葉を掛けてやったのだが、白髪神父は挑発と受け取ったらしい。こういった行き違いはダンテも何千回と経験してきたので、弁解もしない。

 

 白髪神父は叫びながら幾度も剣を振るってくるが、ダンテのガードで全てが無に帰る。如何なる攻撃もダンテが腕をかざすことで、反射されるように跳ね返されていく。

 白髪神父は我を失ったかのように光の剣を振り回し、消耗と同時に剣筋も鈍っていく。

 

「パリィ! パリィ! パリィ! ってかぁ!?」

 

 狂ったように白髪神父は剣を振り回し続ける。

 何度も応酬を続ける内、ついぞダンテは馬鹿らしくなってきた。まるで児戯のような剣戟と、セットで付いてくる絶え間ない罵倒と絶叫にいいかげん辟雍してきたのだ。

 ダンテも戦闘中、高揚に身を任せて叫ぶことはあるが、この白髪神父の絶叫は聞くに堪えない。口を閉じたら剣が振れないのではと思わせるほどの多弁さには、ほとほと頭が下がる。しかしそれをダンテの目の前でやったのがまずかった。

 

「そろそろ終わらせるか」

 

 ダンテは呟き、白髪神父が大きく剣を振り上げたのを見計らい、即座に踏み込んだ。

 そして腕に魔力を纏わせる。それが生み出す作用は先ほどとは真逆。ダンテが頭の中に描くのは、圧縮ではなく放出のイメージだ。

 

 白髪神父の一閃を紙一重でかわしたダンテは、その腕を白髪神父の腹部に激突させた。白髪神父自身の余勢とダンテの推力が神がかり的なタイミングで合致し、爆発的な破壊力が生み出された。

 

「うぐぁっ!?」

 

 リングの上で紡がれた歴史ですら、類を見ないほどの完璧なカウンターが決まった。

 その威力は人の身では到底受けきれるものではなく、白髪神父は為す術なく背後の窓ガラスをぶち破って、外へ投げ出された。

 

「こりゃ不良少年の躾にしては厳しすぎたな……」

 

 ダンテとしては多分に手加減をしたつもりで、ここまで盛大に吹き飛ぶとは思っていなかった。もしかしすると無意識のうちに力んでいたのかもしれない。なにしろダンテは、自分より口数が多い人間が嫌いなのだから。

 

 内心で窓を割ったことを家主に謝罪しつつ、ダンテは窓の外を眺める。依然、月のない夜は明ける兆候を見せない。吹き飛ばされた白髪神父を見つけるのは骨が折れそうだ。

 

 その時、憂鬱な気分で外を眺めるダンテの背後で何かが動いた。

 

「ん?」

 

 もしや家主の爺さんが起きたのか。ダンテは振り返る。

 

「え?」

 

 しかしそこに居たのは金髪碧眼にシスター服を纏った少女だった。年の頃はおよそ15、6といったところで、年齢的には先の白髪神父とそう変わらないように見える。

 

 意外な来客だが、シスター服という点で、ダンテは眉をひそめる。同じ年の頃でシスターと神父だ。恐らくはあの白髪神父の仲間なのかもしれない。すっかり罵倒や絶叫が食傷気味となったダンテは、それだけの理由で目の前のシスターの口を塞ぎたくなる。

 だがいくらダンテでも、いかにも純真そうなシスター相手に危害を加えるのは躊躇する。どうしたものかとダンテが悩んでいる内に、シスターが口を開いた。

 

「あの、つかぬことをお聞きいたしますが、あなたがここのお宅の家主さんですか?」

 

 シスターは困惑顔で尋ねてきた。もしかしたらダンテを物盗りかなにかと勘違いしているのかもしれない。つい先刻、自分が放った冗談がそのまま返ってきたようで、ダンテはなんとも言えない表情になる。

 

「いや、違うぜ? 家主はそこのソファーで気失ってるオッサンだ」

 

 ダンテは依然、気を失ったままのそれを指差した。つられて家主の中年男性の方に目を遣るシスター。

 すると先程とは一転して険しい表情を作る。やがて咎めるようなその目はダンテに向けられた。どうやら少女の中でのダンテ像が、物盗りから強盗にクラスアップしたようだ。それは正しくは白髪神父の方なのだが、証明しようがない。外で転がってるであろう白髪神父を差し出したところで、余計に話が拗れるのは明白だ。

 

 またもやダンテは、どうしたものかと悩み始める。

 が、それは意外な横槍でもって打開されることとなる。

 

「こんばんわー、グレモリー眷属の者なん――ってアーシア!? ……と、ダンテさん?」

 

 脳天気な挨拶と共に、兵藤一誠が現れた。

 

 

 

 

 一誠の到来はダンテにとって意外だったが、同時に幸いでもあった。彼の存在は双方の誤解を解くきっかけとなった。

 

 金髪シスターの名はアーシア・アルジェントと言うらしい。最近この町に赴任してきたシスターらしく、右も左も分からない所をイッセーに助けられたようだ。そして今日は赴任して初めての仕事ということで、ここを訪れたらしい。仕事の内容は教えてもらわなかったようだが。

 そしてグレモリー眷属である一誠は悪魔稼業のためにこの家を訪れたという訳らしい。まさかのバッティングに一誠も驚きを隠しきれていない。

 

 悪魔とシスターが懇意にするというのもおかしな話だが、こんな心優しげな少女があんな慈愛の欠片もない神父に付き従っているのもおかしな話だとダンテは思った。しかしこれはダンテが独自の『網』で得た情報と合致する。

 

 ダンテが自身の成果を噛みしめていると、イッセーが声を掛けてくる

 

「で、ダンテさんはなんでここに来たんですか?」

 

 今まで一方的に一誠とアーシアの経緯を聞いているだけだったダンテにもようやくお鉢が回ってくてきたのだ。

 ダンテは得意げな顔で手のひらを上に向けて語りだした。一誠は「アメリカの人がよくやる奴だ!」と余計な感激をする。

 

「そこのおっさんとは昼間に初めて出会ってな。意気投合してこの家で酒飲んでたってわけだ。そうしたら、白髪の神父サマが突然上がりこんできたんだよ。ありがたい説法でも聞かせてくれるのかと期待したんだがな……逆上して斬りかかってきたんだよ。そんで止む無く撃退したってわけだ。今頃表でのびてるんじゃないか?」

 

 ダンテは事実のみを滔々と告げた。だがそうなるに至った背景については触れることはなかった。

 恒常的に人を疑う癖のある者なら、出来過ぎた偶然に違和感や不信を抱くのだろうが、ダンテの前に居る二人はそうではなかった。

 一誠はダンテの話を疑うこともせず納得気な表情を、一方のアーシアは話を飲み込んだ上で憂いを帯びた表情を浮かべている。

 

「そうですか……フリード神父がそんなことを……」

 

 消沈した様子でアーシアは呟いた。その様子からアーシアがあの神父をどう見ていたのか覗えなくもない。

 

 しかし、フリード。その名前がダンテの心の縁に引っかかっていた。はぐれ悪魔狩り稼業をしている中で、ダンテは数回その名前を耳にしたことがある。

 粗野で粗暴でイカれたはぐれエクソシスト、フリード・ゼルゼン。近年はダンテの活躍で霞みがちだが、腕事態はその界隈で有名だ。銃と剣を併用したスタイルや言動が非常にダンテと似通っているとも言われており、ダンテ同様『イカレてる』と表現されることもしばしばだ。

 

 しかし会ってみれば拍子抜け。最大の売りらしい剣の腕はまるで児戯のようで、あらゆる武器を扱う狡猾さも余裕も無い。自身に並んで例えられることもある人間の実力は、フタを開けてみればその程度だった。

 ダンテはこの事実によって、自分が周りにどの程度に見積もられているのか窺い知る。

 

「ハァ……」

 

 実力を誇示して悦に浸る趣味は無いが、毛程も評価されていないというのも中々堪える。知らず知らずのうちにダンテはため息を吐いてしまった。

 

 物憂げな表情をしたアーシアに、酷く陰々とした様子のダンテ。故知らぬ二人の気落ちぶりを前に、一誠はただただ困惑する。

 

 が、沈んだ場の雰囲気をよそに、床へ赤い魔方陣が浮かび上がった。

 

「うお!? ……あれ、これって?」

 

 一番最初にそれに気づいたのは一誠だった。続いてダンテとアーシアも魔方陣に眼を向けた。

 それはあの公園で見たものとまったく同じ――つまりグレモリーの転移用魔方陣だった。紅く煌く魔方陣の上にはいつのまにか数人の人影が鎮座している。

 

「イッセー君! 助けに――ってあれ?」

 

 魔法陣の上に勢揃いしたグレモリー眷属の一人、木場祐斗が素っ頓狂な声を上げた。はぐれエクソシストの到来を察知して駆けつけたようだが、生憎ダンテの方が何歩も早かった。

 

「よう、最近よく会うな」

 

 先程とはうって変わった表情のダンテは、待っていましたと言わんばかりの顔を浮かべる。

 グレモリー眷属は皆、呆気に取られた様相をしている。唯一、頭痛を堪えるように額を抑えたリアスだけが反応した。

 

「またあなたなのね……どうしてこんなところに居るか説明してもらえるかしら?」

 

 リアスは不機嫌さを隠そうともしない。

 開口一番で質疑に移るあたりは、土地の管理者の鑑とも言えるだろうが、ダンテに答える気などなかった。同じ話をするのは骨が折れる上に、先のようなごまかしがリアスに通用する気もしない。

 そして何より、そんな悠長な時間が無いことを、ダンテは察知していた。

 

「そうしてやりたいのは山々だが……そんな暇無いんじゃないか?」

 

 ダンテはチラリと朱乃に目を遣った。その視線を受け取った朱乃はニコリと笑って頷き、リアスに向き直る。

 

「部長、この家に接近する気配が3つほどあります。恐らくは堕天使かと思われます。しかし力量は大したものではありませんわ。ご命令とあらば殲滅も視野に入れ――」

 

「分かったわ。撤退よ、今すぐに」

 

 朱乃はダンテの意思を正しく汲み取り、報告と共に物騒な作戦を提唱し始めた。事を荒立てたくないリアスは冷や汗を流しながら早急に撤退の意思を示す。朱乃は不服そうな表情をするもそれに追従した。

 

「イッセーも無事なようだし、本拠地に帰還するわ。朱乃、ジャンプの用意を」

 

「はい」

 

 やはり、リアス達の目的は一誠の救出だった。事態が大きくなることを懸念した彼女は、このまま部室に逃げ帰る算段のようだ。

 リアスに促された朱乃は、魔法陣に向きあって呪文を唱え始める。

 

 そこでふいに一誠がアーシアに視線を向け、次いでリアスに正対した。

 

「部長! あの子も一緒に!」

 

 一誠はアーシアも連れ帰るよう懇願する。

 ただの知り合いに過ぎない間柄とはいえ、見知った相手――しかも、こんないたいけな少女を堕天使の前に晒して置いておくことが許せないのだろう。

 

「無理よ。この魔方陣で移動できるのは悪魔、それも私の眷属だけ。残念だけどそれ以外はジャンプできないわ」

 

 しかし現実は非情だった。いくら深い情愛を持つグレモリーでも、眷属という囲いの外に居る者にまで手を差し伸べることはできない。

 

 一誠は、空気が抜けたように膝から崩れ落ちる。その一誠の視線の先のアーシアは、儚げな笑顔を浮かべた。

 

「イッセーさん。また、また会いましょう」

 

 何も、今生の別れというわけではない。生きてさえいれば救いがある、再会のチャンスも訪れる。アーシアらしい考え方だった。

 その意思を受け取った一誠は、不安気ながらも頷いた。

 

 アーシアの言葉の後、朱乃の詠唱が終わり、床の魔方陣が再び紅く光りだす。

 本格的な転移の直前、周りの景色が霞み始めた時、一誠の耳が何かを捉えた。

 

「嬢ちゃんと坊主の願いは、俺がツケで叶えてやるよ」

 

 それはあの公園で、今際に聞いた声音とピタリと一致した。

 ――あの声の持ち主になら任せていい。

 なんの根拠もなく、一誠はそう感じた。波風立っていた不安と絶望は、いつの間にか消え去っていった。

 

 

 

 

 結局、グレモリー眷属はダンテが取り残される事に誰ひとりとして言及しないまま転移していった。朱乃だけが申し訳無さそうな表情をしていたのが逆に痛々しくもあったが。

 

 しかし愚痴を立てる時間的猶予もない。

 ダンテはアーシアに向き直る。アーシアは一誠との別れ際に、ダンテが放った言葉を飲み込めていないのか、困惑した表情でこちらを見上げている。

 

「嬢ちゃんは家出とかしたことあるか?」

 

「え? いえ、ありませんけど……」

 

 突拍子もなく出てきた単語に、更にアーシアはわたわたと戸惑った。

 だがダンテは構わず続ける。

 

「そりゃ問題だ。普通、嬢ちゃんくらいの年の少年少女だったら一度は経験してるモンだぜ?」

 

「そう……なのでしょうか……」

 

 今のご時世、家出の経験がある若者のほうが少数派だが、ダンテはさも当然のように話す。対するアーシアは疑う素振りも見せず、胸中で葛藤しているようだ。

 だれよりも『普通』を欲していた彼女は、そういった言葉に弱いのかも知れない。

 

「だからここらで一度、経験してみるのも悪かないんじゃないか? 家出の手伝いなら俺も経験があるしな」

 

 まるで悪人が、その道に真っ当な人間を誘いこむような文句だが、ダンテ自身がそういった甘言の飛び交う世界に身を置いていたものだからどうしようもない。

 

 それに家出という表現もあながち間違ってはいない。

 ダンテはこの少女が現在、堕天使の庇護下にある神器使いだと知っている。

 周りの期待を一身に背負って努力し、結局は周りに裏切られた『元聖女』、アーシア・アルジェント。その失意の中で唯一声を掛け、一時的とはいえ居場所まで与えてくれた堕天使たちは、彼女にとってこの上ない光明だったのかもしれない。

 しかし自分から望まず、ただ与えられただけの居場所にどれほどの価値があるのだろうか、ダンテは疑問に思う。

 会いたい相手が居る。そのささやかな願いすら理性の箱に押しとどめて、自らの役割を演じる一生などきっとつまらない。

 

 たからこそダンテは家出という形をとって、しがらみから抜け出すことを薦めたのだ。

 自身の欲望に従って、自身の手で掴み取る。それが叶ったときの心の満たされようは、言葉にできないほど素晴らしい。ダンテはそんな野性的とも言える生き方の醍醐味を、アーシアにも感じてもらいたかったのだ。

 

 もしそのための力が無いのなら、殻を破る手段すら奪われているのなら、そこにヒビをいれる程度の手助けくらいはしてやろうとダンテは思っている。

 弱者に寄り添う。その精神は、他でもない父から受け継いだ大切な誇りなのだから。

 

 ダンテの思惑をよそに、長くも短い逡巡を終えたアーシアは、顔を上げた。

 

「家出……してみたいと思います。そしてまた、イッセーさんと会いたいです」

 

 そう語るアーシアの瞳には、明確な決意が見て取れた。

 ダンテはその言葉に満足気な表情で頷いた。

 

 

 

 




パリィ、致命の流れが一般的かもしれませんが、あえてカウンターを狙っていくのがDMC流です。
この後、ちゃんとオッサンも抱えて脱出しました。

次回か次々回あたりで原作1巻は終了の予定です。
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