心なき模倣系魔法生命体が人間を理解するまで 作:プリプリ胸筋
大物冒険者クリスタの朝は遅い。
ほのかに香る優しいコンソメ野菜スープの匂いに目を開ければテント越しに太陽が燦々と輝いていた。
今日もいい天気だとあくびを漏らす。二度寝してもいいかもしれない。何やら大変な事があったような気がするがクリスタにはそんな事を思い出す気力はなかった。
ぐーぐーと鳴る腹の音がうるさい。どうやら腹の虫は主の二度寝を許してはくれないようだ。仕方がないと体を起こすと思いっきり伸びをして脱力。あぁ、そういえば冒険の途中だったなと今更テントから連想し、目を擦りながら外に出た。
差し込む陽光に思わず細めた目を開けるといつも通りの光景。
朝ごはんの用意をしてくれてるウォルターさん。
馬鹿みたいに刀を振っているラークさん。
横たわるミイラ。
今日もいい一日が始まりそうだ。にっこりと口角を上げたクリスタは忠誠心の足りない腹の虫を黙らせる為、地面に腰をつき、朝食を催促する。
無言で水筒に入ったスープが差し出される。いただきますと囁いてもくもくと立ち昇る湯気を吸った。
「前にも言ったが、一旦村まで戻るつもりだ。急げば今日中には帰れるだろう」
ゆっくりとスープを味わっていると言外に急いで飲めと言わんばかりのセリフをかけられる。だからいつもよりちょっとご飯が早かったのかと得心し、匂いに釣られてまんまと起きた自分の食い意地に少し呆れる。
「そこでクリスタはそこの少女を運んでもらいたい。あまり負担をかけたくないからな」
少女とは何だと少し覚めた脳で思考を遡ると、昨日の出来事を思い出した。そうだ、確か可愛い女の子を保護していたはず。裸だったからマントも貸してあげたのだ。元気にしているといいが。そしてクリスタはウォルターの視線の先を辿った。
「……ん?」
ミイラだ。いや、ミイラというには雑過ぎる包帯の巻き。これなら包帯ミノムシというほうが近いか。
混乱した頭でよく分からないことを考えながら呟く。
「……なにこれ?」
つんつん。反応は無い。
つんつんつん。押した箇所にじわりと血が滲んできた。
もしかして死体処理でも任されているのだろうか。暖かい日差しに、温かいスープを啜って温もりに包まれた体は今や冷や汗でびしょびしょだった。
「頼んだぞ」
「い、いや……いいですけど……あ、え〜と、あの子、あの可愛い女の子って、ど、どこにいるんですか……?」
もしやこれは襲撃者でラークさんがコテンパンにしたのかもしれない。というか、保護した子をボコボコにしてミイラにするなんてあり得ないだろう。それだとただの狂人だ。
一瞬、あぁ、でもラークさんならやりかねないなぁと思ったが口に出すのはやめた。流石に失礼がすぎる。きっとこのミイラは襲撃者か何かだろう。そう信じたい。
「そこにいるだろう」
「いやいや、冗談はよしてくださいよ」
諦め悪く粘るクリスタはズズズっと一息にスープを飲み干して、時間を稼ぐ。クリスタとしてはウォルターに、冗談だぜ! わはは! と笑い飛ばして欲しかったが、続く沈黙に酷く嫌な予感が頭をよぎった。
「……まじです?」
遠くで刀を振る音だけが嫌に響いた。
♢♢♢♢♢♢
「見損ないましたよラークさん! 意外といい人だと思ってたのに!」
クリスタは雑に巻かれた包帯を丁寧に巻き直すと少女を胸に抱いてラークと距離をとった。
少女の身体はアザや切り傷で覆われており、無事な所を探す方が難しい程だった。包帯でほぼ肌が見えない。ちなみにクリスタのマントは凄いことになっていた。
「そいつから襲って来たんだよ」
「言い訳になってませんよ!」
よしよしと少女の頭を撫でる。これからは襲撃者のみならず、ラークからもこの少女を護らなければならない。
近づいてくるラークにガルルルルと威嚇しながら後ろに下がる。それを見たラークは馬鹿にしたように思いっきり舌を出した。
「終わったか? さっさと出るぞ」
「えぇええええ! ウォルターさんはおかしいと思わないんですか! 見てくださいよこれぇ! この子くしゃくしゃになっちゃってますよ!」
何事もなかったかのようなウォルターの様子にクリスタは驚愕を隠せない。ウォルターは頭だけじゃなくて脳みそまでツルツルになってしまったのか。
ドン引きするクリスタに気持ちしょんぼりとしながら、ウォルターはゆっくりと右手を突き出す。
「見ろ」
「なんですか? これで今から殴るってことですか?」
「違う。噛み跡だ」
確かにウォルターの右手にはしっかりとした歯形があった。だがそれがなんだというのか。疑問符が湧き出るクリスタにウォルターはそのまま言葉を続ける。
「これはクリスタが起きる前にその子に──」
がぶり。
「──いったぁー! え、ちょ、え、えぇええ!」
「……まぁ、そういうことだ。その子は案外元気だし、かなり……野生児だ」
「ぶははは! ほら見ろ、襲ってきただろォ! コイツはやべーんだよォ〜!!」
「なんで上機嫌なんですか! 早く助けてください!」
ウォルターが少女の胴を掴みクリスタから引き離す。少女はしばらく手足をばたつかせると、やがて糸が切れたようにぐったりと項垂れた。
それを確認したウォルターは無言でクリスタに少女を渡し、おずおずと受け取ったことを確認すると背を向けた。
「よし、行くぞ」
「行くぞォー!」
「……え?」
ウォルターを先頭に拳を突き上げノリノリで行進するラーク。まだ状況が飲み込めていないクリスタは一拍遅れながらもそれに続いた。
「ど、どういうことですか? これ?」
「死んだふりだ」
「あ、そう……なんですね……」
追いすがりながらの問いにウォルターが簡潔に返す。さっき思いっきり動いていたけれど、死んだふりに意味はあるのだろうか。クリスタは訝しんだ。それに何故そんな事をするのか。
「ラークによれば、どうやらその子は俺たちの命を狙っているらしい」
疑問を汲んだその答えに思わず少女を凝視する。この馬鹿馬鹿しい死んだふりをして虎視眈々と私が油断するのを見計らっていたというのか……!
(……さっき失敗してなかった? もしかして死んだふりで全てリセットできると思っているのかな?)
それはあまりに馬鹿すぎやしないだろうか。馬鹿すぎて可愛いまである。衝動に身を任せ少女をギュッと抱きしめると「ぐぇっ」と潰れたカエルのような音がした。
「俺が起きた時、血塗れの彼女にラークが無理やり干し肉を突っ込んでいた所だった」
「何してんすか」
「メシ食ったら元気になるだろォ?」
「ちょっと違うと思いますよ」
「俺も同じことを思って簡単な治療をしようとしたのだが、途中で急に動き出して、襲いかかってきた」
「それで噛まれたんですね」
「ああ。そしてラークが彼女の頭を鞘で叩いて気絶させた。それを繰り返していくうちに気を失っているうちは何もされないと覚えてしまったのだと思う」
「えぇ……」
干し肉を食べて急に元気になったり、ラークがびっくりするくらい容赦なかったり、不思議なことだらけだ。
手慰みにクリスタは手持ちの干し肉を死んだふりを続ける少女の口にぐいぐい押し当てながら、う〜んと唸った。
「そもそも何で血塗れにしたんですか」
「だから襲われたからっつってんだろォが」
「襲われて何で血塗れにしたのか聞いてるんですぅ!」
「俺が血塗れにしたんじゃなくて、こいつが勝手に血塗れになったんだ」
「何言ってんだまじで」
「あと、こいつは俺が育てる」
「何言ってんだまじで!?」
急に父性に目覚めでもしたのだろうか。この子は可哀想だが、厄ネタがすぎる。保護なんてしたらどうなるか。クリスタは頭を抱えた。
「ウォルターさ〜ん……」
「……まぁ、いいのではないか」
「えぇ!」
「可哀想だしな」
「これだからロリコンは……」
「ロリコンではない。子供好きだ。それにクリスタは何か他に案があるのか?」
「ああ〜もう! 分かりましたよ!」
少女を一層強く抱きしめ、二人から距離をとる。
「育てますよ! でもその代わり、二人は近づかないでください! 狂人とロリコンは教育に悪いですから」
「んなことねェだろ」
「ありますぅ! この子は私が育てるんですぅ!」
「お前が一番乗り気じゃねェか」