心なき模倣系魔法生命体が人間を理解するまで   作:プリプリ胸筋

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森の一幕

 

 バリバリと噛み砕かれた箇所から形を保てずに流体物質へと回帰していく。

『それ』は今すぐにでもカマキリへと変形したいという思いを振り落とす。先ほどの変形で大半の魔力を使ってしまったので、これ以上魔力を使うわけにはいかないのだ。

『それ』はどんどん失われていく身体の感覚に恐怖を覚えながら、ネコの体内からその肉体を、魔力を取り込んでいく。未だ残っている頭部でネコがあげた悲鳴をキャッチし、その効果を確かめる。しかし……

 

 

 ──でかい

 

 

 体躯の小さな虫相手では触れただけで致命傷となり得るほどの消化スピードであり、まさに一撃必殺だった取り込み──捕食も、虫の何倍も巨大なネコ相手では少しばかり威力が足りなかった。

 ネコは咥えたカマキリの身体を吐き出し、劇物を吐き出そうと嗚咽を漏らし始める。上半身だけになったカマキリと鈍色の流体物質が地面に散らばった。

 

 

 ──にがさない

 

 

 すべての流体物質を吐き出し終える前に仕留める必要がある。魔力はネコから取り込んだものも併せて部分変形一回分。現在進行形で少しずつ増えていっているが、時間はかけられない。

 どうすれば仕留められるか『それ』は思考する。まずカマキリを修復すればと考えた『それ』は自身でその考えを否定した。カマキリではこの獣に敵わない。大きさが違いすぎるからだ。

 

 

 ──そうだ

 

 

 そこで『それ』は気づく。

 

 

 ──大きくなれば……

 

 

 模倣元の大きさに囚われる必要はない、ということに。

 

 

 ──でも……

 

 

 しかし、『それ』は行動に移さなかった。

 その行為がどれほどの魔力を食うのか、未知数だったからだ。魔力は依然、部分変形一回分。完全変形すれば自壊する程しかなく下手すると自壊する可能性がある。そうなれば今度こそ再誕することは叶わないだろう。

 

 なれば逃す他ないのか? 

 

 否、『それ』はもう一つ、気づきを得ていた。

 

 模倣元の大きさに囚われる必要はない、つまり……

 

 

 模倣元の形に囚われる必要もないということに

 

 

 突如地面に横たわったカマキリの上半身からバッタの足が生え、不気味に動き出す。

 

『それ」は眼を見開くネコめがけて飛びかかりその頭に着地すると同時にカマキリの頭部以外を流体物質に変え、分離。五感のないその身体をカマキリの目で俯瞰的に観測しながら操り、その眼を襲う。

 

「ぎゃあああ!」

 

 今までとは比べ物にならないほどの悲鳴に『それ』は勝利を確信する。五感……特に視力を失うとどれほど不利で不安で怖いか『それ』はよく知っていた。だから今もカマキリの頭部だけは流体物質に戻していないし、率先して獲物の眼を狙う。

 そして眼の中に入られたら外に出すすべがないことも、その先に生物で最も重要な臓器の一つである脳があることもこれまで捕食した獲物から学習していた。

 

 すぐにカマキリの頭部が振り落とされるが眼に入った流体物質はそのまま奥は奥へと血肉を喰い散らかしながら進んでいく。やがてビクリと一際大きく震え、身体が言うことを聞かなくなったかのように地に倒れ痙攣する獲物を『それ』はゆっくりと内部から捕食していった。

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

『それ』に敵と呼べる相手はいなくなった。

 

 ネコの大きさと身体能力はこれまでと一線を画したものであり勝てる相手も増え、例え格上だろうと脳に入ることが出来れば勝ちは確定しているからだ。そして格上を狩ればもっと素の戦闘力が上がる。魔力にも余裕ができ変形も心置きなく出来るようになる。故に『それ』は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していく。

 

 スズメ、タカ、フクロウ、シカ、クマ、イノシシ、オオカミ、ウサギ……

 もはやその日のうちにこの森で模倣出来ないものの方が少なくなっていた。

 

 

 

 

 それはお気に入りのタカとタカの眼を入れたネコで分裂し獲物を探しているときのこと。

 

 大きなクマと小さなクマを見つけた『それ(タカ)』はいつも通りタカの羽根の一つをムカデに変形しクマの頭に落とそうと狙いを定めていると、ふと、興味が湧いた。こいつらは普段何をしているのだろうと。以前から何故かクマに限らず動物は単独でいることが少ないことに疑問を持っていた『それ』はその利点を探るために襲うのをやめ、木の上から観察を始めた。

 

 

 ──なにをしている? 

 

 

『それ』は困惑した。

 大きなクマは小さなクマに食べ物の取り方を教え、小さなクマは大きなクマの邪魔をするようにちょっかいをかけているのだから。大きなクマは小さなクマが生きるのに役に立っているわけでもなく、むしろ邪魔をしているのに何故食べ物を譲っているのか。何故あんなにも無防備なのか。まるで複数で行動している意味が分からない。

『それ』が分裂し、複数で行動しているのには明確な理由がある。効率的に索敵するため、そして万が一どちらかが負けるようなことがあった場合でも生き残るためだ。なのにこいつらはそのどちらでもなく寧ろ生存率を下げているように思う。

 

 

 ──わからない

 

 

 結局なんの利点も意味も見出せなかった『それ』は洞穴で抱き合いながら仲睦まじく床に就くクマの耳にムカデを仕込み、葬ると新たな獲物を求め空高く飛び立っていった。

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 蒼く月明かり差し込む森の中、崩落した洞窟を前に白いロングコートをきた集団が一人の人間を前に地に頭を擦り付けていた。

 

「お、お許しください! 私どもは……」

「なんだい?」

 

 夜の闇すら呑み込んでしまいそうなほど黒いロングコートに不気味な笑みを形作った白い仮面が映えるその人物は優しげに問いかける。その声は確かに慈愛に満ちていた。

 

「は、嵌められただけなのです! でなければ揃って研究室を後にするなど……」

「そっか、じゃあ仕方ないね」

「! ありが……」

 

 震えた声で謝罪と言い逃れを繰り返す男は突然、張り切った糸が切れるように顔を上げて安堵と歓喜の入り混じった表情を浮かべ──

 

「バイバイ」

 

 ──氷像と化した。

 

 凍りついたその身から命は感じられず、声を発するものはもう居ない。辺りは静寂に包まれ、仮面の人物は何事も無かったかのように踵を返し洞窟の入り口付近にしゃがみ込む。

 

「……ヘデラ、そこまでしなくてもいいと思うけれど。彼らは優秀だったのだし」

 

 突如としてパキリ、と後ろから鏡がひび割れるような音が宵闇に響き渡り、咎めるような声と共に静寂が破られた。

 ヘデラと呼ばれた氷像の製作者は振り返ることなく先ほどと一切変わらない優しげな声で弁明を始める。

 

「まあね、それに彼は嘘をついてなかったかもしれない。でも彼らの中に裏切り者が居た可能性は否定できないし、なら全員殺した方がいいかなーって思ってさ」

 

 幾らでも換えは効くし、と日常会話の一幕のようになんとはなしに言ってのけ不自然に抉られた地面を手袋のついた指先でなぞり、自身の後ろにいるであろう黒の長髪を靡かせた仲間に振り返ると──

 

「ふふ、そんなことよりコリウス、やっぱり器はまだ生きているようだ」

 

 初めて喜色を滲ませながらそう告げた。

 

 

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