心なき模倣系魔法生命体が人間を理解するまで 作:プリプリ胸筋
冒険者の方針会議の少し前。『それ』は違和感を感じた。少し前の自分が自分でないような、そんな違和感。
そして不意に仮面の人物が憎くなった。まぁ、ビビっていることには変わりないので何かするわけでは無いし、憎いといっても恐怖九割憎悪一割ほどのまるでチンピラの逆恨みのような情け無いものであるが。
『それ』は未知の感情に頭の中で疑問符を浮かべつつ変形を開始する。
先ほどから自身の内で主張をするナニカに。
視線は茂みを見下ろせるほど高くなり、
二本の足で地を踏み締め、残りの二本が自由になった。
「……」
その姿は『それ』の恐怖に似ている。些か小さい気もするが。
自分の身体にすら少しビビりつつ、何処かで取り込めたのだろうかと不思議そうに宙に浮いている方の足を振り回したり指を動かしたりしながら『それ』は首を傾げる。それに連動するように白く長い頭髪が揺れ、その背を擽った。
「……!」
その感覚にビクリと肩を跳ねさせ勢いよく後ろに振り返る。敵を討ち倒す拳を突き出しながら。
「……?」
もちろん敵など居ないのでその拳に乗せた破壊力が日の目を見ることはなくその背をまた頭髪が襲う。
結果『それ』は壊れた機械のように振り向きパンチを繰り返すことになった。
バカ丸出しである。
しかしその身体の敏感さ、あるいは脆弱さと言い換えてもいいそれは森の獣たちに慣れていた『それ』にとって異常と言えるほどだった。自分の毛の感触だと思い至らないのも致し方ないと言えるかもしれない。
「こんばんは。いや、久しぶり……かな? ボクの事、まだ覚えているかい?」
「…………!??!?!!!」
それに気を取られた結果、本当に敵が現れてしまうのも致し方ないと言うのは流石に無理があるが。
「
『それ』は伸ばした拳を開きそこから手足がいくつあっても数え切れないほど大量の『ムカデ』を浴びせ、脱兎の如く逃げる、逃げる、逃げる。
触手が効かないことはわかっている。それどころかあの大爆発さえも。故に目的は目眩し、そして妨害。『ムカデ』を選んだのは単純に使い慣れていることと、まぁ無理だろうが毒を入れたり、体内に入り込んで溶かすことが出来ないかという淡い期待と僅かな憎しみからだ。
案の定、纏わりつく前に『ムカデ』の感覚が途絶える。背中に眼を生やしてみれば氷華の蕾が花開き、中から傷ついた様子もなく仮面の人物が姿を表すのが確認できた。まだ距離は二十メートルも離れていないというのに。
というか、足が遅い。相手はあんなに強いのだからこの身体の性能にも期待していたのだがこれなら『ネコ』の方がずっと速いだろう。さっさと『ネコ』になって…………え?
変形が……出来ない?
「背中も戻して欲しいな」
耳元で声が聞こえる。背中の眼は奴の手で撫でつけられていた。
『それ』は即座に背中を戻した。眼は弱点ではない。例外を除いて痛みを感じず、眼などいくらでも生やせる『それ』にとっては。
だが恐怖が、本能が、奴の要求を断る選択肢を排除していた。
「ありがとう。……言葉が分かるのは確定だね」
どうするどうするどうすればいい。動いたら、殺されるかもしれない。動いても、何もできない。
全身を死が這い回り、身体を縛りつける。
必死に頭を回して今できることを探す。
『ネコ』にはなれなかった
『ムカデ』も今は出せそうにない
背中は戻すことができた
違いはなんだ。
違いを見つけろ。
まだ、詰んでいない。しかし同時にここが分水嶺だと『それ』は悟っていた。
なんとしてでも光明を見出さなければいけない
自分の生死が握りつぶされる前に
「遊びはここまででいいかな?」
頭を奴の手がゆっくりと這う。そこから氷華で串刺しにされれば死んでしまうのだろうか。あの氷に貫かれるのは酷く痛みを伴う。
痛みとは死のシグナル。それは本能で理解している。だから──
──ブチっ
鮮血が勢いよく口内に溢れ出す。
そして勢いよく噛み切った舌先ごと吐き出した。
身体が自壊を始める。
その崩壊していく瞳には走り去る白い少女の背が写っていた。
♢♢♢♢♢♢
前だけを見て『それ』は走り続ける。
状況はあまり良くなってはいない。しかし命は繋げることができた。
背中は眼が生えてても元に戻すことができた。ならば身体の一部……例えば舌先から身体全体を元に戻せるのではないか。
成功するだろうとは思ったものの確証もなく、魔力の消費も未知数だったため舌先に全ての魔力を集めて切断した。失敗すれば舌先だけでビチビチと逃げ回ることになっていただろう。
そして『それ』は二本の足で森を駆けている。賭けの勝敗はこの肢体を見れば明らかだ……やはりそれなりに魔力は持っていかれたが。
まだ魔力に余裕はあるとは言えないがあと二回は同じことが出来るだろう。
しかし舌先をとんでもなく遠くに飛ばせるようにならない限りこれを続けてもいずれ魔力切れで死ぬか奴に捕まって死ぬかの二択だ。
生き残る為にはまだ賭けに勝つ必要がある。しかもそれは一回では足らない。だが迷っている暇はない。
そうして『それ』は記憶を頼りにオオカミの縄張りに向かって眼球をぶん投げた。
♢♢♢♢♢♢
眼球から身体を再生したそれは辺りを見渡し、十匹のオオカミが『それ』を取り囲んでいるのを確認するとごろんと無防備に地面に寝転んだ。
次の瞬間には獣の身体と臭いで視界と鼻腔が埋め尽くされ、そこに『それ』の血が混じり始める。
オオカミの群れに血と肉を貪られながら『それ』は勝利の風が自身の背から吹き込んできていることを確信した。
口で舌先を飛ばすよりも眼球を手でぶん投げた方が距離を稼げるとは踏んでいたがまさかオオカミの群れに投げ込めるとは思わなかったのだ。
まずは一勝
そして『それ』はオオカミの腹に収められた。
♢♢♢♢♢♢
喰われてからそれなりにたった。
自身がどこに向かっているのか、そもそも移動しているのか、肉塊になった『それ』には全く検討がつかない。
だが、多少遠くとはいえ大爆発を起こしたのだ。何かしら行動を起こすはず。例えばひたすらに爆心地から遠ざかった場所に縄張りを移したりしてもおかしくない。というか『それ』ならそうする。
決してオオカミの生態に詳しい訳ではないため確証はないがまともな生命ならあそこに近づくことはないだろう。何より変形出来ない『それ』よりずっと足が速いし、外見だけでは『それ』だと分からない。変形が出来ないのは奴のせいだと仮定するならば、『それ』は白い少女だと考えるのはずだからだ。
それに今は命のストックが十個ある。奴に襲われてもオオカミのうち一匹でも生き延びてくれれば『それ』は死なない。
勝てる。絶対に。
恐怖を塗り潰すようにひたすら自身の有利を言い聞かせる。
勝利の風は間違いなく自身の背から吹いている。吹いているはずだ。
しかし不安が、恐怖が、執拗に『それ』を襲う。
『タカ』と『ネコ』の位置は全く違った。それなのにすぐに奴は位置を突き止めた。
本当に外見以外での判別方法を奴は持っていないのだろうか?
襲われても一匹でも生き延びてくれれば死ぬことはない。しかし身体全体を再生出来るほど魔力を持った肉塊は一つだけ。
もし、それを腹に収めたオオカミごと貫かれたら?
狙われる確率は十分の一。
でも、そのオオカミがあのクマのように損を自ら買うとんだ阿呆だったら?
それ以前に自分よりずっと弱いコイツらが一匹でも生き延びることなんて可能なのだろうか?
怖くて怖くて仕方ない。
嫌な予感が止まらない。
本当にこのままでいいのか?
コイツらに任せて大丈夫なのか?
もっといい案があったんじゃないか?
死んで、しまうんじゃないか?
寒気がした。
今すぐにでもオオカミの身体を突き破りたかった。
しかしその寒気は氷によるものではなく、恐怖によるものだとわかっていた。
だから動いてはいけない。これはただの直感だ。
今出来ることはない。身を潜め、状況が好転することを願う。
動いても何も出来ないと必死に恐怖を押さえつけて。
その直感は正しいとも知らずに。
──〜〜ッ!?
痛みがする。鋭い痛みが。
反射的に身体を再生させる。
オオカミの腹からどさりと血と臓物に塗れた少女が地に落ちた。
「『保存』を使っての
攻撃され地に落ち、仮面の人物が朗らかに近寄ってくる。
状況は気味が悪いほど似ていた。
「ぅ、ぁ」
逃げないと
どこに?
どうやって?
何も考えられない
死ぬ、死んでしまう
いやだ、いやだいやだいやだ
「ぁ、ぁぁ」
泥に塗れながら必死になって死から離れようともがく。
どれだけ走ってももう無駄だと理解しながら、それでも受け入れることなどできはしなかった。
「でも流石に理屈はあんまり理解してないみたいだね。いっぱい別れてたみたいだけど全部なくなっちゃったし」
他のオオカミに入っていた肉塊は再生した時点で無くなっていた。今までは魔力が無くなったから自壊していたものと思っていたが、この再生方法は再生した『それ』以外の『それ』は魔力の有無に関わらず自壊してしまうようだ。今更それを知ったところでもう何も出来ないが。
魔力も、作戦も、何もない。
それでもとにかく惨めに走り続ける。
「当てる気はなかったんだって、そんなに逃げないでよ」
灯りが、見えた。そこに行っても何があるかは分からない。でも、もしかしたら、この状態を打破できる何かがあるかもしれない。
そんなわけがない。でもそう思いたかった。思わずにはいられなかった。
そして希望を求めたその場所には
「ぁ」
奴と同じ生物が待ち構えていた。
♢♢♢♢♢♢
全裸で血と臓物と泥に塗れながら恐怖に顔を引き攣らせながら走る少女。
明らかに尋常ではない事態に三人は目を見開くも直ぐに行動を開始した。
ラークとウォルターはその奥に見える黒のロングコートに不気味な白い仮面をつけたお手本のような不審者を警戒し、クリスタは少女の保護に動く。
「あああああぁぁあああ! あああああぁぁああああ!!」
「ちょ、あ、暴れないで下さい!」
クリスタに抱えられた少女は手足をめいいっぱい振り回し、抵抗する。
発せられた叫声からは恐怖しか感じられず、瞳は焦点が合っていなかった。
(なにこの子……心が壊れて……!)
普通ではない生まれか育ち、もしくはその両方をその壊れっぷりから感じずにはいられない。見たところ少女は十歳前半。真夜中の森にいるだけでもあり得ない年齢だ。
普通、真夜中の森に一人でいたなら遭遇したのが賊でもない限り知らない人間であっても多少は安心する。
それにクリスタは自身の見た目が優れていることを理解している。他の二人はともかく自分は子供に恐怖を与える顔ではない。
それなのに、彼女は逃げることだけを考え、今もクリスタと一向に目も合わせようとせず必死に身体を離そうともがいている。
人間自体を信用していない。それどころか自分を害すると信じている。
警戒心が強いとかそういうレベルではない。人間に対する強い恐怖を感じる。
そして昼間の依頼中に見た教団の刻印。
(これは……相当闇が深そうですね)
クリスタは服が汚れることも意に介さず少女を強く抱きしめ、優しくその背を撫でた。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
少しでも彼女の恐怖を取り除くことができればと、そう思いながら。
「一応聞いておく。あなたは何者だ?」
「
「あああぁあ!! あああaaああaあぁああ!!!」
「保護者」が姿を表してから少女の叫びに拒絶の色が濃くなり、その瞳が零れ落ちそうなほど目は見開かれている。
この状態で自分を保護者とのたまうとは、少しも誤魔化す気がないらしい。
「視界に入ると子が発狂するような保護者を俺は知らん」
「そうなんだ。悲しいことにボクは少し嫌われてしまったらしい」
「保護者」の声はシクシクとふざけた擬音が聞こえてきそうなほど真剣味がない。
「その割には今から遊園地にでも行くような楽しそうな声をしているが」
「あぁ、今彼女と鬼ごっこをしていてね、ボクはとても楽しいんだ。そのせいだろう。だから邪魔をしないでくれると、とても嬉しい」
「保護者」の素性は何も聞き出せなかった。それほどに中身の無い会話だった。しかしその仮面では隠しきれないほどの醜悪さが奴の正体を訴えてやまない。
これ以上の会話に意味は無いと、そう判断した。
「ではその「鬼ごっこ」……俺たちも参加させてもらう」
「テメェは逃げる側だけどなァ!」
瞬間、ウォルターの肩に草鞋が乗ったかと思えば、緋色の斬撃が「保護者」の頭上に叩きこまれた。
ウォルターは土煙に包まれた「保護者」に正面から相対し、気炎を吐く。
「あなたを捕まえて国に突き出してやろう」
その拳は義憤に揺れていた