心なき模倣系魔法生命体が人間を理解するまで   作:プリプリ胸筋

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手をとる

 

 

 

 拳に硬いものが当たる感覚がした。それは間違いなく人体などではない。

 

(……氷か?)

 

 氷があるなら氷諸共打ち砕く。魔法を込めた今ならばそれも可能だろう。迷わずウォルターは拳を振り抜いた。

 

 それでいい筈だった。

 

 氷が割れる音がした。あるいは、鏡が割れる音だったのかもしれない。

 

「……消えた?」

 

 呆然とそう呟く。

 ぱらぱらと氷の破片が飛び散る。拳の先にはそれだけがあり、まるで初めから誰もいなかったように、空虚な雰囲気が辺りを支配した。

 

「クリスタァ! どこだァ!」

「……どっか行っちゃいましたぁ!」

 

 息を吐く。白く染まった吐息と凍った木々だけが、「保護者」がいたことを証明していた。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「マジもんの無能」

「……むわ!」

「ちゃんと喋れよ」

「むわわ! むわ〜!」

「……何にせよ、俺たちにも非はある。少し慎重にやり過ぎた」

「そうですよ!」

「急に喋んな、カス」

「むわ〜……」

 

 

「保護者」は見つからなかった。何処かに移動した跡もなく、忽然と姿を消した。夢であると言われても不思議ではない。だが、身体の痛みが、森の景色が、そして何よりも、ちょこんと地べたに座りこんだ白い少女の存在が、それを否定する。

 

 

「しかし、不可解だ。あの短時間でクリスタの探知外に逃げられたこともそうだが……あんなにも、この子に執着していたというのに」

 

 

 チラリと目線を少女に向ける。その目には恐怖と憎悪しか映っていない。夜も深いというのに、眠ることもなく数メートルほど距離を置いてじっとこちらを観察している。安全かどうかを確かめているのだろう。それ自体は悪いことではない。だが親に教えられたでもなく、経験則でそれを行う彼女の姿は悲しい。だが逃げ出さないことに少し、安堵を覚える。彼女に人を信じるという心の余地が少しでも、生まれたということだから。

 

 

「俺が怖かったんだろ」

「む、むむむわ〜」

「……ああ、恐らく移動に関する『魔法』だろう。それならば探知外に行けなくもない」

「てかよォ〜、仲間いんなら最初から普通に共闘すればよくねェか?それにこいつ諦めた理由になってねェし」

「……何かしらの制約、もしくは手が離せない状況だったか。何にせよ、暫くは警戒を解けない」

「やっぱ、俺が最強すぎて怖かったからじゃねェか?もう来ねェって。来るとしてももっと後だ。今来ても返り討ちだってことくらい分からねェ奴らじゃねェ」

「長距離を移動出来る『魔法』を待っているという事はその『魔法』でいつでも襲撃出来る可能性があるということだ。その説が正しければ突然目の前に現れてもおかしくない。奇襲など容易に出来る。あまり油断するな」

「ぷふっ……ぴぴぴぴ! 無能を探知! どこだ! 無能どこ……ってうわっ! 刃物を振り回すのは良くないですよ! やめて下さいって!」

「無能だから何言ってんのかわかんねェ」

「卑怯ですよ!」

「とりあえず村に戻るぞ」

 

 村も安全とは言い難いが、ここにいるよりはましだ。さっさと村に帰って、さっさと王都に戻る。それが一番いい選択だろう。王都ならば容易に手出しは出来ないはずだ。

 

「それはいいけどよォ。どうすんだ? こいつ」

 

 ラークが顎で少女を指す。どうするかというのは王都に連れて行った後の事だ。

 

「親を探すとか……」

「いると思うかァ?」

「いるかもしれないじゃないですか!」

 

 こんな境遇の子供にまともな親などいるはずがない。それは人格がまともではないという意味でもあり、生物としてまともではないという意味でもある。親は殺されているか、同じく実験台になっているか。それとも子を売った金でのうのうと暮らしているのか。それがラークの考えだ。

 

 そもそも、まともな親がいたとして、こんな厄ネタの塊を容易に引き渡せる訳もないのだ。

 

 この少女に一般的な幸せなど、もたらされない。それこそ、少女を狙う奴らを根絶やしにでもしない限り。

 

「……まァいい。考えるのは明日だ」

 

 ラークはそう言ってその辺の木にもたれかかり、目を瞑る。一見して眠っているように見えるが、警戒は解いていない。知らぬ者が迂闊に踏み入れば即座に斬り裂かれるであろう。川の清流のようで、荒々しい滝のような独特な空気を纏っている。

 

「……君はどうしたい? 可能な限り、力を貸そう」

 

 お前らは寝とけと言わんばかりのラークを見やり、ウォルターは最後に問いかけた。

 

「…………⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」

「……どこの言葉だ?」

「私に聞かないでくださいよ」

 

 未知の言語に眉を寄せる。その後まばたきすらせずにこちらを観察する少女に食べ物をちらつかせ緊張を解こうと試みたりもしてみたが、成果はなく、結局二人はテントを立て、眠りについた。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それ』は驚いていた。奴は自分より遥かに強かった。しかし負けた。

 

 よく分からない言葉を使う二人。赤髪の奴と、ツルツルな奴。二人がかりではあるが氷の奴はやられた。その強さは疑いようがない。『それ』など赤子の手を捻るように殺してしまえるだろう。

 幸いにもこいつらはバカだ。役に立たない小さなクマを守っていたあのクマのように、何の役にも立たないはずの『それ』に危害を加えるつもりはないらしい。だがその状態が続く保証など何もない。

 すぐにでも逃げ出すべきだと、本能が警鐘を鳴らす。今逃げる事が出来れば、また平和に暮らせる。今度はもっと分裂しておいて、もっと安全な場所に身を置いて、それで……

 

 

 

 

 本当に平和に暮らせるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 もっと強い奴がいるかもしれない。安全な場所なんて無いかもしれない。これで安全だと言える場所を見つけても、いつ突破されるのかとビクビクしながら、死の恐怖に苛まれながら、日々を過ごしていく。

『それ』には容易に想像がついた。ならばそうなるのだろう。ならなければ『それ』ではない。『それ』は臆病なのだ。死ぬのが怖いのだ。怖くて、不安で、しかたがない。でも、だからこそ、いつだって生を諦めたことはない。今までも、そしてこれからも。

 

 ──にげていてはいけない

 

『それ』は思い出す。一番心安らいだあの時を。

 

 ──もっとつよくなる

 

 この森で自分より強い奴はいないとたかを括っていたあの時を。

 

 ──だれにもまけないくらいに

 

 あの妄言を現実にしてしまえばいいのだと、『それ』は気づいた。

 

『それ』は目を凝らし、三人を観察する。銀髪の奴の強さは分からない。だが力では敵わなかった。警戒に越した事はない。

 

『それ』が目論んでいるのは彼らがこちらを敵と認識する前に彼らをこの身に取り込む事だ。変形出来ない今、魔力を得る手段は限られている。すぐには貯められないだろう。いつ自身を脅かす敵が現れるか分からない現状、一刻も早く沢山の魔力を溜め込まなければいけない。その点、彼らを取り込めれば、溢れんばかりの魔力が得られるに違いない。それに、あの不可思議な力も得られるかもしれない。

 

 問題はどうやって彼らを取り込むかだ。

 氷の奴は触手も爆発も効かなかった。それが彼らにも共通しているのかなど分からない。試そうにもそもそも変形が出来ない為、この軟弱な身体でいることしか出来ないのだが。

 

 彼らが寝静まり、ぱちぱちと小さな松明が一本、その命を燃やす音だけが響く。

 

 三角座りの体勢をそっと解き、立ち上がった『それ』は地に突き刺さった松明を引き抜き、赤髪に忍び寄った。

 残り三歩程に距離を詰める。狙いは赤髪が抱え込むようにしている細長い物体。それを氷の奴と銀髪に振るっていたのを『それ』は見ている。

 

 氷の奴には効いていなかったが……銀髪には効くかもしれない。

 

 確証はないが、寝静まっているのだから少し試すくらいは出来る。

 

『それ』は息を殺し、歩み寄る。

 

 一歩、二歩、近づいて、手を伸ばす。

 

 そして三歩目と同時に刀の柄を掴んだ。

 

 

 そのままゆっくりと鞘から刀身を抜き始める。刀は目障りな程に灯火を反射しながら、その姿を現した。

 

 そっと場を離れながら、手に持った獲物を無機質な瞳で見つめる。片手で持つには重たいそれは薄く、刃をこちらに向ければ、夜闇に溶け込んでしまいそうなほどだった。

 

 折れてしまわないのだろうかと頭の隅で考えながらテントへと近づいていく。完全に赤髪に背を向けたその瞬間、声がかけられた。

 

 

「|⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎《刀を引きずるんじゃねェよ》」

 

 

 

 バレている。そう判断した『それ』は振り向きざまに松明を赤髪へと投擲し、後を追うように飛びかかった。

 

 無意識であった。そも、どうして松明を手にしていたのかさえ分からない。何故かこの瞬間は火が強大な武器になると信じて疑わなかった。

 

 願い虚しく、ぱしりと松明が受け止められる。赤髪はいつの間にか立ち上がっており鞘を片手にしていた。

 

 刀と鞘がぶつかり合う。拮抗したのも束の間、刀が鞘を滑り、背後の木に突き刺さった。受け流されたと理解した『それ』は刀をアッサリと手放し、互いの間に木が挟まるように動く。

 

 その動きを感じ取ったラークは回し蹴りで木をベキリとへし折った。

 

(いねェ……!)

 

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべながら、上を見上げる。

 倒れかかった木の枝から猫のように飛びかかって来ていた少女にますます笑みを深めながら、鞘を振るう。

 

 鞘が胴に直撃し、くの字に折れ曲がった少女はそのまま凍った大地に投げ出され、ごろごろと転がり、倒れた木に受け止められる。

 

 その身を裂傷が覆う。顔を上げれば、ぱっくりと割れた頰からぽたりぽたりと血が落ちた。直すことは出来ない。しかし『それ』にとって、血が流れることなど問題ではなかった。痛みなど欠片も無いのだから。

 

 傍らにあった切り株に突き刺さった刀を引っこ抜き、両手で構える。子供の身体には大きすぎる刀。当然、不恰好な姿勢である。

 

 しかしながら、先程よりもずっとマシになっている。構えは少しラークのものと似通っていた。その様に湧き上がるものを感じながら、ラークは鞘を構え直した。

 

 こうやるのだと教えるように。

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 あれからどれだけ経っただろう。何十回と斬り結び合い、その分少女を打ちのめした。

 

 ラークは彼女が全く心を開いていないことに気がついていた。あの観察するような瞳からは狩りをする野生動物のようなものを感じ取れたからだ。怯えや警戒、そして冷徹さを孕んだその瞳に、言葉は届かないと直感で理解した。実際のところ言語自体が違っていたらしいが、例え言葉が通じていようと、心は通じ合わないだろうという確信があった。

 

 故に隙を見せ、言葉ではなく体で語り合った。俺はお前を殺せるが殺さないと。その身に刻み込んで安心させようという魂胆だった。

 

 だが、少女の瞳からは執念が消えなかった。絶対に殺してやるという執念が。

 

 斬り結ぶ度にその構えは良くなり、鋭くなっていく太刀筋と共に自身の怪我など微塵も気にせず、突っ込んでくる。目や首を躊躇いもなく狙いにくる。

 

 全くもって正気の沙汰では無い。普通は傷つけば恐れ、人間を、さらに言えばその急所を狙えば鈍るものなのだ。それが全くない。

 

 人として狂っている。しかし剣士としては理想そのもの。まるで戦う為に生まれてきたかのような精神性。それが生来のものなのか、過酷な環境によるものなのかは分からない。だがラークに憐れむつもりなど一切なかった。

 

 また少女が立ち上がる。真っ白だった少女の身体を塗り潰すように全身が真っ赤に染まっていた。その瞳は爛々と輝いている。諦めの色など介在する余地も無いほどに。

 

 少女は口から血を飛ばし、目眩しを図りながら斬りかかってくる。鞘で血を薙ぎ払い、少女を見る。今度の狙いは首。飛びかかる少女の腹を膝で蹴った。

 

 そしてまた少女は改良を重ね襲いかかってくる。

 

 この時間が堪らなく楽しい。次はどうするのかと期待が膨らむ。

 

 少女を安心させる為のはずだった行為は、いつしか少女を鍛える為の行為に様変わりしていた。

 

 さらに数十回と斬り結び合う。

 

 気づけば日が昇り、陽光が夜明けを告げた。

 

 照らし出されたそこには、血に濡れた少女と燃えるような赤髪を靡かせた男。

 

 ついに少女が地に臥す。血を流し過ぎたのだろう。ラークは少女に歩み寄り、その手を差し伸べた。

 

 少女は朦朧とした意識の中、その手をとる。

 

 歪な師弟が今、生まれた。

 

 

 

 

 

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