兄者はおしまい   作:知らない半島

1 / 14
ep001 かんなとまひろと性転換

 

 兄者はおしまい

 ep001 かんなとまひろと性転換

 

 死んだと思ったら、女の子になっていた。

 

 俺、緒山神奈(おやま かんな)は、女の子として産まれる前は三十路を超えた成人男性だった。つまりは転生、それもTS転生という奴だ。前世はサブカルチャーに傾倒していた故、そういう類の小説や漫画だって読んだことがある。

 

 正直に言うと、ちょっと浮かれたね。だって主人公みたいじゃないか。ある日死んだ男が転生したら美少女に生まれました。そして前世からの経験から華麗に立ち回り、神様からのチートで周囲にはどうにも出来ない事を解決していき、恵まれた容姿で友人や恋人には困らない、いやむしろ色恋には恵まれすぎて選べなくって困っちゃう、なんてな。そんなこんなで色んなエピソードを重ねていきハッピーエンド。げに素晴らしきかなテンプレートよ。

 

 だがまぁ、現実は上手く行かない物だ。今思えばもうちょっとどうにか出来たんじゃないかと、色々後悔の多い第二の人生だった。

 ある日オッサンが死んで転生して女の子になったからって、特別能力が上がるわけではない。小説でよく見かけるチート能力に目覚めることもなかったし、成人するまでの経験があるからと言って何でも器用にこなせる要領のよさを身につけたわけでもない。そこに居るのはガワが女の子なだけのただのオッサンでしかないのだ。

 

 そんな俺である故に、転生して人生二周目だからって、どうにも出来ない事はある。

 

 例えばそう……家族の一人、兄が引きこもってしまった事等だ。

 

 緒山家長男、緒山真尋(おやま まひろ)。大学受験の失敗をきっかけに引きこもり始めて2年。二十歳になる彼が、悩み、思い詰め、耐えきれなくなり、他人との関わりを絶つのを、どうする事も出来なかった。

 

 これがネット小説の転生物主人公様なら、言葉巧みに悩みを解決し、こんな事になってしまう前にどうにかしてしまうのだろう。対して俺は兄者の苦悩を察することは出来ても、解決する手段は終ぞ思いつかず、この様である。

 

 目の前にある「まひろ」と部屋の主の名前を刻まれたネームプレートがかけられた扉。一時期は立ち入る事さえ出来なかった。身の回りの世話のために、入室を許されるようになったのは、二年かけた俺の精一杯の成果だ。

 

「兄者、昼食が出来たぞ」

 とノックを三回。されど返事は無い。おそらく無視されているのではない。時刻は昼飯時なれど、まだ寝ているだけなのだろう。

 

 入るぞ。と一声かけてから扉を開く。部屋の中は一日でどうしてこうも散らかせるのかと思えるぐらいに物が散乱していた。床には漫画にゲームのパッケージ、エロ本とセットの紙屑なんかが散乱しており、部屋の中心の座卓には夜中に犯した罪の証であろうポテトチップスとコーラの残骸。いやはや元気なようで何よりである。

 

 片づけるのは後だなと、それらを踏まないように部屋の奥にある膨らんだ布団へと近づく。寝息と共に上下するその様から、俺の予想は当たっていたようだ。

 途中カーテンを開いて日の光を部屋に入れる。部屋の光量が変わったのを感じたのかうめき声が布団の中からした。

 

「ほら兄者、そろそろ空腹だろう? 飯の時間だ」

 このままだと1時間ぐらい布団から出てこないだろう事を経験から知っている俺は、布団を強制的にはぎ取った。

 

 そこには布団の中で身を丸めて眠気にしがみつこうとする成人男性が、居る筈だったのだ。

 

「……は?」

 布団の下から出てきたのは、男ではまず見ない、腰近くまで延びた後ろ髪。そして成人男性とは思えない程の小さな身体。

 

「んぅ……飯ぃ……?」

 口から漏れる、成人男性じゃまず出せない甘えたような高い声。

 寝返り、コチラに向けられた顔は、男性的な角張った感じの無い、全体的に丸い印象を受ける年若い女性の物。

 

「ふぁ~……あ~……今日の飯何ぃ?」

 

 上半身を起こし、目をこすり眠気を覚まそうとするその動作に合わせ、サイズの合っていない大きなシャツの首元から、胸元の先が……。

 

 いや、いやいやいや、ソレどころではない。

 引きこもりの兄の部屋。その部屋の主であろう兄が眠っていたであろう布団。その中から、見知らぬ美少女が現れた。

 この訳の分からぬ状況から、しかしサブカルチャーに慣れ親しんだ俺の脳味噌は一つの仮説を立てる。それはあまりにも非現実的で、ファンタジーであり、しかし輪廻転生なんてやっちゃってる俺には頭ごなしに否定の出来ない物だった。

 

「な、名前は……?」

「え? 何言ってんだカンナ……」

「疑問に思うだろうが、今は答えてくれ。お名前は?」

「え、いや、あの……お、緒山真尋……」

「年は?」

「20歳」

「職業は」

「む、無職だけど……」

「誕生日は?」

「3月6日」

「Fateは」

「文学」

「AIRは」

「芸術」

「CLANNADは」

「人生」

「ぬるぽ」

「ガッ」

 

 あぁ、なんたる事だ……。

 

「おい、さっきから何なんだ……」

 

 言うより見せた方が早いだろう。俺はポケットからスマホを取り出し、カメラを起動させて自撮りモードに切り替える。そして、その画面を未だ現状を理解していない様子の兄者に鏡代わりに突きつけた。

 

「……んあ?」

 

 間抜けな声と共に、兄者は俺のスマホをのぞき込む。だが目の前に写っている映像に理解が追いつかないようだ。コテンと首を傾げているかわいい。じゃない、すると画面の中の美少女も小首をかしげている事だろう。

 次はほっぺを両手で潰してタコみたいな口を作る。間抜けかわいい。

 両手二本指を額に当てて太陽拳! 添えられたドヤ顔は生意気かわいい。

 両手を握ってアゴに当て、小首を傾げてぶりっこポーズ。シンプルかわいい。

 

「……コレ、オレ?」

「イエス、でぃす美少女いず兄者」

 ご理解いただいたようだ。

 

「い、いやいやいや、ありえないだろうそんな事! 現実的じゃない!」

「確かに漫画みたいな出来事だ。だが、現実として兄者の身体は変化してしまっている。今の兄者はどう見ても小さい女の子だ」

 

 いや、でも、だって……と、否定の言葉を紡ごうとする兄者。だがその先が出てこないらしい。頭を抱え、視線は定まらず、口は弾切れを起こした拳銃の引き金を引き続けるがごとく、開いては閉じてを繰り返す。

「そ、そうだ、まだ女の子と決まったわけではない!」

「気持ちは分かるが、往生際が悪いぞ兄者」

 こういう時、まず現実を受け入れ次にどうするか方針を決める方が……。

 

「いーや! まだオレたちは、シュレーディンガーの猫を観測してはいない!」

 

 そう言って立ち上がり、己の股を指さす兄者。

 ハッとする俺。そうだ、確かにそうだ。兄者は背が縮んだし、髪も伸びたし、身体の輪郭もちょっと丸みを帯びた。だがしかし、胸が外から見て分かるぐらいに膨らんだりはしていない。まだ本当に女になったかは分からない。

 この世には、見た目女の子だがマスラオを宿す「男の娘」という希望がある。 

 ゴクリと不安と共に唾を飲む。俺たちは、確かめなければならない。兄者の身体に起こった事が、本当に性転換なのかどうなのか……。

 兄者の指 がズボンに、下着にもかけられる。不安と緊張から、兄者の指は震えている。

 その指が、だんだんと下に……もう少しで、股の部分が……。

 ……股の部分が……股の……。

 

「な、なぁカンナ……代わりに見てくれね?」

「情けない事を言ってくれるなよ兄者」

 ここまで来たら自分で確認しようぜ。

 

「いや、だって、もし本当に女の子になってたら、その、見知らぬ女の子の身体を見る事になるだろ? ちょっと……なぁ?」

 ……まぁ、分からないでもない。兄者は知らぬ事なれど、俺も性転換をした身だ。自分の身体とは言え、女性の身体を見るというのに抵抗を覚える感覚は覚えがある。

 

「はぁ……」

 仕方ない。ここから先はこの俺、妹のカンナが引き継ごうと、兄者のズボンと下着に指をかける。

「いくぞ……兄者」

「よ、よし、来いぃ!」

 いざ、南無三っ!

 

「お兄ちゃんおっはよー!」

 

 勢いよく開け放たれた扉から、白衣を身にまとった少女が入ってきた。

 彼女の名前は緒山みはり。緒山家の長女であり、兄まひろの妹で、俺の姉にあたる人。

 さて、そんな姉者が見た光景を説明すると――

 

 引きこもりの兄の部屋で――

 見知らぬ美少女が羞恥からか顔を両手で覆っており――

 その美少女のズボンを下着ごとずり下ろした妹がいる――。

 

「か、かんなアンタ……」

「待て姉者。誤解だ」

 一見言い訳のしようも無い状況だが誤解なのだ。

 

「誤解も何も、完全に現行犯じゃない……」

「これは同意の上だし緊急事態で――」

 兄者からも説明をってキャパオーバーであわあわしてる……。

 

「お姉ちゃん、別にそういうのに偏見は無いわよ? 同性同士でも、それはソレで一つの愛の形ではあると思うの」

「違ぇよ俺は同性愛者ってわけじゃ――」

「でもね、血のつながった兄妹でそういうのは、流石にお姉ちゃん認められないというか」

「いい加減話を……」

 

 ……おい待て。おい待てよこの姉。

 今キョウダイって言ったか? この状況で、幼女と俺の二人を見て、兄妹と認識しているって事か……?

 

「……何でこの子が兄者だと知っている? 姉者」

 

 俺の疑念の問いに姉者は口元を押さえ目をそらす。声にせずともその様は「あ、しまった……」と言っているが如くである。

 

「あれ? おいまさか、みはり……」

 

 兄者も姉者の失言に気付いたようだ。

 そう、性別も見た目の年齢も変わったこの子を、何も知らないまま一発で兄者と見抜けるわけがない。

 じゃあ何で姉者がこの子を兄者だと知っているのか。答えは簡単だ。

 

「みはりお前、一服盛ったのか!?」

「えへへ……昨夜の飲み物にね」

 そう、姉者こそがこの事態を引き起こした犯人だからだ。

 

 緒山みはり。緒山家の長女で、兄者の妹で俺の姉。

 年は17歳だが、飛び級で大学に入った天才少女。転生して前世の知識を引き継いでる俺とは違う、天然物のチートスペック少女である。

 大学で何やら研究しているのは知ってはいたが……まさかコレが……女体化した兄者が研究の成果だとでも言うのだろうか。

 いやだとしても、成人男性を女の子にするって何だよ。某少年探偵の若返りだって漫画だからこそ許される現実味のない展開だって言うのに、そこにさらに性転換だと? おいおい現実がフィクションを超えやがったぞ。

 しかもソレを成したのが身内のさらに17歳。ちょっと前までただの高校生だった女の子。小説家になろうの転生チート主人公でも、もうちょっと大人しいんじゃなかろうか。

 

 事態の重さに頭が追いつかない。まだ魔法的な超常現象で引き起こされたというなら俺のTS転生と同じで「なんと不思議な事が」で済むというのに。人為的、科学的に行われたという事は再現性があるという事で、それはつまり社会に普及するだろうという事で、つまりは人類は老いと性別から解放されるかもしれないって事で……

 ヤバい。俺は今人類史が動いた瞬間に立ち会っているのかもしれない……。

 

「こ、こんな事をして……みはりお前、兄を何だと思ってるんだ!」

 

 あまりの事にフリーズしてる俺をよそに、この度の事件の犯人に詰め寄る兄者。

 

「引きこもりのクズニート」

 

 だが姉者は間髪を容れずに切り返した。

 たまらず「あぐぁっ」と可愛らしい悲鳴を漏らす兄者だが、まだ姉者のターンは終わってないらしい。

 

「2年も外に出てない引きこもり」

「うぐぅっ」

「そしてやってる事と言えば、いかがわしいゲームばかり……」

 たまに音が聞こえてきてるんだからね。とトドメを刺す姉者を前に兄者は膝から崩れ落ち、完全にノックダウンしていた。

 いや、まぁうん。確かに音は聞こえてきてたよ。兄者エロゲをやる時もイヤホンやヘッドホン着けずに、スピーカーから音出してたから。でも俺も元同性。ソレを指摘されれば死ぬほど恥ずかしいという男心に理解はあったので黙っていたが……そうか、俺が聞いてるなら18歳以下の姉者の耳にも入ってきてるよなそりゃ。

 

「というわけで、お兄ちゃんにもいい加減働いてもらおうと思ってね。いやー、我ながら上手くいったわ」

「いや働けって、こんな姿にされたオレにどこで働けと……」

 

 確かに、働かせるにしてはむしろ不適当だ。

 今の兄者の見た目はせいぜい中学生の女の子。これでは若いではなく幼いだ。子供を採用しようという所は基本無い。それなら2年の空白期間はあろうと、20歳の男性だった元の姿の方が労働需要は高かろう。

 

 ……いや待てよ? 若い女の身体をした、成人済みの男性……。

「まさかみはり……オレにエッチなお店で働けと!?」

 

 はーい、ご指名ありがとうございまーす。まひろでーす♪ え、年齢ですか? フフ、大丈夫ですよ~。もう成人してま~す♪ だからお酒も飲めますし~、なんなら、その後だって~――

 

「おいおいおい身内を風俗にたたき落とすとか、流石にそれは妹として許さんぞ!?」

「そんなわけあるか! 治験よ治験! 経過観察させてって事!」

 

 心外だ! みたいに叫んでくる姉者だが、強制売春と無許可投薬実験は正直どっこいだと思うぞ。

 

「すぐ真人間になるなんて事ないだろうし、だったら私の研究の手伝いしてもらおうと思ってね」

 いやまぁ確かに、兄者の社会復帰はすぐには無理だろう。引きこもり始めて2年。身内が兄者の自室に入れるようになりはしたが、ココから兄者自身が社会に出られるようになるのに、いったいどれだけの時間が必要なのかと聞かれると……。

 

「心配しなくても、薬が抜ければそのうち元に戻るから」

 マジかよ。性別変わった上に身体が縮んでるんだぞ? それが薬が抜ければ元に戻るって、兄者の身体どれだけ変形するんだよ……。

 

「たぶんね」

 

『いやたぶんって何だよ!?』

 

 兄者と俺の声がハモる。断言してくれよそこは!

 

「理論上や動物実験では大丈夫だったけど、人間相手だと初めてだからね。その辺のデータ取るための治験だから」

 

 それは、万が一の場合、兄者はずっとそのままって事か……?

 俺と同じように、兄者も、元男の記憶を持ったまま、女として過ごすようになるって事、か……?

 

「この際、女の子の生活っていうのをしばらく楽しんでみたら? 私も色々教えて上げるから」

 

「……お、女の子の……」

 

「ついでに生活習慣とかも見直してくれたりすると良いんだけど……早寝早起きとか、一日一回は外にでるとか……」

「……ん、兄者?」

 これからを語る姉者の裏で、ギラついた目をした兄者はふふふふと、含み笑いを漏らしていた。

 

「そこまで言うなら仕方ない。あぁ仕方ないよなぁ……こんな身体にされちゃったんだもんなぁ……」

 よったよったと部屋の一角へ歩いていき、床から何かを拾い上げる兄者に姉者も気付いたようで、その異様な様子に言葉を詰まらせる。

 

「それじゃお言葉に甘えて堪能させてもらおう!」

 

 生臭い粘性を含ませた、それでも可愛らしいと思えてしまう声を張り上げながら拾い上げた物をコチラに突きつけてきた。

 

「女の子の――」

 

 それは大きさで言えば、辞書が入ってそうな位の箱だった。だがそこから放たれる物は、辞書の持つ理性的かつ知的な物ではなかった。

 そこに描かれていたのは、扇情的な格好の女たち。それぞれに男の情欲をかき立てるような物憂げな表情をしており、あまりにも本能的であり恥的であった。その女たちを隠さないように、しかしデカデカと書かれている文字は陵●の楽園。

 それは紛う事なきエロゲであった。

 

「夜の性活とやらをなぁ!」

「って、女の子になってやる事がエロゲなの!?」

「ふーっはっはっはっは! いやー興味はあったんだよなー。女の子の一人遊びってどんな感じなんだろうなって。エロゲのテキストで読むことはあっても体験する事なんて出来ないと思ってたけど、まさかそんな機会が訪れるとはなぁ。この機会に、存分に堪能させてもらうとしよう!」

 

 ……いやまぁ、確かに男性にとっての永遠の謎ではあるけどさぁ……。

「さぁ出てった出てった。兄ちゃんはこれから孤独な男の自分磨きの時間なのだ。女子供の立ち入って良い所じゃない。あ、今は女だから花園のお手入れと言った方がいいかな? アッハーっ」

 

 て、テンション爆上がりだな兄者……ついさっきまで女になった事にテンパってたのと同一人物とは思えないぐらいに……。

 豹変ぶりに置いてけぼりを食らう俺ら姉妹をよそに、兄者はいそいそとパソコンを立ち上げ、エロゲのディスクをセットし、ティッシュをたぐり寄せたりと準備を進めていた。

 いやあの、もっと狼狽えたりとか……ほら、下手すりゃ戻れないかもって話なんだぞ? そうでなくてもしばらく男に戻れないんだぞ?

 あ、あれ? 男ってエロが絡んだだけで、ココまで何もかもどうでもいいやとりあえず今はエロだ! みたいな感じだったっけ?

 

 困惑から立ち直れない俺をよそに、姉者は大きなため息をつく。モニターに表示される●辱の楽園の文字に変な笑いを上げる兄者に歩み寄り、その耳元に顔を寄せた。

 

「お兄ちゃん。ひとつイイコト教えて上げようか?」

「え? い、イイコト……?」

 どこか艶めかしさを含ませた姉者の言葉に、兄者が意識が吸い寄せられる。

 

「女の子の快感はね、男の100倍くらい凄いんだって……」

 

 ……え? 何だそれマジか?

 

「もしお兄ちゃんが、急にそんなのを味わっちゃったりしたら……」

「し、したらぁ……?」

 ど、どうなるんだ……?

 

「……ショックで頭が壊れて、パーになっちゃうから」

 ……は?

 

 気をつけてねー。との言葉を残して、姉者は兄者の部屋を出て行った。

 ……え、パーになる? 頭が壊れる?

 確かに、女性の快感は男性よりも凄い、なんて事は聞いたことがあるがしかし……え、100倍? マジで?

 

 姉者が出て行った扉から、俺たち二人は油が切れた機械のようなぎこちない動作でパソコンのモニターに目線を向けた。

 ギャラリーの回想機能を使ったのか、もうそこには本番をおっぱじめちゃってる絵が画面いっぱいに広がっていた。スピーカーからはテキストを読み上げる喘ぎ声が。

 

『う……』

 

 男がいきなりそんなの味わったらって事は、下手すりゃコレ、前世が男の俺もその対象になるんじゃないか……?

 

『うぅぅ……』

 

 つまり、俺たち二人は先の見えない禁欲生活を強いられるって事か?

 

『ウゾダゾンナゴドォォォ……』

 

 膝をついた俺ら二人の失意の言葉に、パソコンからの喘ぎ声がおおい被さっていた。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 入るぞと、女の子にしては低めの声がした。

 声の主はコチラの返事を待たずに部屋に入ってきたようだ。ガチャリという音と共に、光源がパソコンだけの薄暗い部屋に廊下の光が入ってきたのを、私緒山みはりは背中越しに感じていた。

 返事を待たずに入るのはどうなのかと思うが、声に込められた重苦しい雰囲気にそんな事言ってられそうにもないなと、パソコンのモニターから目を離し、背後へと振り返った。

 

「で、アレはどういうつもりなんだ? 姉者……」

 

 返事を待たぬ来客、緒山カンナ。緒山家の末っ子であり、私の妹らしからぬ妹。身長は小学校を卒業する頃にはすでに抜かれており、その高い視点から鋭い目をコチラに向けてきていた。

 

「アレってのは、お兄ちゃんに飲ませた薬の事よね」

「この場合それ以外ないだろ」

 

 扉を閉め、部屋の中心あたりまで詰めてきた妹。暗い部屋、光源はパソコンだけで、その前に座る白衣の私とそれに詰め寄る鋭い目の人。まるで悪の科学者を追いつめた復讐者みたいな構図だなと、我ながら場違いな事を思いながら椅子を回転させてカンナの方に向き直る。

 

「まぁ一言にまとめると、男性を女の子にする薬ね。色々医学や薬学やらでどういう作用が起こってるかの説明は……」

 

「その辺の専門知識はないから、飛ばしてくれてかまわない。俺が聞きたいのは、どういう意図で兄者にそんな薬を飲ませたのかだ」

 

「働かない兄を使っての治験って言った筈だけど?」

 

「ソレを言葉のまま信じると思ったかブラコン」

 

 建前は返す刃で切って捨てられた。

 ……だがブラコンというのはアンタだけには言われたくないな。

 

「姉者が兄者に飲ませたって事は、あんな無茶苦茶な効能に対して、あり得ない位安全性を確保してるだろうよ。そんな手間かけてまで治験にこだわる理由はない。働かせようってなら他に簡単な方法はいくらでもあった筈だ」

 

 その通り。あの薬は人体実験こそ初めてだが、それ以外の事は出来うる限りの事をやってから試している。

 ……そうねぇ。ま、アンタは年の割に聡いし言っても良いかな。

 

「……お兄ちゃんが引きこもるようになってから、もう二年よね」

 

「……そうだな」

 

「私が高校進学してすぐ。アンタはまだ小学5年生だったわよね」

 

 一応、高校生になった私と違って、カンナはまだ小さい子……いや小さくはなかったな。ギリギリ幼いといっていい年齢だった。

 そんな時に家族の一人が部屋から出てこなくなったという変化。当時は自分の気持ちの整理も出来ないぐらい衝撃を受けたが、より幼かったカンナには、どれ程の事だっただろうか。

 

「昔のお兄ちゃんの事、覚えてる?」

 

「昔って何時ぐらいの事だ。引きこもる手前か? それとも、俺が小学校に通い出した頃か」

 

「後者。6年ぐらい前ね。覚えてる?」

 

「覚えてるさ。年の離れた俺にも、良くしてくれていたよ」

 

「そう。昔は優しかったよね、お兄ちゃん」

 

 転んで怪我したら、大丈夫かって駆け寄ってきてくれたお兄ちゃん。

 テストでいい点取ったら、良くやったなって頭を撫でてくれたお兄ちゃん。

 大勢の人の行き交うお祭りの中、慣れない浴衣で歩みも覚束ない私の手を引いてくれたお兄ちゃん。

 陸上の大会で優勝して、凄いなって褒めてくれたお兄ちゃん。

 作ったお菓子を、美味しい美味しいって平らげてくれたお兄ちゃん。

 欲しいって言った景品を、ゲームでとってプレゼントしてくれたお兄ちゃん。

 

 そんな、色々教えてくれて、いっぱい褒めてくれて、たくさん助けてくれていた頃のお兄ちゃん。

 

「私はね、そんなお兄ちゃんに戻って欲しいの。今みたいに、何かに怯えるかのように部屋に閉じこもって、何もかもを拒絶するようなままは嫌なの」

 

「……まぁ、目的は分かった。だがそれと性別を無理矢理変えたのと、なんの関係が……」

 

「女の子にした理由は三つ」

 

 指を三つ立てる。

 

「一つは、とにかくお兄ちゃんの環境を変えて、現状に変化を与えること。外に連れ出せれば手っ取り早いんだけど、それが出来ないから今大変なわけだから、お兄ちゃん自身を変えて、変化から逃れられないようにするの」

 

「……いささか、強引がすぎるんじゃないか」

 

「荒療治なのは認めるけど、今のお兄ちゃんには、それぐらいのインパクトは必要だと思うの」

 

 私の言葉に、カンナは未だ納得がいっていないようだが、話を進める。

「二つは、私がお兄ちゃんに関わる切っ掛けを作る事。女の子初心者のお兄ちゃんは今、自分の身体の事でも分からないことだらけ。だからソレを世話する事で、お兄ちゃんとのコミュニケーションを取る糸口にする」

 

「……姉者それは、マッチポンプというんじゃ……」

 

「女の子にした責任を取ってるだけよ」

 

 物は言いようだな。と呆れを混ぜたため息をする我が妹。

 

「そして三つ目。新しい環境と、会話する機会。これら二つを用いて、お兄ちゃんが何で引きこもるようになっちゃったのか。その理由を探り、解決の糸口を探す」

 

 …………。

 

「……コレで兄者の現状が好転するっていう、確証はあるのか?」

 

「ないわ」

 

 けれど。

 

「でも、今のままじゃ駄目ってのは、間違いない。なら、確証はなくても、現状は変えなきゃいけないの」

 

 確かに時間の流れが現状を変えてくれる事はあるだろう。時間が解決してくれる。という言葉もある。

 だがそれが好転とは限らない。

 年を取れば、お兄ちゃんの社会復帰の難易度だって上がる。

 私たち兄妹にとって、時間の経過は味方ではないのだ。

 

「……だが、リスクが大きすぎるだろ……」

 

「身体への負担の事? 確かに変化も大きいし、人間への投与も初めてだけど……信頼して。後遺症が残るような事は絶対にないから」

 

「いやソレを抜きにしてもだ……」

 

 ……まぁ、我ながら、ちょっと無茶苦茶やってるという自覚もある。結構常識的というか、頭が固い所がある我が妹には納得しかねる所もあるのだろう。

 

「……そ、その、自慰をしたら、脳に異常が出る状態は、いくらなんでも危険というか……」

 

 …………

 

「え? アンタあれ信じたの?」

 

「おいちょっと待てどういう事だ」

 

 どういう事も何も……。

 

「いや、そりゃ男女で身体も脳も構造が一部違うとはいえ、同じ人間なのよ? 女の方が快楽が強いって言ってもせいぜい数倍程度よ。100倍だとか脳が壊れるとか、そんなバカみたいな差はないわよ」

 

 …………。

 

「あ、姉者おまっ、お前なぁあっ!?」

 

「いや、ちょっと冷静になれば分かりそうな事でしょうよ」

 

「医学やってる奴が素人相手に言うのは洒落にならねぇんだよ!」

 

 そういう物だろうか。

 

「はぁ……つまり万が一、兄者が致してしまっても問題ないんだな」

 

「まぁ脳には問題ないわよ」

 

 ただねぇ……。

「ただ?」

 

「その、ハマってそればっかりにならないかしらってのは心配だけど」

 

 あぁ、成る程。と神奈も納得を見せる。

 引きこもってからお兄ちゃん、昼夜関係なくエッチなゲームしてたからなぁ……。

 

「……兄者には、まぁ、言う必要はないか」

 

「そうね。そうしてくれると助かるわ」

 

 私たち姉妹で意見は一致した。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 神奈が去っていった後の部屋で、みはりはモニターに向かいながら先ほどの会話を振り返る。

 実は先ほどの会話では語らなかった理由が、もう一個ある。

 

 今緒山家には大人が居ない。両親は出張のために海外にいる。

 その話が上がった時、兄のまひろは引きこもりになっており、妹の神奈はまだ小学生。いくらみはりがしっかりした子だったとして、この二人を任せて海外に行こうとは、両親も考えていなかった。

 兄の方は部屋から出てこない。なので、妹の神奈を連れて行こう。そう考えていた両親に、神奈はまったをかけたのだ。

 

「兄者の件、俺に任せてくれないか」

 

 何をバカなと、みはりも両親も思った。

 小学生が、成人男性の引きこもりに対処しようというのだ。

 何を言い出すのか。この子は現実が分かっていないのだ。

 だがそんな言葉は出なかった。据わったその目から、幼さからくる無謀さや、感情からくる暴論じみた物を感じなかったからだ。

 

「兄者の件については、俺にも責任がある」

 

 まるで自分のせいで兄が引きこもりになったと言わんばかりの物言い。それは違うだろうと、みはりは言いたかった。だが兄が引きこもった理由が分からない自分の口は、否定の言葉を出すことが出来なかった。

 

「父さんと母さんは、家を経済的に支える必要がある。海外赴任が決まったのなら、部屋から出せない兄者の対応は無理だろう」

 

 それは、事実を淡々と並べ立てる事による、この問題に対する戦力外通告だった。

 そんな事はない。自分たちは親なんだ。我が子の問題から逃げるような事はしない。

 そう言いたいが、しかし現実問題として仕事を今から変えるのは厳しいと言わざるを得ない。家持ちで子供3人を育て、さらに一人は大学に通っている。

 経済力の低下は、何かを切り捨てる事につながる。

 

「姉者はせっかく飛び級までして大学に入ったんだ。間違いなく、姉者は天才の類だ。学業を妨げるような事はしたくない」

 

 だから、三人は引きこもった真尋の問題への対処は出来ないだろう。

 成る程筋は通っている。残るは自分だけだから、自分が対処する、と言いたいのだろう。

 

「何言ってるの!」

 たまらず大声を出してしまった。

「かんなだって、友達と遊んだり勉強したり、おしゃれや恋愛とか、やりたい事があるでしょ!」

「ないな」

 

 当たり前の、常識でもって反論した筈のソレは、たった一言で切り捨てられた。

 

「例えあったとして、それは家族より優先しなければならない事ではないだろう」

 

 感情的に大声を出した私とは対照的に、かんなの声はひどく冷静で平坦な物だった。それこそ、自分が言っている事が当たり前で常識だろと言わんばかりに。

 確かに、確かにだ。家族を大切にするのは、一般的には普通の事なのかもしれない。

 だが、まだ小学生の子供が、滅私でもって行おうとする事じゃない。

 

「じゃ、じゃあ私もお兄ちゃんのーー」

「姉者は駄目だ」

 

 世話と問題に対処するーーまで言う前にかんなに否定される。

 

「何でよ! 家族を優先しなければならないみたいな事言ったじゃないの!」

 

「さっきも言っただろう。姉者は天才だ。その研鑽を邪魔する事は出来ない。俺のような凡人とは訳が違う」

 

 何だそれは。

 私が才能があったとして、それが家族を大切にしない理由になるというのか。ふざけるな。

 能力が原因で駄目だって言うならーー

 

「凡人の小学生が、お兄ちゃんの事をどうにか出来るの?」

 

 かんなだって、能力を理由に駄目だと言われても仕方ないでしょ?

 言い返せないだろうと、私は確信していた。全部かんなの口から出た言葉と事実なのだから。

 

「すぐに結果を出せと言われたら、確約は出来ない」

 そら見たことか。だから私もーー

 

「だが、例え生涯を賭ける事になろうとも投げ出すつもりはない。最期まで解決が出来なくても、その責任は、俺が兄者の世話を引き受ける事で取るつもりだ」

 

 続けて放たれた言葉の意味を、私は数秒経っても理解出来なかった。

 大きくなったら、お兄ちゃんと結婚するの。

 なんて台詞はマンガや小説、ドラマなんかでたまに見かけるし、それに対していやいや、血のつながった兄妹で結婚なんて出来ないんだよ。と訳知り顔で諭すような事を思い浮かべる事はあった。

 

 お兄ちゃんが引きこもっちゃったから、私がなんとかする。なんとかならなくても、その面倒は一生見るの。

 

 小学生の妹の口から聞くには、例え法律的には問題なかろうと、あまりにも、あんまりな言葉だった。まだ結婚すると言われる方がマシだとすら思えた。

 しかも、冗談や感情的な言葉ではなく、重々しく、真面目に言っているのだ。

 

 それからも家族会議は続いた。私とお母さんとお父さんで、必死にかんなを説得しようとした。

 結果は今の緒山家を見ればお分かりだろう。

 両親は海外へ飛び立ち、私は大学に通いつつ、家事とお兄ちゃんの問題への対処をする事となった。かんなと一緒に。

 

 今回の、お兄ちゃん改造計画の、最後の理由。

 

 お兄ちゃんの引きこもりを早期に解決し、かんなの青春を取り戻す事。

 私は、お兄ちゃんの妹だが、同時にかんなのお姉ちゃんでもあるのだ。

 私の事を天才だと言うのなら、良いだろう、やってみせよう。

 計画は動き出した。今のところは順調だ。

 願わくば、この企みが、私の家族に幸をもたらしてくれますように。

 

 

 

 

 

 

 

 





 緒山神奈(おやま かんな)の名前の由来は、
 漢の名(オトコ の ナマエ)
 →漢名(カンナ)
 →神奈(カンナ)
 となりました。まひろ、みはりの名前の法則性、マ行ハ行ラ行でつけたかったのですが、色々試してみて、なんか文面上に同じような名前が並ぶと見づらいな。となって全然関係ない法則で名前をつけなおしました。

 あと原作では他作品の名前は文字ったりして避けてましたが、SSなのでそこはネタに合わせて柔軟に行こうかと思います。

 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。