兄者はおしまい   作:知らない半島

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ふと見れば二か月経過していた……
年末の追い込みで休日が減り、その追い込みで得た正月休みは帰省で作業環境が変化したせいか集中出来ず、結局12月が半分以上飛んだ感じでした。オンノ~レ。
 ただ最近ChillWithYouっていうPomodoroタイマーと作業用BGMとToDoリストやその他もろもろをひとまとめにしたソフトを導入したのですが、いいですよコレ。作業時間でポイントが溜まるというのも良いし、Steam開いたら目に飛び込んでくるのが非常に良きです。


ep013 まひろと冒険と正しい導き

ep013 まひろと冒険と正しい導き

 

 

 

 緒山真尋。成人男性、無職。

 緒山家の長男にして、受験の失敗をきっかけに部屋に引きこもるようになった、現役のニートである。

 転生チート主人公様ならばこんな事になる前に、言葉巧みに彼を励まし、元気づけ、今頃元気に大学へ通わせられたことだろう。だが凡人が年若い女の子のガワを被っただけの俺には、彼が追い詰められ傷ついていくことを防ぐこともできなければ、その心の傷を癒やしてあげることもできなかった。

 なればこそ、何もできなかった一人の大人として、彼の社会復帰に全力を尽くすのは至極真っ当で当たり前の行いであるわけで、今日はそういう用事だった。

 

「兄者、ちょっといいか?」

 

 ドアノックを三回。「おーういいぞ~」という気の抜けた声に許され、ドアノブを回す。

 部屋に入れば、目に飛び込んでくるのは胡座をかいた兄者の背中。ただそれは成人男性の物よりだいぶ小さく、男ではまずありえないほど長い髪が、その姿のほとんどを隠してしまっていた。

 

「どうしたカンナ~。漫画でも読んでいくか~?」

 

 あ、エッチなのは今ないぞー? とからかい混じりに言いながら、目線はずっとテレビ画面の中で繰り広げられる冒険に釘付けにされている。

 

 兄者が社会復帰するためにと、姉者に女の子にされて、早いもので半年がすぎた。

 2年間碌に部屋から出てこなかった状態から一転。最近は気軽に部屋から出てきており、冷蔵庫に飲み物は無いか、つまめるお菓子は無いかと、台所をあさる姿をよく見かける。

 さらに俺か姉者が同行するなら、外出をするようにまでなった。走ったり、外食したり、買い物に出かけたり。そして極めつけは、この前のお使い。兄者が、一人で、スーパーまで買い物に出かけたのだ。罰ゲームという強制力あってのものだが、それでも少し前の兄者からは考えられないような進歩だった。

 

 この勢いを止めるわけにはいかない。故に俺は、追撃の矢を放つこととしたのだ。

 

「漫画関連の話ではあるのだが……兄者、本棚が大分さみしくなったよな」

 

「もみじに見つかって、片付けちゃったからなー。まぁ、今のオレが間違って読んでしまわないようにって意味でも、良かったとは思うがな」

 

 この前女子中学生の知り合いにエロ本が見つかり、あえなく片付けることとなったのは記憶に新しい。壁際に設けられた本棚の半分を占めていたお宝本は、今は段ボールに詰められてクローゼットの中に封印されている。

 

「そこでだ兄者。週末一緒に本屋巡りなんてどうだ?」

 

 本屋巡り? と俺の提案に怪訝そうな声を漏らす兄者。

 

「あぁ。ネット通販や電子書籍なんかもいいが、たまには店舗を回るのも悪くないんじゃないか? 検索やアルゴリズムのおすすめには出てこない、お宝なんかがあるかもしれないだろう?」

 

「あー成る程。確かにネットを通してだと、トップ画面に並ぶようなものしか見ないよなー」

 

「それにゲームショップも回るのはどうだ? 古いゲームで欲しかった物とかが、2年の間に並んでいるかもしれん」

 

「そういや、ゲームショップも2年間行ってないんだったなー」

 

 うーむ悪くないなー。と、声に喜色が混ざる。

 

「え~っと、今日が確か……」

 

「水曜日だな。出かけるのは土曜日でどうだ?」

 

「オッケー。楽しみにしてるわ」

 

 トントン拍子にお出かけの予定は決定した。「じゃ、土曜日に」と言葉を残して俺は部屋を後にする。

 驚くほどすんなりと兄者を家から出せるようになった。抵抗もなく、躊躇いもなく、ただ気楽な週末の予定を決めるかのような、あの会話。

 確実に、兄者は社会復帰の道を歩めている。そのことに心の奥底からの安堵の息を吐く。俺ら姉妹のやってきた事は無駄ではなかった。

 

 さて、とにもかくにも週末だ。回る店のピックアップと、昼飯の候補を数店出しておくために、俺はスマートフォンを取り出すのだった。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

「まるでデートね」

 朝食を食べた後の、まったりとした時間。姉者はコーヒーを音もなくすすった後にそんな言葉を残した。

 

「年若い男女が、週末にお出かけなんて」

 

「兄妹なんだから、普通に家族のお出かけだろうよ」

 

 珍しく馬鹿な事を言う姉者に対し淡々と返した後に、俺もコーヒーに口をつける。

 

「昨日お兄ちゃんに頼まれてね~。お出かけするから服を用意しておいてって」

 

「いつもの事だな」

 

「でも今回、ちょっと自分で服を選んでもらってみたのよ」

 

「何やらせてんだよ」

 

 成人男性に女の子の服選びをさせるんじゃありません。分かるはずがないだろ。

 姉者の暴挙に呆れていると「お待たせ~」と支度が終わったらしい兄者がリビングに入ってきて、俺はその姿を見て言葉を失った。

 黒ベースに白が入ったチェック柄のミニスカート。ベージュ色のオーバーサイズの長袖服。そして黒いベレー帽。財布とか色々入っているであろうポシェットの赤がモノクロチックな服装の中で存在感をアピールしている。

 

「どうどう? お兄ちゃん、自分で選んだにしてはかなり良い秋コーデになってない?」

 

 確かに、いい。女の服装なんて評価するだけの知識があるわけじゃないが、しかし目にして第一に感じたのが「良い」という印象だった。カワイイ女の子、という言葉のピースがストンと自由落下でハマるような、そんな感じ。

 これを兄者が自分で選んだというのか? 女になって、まだ数ヶ月の兄者が?

 

「なぁなぁ、どうだカンナ? みはりは良いって言うけど、コイツ結構少女趣味というか、カワイイ極振りな感性だしさ~。お前の意見も欲しいんだけど」

 

「ちょっと? カンナよりまともな感性してる自信はあるんですけど~?」

 

「……良いと思う、ぞ? 色合いは落ち着いてるし、かといって白黒だけじゃ終わらないしで、オシャレなんだと思う……」

 

「そーかそーか。いやーソレ聞いて安心したわ」

 

「そう? こんな格好してる子の評価よ?」

 

 と言って、姉者は俺の服装をジトーッとした目で見てくるが、何だよ、別におかしいところはないだろう?

 

 白いチノパンに、細い紺色の縦縞の入ったブルーグレーのシャツ。そして黒いジャケットだ。ごくごく普通の服装だろうよ。

 

「どー見たって男の人なのよねー。女子中学生のお出かけコーデではないわ」

 

「まー、オレが男だった頃の服だからなー」

 

「仕方あるまいよ。こんなニョキニョキ伸びる身長に合わせていちいち服を買ってたら、いくらあっても足りないさ」

 

「もー。何なら今日のお出かけ、私も付いていこうかしら? 服屋にも寄ってアンタの服をーー」

 

「兄者、準備ができたなら早速出発するぞ」

「合点承知の助」

 

 俺は残りのコーヒーをずいっと飲み干し、「後は頼む」とカップをテーブルの上に置いて「あ、こら待ちなさーい!」と叫ぶ姉者を置いて玄関へと足を進めた。兄者も俺にならい「行ってきまーす!」と茶色いローファーに足を入れる。

 

 今日は男のサブカル巡りの予定なのだ。女の子のファッション行脚はホント、しばらくはご遠慮しますってね。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 古本屋の変色した背表紙の並ぶ、棚の間の狭い通路を練り歩くのは嫌いじゃない。ふと気になったタイトルの本を手に取り、あらすじを読んで買おうかどうかと考える一時は、時の流れの違う別世界に迷い込んだかのような味わいがある。

 普通の町の本屋で、普段興味もないような棚を巡って新たな出会いを求めるのもまた良いものだ。最近の雑誌で世の情報に触れるのは、己の興味関心に最適化されていくインターネットのアルゴリズムによって切り離された、世界の断片に触れられる良い機会だ。

 

 だがまぁ、俺と兄者が行くとなれば、だ。

 

「いやー久々に来たな-、アニメイト!」

 

 一般的な本はほとんど無いが、サブカル方面なら本以外でも大抵揃う。アニメ、漫画、ゲーム関連に特化したサブカルオタク御用達の専門店。

 店先に並ぶガチャポンに、店内に踏み込めば二次元キャラのポスターやらポップやらが出迎えてくる。一般的な書店にはないこの空気感は、さながらホームに帰ってきたような安心感を俺らに与えてくれる。

 

 トテトテと兄者は漫画コーナーへ。少年漫画、青年漫画を通り過ぎ、少し大きめの4コマ漫画系の本が並ぶ棚の前に行く。少し棚を見回した後、棚の前で物色していたいかにもオタクでございますといった出で立ちの男性に「すみません」と一言入れて一冊の本に手を伸ばす。

 声をかけられ兄者に気がついたそのオタクは、その姿にギョッとした様子で一歩距離を取ったのが少し面白かった。そうだよな。俺らにとっちゃ別世界の住人に見えるよな。でもその中身は俺らなんだよな、その娘。

 しかして、あの様子ならばなんら心配は要らんだろう。普段外出先では俺らにひっついて離れない兄者だが、ココは己の庭だと言わんばかりにリラックスした様子で抱える本を2冊に増やしていた。持ちきれなくなるのも時間の問題だろう。

 

「まひろ、カゴだ」

 

「お? おぉ。サンキューなカンナ」

 

 外だと兄者と呼ぶわけにもいかないので名前呼びをして、差し出したカゴに本を入れられる。

 その時「チッ……」と、苛立ちを含んだ舌打ちが耳に入ってくる。

 

 何かトラブルでも起こったか? と音のした方を見るも、数人の客がコチラに背を向け、本棚か本を見るばかり。特に何かが起こっている様子はない。

 ……関係の無い物だったか? と、ひとまず己を納得させ本棚に目を向ける。俺もたまには何か買ってもいいかもしれないと物色するも、なかなか手が伸びない。というのも、前世の頃は成人男性の独身貴族だった身だ。気になる漫画とかは結構遠慮無く買って読んでいたもんだから、興味のある物は大体既読だったりする。

 

 となると今まで手を出してこなかったジャンルを開拓するべきだろうか。少年漫画、青年漫画は結構色々読んでいたし、となると少女漫画か? 女子中学生のガワを被っている今、それらを読むのは至って普通に見えるかもしれないが、興味が沸いてこない。

 というか恋愛をメインに据えた話が基本駄目というか……惚れた腫れた、告白するのかしないのかで、何話も続くそれにドキドキや興奮以上に辟易してしまうところがある。特に少女漫画のソレは共感とか理解とかが難しい分、その面が強く出てしまう。コレが少年漫画、青年漫画だとサービスシーンが入ったりでモチベーションが跳ね上がるのだが……。

 いやしかし、新規開拓となればそれこそ挑むべきなのかもしれん。しかし一体何から見たら良いものか、と頭の中をこねくり回しうんうん唸っていたところ、クイクイと袖を引っ張る感触にそちらの方へ目を向ける。

 

「なーカンナ。カゴ持ってくれね?」

 

 そう言って軽く持ち上げた兄者のカゴには十冊いってるんじゃないかと思うほどの本が放り込まれていた。元から貧弱だったところに女体化して子供に戻された兄者には少々重いかもしれんな。「ほれ」と手を差し出せば「ん」と一音だけの返事と共に手にそこそこの重みが加わった。

 

「カンナは何か買わないのか?」

 

「ちょっと新規開拓を考えているんだが……」

 

「大体オレの持ってる本は読んでたよなお前。となるとオレもあまり読んだこと無い類いの本になるのか……?」

 

「なもんで、少女漫画を検討していたんだが、どうにもな……」

 

「今まで読んでこなかったのには理由があるんだろうしなー」

 

「ふーむ……方向性を変えてみるか。手塚治虫ってアニメイトにもあるかな?」

 

「どーだろう……藤子・F・不二雄ならあるんじゃね?」

 

「そういえばドラえもんって漫画版は手をつけてなかったな」

 

「オレもアニメしか見てなかったなー」

 

 そんな会話を交わしながら店内を練り歩く。さて昔の漫画コーナーは何処だろうなと棚札を見て回ると、また「チッ……」と舌打ちが聞こえてきた。

 

 ……顔はそのままに、目線だけで周囲を見渡す。何かトラブルが起こっている様子は……ない。周囲の奴らは目の前の商品に目を向けるばかりで、今の舌打ちに反応もない。ということはおそらく、周囲の奴らは舌打ちの原因が分かっている故に、同意を込めた無反応だと思われる。

 ……となると、原因は俺らか? いやしかし、何か人を苛立たせるような事をしただろうか? 特にマナー違反の類いはしていないと思うのだが……。

 

「カ、カンナ……なんか、空気が緊張してる、みたいな感じしね?」

 

 兄者もこの場に充満した冷たく重い空気に気がついたようだ。

 しかし、何故だ。ココは俺らのホーム、オタクの馴染みの店。だというのに、ココの住民は俺たちを拒絶するというのか。

 

ーーまるでデートね。

 

 困惑に思考を回していると、ふと出かける前に言われた姉者の言葉を思い出した。

 男の格好をした俺と、美少女ファッションで決め込んだ兄者の二人でお出かけするこの状況を、外から見ただけで判断したらそうなるだろう、という姉者の言葉。

 成る程つまり、そういう事だろうか?

 

「兄者、もしかしてだけど、俺達カップルに見られているんじゃないか?」

「なんだって?」

 

 疑問の声をあげるも、すぐ自分と俺の格好を見て「あー……」と不満半分、納得半分な声が漏れ出た。

 そう、俺たち兄妹の見た目は背の高い男と小さくて可愛い女の子の二人組だ。見れば恋仲に思うのは不思議な事ではない。

 実際は血の繋がった兄妹で、デカイ方が妹で、小さくて可愛い方が兄というあべこべなのだが、そんな物は外から見て分かる物でもないだろう。

 

「成る程。たしかにこんな所にカップルが居たとなれば舌打ちしたくなる気持ちも分からんでもないな」

「あぁ。俺らもこんなオタクの巣窟でイチャイチャを見せつけられれば同じようなことをするだろうからな」

 

 うんうんと二人して腕組みをしながら頷く。こんな所に居るのは9割モテないサブカル趣味な奴であり、兄者も俺も年齢=恋人いない歴な故に理解できる。

 

「ココは誤解を解く方向で動くぞ」

「了解だ兄者。確認だが、俺が兄で兄者が妹でいいんだな?」

「まぁ、事実は信じがたい状態だからな」

 

 背が小さくて美少女に見える男性とか、だいたいそういうのは少年とか、よくて青年がやるもんだ。成人男性でそんな設定の奴はエロゲにだって早々居ない。

 二人して「んっ、んんっ」と喉を鳴らしてチューニング。

 

「おにーちゃんっ、まひろこの漫画もほしー!」

「HAHAHA、もちろん良いぞ。前巻は確か、すっころんでスカートの中に頭を突っ込んじゃったところで終わったんだっけ? 俺も続きが気になっていたんだ。さぁ、カゴに入れなさい」

 

「チィィッッッ!」

 

「……なんか、一際大きな舌打ちが鳴らなかったか? 兄者……」

「あー多分、イモートイナイ族の一部だろう。彼らは妹という存在に幻影を抱き追い求める、オレらには救えぬ存在だ……」

「悲しいなぁ……」

 

 この空気の中、長居するのは得策ではないだろう。俺たちも彼らを無闇に刺激したいわけではない。

 そそくさと本の入ったカゴをレジへと二人で持って行く。まぁ、一回付き添いありとはいえここまで来れたのだ。次は兄者一人で訪れればトラブル等も避けられるだろう。

 あ、兄者。ポイントカードとか持ってるか? ない? そっか。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 世間一般的に、引きこもりの食生活というものは偏りがちになる、というイメージがあるのは、冷凍食品やレトルト、カップ麺という保存が利く物、他にはお菓子等のジャンク系を主食にする傾向があると思われているからであろうが、それは我が家には該当しない物であった。

 兄者の食事は基本3食全部俺か姉者が手作りしたものであり、そりゃカップ麺やお菓子等を食うこともあっただろうが、栄養素的に言えば一般成人男性よりも整った物を食っていたであろうと自信を持って言える。

 そんな食生活をしていた兄者は引きこもり期間中食べる機会の無かった物が結構あり、前回の考えなしの大量ピザ注文や、ラーメン屋での許容量を超えた注文はそれが原因の一端を担っていたであろうことは想像に難くない。

 そして同じように引きこもり期間中に断っていた食べ物の中には、一般家庭で手作りすることはまずないジャンクフードの代表格、ハンバーガーの存在もあったのだ。

 

「ん~~ウマウマ~♪」

 

 右手に照り焼きバーガー、左手にポテト。トレーの上にはコカ・コーラ。口の端にソースをつけ、頬を膨らませながら頬張る姿は、さながらハムスターの食事シーン。

 

「久々に食うと旨いよなー、マックのポテト。なんか他の所とは別物というか、焼きそばとカップ焼きそばぐらい違うというか」

 

「分からなくもない。他の店はホクホクしているというかジャガイモを感じるのに、マックのはそういう感じしないんだよな」

 

 ナプキンを兄者の口元に持って行けば、ん。と顔を突き出してくる。ソースをさっと拭い取れば、兄者はすかさずバーガーにかぶりついた。

 

「にしても、こういう直接手で持つ飯を食ってると、縮んだんだなって実感するなぁ。前は手に収まってるって感じだったのに、今じゃ片手じゃちょっと大きいや」

 

 ま、お前には分からんだろうけど。なんて兄者は言うが、実のところ俺の方がその実感は強かったぐらいだ。

 何せ成人男性から赤子にまで縮んだのだから、世界が変わった感じがしたものだよ。ドアノブに手が届かないし、椅子から降りるのもちょっと危険なぐらい。家の中を移動するだけでも一苦労だったあの頃を思えば、まだ普通に動ける兄者の縮み具合は楽な方だとは思うよ。

 まぁ、そんな事を口にするわけにもいかないので「あまりそういう事を外で言うものではないぞ」とたしなめるにとどめた。

 休日の昼頃だけあって、周囲には結構な人が居た。何処の誰に聞かれるとも知れないこの状況で、あまり迂闊な事を言うべきではないだろう。

 

「そういやさ」と、兄者は客の中の一角。部活帰りであろう女子高生の群れを見ながら口火を切った。「お前って、こういう所は普段来るのか?」

 

「こういう所っていうと、バーガーショップか?」

 

「あぁ。なんつぅか、こういう所って放課後の学生のたまり場的な感じだろ? お前も学校帰りにこういう所来たりしてんのかなーって」

 

「いや、俺は基本学校が終われば直帰か、スーパーによって食材を買って帰るかの二択だな」

 

「あんまりこういう所には来ない感じか」

 

「わざわざ一人で立ち寄ろうと思うほど、ハンバーガーが好きなわけでもないからな」

 

 ビッグマックを大口開けて齧り付く。この独特の風味と味、久々だと確かに旨いと感じるが、頻繁に食いたいかと聞かれたならば「いやけっこうです」と答えるだろう。

 

「……友達に誘われたりとかは?」

 

「友人はいないし、いたとして家のことがあるからな。誘われても断るほかあるまい」

 

「……そっか……」

 

 モソッと、テリヤキバーガーに小さな歯形がつけられる。

 何処かゆっくりとした咀嚼の後、いつもより長い時間をかけて飲み込まれた。

 

「……なぁ、それって……」

 

 言いにくそうに、ためらうように、兄者の言葉が紡がれる。

 

「オレが……引きこもりになっちまったから……だよな……」

 

 眉根を寄せて、視線を下げて、喉につっかえる言葉を、無理矢理吐き出すような言葉。

 あぁなんだ……そんな事を思っていたのか。

 

「いや、どちらかというと、兄者が引きこもりになった件は、言い訳に使った感じだな」

 

 残り少なくなったビッグマックの半分ほどを口に入れる。残り一口程度のソレを手に、俺はコーラをコップから直接一口飲む。

 

「兄者、そもそもの話だが、俺が家に友達を連れてきたことなんてあったか?」

 

 問いかけに「えっと、どうだったかな……」と中空へ視線をさまよわせる兄者だが、まぁすぐに思い出せたことだろう。

 

「そういえば、ない……な……」

 

 その通りだと肯定するも、何処か兄者は気まずそうな表情をしている。

 まぁ一般的に十代の女の子に、友達がいない、なんて口にさせるのはそりゃ気まずいなんてものではないだろう。

 だがコレはハッキリと告げねばなるまいよ。俺に友達がいないのは、兄者のせいではないという事を。

 兄者がその事で、自分を責めたりしてしまわぬように。

 

「昔っから、どうにも周囲に馴染めなかったんだよ」

 

 ビッグマックの最後の一口を口に放り込んで、数回の咀嚼で嚥下する。

 

「どうにも趣味趣向が違うというか、波長が合わないというか……」

 

 正確には、内面の年齢差から来る軋轢だ。

 外から見たら、年齢一桁の子供の群れの一人に過ぎないが、主観的には子供の群れの中に放り込まれた、いい年したオッサンなのだ。そんなオッサンが、幼稚園児、小学生と波長を合わせて一緒にはしゃぎ回りましょう。なんてのは無理であるという事は想像に難くない。

 

「兄者だって、俺が中学生の群れの中ではしゃいでる姿なんて想像つかないだろ?」

 

「い、いや、そんな事は……」

 

「無理しなくてもいい。自覚はあるから。そんなんだから、まぁ、正直助かったところはあるんだ。家の事をするから、同級生達とつるまなくてもいいっていう言い訳ができたからさ……」

 

 不謹慎で申し訳ない事だが、そこは本当に助けられた事だったのだ。

 別に言い訳なんてしなくても、一人で居ることに抵抗は無かったのだが……しかしそれでも、対外的に納得させられる理由というのは、実に俺にとって都合が良かった。

 

「だから、その件に関して兄者が気に病む必要は全くない。俺は兄者が引きこもろうがどうしようが、結局学校じゃ一人だっただろうから」

 

 しばらく、兄者は無言のままだった。

 もそりもそりと、小さくテリヤキバーガーをかじる兄者。なんとなく無言で氷を口の中で転がしながら完食を待つ。

 その間に、会話の運び方を間違えたかな……、なんて居心地の悪い中少し反省をしつつ。

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 今更思い出すまでも無い当たり前の事ではあるのだが、オレはものすごく家族に迷惑をかけてしまっているのだろう。

 引きこもりの家族一人の重みを、皆に背負わせてしまっている。そんな事実を時折思い出し、体の内側がキュゥッと縮み上がるような感じに、たまになる。

 しかもオレが引きこもり始めた時、カンナはまだランドセルを背負っているような歳だったのだ。そんな年齢で、兄が部屋から出てこなくなったなんて変化を背負わせるのは、一体どれほど惨い事だったのだろう。

 ……友達作りを、はじめから諦めてしまうほどの衝撃とは、一体どれほどの物だったのだろうか……。

 だからそう。それに報いたい、という思いを抱くのは、それほどおかしな話でもないだろう。

 

「なぁ、カンナ。お前欲しいゲームソフトがあるなら、一本買ってやるぞ?」

 

 例えソレが、自己満足のためだとしても。

 

 ハンバーガーを完食した後、オレらは本日最後の予定であるゲームショップへと足を運ぶこととなったわけだが、いかんせん食事中の話題選びをミスったせいか道中は気まずい雰囲気になっていたように思う。

 そんな空気を払拭したく、つとめて自然を装い、オレはカンナに提案したのだった。

 

「え、俺が欲しい、ゲーム?」

 

「おう。お前ももう中学生だし、俺がプレイしているのをよく後ろから見てるじゃんか。興味がないわけじゃないってんなら、一本自分で選んでみるのもいいんじゃないかなって思ってよ」

 

 コレで一般女子みたいに、私ゲームとかあんまり興味ないのよね~。とか言うタイプなら勧めやしないが、コイツはそうでもない。むしろ逆な方だ。ゼルダで謎解きをクリアした時なんかは一緒に「タリララタリララン♪」とか口ずさむほどにゲームに対してノリがいい。

 なら一回、コイツにゲームを選ばせてみるのもいいんじゃないかと思うわけだ。

 

「あ~、成る程……」

 

 口元を押さえ、何を言っているのか判別できないほどの声量でブツブツと考えを垂れ流した後に、カンナは口を開いた。

 

「マリオ系は大体持ってるよな?」

 

「そーだな。鉄板ものは大体」

 

「という事は任天堂系統はおおよそ持ってる、か……カプコンやバンダイナムコ、スクエニやセガもビッグタイトルは持ってる感じかな……」

 

 まぁ言うとおりではあるものの、流石にビッグタイトルといえど全部を持っているわけではない。食指が動かなかったタイトルに八千円近くを払うほどの経済力は流石に無かった。

 しかしコイツ、ゲームの制作会社を指して語るか……オレの想定よりゲームに関しての知識も持ち合わせているかもしれないなコレは……。

 

「とりあえず、適当に見繕ってくるよ」

 

 行ってらっしゃ~い。と見送りつつ、オレはオレで買うゲームを決めるかと、棚を物色することとしたのだった。

 といっても、ゲームショップに来た時なんて大体買うゲームというものは事前にもう決めているのが常なもの。オレはRPGのコーナーへ行き、目的の物を棚から取った。

 錬金術でアイテム制作して、依頼や課題をこなしつつ、ストーリーを進めていく女の子が主人公のRPGタ~ル♪ いやー、この錬金術でアイテムを作るっていうのが実に面白そうで気になってたんだようにーっ。ネットでも評判になってたし、キャラクターデザインも良きでムチムチ。

 結構シリーズが続いている物で、度々気になってはいたのだが、どうにも男の頃は手に取りづらい感じがあったのだ。なんていうか、女性向けゲーム感というか、匂いというか、そういうものが手に取って良いのかとオレを躊躇わせていたのでフトモモ。

 いやまぁ、エロゲやギャルゲをやってるのに何を今更という感じもするのだが、しかしこう分かるだろう? エロ本をサッと隠し持つ緊張感と、少女漫画を棚から取る緊張感は別物なのでライザ。

 

「兄者、コレを頼む」

 

 いつの間にやらカンナも選んだようだ。サッと差し出されたソレはどうやらPCゲーらしい。暗い雰囲気の中、鈍い光沢を放つメタルスーツを身にまとった主人公がど真ん中に大きく描かれた物。そのメットからは、漢字の三みたいな光るスリットが瞬いている。

 SFとホラーとクリーチャーを、鉄の箱船に詰め込んで、緊張感と孤独感を混ぜてミキサーにかけたような傑作ゲーム。DEAD SPACEを選ぶとはなかなかのセンスをしてーー

 

「R-18Gじゃねぇか! CERO判定で騒動が起きたグロゲーだよ! まかり間違ってもレジを通せねぇよこんなもん!」

 

「大丈夫だ兄者。俺の見た目ならワンチャンいける」

 

「そういう話じゃねぇの! 万が一レジを通過できても、兄として推奨しかねます!」

 

「部屋であれだけR-18の本を読んでいた俺に何を言うのやら」

 

「それはそれ! これはこれ! 既に持ってる物を勝手に読まれるのはともかくとして、買い与えるのははばかられるんだよ!」

 

 いやまぁ、カンナの精神性なら何ら問題ないとオレも思うよ? だけれども、お前まだ12歳よ? ちょっとこう、踏み越えちゃいけないラインだと思うのよオレ。

 

「もっとこう他にあるだろ? ほら、恋愛ゲーとか」

 

「沙耶の唄とか?」

 

「純愛ゲーだけどグロテスク極まりねぇだろ。後普通にエロゲだから買わせねぇよ?」

 

 なんでこう、この子は年齢制限を無視してゲームを選択するのだろうか。ちぇーじゃないんだよちぇーじゃ。

 

「あ、じゃあコッチはどうだ?」

 

 そう言って手渡してきたのは、なんか絵本みたいなタッチのキャラクターが親指を立てながらウインクしている画像のパッケージ。タイトルは……Fallout4、G.O.T.Y。

 

「未来チックなアメリカが舞台のどうぶつの森みたいなゲームでな。家を建てたり家具を置いたりするハウジング要素や、虫や蟹みたいなのと戯れたり捕まえたりもできるんだ。他にも人の頼み事を解決したり、いろんな所を冒険したり。それに、出てくる犬がすっごく可愛くてな。なで回したりしてると凄く癒やされるんだ」

 

「嘘は言ってねぇけど内容詐欺すぎんだろ。倫理観を大暴投した世界観で銃弾をぶちこんで頭ポップコーンにしたり、核弾頭を携行してカタパルト射出したりして、クリーチャーはびこる世紀末世界を彷徨い歩くゲームだろうが。嘘はないけど肝心な部分全部誤魔化しやがって。しかもこれもちゃんとR-18Gだからアウトだよ」

 

「駄目かー」

「駄目だが?」

 

 コイツ、重要な内容省いてまるで全年齢対象みたいに紹介しやがって……。

 

「とりあえず、R-18じゃないもん持ってこい」

 

 別にいいと思うんだけどな、等とぶつくさ言いながら棚の奥へと消えていき、数分後。

 

「とりあえず、こんなもんでどうだ?」

 

 そう言ってカンナが手にしていたのは、ほうほう? 制服姿の女の子がパッケージイラストをひしめくように並んでいる。絵柄も制服も可愛らしい。沙耶の唄のような例外もあれど、コレならグロはないだろう。

 しかし、しかしだ……。

 

「キャ、キャバクラゲーかぁ……」

 

 ゲームタイトルは、ドリームクラブ。キャバクラに通って女の子にお金を貢ぎつつ、セクハラ紛いのサービスを受けて悦に浸り、好感度を上げていく恋愛……恋愛か? とにかく恋愛シミュレーションである。

 いや、いいゲームだよ? 良いゲームだけどさぁ……13歳がキャバ嬢に貢ぐゲームをやるってのもさぁ……。

 

「兄者は勘違いをしておられる。ドリームクラブは紳士の社交場であってキャバクラ等ではないのだよ」

 

「欺瞞を語るな。いや、オレだってやるとなればノリノリでやるだろうけど……後、18禁じゃねぇけどコレも15歳以上だ。初手はラインを守った物にしなさいな」

 

「意外とその辺厳しいんだな兄者」

 

「あんま五月蠅く言いたくないけど、やっぱ最初くらいはって思うじゃん」

 

「ならば二の矢だ。コレなんかどうだ」

 

「閃乱カグラじゃねぇか! 脱衣系巨乳バトル物なんて色んな意味で色物だよ! 脱げるわ揺れるわで画面の中が大騒ぎだよ!」

 

「兄者よく見ろ。コレは閃乱カグラ PEACH BALLだ。ピンボールだぞ」

 

「成る程だったら安心だー、とはならねぇんだよ。どうせ乳は揺れるし服は脱げるんだろ。しっかりと17歳以上対象だしよぉ」

 

 ケモノ系のコスプレ衣装(露出多め)の女の子がはびこるパッケージの端っこにはCERO:Dの表記。多分この胸や腰回りを覆っている水着のような毛皮が弾けてブルンブルンなんだろうなぁ……。

 

「おやお詳しい」

「オレも男ですから。っていうかお前が詳しすぎるんじゃないか?」

「まぁ、たしなみ、だな」

 

 嫌だなそんな素養。

 ていうか、さっきから年齢制限厳しいのばっかじゃねぇか。もっとあるだろうが、こう、女の子がやるようなゲーム。どうぶつの森とか、スプラトゥーンとか……って、それはもう家にあるのか。

 

 しかし成る程。周囲に馴染めない、趣味趣向が違うっていうのは、あながち嘘でもないようだ。選ぶゲームがどれもダーク系かお色気系なんていう、女子が選ばないであろう所をピンポイントで抜いていくし、語り口からして気取ってそういうのを選んでるようでもない。

 もし小学校、中学校の教室、女子の輪の中で「沙耶の唄ってゲームがもうむっちゃ純愛物語で、二人の愛の形が超キレーっていうかー」みたいな事を語っても、大半の人は意味が分からないし、分かる人にとっちゃドン引き物だろう。そしてそれが分からないほど、カンナも頭が鈍いわけではない。自分を開示できない、語らない奴が、人の輪に入っていくのは難しい事なのだろう。

 

 だが、それでも。

 言い訳を与えて、挑戦する機会を潰してしまってはいないだろうか。

 家族のひいき目とかではなく、オレの妹は二人ともその年代にしては頭が良い。良すぎると言っても過言ではない。

 そんなカンナが本気になって挑めば、その十代女子とは思えない感性のままであろうと、友達を数人作るぐらいはできたのではないだろうか。

 だとするなら、オレがもっと、ちゃんとしていればーー

 

「すみません、お客様」

 

 思考にふけり、気分が沈み始めていた最中、硬い声がかけられる。思わずそっちに目を向けると、この店の店名が入ったエプロンを身につけた、白髪交じりの成人男性が厳しい顔をしてコチラを見下ろしていた。

 

「えっと、何でしょう?」

 

 とりあえず話を聞こうとすることにしたのだろう、オレに合わせて屈んでいたカンナが立ち上がる。背が同じくらいだからか、正面からお互いを見つめ合う構図となっている。

 

「先ほどからお手にされているゲームですが、年齢制限がかかっておりまして……未成年の閲覧等はご遠慮いただいているのですよ」

 

「あ~、やっぱ駄目ですか」

 

 カンナが少々乾いた笑みを浮かべる。

 

「ましてや、ソチラの小さなお客様に強要するような行為は控えていただけますと……」

 

『……え?』と、オレら兄妹の声が重なった。

 

「失礼かもですが、お二人のご関係は?」

 

「きょ、兄妹ですけど……」

 

「ご兄妹。成る程ご家族でしたか。しかし、お客様が先ほどから手にしている商品は、年齢制限のかかっている物ばかり。あまりそういう物を年若い方に見せるような行為は、ご遠慮いただきますようお願いいたします」

 

 ……あれ、これもしかしなくても誤解されてる?

 いやまぁ、そりゃそうか。カンナと並べば小さく見え、かつちゃんと女の子らしい服着ているオレの方が年上で成人済みの兄。背が高くて顔に幼さが無く、男物の服着ている方がまだ12歳の女の子。そんな事を一発で見抜けという方が無理があるか。

 

 カンナも訂正することは諦めたようで、店員さんの年齢制限とはという話や、ましてやソレを年若い子に見せつけるような行為は云々の話を、はい、はい、分かります。仰るとおりです……。等を組み合わせて叱られ続けていた。

 

 す、すまねぇカンナ……。

 仕方ねぇ……帰ったらDL販売で、ちょっと大人向けゲームでも買ってやるか……。

 ……ちょっと自分でもやりたい、という気持ちは、無いことも無い、けどね……。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 私、緒山みはりの朝は早い。

 大学の研究室で日々学問に励む身でありながら、両親不在の緒山家の家事もこなすので、求められる起床時間はかなり早くなってしまう。

 いや、本当のところ起床時間はもっと遅くとも問題はない。何せ朝食やらその他もろもろの家事を自らやってくれる妹、緒山カンナが居るのだから。

 だがしかしお姉ちゃんとして、まだ誕生日前の12歳である妹に家事全般を押しつけるわけにはいかず、またその気も無い故に、今日も今日とて朝早くに目覚めなければならないのだ。

 カーテンを開け、日光を取り入れる。登り始めたお日様の光が、寝ぼけ眼な体を一気に覚醒させる。

 

「うん、気持ちの良い朝!」

 

 体を伸ばし、筋肉をほぐしつつ血流を整える。さて、朝食の準備に取りかかりますか。トーストとジャムと、後スープとサラダをつけよう。食後のコーヒーは、まぁカンナに任せますかね。なんて段取りを整えつつ階段を降りていくと、その降り口。リビングの入り口に、我が妹の後ろ姿があった。

 

「あちゃー。カンナの方が先に起きてたの」

 

 こりゃ朝食はもう用意されちゃってるかなー。なんて思いながら階段を降りるも、何故かカンナは彫像のように一歩も動かなかった。

 

「ちょっと、どうしたの。そこ塞がれてると降りられないんだけど」

 

 階段に乗ってようやっと同じぐらいの目線になる、物理的に大きな背中にそう問いかける。するとカンナはゆっくりとリビングの、キッチンカウンターに隣接させたテーブルの方を指さした。

 何だゴキブリがテーブルの上を這い回ってたりして固まっちゃったのか? 等と思いながら指の先を辿れば、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「あ、おはよ、みはり」

 

 お兄ちゃん、朝食前に、目を覚ます。寝間着を着替え、朝食添えて。

 

「お、おぉっ、おにっ、お兄ちゃんっ、が、起きてるっ!?」

 

「姉者にも同じ物が見えているという事は、幻覚の類ではなかったか」

 

「オイコラそこの妹二人」

 

「ぼっ、防災グッズを点検しなきゃ!」

 

「近くの避難所って何処だったかな」

 

「どういう意味だお前らーっ!」

 

 失礼な! みたいな事を言うお兄ちゃんだけど、仕方ないじゃない。普段ならまずしない動きをしているのだから。地震等の災害前に、小動物が異常行動を起こすらしい。となれば、お兄ちゃんが異常行動を起こすという事はすなわちそういう事でしょうよ!

 

「し、失礼だなお前ら……いやまぁ、オレだって理由も無く早起きする人間じゃないってのには同意だけど……でも、何が何でもあり得ない、なんて言うほどじゃーない筈だぞー!」

 

 そうかな? とカンナの顔を見れば、そうかも。と、眉根を寄せながら小さく頷く。

 

「……実は今日からコンビニで、推しアニメのクリアファイルが貰えるんだよ」

 

「たまにやってる、対象商品を何点以上のご購入でってやつ?」

 

「そう、それ。で、そういうのって人気のキャラのはすーぐ無くなるって言うからさ。朝一で確保しようと思って」

 

 成る程なー。と納得しかけたところで、

「……え? 待って……それってつまり……」

 お兄ちゃんが何をしようとしているのかを悟り、動揺が言葉になって出てしまった。

 

「まぁ、これじゃ自宅警備員として不甲斐ないばかりだけど……」

 お兄ちゃんは苦笑しながら「たぎる物欲には勝てなくってさ……」なんて、ちょっと照れくさそうに言いながら立ち上がり、横の椅子にかけられていた上着を羽織った。

 

 

「って事で、今から行ってくる」

 

 

 身なりを整え、朝食を済ませ、財布が入っているであろうカバンを肩にかけるその姿は、完全なるお出かけスタイル。

 対して私たち姉妹は、まだ朝食は用意さえもしておらず、服も寝間着のまま。

 

 つまりコレは、お兄ちゃんが一人でお出かけするという事。

 それも、ただのお出かけではない。

 

「……お」

 

 今まで私たち姉妹が提案し、一緒にお出かけしたり、罰ゲームという拘束力で無理矢理一人で送り出したのとは違う。

 

「お兄ちゃんが……とうとう自主的に、お出かけ……」

 

「うわぁっ!? な、泣くほどの事かぁ!?」

 

 泣くほどの事か? 無論それほどの事だ。

 何せ、数ヶ月前までは部屋からも出てこようとしなかったお兄ちゃんが……数週間前までは家族同伴でも外出を渋っていたお兄ちゃんが……自ら外出を決意し、自分一人で準備をして、そして今まさにお出かけをしようとしているのだ。

 こうなることを……一体どれほど、待ち望んだことか……。

 

 感動に止まらぬ嗚咽。それにどうしたものかとオロオロするお兄ちゃん。そこにパァンッ! と肉と肉が勢いよくぶつかる音がする。

 反射的にそっちに目を向けると顔をあらぬ方向へ向けたカンナが、頬を手でさすっていた。見ればそこは赤くなっており、おそらく、自分で自分を殴ったのだろう。

 

「……あ、大丈夫だ。都合の良い夢じゃないらしい」

 

「うぉぉおおい何やってんだ大丈夫かカンナぁ!?」

 

「フ、フフッ、フハハハッ……現実だ……本当に兄者が、自分から外に……」

 

「あぁ~~もういいっ! もういいから! ちゃんと現実だし本当だし今から行くからぁ!」

 

 ハハハハハと、無表情で笑い続けるカンナに怯えながらお兄ちゃんがなだめるように宣言する。

 気持ちは分かる。あまりにも都合が良いこの展開に、現実かどうかを疑ってしまうのは無理からぬ事よね。まぁ何にせよ、後で冷やすために氷嚢を用意してあげなければな、なんてちょっと夢心地なフワフワした気分で思う。

 

 この収拾の付かない空間から早く逃れようとしてか、お兄ちゃんはそそくさと玄関へかけていく。その後ろを泣いてる私と無表情に笑うカンナが付いていく。

 

「お昼はっ、ご馳走にしようねぇ~っ!」

 

「健闘を祈るぞ、兄者っ」

 

「お、おう……行ってくる……」

 

 玄関を開けるその時「コンビニに行くだけなのに大げさな……」とお兄ちゃんは呟いたが、私たち二人は同じ事を思ったことだろう。

 

 大げさなものか。これは一般的に見れば当たり前の一歩かもしれないが、我が家にとっては大きな一歩なのだから。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 コンビニ店員の「ありゃりゃしたー」なんて原型から崩れまくった挨拶に見送られながら店を後にする。

 手に提げているレジ袋には、目的のクリアファイル全種と、ソレを貰うために購入したコンビニ商品が複数入っている。戦利品がもたらす喜びの重量感が、手に袋を食い込ませてきて、ちょっとだけ痛い。

 

「ヘヘヘッ、無事にコレクションはコンプリート。だーいぶ減ってたし、ギリギリだったな~」

 

 ったく、初日かつ平日の朝だってのに、何でこんなに減ってたんだよ。お前ら仕事はどうしたんだよ? とも思ったが、いや、ニートのオレが言えたものでもないな、と改めることにした。止めてくれオレ、その言葉はオレに効く。

 

 しっかし、思わず遠出するハメになったな。と周りを見渡して思う。時刻は午前8時半頃。通勤ラッシュが一段落して、人がまばらになり始めたココは駅前。住宅街から離れ、人の集まるであろうこんな所にまで足を運んだ理由は、別に特別な事でもない。単に近所のコンビニが対象外店舗であったというだけだ。

 正直、時間的に人が少なくなっているとはいえ、それでも住宅街より人が集まるこんな所にまで来たくはなかった。

 しかし諦めて帰ろうかと考えた時、妹二人の顔がふっと脳裏をよぎったのだ。あの大げさとも言えるほどに驚き喜んでいたであろうあの顔が、残念がって曇るであろうことを思うと、どうにも来た道を引き返すことができなかった。

 

 まぁ、それもクリアファイルを全種コンプリートした今なら、気にすることはない。威風堂々と凱旋しようではないかと帰路へ足を向けた時、ふと、遠い喧噪が耳に届いた。

 覚えのあるうるささに、自然と目がそっちへ向く。そこにはオレが学生時代、つまり引きこもるより前に、よく足を運んだ店の看板があった。

 赤い外壁に白看板。青い文字で描かれたソレは、昔よく通ったゲームセンターを示す物だった。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 オレは人混みが嫌いだ。というか、人口密度の高い所がそもそも苦手だ。さらに言うならうるさい所も好きじゃない。

 だというのに、何故だろうね。ゲームセンターの中だと、その人口密度ややかましさが全然気にならなくなるのは。むしろココだと、自分のホームだと言わんばかりの安心感のような物を感じてしまう。

 

「うわぁ~……懐かしい空気!」

 

 まるでテーマパークに来たみたい、というかゲームセンターはテーマパークだったぜ! テンション上がるなー!

 

「中学生くらいの頃、よく来たなぁ」

 

 かれこれ5年ぐらいご無沙汰だったんだよなぁ。何で高校から来なくなったんだっけ。えっと5年前だから、みはりが確か12歳ぐらいで……。

 いや、よそう。今はそれは関係ない話だ。

 とにかく、アイツらとだとそうそう立ち寄らない場所だし、この機会にたっぷり楽しむとしますかぁ。みはりもカンナも、ゲームをあまりプレイしないタイプだしな。みはりはともかく、カンナの奴は知識はあるのにやらないんだよなぁ。

 

 さーって何をしますかなー。定番といえばクレーンゲームだけど、ん~正直あまり取りたい物はないかなぁ……美少女フィギュアもあるし、ちょいとエッチッチで惹かれる物はあれどもだ……置くスペースがなぁ……今ある子たちをリストラしてでも陳列したい物はないな~。

 となれば、第二の定番。ビデオゲームといこうか。

 格ゲーか、パズルゲーか……それとも脱衣麻雀か? とか考えながら見て回れば、おっとこれこそ定番だよな。めっちゃぬるぬる動くドット絵の、ゲーセンでやる横スクロールアクションの金字塔。

 

「ヘビィマシンガーン♪」

 

 メタルスラッグ、ですよねぇ。

 

 さっそくコインを入れて、キャラ選択。今時じゃありえない崩れて歪んだ顔グラフィック4枚の中から、眼鏡と帽子をかけた女の子を選ぶ。いやーマジで可愛くないんだよなぁこのグラフィック。でも雰囲気にあってるから好し!

 始まりはパラシュート降下から始まり、右へ右へと進みながら銃を乱射しまくる。ヌルヌル走りながら滅茶苦茶に撃ちまくる自キャラに対して、敵兵士は次々とやられていく。一騎当千と言わんばかりにキルスコアを重ねていくも、このゲームはそんなに簡単じゃない。

 何せこのゲーム、敵を簡単に倒せるものの、自キャラも簡単に倒されるのだ。現に今自キャラの繰り出す銃弾の雨を掻い潜り、敵が投げた手榴弾が、放物線を描いて操作キャラに直撃した。

 

「キャァーッ!」

 

 そんな悲鳴と共に、一発ダウン。すぐその場から再開できるも、残機は1減っている。そんなスピーディーに倒して倒して、たまに倒されてを繰り返す内に、1面BOSSまでたどり着く。

 画面の大半を埋める、超大型エネミー。その巨体から繰り出される弾幕を掻い潜りながら、弱点部分に弾丸をたたき込むも……やはりブランクが長ければこんなものか。悲鳴と共に自キャラはやられ、残機は0。警告音と共に画面中央でコンテニューのカウントダウンが始まった。

 

「ま、ここまでかな……」

 

 百円入れればコンテニューできるが、ガチで最終面まで行こうとしたら何千円消えるのか分からない。クリアファイルのために散財したばかりだし、そこまで深入りするべきではないだろう。

 

 ずいぶん熱中していたようで、前のめりになっていた体を戻して画面から離す。そして横に置いておいたカバンを手に取った所で、ふと、横に筐体数個挟んだ所に居る男が目に入った。

 何やら驚いたような表情でコッチを見てるが? 何だ? 別に特別上手いプレイをしたわけでもないし……すぐ隣ならともかく、それだけ離れていたら画面なんて碌に見えないだろうに。

 そんな事を思っていたが、ふと彼の視線が画面ではなく、さらに言うなればオレの手よりも下の方を見ていることに気がついた。

 その視線の先を辿ってみれば……そこには、大きく開いたがに股状態のオレの足があり、スカートの縁が、わりと際どい所にまで迫ってきていた。

 

「…………」

 

 顔に血が一気に流れるのを感じた。そっと足を閉じスカートを膝の方へ引っ張る。

 

(よりによって、こんな姿勢で夢中になっていたのかオレ……)

 

 チラリとオレの方を見ていた男を横目で確認すると、何やら気まずそうに視線を自分の筐体の画面へと移していた。

 

 オレは恥ずかしさと居たたまれなさから、そっとそこを離れた……。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

「あ~、やっちったな~……」

 

 ゲームに夢中になるあまり、つい男だった頃の感覚に戻っちまってた……ズボンだとがに股だろうがパンツが見えるなんて事無かったし、まぁ仕方ないのかねぇ。

 もう帰ろうかなぁ。なんて気落ちしつつゲーセンの中を歩いていると、ある一角が目にとまる。

 曰く、プリントシールコーナー。

 いわゆるプリクラ。写真を撮って、色々描いて、そんでそれがシールになって出てくるっていう、証明写真を魔改造したような筐体。

 そのコーナーへと続く道には立て看板があり、注意書きがなされている。

 男性のみのご入場はできません、と。

 何でかは知らん、まぁ今までそんなに惹かれる物でもなかったからスルーしてきていたのだが、しかしである。

 今のオレは、女の子。ココに入っていってもいいのである。

 

「こ、こういうのも、経験だよな……」

 

 女になってる間にしかできない事だし、女性同伴なら男でも入れる場所だ。女性用トイレよりは抵抗はない。

 意味はないけど、周囲を確認。コチラを見ている様子の人は居ない。ならば、今のうちにいざ鎌倉。

 

「わ~……未知の世界……なんだか背徳感あるな~……」

 

 さ~って……そんでどれを使えばいいのやら? なんか複数筐体があるけど、違いなんて知らないし分からない。

 

(でもまぁ……初めてなんだし、どれに入ろうと未知の領域か?)

 

 ということで、美肌エクストラとか白肌MAXとか色々うたい文句の並ぶ中、選ばれたのは「超盛れる!」とかなんとか書いてるやつ。なんというか、プリクラにおいて「盛る」というのが主題なんじゃ? みたいなイメージがあったから。

 

「そんじゃ、ちょっと試しに撮ってみますかな~……」

 

 え~っと、人数は一人で……テ、テーマ? あ~遊び……かな? 美肌は……コレ何が違うんだ? ……まぁいいか。そんでうわっ!? アッハハッ、目デカすぎだって! これはちょっと抑え気味でぇ……。

 えっと、え? ポーズ指定されんの? ピ、ピース……ガオー! ……ハ、ハート? こう……は、二人でやる奴だし片方フラれてるし……え、えっとこう!? そんで次は……セクシー!? う、うっふ~ん……アハハッ、も~何やってんだろオレ~。

 あ~そんでそんで? お、落書きに、スタンプ……色味も変えられるのか……いや色味変えてどうすんだこれ? ……分からないしスルーでいっか。とりあえずスタンプと落書きで盛り盛りして~っと……。

 

 …………

 ………

 ……

 

「でぇ~きたぁ~」

 

 完成したプリクラを眺めつつ、その出来映えに笑みが漏れる。

 あんまり編集っていうか、盛るっていうの? やれてない感じするけど、まぁ自分で言うのも何だが元の素材が美少女ではあるんだ。なんだかんだ最低限でも可愛く出来たんじゃないの? と自画自賛。

 個人的に、このガオーポーズにネコ落書きしてるのが可愛く出来上がってると思うんだよねぇってーー

 

「何やってんだオレは……」

 

 プリクラが可愛く撮れて、でぇ~きたぁ~、じゃないんだよ。思い出せお前は成人男性だろうが。何夢中になってるんだよしっかりしろ。

 イカン……最近ふと気がつくと男であったことを忘れている自分がいる。

 

「ーーそんでカレシがさ~」

 

 少し自己嫌悪に浸りすぎていたようだ。

 若い女性の声が、すぐ後ろにまで迫ってきていた。

 

「え~マジ~? サイアク~」

 

 振り返り確認すれば、数人の女子高生が談笑しながらプリクラコーナーへと入ってきていた。

 いやまぁ、そりゃそうだ。年若い女性がメインターゲットの所なんだから、女子高生が来ていてもおかしくない。

 

 ーーじゃあ、成人男性のオレは?

 

「そ~。そんでさ~言ってやったわけよワタシは。テメェいったいーー」

 

「ゴッ、ゴメンなさいっい~っ」

 

 女子高生の群れの横を、後ろめたさに蹴っ飛ばされて走って行く。

 そのとき、すれ違うオレは怪訝な目で見られていたように思う。彼女たちはオレを見て、何を思ったことだろうか。

 女の子が走り去っていった。何だったんだろう? 変な子だな。不審な動きだ。悪いことでもしていたのかな?

 ……何で男が一人で、プリクラコーナーに居たんだろう?

 

 いや、そんなわけ無い。バレる筈が無い。だってオレは今どう見ても女の子で、それが成人男性だと思うなんておかしな話で……。

 理屈で何度もそう考えるが、湧き出る不安感は拭いきることができなかった。

 

 

 

「ーーで、結局こういうのが一番なんだよな……」

 

 ピアノの鍵盤みたいにスイッチが並ぶソレは、見た目通りの音ゲー筐体。100円をスロットに突っ込んだ後、楽曲セレクトに入る。

 

 玄人さんならこの曲が最高難易度で~だとか、ノーツの流れが気持ちよくって~だとか、まー色々言いながらあれこれ選ぶんだろうけど……ライトゲーマーなオレとしては好きな楽曲入れて、聞いて楽しい、できて爽快。ぐらいの感じでやるのが性に合ってるんだよな~。

 ってわけで、最近話題のボカロ曲。難易度はイージーだと簡単すぎるからノーマルで。サビの部分のノリが最高なんだがはてさて楽譜はどうなってることやら。

 

 初めはポンポンと断続的に、次第にタタタン♪ タタタン♪ と軽快に。サビに入ればボタンに触れてない瞬間の方が珍しいぐらいに、演奏するようにキーを叩きまくる。

 

 そうして一曲目を終えれば、まぁ評価はそこそこ。ガチの音ゲーマーなら最高評価のエクセレントしか取らない、とかできるんだろうけど、オレのリザルト画面にはグッドやグレイトが混じった物となっていた。

 さ~って次の楽曲を入れて~。楽曲開始まで待機をしていると、一時暗転した画面が反射する。そこに写っていたのは、オレと、背後からオレの事を見下ろしている中年男性だった……。

 

(……え?)

 

 すぐに楽曲が始まり、曲が流れ出しノーツが降ってくる。それに合わせてキーを叩くも、頭の中はさっきの中年男性で一杯だった。

 

(ーーな、何故だ? 何故見てるんです? 別に上手いわけでもないし……)

 

 上手い人のプレイを覗き見ちゃう心理は分かる。オレもやっちゃう。でも、ハッキリ言ってオレの音ゲーセンスは並程度だ。難易度はノーマルだし、オールエクセレントなんて夢のまた夢。という事は目的はオレのゲームプレイじゃない? だとすると……。

 

 オレは、一つの嫌な可能性に思い当たった。

 

 オレのプレイを見ているわけではない。ではこの背後の中年男性は一体何を目的にしているのか。

 答えは簡単、オレである。

 オレが、可愛い女の子だからである!

 

(うっげぇ~、出会い厨め……音ゲー女子とか狙いやすそうだし……うぅ、声かけられたらどうしよう……)

 

 ただでさえ知らない人との会話とか、レジカウンター越し以外じゃ無理なのに……よりにもよって男の人となんて……。

 

(あれ待てよ? 本来男同士の方が多少なりとも話しやすかった筈なのに、何でオレは男性であることに苦手意識を抱いているんだ?)

 

 いやまぁ、理由は単純にオレが女の子になって、男性が異性になったからって理由なんだろうけどさ……。

 そんな雑念まみれでプレイすれば、集中なんてできるはずも無く……ミスを連発。コンボは途切れ、スコアは大惨事。曲が終わってリザルト画面に入れば、厳しい評価をたたきつけられた。

 

「ちょっとキミ」

「ひぎゃぁっ!?」

 

 そして、ゲームが終わるのを待っていたと言わんばかりのタイミングで、肩を叩かれた。

 

「ごっごごごごめんなさい! わたし……あぁいやオレ、じゃないえっと、わたし、そういう感じの駄目っていうか無理っていうか、えっとそのえっとーー」

 

 不安感がデタラメに言葉を作り、恐怖心がソレを口から発射させる。けれどそれは筋道も何もあったもんじゃなくて、自分でさえ何を言っているか分からない。それでもしゃべり続けないと、内側からの圧力で自分がとんでもない事になってしまいそうで……。

 

 …………?

 

 あれ、なんか、そんな雰囲気じゃ~……ない?

 

 見れば、話しかけてきたのは初老にはまだ届いてないといったくらいのおじさん。その顔には年若い女の子に欲望を持って話しかけているような気配はない。眉根を寄せたしかめっ面の、よく末妹がしているような、淡々と物事に取り組む人の表情があった。

 

「えっとね、キミ、学校はどうしたの?」

 

 そのおじさんが、厳しさを感じさせる硬い声で聞いてくる。しかし、学校? 高校ならもうとうに卒業して……。

 

(あっ、違うぞコレは!)

 

 そこで思い当たる。自分の容姿は、だいたいもみじと同じくらいの年齢の女の子だ。

 つまり、今の自分の見た目は女子中学生。それが平日の午前中、ゲームセンターに居る。

 そこから導き出される答えはーー

 

(ひ、非行少女だと思われてる!?)

 

 見れば補導員と書かれた腕章も付けている。オレの予想は確定と考えていいだろう。

 だがソレが分かったところでどうしろと言うのだろう。

 

 ーーし、失礼な! 私……こー見えても二十歳なんですけど! 大学には……お、落ちましたけど……。

 

 信じられるわけがねぇ……嘘なんて一つもないのに……っ!

 

「学校名は?」

「あぁ、いやそのぉ……」

 

 あ、そうだ身分証……駄目だ保険証しか無いけど、性別が違うから使えない!

 

「名前と学年は?」

「えぇっと、えぇっとぉ……」

 

 ハッ! ココは発想を逆転させる、か? 嘘ついちゃっても良いさ、と。

 幸いオレには見た目ぇ……じゃないな。肉体年齢が同年代ぐらいの妹がいる! というわけでカンナの名を名乗ってーー良いわけあるかぁ! なにを妹に非行少女のレッテル貼ろうとしてんだオレはっ!!

 

「親御さんはどうしてるの?」

「あうあうあうあうあうぅぅぅぅうううう」

 

 親に至っては今海外だから呼ぶこともできんぞあぁぁぁぁぁああああああ詰んだぁぁぁぁああああ!

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

「ーーで、私が迎えに来ることになったってわけねぇ」

 

 電話がかかってきて出てみれば、なんと兄が補導されたと言うではないか。一瞬詐欺の類かと疑ったが、話を聞けば納得するしか無かった。

 

「しかし補導かぁ……平日だもんねぇ。うっかりしてたなぁ……」

 

 平日昼間、学校に通っているであろう年頃の女の子が、ゲームセンターでうろついていた。そういう子を指導して非行に走らせないのがお仕事なのだから、そりゃ声をかけるわよね。

 

「うっ、うぇっ……や、やっばり、外は怖いよぉ……」

 

「おぉ、よしよし……怖かったね~大変だったね~」

 

「あ、あんなに、大人の人に詰め寄られるだなんて思わなかった……もう20歳なのに……外で買い物と寄り道しただけなのに……何も悪いことしてないのに……」

 

 そして今現在、妹にすがりつきながらおんおんと泣いている、と。見た目と構図が、もうお姉ちゃんに泣きつく妹なのよ。

 まったくもう。兄妹そろって、お出かけのたびに大人に叱られて帰ってくるなんて。変な所で似てるんだから。

 

「けど、せっかくお出かけできるようになったのに、これじゃあ元の木阿弥ねぇ」

 

 今まで順調に社会復帰へ向け前進していただけに、今回の後退は大きく心にのしかかってくる。いや、今までが順調すぎたという面も、無きにしも非ずなのだが。

 何か対策を考えねばなるまいと、頭の中でグルグル言葉を回し始めたところだった。

 

「ただいま~」

 

 カンナが帰ってきたらしい。のだが、どうにも様子がいつもと違う。普段なら淡々とした声音で帰ってきたことを告げるだけのソレが、今日はやけに弾んだ声音だ。ルンルン気分が漏れ出ている。

 

「兄者~、帰ってるか~? 今日の夕飯は、兄者の好きな肉にしたぞ~」

 

 肉、と聞こえた途端、お腹にしがみついていたお兄ちゃんの嗚咽が止んだ。

 

「今日は豪勢に一人に二つ、ハンバーグを焼いちゃうぞ~。それも、照り焼きとチーズインデミグラスだ~」

 

 お腹の所から「テリヤキ……チーズ……デミグラス……」という呟きが聞こえてくる。

 

「しかも鉄板焼きだぞ~」

 

「テッパン!」

 

 知能指数の低い声音でガバリと起き上がったお兄ちゃんは、ドタドタと部屋を出て行き階段を駆け下りていく。

 

「カ、カンナおかえり!」

「ただいま兄者。グッズはどうだった?」

「か、買えたぞ! コンプリートだ!」

「それは重畳だな! では今回の祝宴の皿としてハンバーグは出せるんだな」

「お、おう……そうだな……へっ、へへへ……」

「よし、そんじゃ今から準備するから、夕飯は楽しみにしておいてくれよ?」

「おうっ! あっ、オレのは一番大きいのにしてくれよなー!」

 

 さっきまで泣いていたカラスがもう笑ってるわね~。いやまぁ、元気になったなら何よりだし、補導されたことを重く受け止めていないなら、それに越したことはないのだけれど。

「みはり、聞いたか? 今日の夕飯はハンバーグだってよ!」

 

 また階段を駆け上がって来たお兄ちゃんは、私の前でニッコニコで報告してくる。涙の跡なんて何処にも見当たらない、ぺかーっとした笑顔だった。

 

「聞いてたわよ。それじゃ、今日はもうお風呂沸かしちゃいましょうか。その服にハンバーグのソースが付いたら、落とすの大変そうだし」

 

 分かった! という元気な返事には、暗い影は何処にも無い。帰ってきた時に放り投げたカバンから、本日の戦利品であるクリアファイルを、鼻歌まじりに取り出していた。

 ソレを本棚の一角に仕舞ったり飾ったりするのを私はやれやれと眺めつつ、口を開けっぱなしにして床に転がされているカバンを片付けようと手を伸ばした。

 

「あれ? 何コレ」

 

 そのカバンの口から覗く、独特な紙質のソレを手に取る。

 一人一人が持ち歩くようになったスマホに、高性能なカメラ機能が付くようになった昨今、とんと見ることの無くなった紙の写真。我が家のアルバムか、大学への書類に貼る証明写真ぐらいでしか見ない物が、何故かお兄ちゃんのカバンに入ってる。

 はて何かしらと手に取るのは自然な事で、何が写っているのかを確認するのは当然の流れだった。

 故に無防備にソレを見てしまった私が叫ぶのは不可抗力であったことは必然の帰結だったのだ。

 

「何コレ可愛いっ!!」

「え? あっ」

 

 照れくさそうにピースサインをするお兄ちゃん。指が伸びきっておらず、半端に曲がっている。引きつったような笑みが警戒心の強い小動物みたいで良い。

 そして次はガオーって感じに爪を立てるような形をした両手に、大きく開かれた口。落書きで追加されたミミとヒゲ、それに八重歯がネコちゃんみたい。周囲の肉球スタンプも相まってあざと可愛い。

 慣れてきた様子で、次は構図をかなり意識している。胸の前に指で作ったハートの構えを取っているだけに終わっていない。体を少しひねり、動きを意識した構図。ウインクまで決めちゃって調子に乗りだしてるのが小悪魔可愛い。

 最後にコレは、セクシーポーズだろうか。後頭部で組んだ手で、後ろ髪を掻き上げ広げつつ、体をひねってお尻を横に突き出すような姿勢を取っている。布越しに浮き出る体のラインが、その薄い肉体をいやでも意識させる。

 だが何よりも表情だ。薄く笑った、その挑発的な表情が、私の中の知らない欲望をざわつかせる。

 

「ちょっ、それはその、違くてっ!」

「お兄ちゃん私コレ欲しい! コレちょうだい!」

「え、えぇ!? いやでも、そんなーー」

「ね、いいでしょお兄ちゃん! ねっ! ねっ! ねっ!!」

「あ、あうあうあう……」

 

 

 

 その日の夜、自室にて。

 プラスチックカードになったお兄ちゃんのプリクラ写真は、スリーブに入れてスマホのケースへとしまい込み、悦に浸る私がいるのでした。

 

 

 




 一人でお出かけの話、みはりのオーバーリアクションが大げさみたいな書き方されてたんですが、17歳が2年間引きこもっていた兄のために尽力した結果と考えれば、割と妥当なリアクションだと思うんですよね。

 しっかし繰り返すも更新に間が空きすぎた。最近最終アプデしたterrariaぐらい更新出来ればいいんですけどねぇ……。
 あれ? 確かその前も最終アプデだったような……。
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