兄者はおしまい   作:知らない半島

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 Fallout4がSwitch2で出来るようになった……
 人は、パソコンの前から離れ、こたつや布団の中で、ポストアポカリプスの中を冒険できるようになったのだ……。
 つまりソレは、人類の余暇時間の枯渇を意味する……。
 今回の事で得た教訓は一つ……。

 人は、過ちを繰り返す……


ep014 まひろと策略と乙女の命

ep014 まひろと策略と乙女の命

 

 

 兄者が女の子にされるという大事件が起きてから半年以上が過ぎた。

 季節は移ろい秋も中程を過ぎ、徐々に空気が冷えてきた。時たま長袖でも腕をさする事になり、そろそろ冬支度もせねばと思う、今日この頃。

 そんなわけで、クリーニングに出していたコタツ布団とケーブルを設置して、リビングのテーブルは冬の魔物と化していた。

 

「いや~、いいわね~やっぱ。日本の世界に誇る文化よねぇ」

 

 そしてそんな魔物に早速捕食された哀れな被害者が。

 

「姉者、コーヒー要るか?」

 

「要る~。いつものね~」

 

 流石はコタツ。いつもは勤勉な姉者の姿はそこに無く、声は間延びし、顔は天板に置かれた水風船のように溶けている。なんとなくその姿は、兄者との血縁を思わせるものだった。

 

 ヤカンを火にかけ、その間にコーヒーの用意を。

 こだわる奴なら豆から選んで混ぜ方、挽き方、抽出の仕方まで細かいルールがあるのだろうが、我が家ではドリップバッグにお湯を注ぐだけだ。本格的な機器をそろえるのも楽しそうなのだが、俺以外が淹れられなくなるからな。

 いつものマグカップをそろえ、まずはお湯を注いで温める。適当な所でお湯を捨てて、バッグをセット。少し揺らした後に、コーヒー粉をまずは蒸らす。少し経ってから、お湯をバッグにたっぷり注ぐ。大分減ってきたら、2回目、3回目と注いでいけば、良い具合の量のコーヒーが抽出される。

 バッグを取って、立ち上がる湯気から香りを楽しむ。良い出来映え、かな。と、その香ばしさから評価して、両方のコーヒーにミルクを注ぐ。そして片方には砂糖を少々。コレは姉者用だ。

 

 カップを両手にリビングに戻ると、コタツの気配に誘われたのか、怠惰の妖精がリビングに姿を現していた。

 

「お~っ、コタツ~!」

 

 スキップするかのような足取りでコタツに寄ってきた兄者の目は、旧友との再会を喜ぶかのように輝いていた。ここ数年はリビングにしか出してなかったし、部屋に引きこもっていた2年程ご無沙汰だっただろうからな。

 

「冷えてきたし、そろそろいいかな~って」

 

「それにしても、みはりお前、コタツに入る時も白衣羽織ってるのか……」

 

「え? もちろん」

 

 そう。あの姉者、なんとコタツに白衣を羽織りながら入っているのである。

 人のファッションにアレコレ口出しするのに、何でこう自分の服装は"ああ"なんだろうか。何処かおかしい? と言わんばかりの声音から、本気でアレで問題ないと思っているのだろう。

 そんなやりとりの後ろで、マグカップを姉者の前に置く。「ありがと」と短く礼を返された後、姉者は数回息を吹きかけてからコーヒーを啜った。

 

「何でも、裏起毛で暖かいらしいぞ、その白衣」

 

「そうよ~冬用よ~。暖かいんだから」

 

 エッヘンなポーズをしながらドヤ顔をする姉者。しかし白衣に裏起毛とか、何処で売ってるんだ。まさかオーダーメイドで作って貰ったんじゃないだろうな?

 

「兄者も要るか?」

 

「白衣をファッションでも防寒でも着る趣味はオレにはないぞ」

 

「ソッチじゃなくてコーヒー」

 

「ああ、そういや元々は暖かい飲み物頼もうと思ってたんだった」

 

 カフェオレお願ーい。とのオーダーに了解と返す。

 キッチンに戻って準備を開始。牛乳を取り出し、マグカップに半分程注ぐ。そいつを電子レンジで温めている間に、コーヒーを淹れるアレやコレやを用意する。

 

 

「そうだ。カフェオレ出来るまでにコッチに引っ越し済ませちまうか」

 

 リビングの方からそんな声の後に、トテトテと階段を上っていく音がする。何か取ってくるつもりらしいが、はてさて。

 お湯が沸くまでの間、キッチンカウンターに肘をつきながらコーヒーに口を付ける。レンジから暖まった牛乳を出し、少し冷ます。その間に沸いたお湯でカップを温め、お湯を捨てた後に牛乳を移し替える。

 

 そうしてる間にドサリという音がして、ソッチに目を向けると兄者がコタツに本の塔を建てていた。サイズ感からして漫画か。

 

「あ、それってこの前買ってきた奴?」

 

「そうそう。本棚が空いた分の補充としてな」

 

 兄者と一緒にサブカル巡りした時のか。途中まではともかく、最後に下手こいたせいで散々な終わりになったんだよなぁ。いやまぁ、説教してきたあの人を責める事などできないのだが。実情はともかく、見た目は完全に小さい子にセクハラする青年だったわけで、しかも実態を話せないのはコッチの都合なわけだからな。

 

「……あれ? これって少女漫画?」

 

「あ、いや、違うぞ? カンナも読めるようにと思ってだなっ」

 

 ドリップバッグをセットして、少量のお湯で蒸らす。

 

「あの子確か、少女漫画はあまり読まない方だったと思うんだけど」

 

「そうなんだけど、アイツも新規開拓しようとしてるみたいだし」

 

 今度は少量ずつ、粉が浸かるよりちょっとだけ多い分のお湯を注ぐ。

 

「へ~。てっきりBLに続いて少女趣味に目覚めたのかと」

 

「やめい。BLにはあれ以来触れてないし、元々オレは乱読派だ! 今まで機会が無かっただけで、少女漫画には忌避感とかは別に無かったよ!」

 

 それを数回繰り返して、薄茶色のカフェオレが完成。ココに砂糖をちょっとだけ多めに入れて、兄者用に調整完了だ。

 

「出来たぞ兄者~」

 

「お~サンキュー」

 

 そこ置いておいて~。との要望に応え、コタツの上にコトリと置いた。兄者は読んでいた漫画から視線を外し、カップを手に取り息を吹いて冷まし、ズズリと一口。

 

「あ~……コタツで暖まりながら、漫画を読みつつ、温かい飲み物に舌鼓を打つ。最高の休日だと思わんかね」

 

「兄者は毎日がエブリデイだろうに」

 

「そりゃ毎日はエブリデイでしょうが」

 

 姉者。そうだけど、そうじゃないんだよ。まぁ指摘も野暮なので、兄者に「俺にも」と言えば「ん」と差し出された漫画を受け取る。

 タイトルはえー何々? 生意気なシンデレラ? ……表紙が男と、それに迫られて嫌そうな顔をしてる女性の二人。あ~つまり、なんかグイグイ来る男に、構ってくるな! 私はお前なんか好きじゃない! で、でも何でだろう? 胸が、ドキドキする……っていうツンデレ女主人公って事だろ。完全に理解した。

 

 

 

 俺は少女漫画という物を誤解していたのかもしれない。

 少女漫画と言えば、告白するとかしないとか、相手がどう思ってるか、そういう話が延々と続く物だと思っていた。

 しかしこの生意気なシンデレラは違う。このシンデレラは柔道家である。舞踏会じゃなくて武闘会かよ。そんで主人公と結ばれるであろうイケメンとの出会いは最悪な物で、なんとしつこいナンパである。

 そのあまりのしつこさに、警告の後に一本背負い。そして「女に負けるような男はノーサンキュー」の言葉を吐き捨て去って行く主人公。それに対して「おもしれー女」と興味を持つイケメン。そして、イケメンは主人公の所属する柔道部の、その男子の部へ……。

 ここまでは普通なのだが、ここからだ。このイケメン、柔道に関しては素人故に当たり前だが弱い。だから勝てない。そうなってくると段々本気になり始め、なんとそのサラサラふさふさの髪を丸坊主にし始めるのだ。

 イケメンを丸坊主にだぞ? キャラもそうだが、作者の覚悟もすげぇよ……。

 そして一巻クライマックス。主人公との果たし合いが始まる。

 勝つつもりで行く。しかし勝てるとも思えない。これは、いつかの勝利への、第一歩だ。

 そうして始まる試合。一方的にやられる丸坊主。

 だが試合後の彼の顔はすがすがしい物で、見下ろす主人公にこう言うのだ。

 いつか、追いついて見せる。待ってろよ……と……。

 

「いいじゃないか……近代少女漫画」

 

 中々に熱い話だった。恋愛要素は薄いものの、しかし柔道を通しての惚れた腫れたが主軸である事はぶれない。恋心の描写においても、変にナヨッとした感じじゃなくて、汗臭くて、でも爽やかで……って感じ。

 今読んだ話を反芻していると、何故か兄者と姉者がジトーッとした視線をコチラに向けていた。

 

「ん? どうした二人とも」

 

「いやそりゃ……カンナにとっちゃ良いんだろうけど、ねぇ……」

 

「オレらには、家族の前でコレを読むクソ度胸はねぇよ……」

 

 何だろう。場の空気がおかしい。気まずいというか、居心地が悪いというか、そんな感じのジトーッとした、空気がまとわりついてくるような感じ。

 はて? 俺にとっては良い。家族の前で読むのには度胸が……。

 ……あぁ成る程。

 

「エッチな話だったんですね?」

 

「いや、それはその……」

 

「思いのほか、なぁ……?」

 

「ちなみにどんな風に?」

 

「私のは、なんかキスシーンがねちっこいというか、ディープすぎるというか……」

 

「オレの方はもう、本番シーンをカットしてるだけで、もうそういう事があったんだろうなって感じ……」

 

 ふむ、やはりというか、R-18で無ければ肝心なシーンは描かれないらしい。その事に少しの残念さを感じながらも、しかしそれでもエッチだと思わせる描写には興味がある。

 

「後でソッチも読ませてもらおう」

 

「お前、ホントにエロに対して臆したりしないよな」

 

 前世30半ばの中年男性に、12年の上乗せで中身はほぼ50代。スケベに気後れするような年齢はとうに過ぎ、年若い体が情欲をつなぎ止めているような状態だ。

 さらに言うなら、前世の頃に嗜んでいた物の大部分は転生と共に自制せざるをえなくなった。

 今では漫画と動画、エロとコーヒーだけが、自身を取り巻く娯楽となってしまった。

 

「で、お前の方はどんな話だったんだよ?」

 

 兄者はちょっと睨んでいるような半目で、俺を責めるように問うてくる。

 しかしどう語ろうか。読んだ話を、ネタバレ無く興味を引くようにように話すには。

 

「そうだな……イケメンがヒロインに一本背負い食らって丸坊主になった」

 

「分からん分からん、はしょるなはしょるな」

 

「アンタその言い方、地面に叩きつけられて的確に毛根にだけダメージを与えたとでも言うの?」

 

 ネタバレなく人に勧める時のコツは、話の要所要所を切り貼りして理解不能なパワーワードをぶつける事だと思う。

 

「まぁ読めば分かるさ。嘘は言ってないから」

 

「嘘をつかずに人を騙すのが上手なこって……」

 

「失礼だね。相手が想像したものが、俺の想定とはかけ離れていたというだけさ」

 

 詐欺師の才能あるわよ……。なんて冷めてきたコーヒーを啜りながら姉者は眉根を寄せたが「あ、丸坊主と言えば」と何かを思い出したかのようにそのシワはすぐに消える。

 

「お兄ちゃん、そろそろ髪切らないとじゃない?」

 

「え~? 髪ぃ~?」

 

 言われて兄者は自身の前髪を一房つまんでイジイジしながら上目で確認しはじめる。

 確かに俺から見ても、ちょっと伸ばしすぎているかもしれないと、その様を観察しながら思う。注意深く見てみると、前髪の先端が目にかかる程に伸びており、もうちょっとで眼球に触れそうだ。

 

「そんじゃ、久々に切ろうか」

 

「そうだな。頼むわカンナ」

 

 兄者が引きこもっていた2年間。当然ながら、外に出なくても髪は伸び続ける。床屋どころか外に出られない兄者の髪を一体どうしていたのかと言えば、俺が散髪していた。

 最初は俺もぎこちないし、失敗もしていたがしかし、外に出ない兄者は短くなればそれで良かったのか「ありがと、スッキリしたよ……」と、言っていてくれていた。

 まぁしかし2年の内数回繰り返せば、そこそこ技術は身についていくもので……ネットに転がる資料や動画を参考にしながらやっていけば、プロ並みとは言わずともそこそこ形になっていった。

 

「いつもの髪型でいいよな?」

 

 ハサミとシートとケープを用意せねばならんなと、コーヒーを一口啜りながらそんなこれまでに思いをはせていると……

 

「え、ちょっと!? ダメよそんなの!」

 

 姉者が大きな声で反対を告げた。

 

「いつもの髪型ってもしかしてだけど、男の頃の髪型じゃないでしょうね?」

 

「いやまぁ、そうだけど……」

 

「という事は、後ろ髪をバッサリ切るって事でしょ!? 髪が今の長さまで伸びるのに、どれだけの手間と時間がかかると思ってるのよ!?」

 

『薬を飲んで一晩』

 

 俺と兄者の声が重なった。

 いやだって実際そうだったし……。元々俺が切ってた、男として普通の長さだった髪が、投薬により一晩で性別反転と共に、腰辺りにまで伸びていたのだ。

 そうじゃなくってー! と騒ぐ姉者をジトーッとした目を向ける兄者。

 と、そこで俺は一つ気付いてしまった事がある。

 

「姉者、ちょっといいか?」

 

「え、何よカンナ」

 

「気になった事があってな。兄者の髪なんだが、性別が変わった時に一晩で伸びていたよな」

 

「えぇまぁ、そういう風に作ったし」

 

「あれって、髪が伸びる薬効だけ抽出して作れたりするのか?」

 

 もしも出来るなら、育毛に関して革命が起こるぞ……。

 田植えしたばかりの水田みたいな頭とは、一晩でお別れ! 緒山印の育毛剤で、あなたの頭に黄金の稲穂が波打つ!

 もう枕に散る長い友の亡骸達に怯える事はなくなるな。

 

「ん~……無理じゃないかな」

 

 が、姉者の言葉は残酷な物だった。

 

「あれって、お兄ちゃんの体の変化に便乗させて変化させたものだから……髪だけってなると、全く違う薬になるんじゃないかしら」

 

 そっか……そっかぁ……。

 

「まぁ、カンナだって髪は長い方だし、そんな薬要らないんじゃない? 落ち込む事ないわよ」

 

 いや、まぁそうだけど、そうじゃないんだよ……。必要なのは10代少女な今の俺じゃなくて、30代男性だった前世の俺なんだよ……。

 

「とにかく、そんなバッサリ切るのは反対よ!」

 

「えぇ~、オレの髪の話なのに?」

 

「女の子にとって、髪ってとても大事な部分なんだから! お手入れの時にも言ったけど、成人男性の頃よりよっぽど気をつけなきゃなんだからね!」

 

「そんな事言ったって、じゃぁどうするんだよ。髪切れって言い出したのはみはりだろ?」

 

 自分のことの筈なのに、遅々として話が進まぬ事に、兄者がぶーたれだす。

 

「俺がどうにかやってみようか?」

 

 正直やり慣れていない髪型はあまり自信がない。髪は切ったら伸びてくるまで戻らない。やり直しがきかないのだ。切るだけなら出来るだろうが、見栄え良く整えるとなると話が変わってくる。

 

「いや、私に良い考えがあるわ」

 

 ごく普通の台詞の筈なのに、その言葉に失敗フラグを感じたネットに毒された俺と兄者は、胡乱げな目を姉者へ向ける。

 

「美容院に行きましょう!」

 

 兄者の目は絶望に染まった。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 床屋と美容院の違いという物を知っているだろうか。

 床屋はカミソリを使えて、髪や髭、眉などの髪を整える所。美容室は髪を美しく整える場所なのだそうだ。つまりは、身だしなみとオシャレだ。

 昨今は男性でも美容室を使うケースが増えているらしいが、なんというか、女性が使う所というイメージがあるもんで、オレは使ったことはない。容姿に無頓着だったというのもあるが、どーにもあの、ココは一定以上のレベルが無ければ入ることが出来ません感漂う空気が、オレの足を弾いていたのだ。

 

 そんなゲームシステム的に入れないような所に、今日はみはりとカンナに連れられ無理矢理押し込まれる事で入店するに至った。なんだか入っちゃいけない所に入っちゃったような、不安めいたものが胸の下辺りからジワジワと広がってくる。

 

「いらっしゃいませー」

 

 ドアベルと共に出迎えてくれたお姉さんは、なんともまた美容師、といった出で立ちの人だった。やたら肩の開いた、ちょっと暖色が混じった半袖のシャツ。ブラウンのスカートの下には、履き慣らしているであろう、ちょっとくたくたなスニーカー。そして腰の辺りに吊り下げられた、複数の散髪道具が頭を覗かせる革製の道具入れ。

 シンプルかつ色調はセピアカラーなれども、あまり地味だという印象を抱かせない。それに仕事道具の筈の道具入れが、存在感と共にワンポイントのオシャレ感を出している。

 なんというか、使っている素材はシンプルなのに、玄人技でオシャレだと分からせられているような感じが、より一層オレに対するアウェー感を強くしてきた。

 

「あっれー? この前来たばっかなのに、早いね-?」

 

 ちょうど客の居ないタイミングだったのか、床をほうきで掃いていたのを止めてみはりに話しかける。内容から察するに、我が妹はココの常連らしい。

 

「ああいえ、今日は私じゃなくてーー」

 

 圧倒的オシャレオーラに気圧されみはりの影に隠れていたオレを、美容師さんに無理矢理差し出しながらーー

 

「この娘、髪が伸びてきて。綺麗に、可愛くしてあげてくださいっ」

 

 オレと美容師さんが対面する。ん~どれどれ~。なんて言いながらオレの体を隅々まで視線で塗り尽くしてくる様に、そんなわけ有るはずもないのにカエルをなめ回すように品定めをする蛇を幻視した。

 

「へっ、へへへ……どうも……へへっ……」

 

 そんな目とオレの目が合わないように、斜め下を見ながら口をひくつかせ、そんな返しをするのが精一杯だったオレを、誰が責められるというのだろうか。

 

「うん、分かりました。コチラへどうぞ~」

 

 そう言って椅子の一つに誘導される。オレに抵抗なんぞ出来るはずもない。手を引かれるままに座らせられる。

 

「あ、ソッチの娘はどうする?」

「ん、俺ですか?」

 

 ケープをかけられてるてる坊主状態にされながら、美容師さんがもう一人の同伴者、カンナの方へ話を振った。

 

「うん。キミもちょっと早いけど、そろそろ切りに来る頃だったよね? ついでに切っていく?」

 

「あ~、そうだな。お願いできますか?」

 

 分かりました。コッチの席でお待ちくださーい。と言われ、勝手知ったるといった様子でカンナはオレの隣に腰を下ろした。

 

「……みはりだけじゃなくって、お前も、ココの常連なの?」

 

「姉者に連れてこられてから、ずっとココで切ってもらってるよ」

 

 あぁ、なんかそれっぽいな。と思うと同時に、らしくないな。とも思った。

 オレが知る限り、コイツは清潔感には気を配るが、オシャレという物には基本無関心だ。そんなカンナが美容院を選ぶとき、前にみはりに連れてこられたから、で、ずっとココを選ぶというのはすごく納得がいく。

 だが、そもそもコイツが髪を切るのに美容院を利用するというのには、少々違和感を覚えた。オシャレなんて気にしない。髪なんて切れれば何処でもいい。そんな事を口にしそうなものなのに。

 

「じゃ、5cm程カットしましょうか?」

 

「え、あ、ひゃい!!」

 

 イカン、余計なことに気を取られている間に距離を詰められた! 正面を見ればオレのすぐ耳元で話しかけてきている美容師さん。

 

「首元きつくない? 何でも言ってくれて、いいからね?」

 

 ささやき声が耳を撫でる。きょ、距離が近い……何でそんなエッチなサイトの音声作品の導入みたいな語り口なのぉ……。

 漫画で読んだ事がある。武術において、間合いを制する事はとても重要なのだと……そして、それはコミュニケーションにも言える事。コチラは椅子に座らされ、髪を切るために動けない。対して相手は自由自在に立ち位置を変え、コチラに波状攻撃をしかけてくるのだ。

 

「君ぃ、みはりちゃんの妹さんかな? お姉ちゃんいつも来てくれててねー」

「そ、そうなんですか……」

 お兄ちゃんですぅ……。

 

「妹さんはこういう所初めて?」

「へ、へへ……」

 元男で床屋か妹に切ってもらってました……。

 

「中学生?」

「うぇっへへへ……」

 高卒ニートの成人男性です……。

 

「最近寒いよねぇ。風が冷たくなってきたというか」

「あ、あ、ああ……」

 そ、外に出ない引きこもりなので風の冷たさは分かんないッスねぇ……

 

「お休みの日は何してるの?」

「あぁ……あぁあぁぁう……」

 終わらない春休み真っ只中だったり……。

 

「お友達と出かけたり?」

「あうぅぅ……」

 引きこもりで外に出ません~!

 

 というかさっきから聞かれる質問全部答えられないとか終わってるなオレ! リア充といわなくても、一般人だと適当に答えられるであろう質問群だろう。けど人生に後ろ暗い所がありすぎるオレみたいな人間にとって、こういう髪切っている間に繰り広げられるトークは苦痛でしかない! 実は引きこもりニートの成人男性で世情とかに疎くってですねウェッヘッヘ。とか口にしたくないし、その後に来るであろう「あ、そ、そうなんですね~……」みたいな空気を想像しただけで死にたくなる!

 

 結局オレはまともな受け答えも出来ぬまま、シャキシャキと小気味良い断髪の音と共に繰り出される「最近服買いに行ったんだけどさ~」とか「今の若い子って、どんな事が流行ってるの?」とか「近場に出来た雑貨屋さんなんだけど、雰囲気がとてもよくってさ~」等など質問を「へぇ~」「はぁ~」「そ、そうなんですねぇ」と必死の思いで受け流す事しか出来ない。

 自宅警備員には荷が重すぎる。推奨レベル以下でボス戦に突入して、回復薬でひたすらゲームオーバーを回避するだけに徹している時のような焦燥感のまま、いったいどれ程の時が経ったのか……。

 

「はーい。長さこんな感じでいいかな~?」

 

 両手で抱えるような鏡を使って、正面のソレと合わせ鏡をしつつ美容師さんは言った。いいかなも何も、女性のヘアスタイルの善し悪しなんぞオレには分からんが、これ以上カットの時間が延びたら耐えられん。オレは「大丈夫ですぅ……」という声を絞り出す他無かった。

 

「じゃあ、軽くシャンプーしますね~」

 

「まだあるの!?」

 

「アッハハハ。せっかちさんだな~」

 

 ボス戦終わり、回復薬もないまま今来たダンジョンを歩いて戻れと言われた気分だよオレは……。

 

 

 

「苦しいとかあったら言ってね-?」

 

 ちょっと熱いかな? いやでもコレが気持ちいい。みたいな加減の蒸しタオルで視界は閉ざされ、オレは洗面台を枕みたいにしながら仰向けの体勢にさせられた。髪の毛は普段風呂場で被ってるお湯よりもちょいぬるめのシャワーにさらされている。

 

「あー、はい。……今んところ大丈夫です~……」

 

 かゆい所あったら言ってくださいね~。とか言いながら、シャワーで髪にクシを通すように洗われる。優しい水流の音と、髪と共に揉み洗われる頭皮から感じる心地よさ。

(あ~……生マッサージASMRだわ~……いやR-18じゃない方のね? 耳だけじゃなくて感触も感じながらだけどね?)

 

 無意識のうちに体に入っていた力が溶けていくような感じがする。コレはええマッサージですわ~……。

 先ほどとは違い喋りかけても来ないし、気持ちいいしで極楽を味わっていると、時間はあっという間に過ぎていたようだ。水流の音が消え、シャワータイムの終了を教えてくる。そして次には肌同士……おそらく粘性の液を両手に塗りたくる音が耳に入ってくる。

 

「じゃ、シャンプーに入りまーす」

 

 見なくても分かる。今オレの髪の毛はアワアワだ……。めちゃくちゃ泡に包まれているのが音と感触で分かる。

 

(おほ~……こりゃいいなぁ……金払ってでもやってもらう価値ありますぜ……)

 

 床屋時代はカットと顔そりだけで、シャンプーは家に帰ってからやってたけど……今にして思えばもったいない事をしていたかもしれない。床屋でもこれぐらいの事してくれるって言うならやって貰っておけば良かったよ……。

 耳と髪と頭皮からもたらされる心地よさに浸っていると、段々意識が遠のいていく。あ~このまま快感に身を委ねて眠りに落ちてもいいかもしれんな~……。

 なんて思っていると、蒸しタオルで視界を塞がれた顔に何やら圧迫感が……。

 あ~……何だろうな~このむにむにしたの……手は、今オレの首の裏辺りを洗っているから違うし、そもそも手の感触じゃね~よな~……あ~、なんか~、柔らかくってぇ……え~……広くって……なんか、似たような感触を前に……。

 

「んんっ!?」

 

 そんな風に思考回路をが鈍足回転を続ける中、ある一つの答えにたどり着いた。その瞬間、オレの頭の中に詰め込まれていた温かくてふわふわしてて心地よい重さをもたらすナニカは、まるでブルドーザーを限界まで加速させながら突っ込まれたかのように蹴散らされた。

 

「あれ? 熱かった?」と聞いてくる美容師さんに「全然です! はい、大丈夫です!」とバレないように願いながら返すしかない。

 オレは、この感触を知っている……! これは、かえでちゃんに抱きしめられた時に感じる、アノ感触である! いや、流石にアレほど大きいというわけではないが、それでも十分に幸福感をもたらしてくれる物だ。

 おそらく首の後ろを洗うにともない、腕を届かせるために、オレに覆い被さるような姿勢を取ったせいなのだろう。それも、同性同士である故の無防備さから……。

 

(なんという幸運っ。美容院、最っ高ぉ~♡)

 

 蒸しタオルで顔を隠されていて良かったと思う。だらしなく垂れ下がっているであろう目元を、美容師さんに見られることは無かっただろうから。

 

 

 

 ……で、終われば最高だったのになぁ……。

 

「あとは、トリートメントだよ~」

 

 美容師さんの軽快なトークはまだ終わらないらしい。

 

「あそこのパフェ、お薦めだよ~」

 

 またケープでてるてる坊主にされて、今度は髪に何かを塗り込んでいるらしい。いやもう終わりでいいんじゃないかな?

 

「種類がいっぱいあって、いっつも迷っちゃうんだ~」

 

 コッチはトークに対する返答とライフポイントが残って無くて、いっぱいいっぱいなんだ~。

 

「お薦めは~、ストロベリーアフォガードパフェか、ルビーチョコシャーベットパフェか~、後は、期間限定だったシャインマスカットパフェ。どれも是非食べて欲しいな~」

 

 分からん分からん分からん。何の何の何? 

 その後も続く会話のマシンガン。最近やってるドラマやらペットの話。最近やってる紅茶の変わった飲み方に、ジョギング中に聞く音楽。よくもまー次から次へと出るわ出るわ話が途切れない。

 まぁでもオレも学習能力がないわけではない。

 途中返事どころかリアクションも取らなくなったのに、それでも話が途切れないのだ。つまり、オレのリアクションは求められていなかったらしい。

 何だそうか。そういう事ならと、オレは全身から力抜いた。

 

 寝よう。起こされた時にはもろもろ作業も終わっているだろうさ。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

「いつもので」

 

「はーい、いつものですね~」

 

 こういう注文が出来るのが、馴染みの店のいい所だと思う。まぁ省略せずとも、内容は後ろ髪をロングに。後はお任せで。で済むのだから、あまり意味はないのかもしれないが。

 

「いや~それにしても可愛らしい妹さんですね~」

 

「ええまぁ。自慢の兄妹です」

 

 小気味の良いハサミの音を聞きながら髪を整えられていく。

 髪は女の命。なんて言葉を一度は耳にしたことがあるだろうが、あれは当たらずとも遠からずといった所だと、赤子から女として14年生きて実感した。

 長い後ろ髪は、女の象徴だ。

 35年ほど積み重なった男であった前世を、俺は未だ捨て切れていない。所作や思考、癖等に男性的な所が出てしまっているだろうし……正直、ソレを改善出来る気がしない。24時間365日、女の演技をバレないようにやり続けろと言われて、俺なら出来る。と思える程の俳優としての才能を、己に見いだせなかった。

 しかれども、緒山夫妻に心配をかけさせるわけにもいかない。

 性同一性障害。身体的性別と、自認の性別が一致せずに、苦痛や不快感を抱える状態。

 10代の若い女の体に、オッサンの自我が入り込んでいる今の俺の状態は、本来のそれとは違うだろうが、まさにソレだった。

 娘がそんな状態だと知ればあの夫婦や、その子供の兄妹は、ほぼ確実に気に病む事になるだろう。ソレは避けなければならない。

 

「長さこんな感じでどうでしょうか~?」

「ええ、大丈夫かと」

 

 そして俺の取った対策が、髪を伸ばすという、単純な物だった。

 

 我ながら上手くいっていると思う。中学生にしてはデカイタッパに、男の中身から来る所作。それがあってなお俺を女だと周囲に思わせているのは、ひとえにこの長い後ろ髪という女の象徴があるからだろうと思う。

 もしショートヘアにしていたら、スカート無しで初見だと、胸や股間を確認されるまで女だと思われないだろうなという自覚がある。

 

「はーい、シャンプー入りまーす」

「お願いします」

 

 この後ろ髪があるからこそ、なんとかなっている。例え男物の服を着ても、兄者のお下がりで節約するためという建前でゴリ押せる。男のような振る舞いをしても、ただガサツな性格なのだと誤魔化せた。一人称が俺で、男みたいな口調でも、兄のソレがうつったのだと言えば、なんとかなる。

 もし、性同一性障害なのだと疑われたら?

 俺の中身が男なら、真っ先にこの後ろ髪を短くしてるよ。と返せばいい。

 

「かゆいところありませんか~?」

「大丈夫です」

 

 例え中身が中年男性であろうと、10代半ばのこの身を女に見せる。誤魔化せる。

 

 ……と、思っていた所で、最近の兄者だ。

 

 女になってまだ一年も経っていない、ついこの間まで成人男性だった人。

 それがどうだ。兄者は少女のような振る舞いをするようになった。足は内股気味になってきたし、脇や足を開いた姿勢をあまり取らなくなった。女の子座りをしている様子も最近よく見かける。

 対して俺は、内股なんて意識しないとならないし、気がつけば脇や足を開いている。女の子座りなんて、やろうと意識に上がることすらほとんどない。

 

「トリートメントしまーす」

「はい」

 

 こんな俺が、兄者の横に並んでいたらどう思われるか。

 最近女になった兄者の方が女らしい。じゃあ、この緒山カンナは、ホントウに女なのか?

 そう疑われるのではないか。最近そんな不安が脳味噌にこびりついて、圧迫感がする。

 

「はーい終わりましたー。お疲れ様でーす」

「ありがとうございます」

 

 そろそろ前世の一部を切り捨てる覚悟を決めて、本格的に女としての仕草を習得せねばならない時期がきたのかもしれない。

 今までは子供だから。性差なんてそんなに無い年代だから。そんな理由も後押しして誤魔化せていたが、潮時かもしーー

 

「なんか眠り姫がいる……」

 

 散髪が終わり、立ち上がる時だった。ふと横に目をやったら、そこには椅子にもたれかかり、横に首が傾いたまま薄く開いた口から寝息をたてている兄者の姿があった。

 だがその雰囲気は、美容院に来る前とは大きく変わっていた。

 流れる水のようにサラサラのストレートヘアーだった兄者の髪。それが今ではフワフワと波打っており、まるでその髪の中に雲を仕込んでいるかのよう。お嬢様キャラって髪がフワフワでボリューミーなのがいるよな。あんな感じだ。

 

「……んあ?」

 

 兄者もタイミングよく起きたようで、お嬢様な見た目から想像できないような大口開けての欠伸をかましながら「もぉ~終わった~……?」と寝ぼけ眼を擦り、それが収まった時に正面の鏡を見て固まった。

 そりゃーそうなるだろうよ。寝て起きたら別人のような姿になってーーいや、女体化した時にもっと大きな変化は経験したか。

 

「な、なんじゃこりゃあーっ!?」

 

 だがまぁ比較的小さいとはいえ、衝撃は大きい事に違いは無いらしい。胸元まで伸びている横髪をふわりと持ち上げ、それが己の頭部から生えている今朝までサラサラだった物のなれの果てだと理解してワナワナと震え出す。

 

「あ、まひろちゃん起きた-?」

 

 待合席から雑誌を開いた姉者が、驚きに振り回されている俺らとは対照的な、のほほんとした声で声をかけてくる。あの様子だと、この状況も姉者の企みらしい。

 

「お、おいみはり……これは一体っ!?」

 

「全然起きないから、ブローついでにセットしてもらったの」

 

 後で調べたのだが、ブローとはドライヤーで髪を乾かす時に、ブラシなどを使って形を整える技術らしい。で、ソレにプラス色々やって、あのふんわりモコモコの波打つヘアーが完成するのだとか。

 

「いいよ~お姫様だよ~」

 

 バックミラーで後ろはこんな風になってますと見せながら、店のお姉さんも弾んだ声で兄者を褒める。姉者も同意なのか、二人揃って『ね~?』なんて疑問符で同意している。

 

「お姫様って……な、なぁカンナ?」

 

「違うって同意して欲しいって事なんだろうが、まぁ容姿だけ見れば適当な表現だと思うぞ」

 

 ドレスとティアラでも付ければ、それだけで一丁上がりだろうよ。童話に出せば女の子の憧れ間違いなしだ。

 まぁでも、男としては少々不服な評価かもしれんが。

 

(いや、そうでもないのか?)

 

 髪をいじりながら首を動かし、色んな角度から鏡で自分の容姿を確認する兄者の顔に不満の色は見れない。むしろなんか、喜んでいるというか、ワクワクしているというか……出来上がったガンプラをポージング取らせながら色んな角度で眺めている時に浮かべている、うっすらとした笑顔のような表情をしている。

 

「あれれ~? 気に入った~?」

 

「そ、そんなんじゃないやい!」

 

 からかいの色が濃いニヤニヤ笑顔の姉者に兄者が吠えるも、その態度はからかいのネタが間違っていないと言っているようなもの。姉者の笑顔が深くなる。

 

「そ、そういえば、お前はこういうのしてもらわないのか?」

「あぁいや、結構だ」

 

 からかいから逃れるためか兄者は俺に話を振ってくるも、つい食い気味に否定してしまった。

 

「そ、そんなに嫌か?」

 

「嫌というか、学校が身だしなみに関して厳しいんだよ。化粧や装飾系は基本アウトだし、下手すりゃ髪型だって対象になりかねない」

 

「そうなのか」と納得する兄者と「そういえば」と得心する姉者だが、咄嗟に出した誤魔化しである。

 実際の所は、反射的に出た拒否である。やはりというかなんというか、未だ俺の中には女性らしい物に関しての拒否反応が抜けていないらしい。

 目の前の鏡を見る。

 30過ぎたオッサンが、白髪が数本まじり始めた髪を背中まで伸ばし、さらにオシャレ風に波打たせている。

 

「…………」

 

 目を数瞬閉じて、開けばそこには目つきの悪い女子中学生が、整えたばかりの長髪を揺らしている姿。

 幻覚だ。

 俺の前世から引きずられてきた認識だ。

 中年のオッサンが、何を女みたいな事を、という自嘲だ。

 兄者にはこういう、今の自分と昔の自分が重なって見える瞬間とか、無いのだろうか? だとしたら……兄者と俺の差は、一体何処でついたのだろう。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 オレたち二人の散髪が終わって店を出る。空に若干茜色が混じり始めた、昼と夕方の間ぐらいの、中途半端な時間だった。

 美容師の手が入ったからだろうか。オレらの前で両手をポケットに入れながら歩く、カンナの背中で揺れる髪は、いつもより抵抗なく風にサラサラと流れていた。

 かくいうオレの髪もカンナみたいなサラサラではないけど、上下に揺れるたびに、若干浮力が働いているような気さえするぐらいにフワフワに仕上がっている。

 触ってみれば、洗顔用のスポンジみたいな感触がする。多分この髪を洗おうとしたら、すっごい泡立つんじゃなかろうか。

 

「よかったねー、かわいくなって!」

 

「え!? い、いや……オレは別に……」

 

 そんで隣を歩くみはりは、この髪型のオレがえらく気に入ったらしい。美容室からずっとニコニコというかニヤニヤというか、えらくご機嫌な様子である。

 

「とか言っちゃって。お店出てからずっと髪の毛触ってるじゃない」

 

「え? あっ……」

 

 言われて己の手が横髪を、下から持ち上げてフワフワといじっていた事に気がついた。

 慌てて髪から手を離すも、手のやり場に困るし、さっきまで触っていた所は見られていたわけだしで、結局髪の毛に手を戻すことにする。あぁ、顔に若干熱がこもる……。

 

「そ、そういえばこれって、ずっとふわふわなの?」

 

 このままからかわれ続けるのは癪なので、話の方向に軌道修正を入れる。みはりもオレの意図に気がついているのか「しょうがないなー」みたいな笑みを浮かべながら「うーん……そうねぇ……」とか言いながら何かを考え込む。最近コイツは自分を姉だと勘違いしてるんじゃなかろうか。オレはお前のお兄ちゃんだぞ。

 

「パーマじゃないし……すぐ取れちゃうかも」

 

「お風呂に入っちゃったらもう取れちゃう感じか?」

 

「そうねぇ。トリートメントの事もあるし、今日明日はシャンプーは控えた方がいいかもねぇ。できてお湯で洗うくらいじゃないかしら」

 

「え、洗っちゃダメなのか?」

 

 話を聞いていたのか、前を歩くカンナが驚いたように振り向いた。

 

「その様子だと、アンタ毎回シャンプーで洗ってたわね……」

 

「いやだって、やるだろ? シャンプー……」

 

 なぁ? と同意を求めてくるカンナに「まぁ分からんでもないが」と返す。床屋で切っていた頃はオレもシャンプーしていたし。

 だがそれは、髪のカットと洗髪、顔剃りだけだったからだ。美容室みたいに髪に色々塗り込んだり癖付けたりしたならば、流石に何かしら注意せねばならないだろうと気がつきそうな物なのだが……。

 みはりが呆れ気味に「アンタには後で乙女修行ね」と死刑宣告をしてカンナの肩が跳ね、顔を引きつらせる。南無阿弥陀仏。

 

「気に入って維持したいなら、自分でできなくもないけど大変よ」

 

「みはりは出来るの?」

 

「あー、ゴメン。流石にちょっと……」

 

「カンナは?」

 

「俺にソッチ方面の技術は期待しないでくれ……」

 

 優秀な妹二人が「まかせて」とか「出来る」って言わない辺り、かなり難しい部類なんだろうな。となると、オレが出来るようになる。というのもあまり現実味がないプランなのかもしれないなぁ。

 

「他の選択肢としては、毎回お店で頼むってのもあるけど……維持費が、ちょっと……」

 

 みはりが財布を開いて取り出した一枚のレシート。

 先ほどの美容室の物であろうソレを、オレとカンナの二人が覗き込む。

 えぇっとぉ……ん? あれ、なんかゲーム一本買えそうな値段が書かれてるんですが……いやいや、でもそこからカットとかシャンプーとか引けば……それでもまぁ、隔週に行けば一月に二回で……。結局、フワフワの維持だけでゲームソフト買えそうな値段になりそう……。

 

『た、たっか……』

 

 女子のオシャレにかける情熱と金銭に戦慄する、オレとカンナの呟きが、深まる茜色の空へと消えていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 アニメ版のお兄ちゃんのふわふわヘアーの話結構好きなんですよね。一段と乙女になったというか、おしゃれへの興味というか、自分を着飾る事への積極性が上がったというか。
 後シンプルにビジュアルがいい。いいよーお姫様だよ~。というのが真を捉えているといっても過言ではないね。

 にしても、109話でお兄ちゃん、お肌の状態も意識し始めて、マジで乙女になっちゃってるな。
 そんでもってみはりちゃんはもう、色んな意味でヒドイ。もろもろ美容の全部をサプリメントで解決とか、お兄ちゃんを乙女にした女の所業とは思えないね。
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