兄者はおしまい   作:知らない半島

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結構時間が空いてしまいすみません。
超かぐや姫!にまんまとハマり、イラストや二次創作を漁ってたらこんな事に……お兄ちゃんはおしまい! 以来の個人的大ヒットでした。

しかも投稿期間が空いた間に投下された本編ですよ。

も、もう私は緒山みはりを理解出来ないかもしれない……。
彼女の倫理観は一体どうなっているんだ……。


ep015 緒山と穂月とハロウィンナイト

 

 何も起きない平和な日常というものがどれ程大事なものであるかという、非日常に身を置く主人公が思うような事がふと頭をよぎるようになったのは、オレがある種そんな主人公達と同じような立場に立たされる事になったからなのだろう。

 まぁ漫画やラノベなんかでよくある、ある日特別な力に目覚めて戦いに身を投じる。みたいな状態ではなく、マッドサイエンティストな我が妹に薬で女の子にされたのだが。

 しかし今この状況においては、そんな漫画やラノベみたいに特別な力に目覚めておいた方が良かったなと思うばかりである。

 

 いつもの姿勢良く、肩で風を切るように歩く姿はそこにはない。ヨッタヨッタと、重心をあっちこっちへフラフラさせながらの歩みは、見るからに頼りないものだ。首に力が入っていないのか、頭も前後左右へ歩くたびに揺れまくる。

 酔っ払いの千鳥足みたいな状況だが、そんな日常の延長みたいな状態ではない。

 健常者ではありえないレベルの血の気の引いた肌。落ちくぼんだ目に、色濃い隈。そして、綺麗と言えたその顔は、右半分がただれ、薄い紫と緑に変色していた。

 

 簡素にまとめよう。

 とある昼下がり、自室で昔のRPGのリメイクを懐かしんでいた所に、ゾンビ化した我が妹、緒山みはりが押し入ってきた。

 

「そ、そんな……」

 

 こんなシーン、ゲームならいくらでも遭遇した。

 ゾンビパニック系なら銃でヘッショ決めてココを突破したし、逃走系ホラーならみはりの横を通り過ぎて部屋から脱出して、追いかけっこに入ったり。

 だがリアルでこんな状況になったら、出来る事など何も無かった。銃なんてあるわけないし、走って逃げようにも引きこもりニートにまともに走る筋力など無い。

 

 結論、詰みである。

 

「だ、誰か……」

 

 尻餅をついて、ズリズリと後退する。ヨッタヨッタと遅い筈のみはりの歩みに、それでも距離が広がらない程にのろいその逃走もすぐに終わる。部屋の角へと追い詰められればもう逃げ場など無い。

 

「助けて……っ」

 

 手を伸ばせばもう捕まる距離。

 この先オレはどうなってしまうのか。一般的ゾンビパニック物なら、オレはこの後みはりに食われてしまうか。はたまた噛まれた所からウイルスに感染して、ゾンビの仲間入りを果たしてしまうのか。どちらにしろ碌な未来はないであろう事は確かなわけで、その予測に耐えられずオレは目を閉じる。

 

「どぉっせい!!」

 

 そんな視界を閉じたオレの耳に、やたらと雄々しい声と、何かが壁に激突する音が響き渡る。

 

 何が起きたのかと薄ら開いた目に飛び込んできたのは、さっきまでゾンビ化したみはりが居た正面が、無人になった光景。

 うめき声と荒い息づかい。それと人が暴れて床や壁を四肢が打つ音の方に目を向ければ、もみ合っている二人の姿。

 片方はみはり。もう片方は、うちの末妹のカンナだった。

 姉より恵まれた体格でもって上から組み伏せつつ、暴れる四肢を押さえつけようと高速で腕や足が打ち合い組み合いを繰り返す。

 

「逃げろ兄者ぁ!」

 

「え!? いやでも、お前!」

 

 妹を残して、兄が一人で逃げるなんて……

 

「今の兄者じゃ姉者の足止めなんぞ出来ん! なら俺が一秒でも長く引き留めている間に、被害を減らす方に動いてくれ! 頼む!!」

 

 そんなに長くは保たない!

 

 切羽詰まったカンナの叫びにオレは覚悟を決める。

 腰を持ち上げ、足の震えを無視して立ち上がる。そして部屋の出口へ走ろうとした、その時。

 

「待ちな、さーいっ!!」

 

 オレの目の前を、カンナが吹き飛ばされて行く。

 出口へ走ろうとしたオレはぶつかりそうになり、慌てて止まると勢い余ってまた尻餅を付くこととなった。

 

「ったくっ、真に受けすぎでしょ二人とも!!」

 

 そんな怒気を含んだ声の方を向けば、仁王立ちしたみはりの姿が。

 ……しかしそれは、先ほどまでのフラフラと安定しない姿ではなく、いつもの重心の据わった、どっしりとした立ち姿。

 

「仮装よ仮装! ハロウィンの! 本当に居るわけ無いでしょうお化けなんて!」

 

 そう言ってプンスカ怒るみはりに、オレの体は固まったまま頭の中だけ情報が高速回転を始める。

 えぇっと、ゾンビになったみはりが出てきて、追い詰められた所でカンナに助けられて、逃げようとしたらカンナが吹き飛ばされて……で、それが全部、みはりのハロウィンの仮装であった、と……。

 

 なるほどなるほど、理解しました。

 

 お兄ちゃんちょっとお説教します。

 

 

 

 ep015 緒山と穂月とハロウィンナイト

 

 

 

「洒落にならねぇんだよ! お前がソレをするのは!」

 

 あれからちょっと経った後、みはりは現在ゾンビの仮装のまま正座させられ、オレはその前に仁王立ちして叱りつけていた。吹き飛ばされていたカンナは、頭を打ったのか後頭部を押さえながら部屋の壁に寄りかかっている。

 

「い、いや洒落にならないって……ちょっとした冗談じゃない。ゾンビなんて非科学的な物実在するわけ無いってのは、ちょっと考えれば分かる事でしょう? 現実と空想の区別くらいは二人とも付くでしょうに、どうしちゃったのよ……」

 

 だから、ソレを真に受けちゃったオレ達の方が今回おかしいんじゃないか。

 みはりの主張はこうだが、しかしソレはオレたち兄妹から違うと言わせてもらおう。

 

「まー、姉者の考えも分からんでも無い」

 

 カンナが痛みに顔をしかめながら話に入ってくる。

 

「一般的に、ゾンビって言えば動く死体を指し、ファンタジーの産物だ。起源はブードゥーの術か何かで、死体を動かし奴隷のように使役する事を目的とした物。確かに魔法なんてあり得ないだろうし、兄者は成人で俺も中学生。いい加減ファンタジーは実在しないという事も弁えてしかるべき年齢だ」

 

 カンナの説明に「何だ分かってるじゃない」とみはりは言うが、それにカンナは「だがな」と続ける。

 

「昨今はパンデミック型のゾンビって物があってな。ウイルスや寄生虫により、人間の思考力を低下、凶暴化させ、他の人間を襲わせて感染を広げていく、って形式の物もあるんだよ」

 

 バイオハザードとか、昨今のゾンビ映画とかだな。

 

「そうは言っても空想科学でしょ? フィクションと現実の区別くらいはつけなさいよ」

 

「本来ならオレらも信じやしないよ、ゾンビが出たなんて言われても」

 

 でもな? と一拍おいて。

 

「オレをこんな女の子にする薬を作ったお前がゾンビ化するのは例外だよ! お前がゾンビ化したなんて、そりゃもう薬品製造ミスってゾンビウイルスのバイオハザード起こしちゃったと思うに決まってんじゃんっ!」

 

 ビシィッ! と自分を親指で指して言う。

 

 そう、ゾンビ化なんて普通なら一笑に付するような事だが、コイツの場合は例外だ。

 この文武両道の天才少女たるオレの妹、緒山みはりは何を隠そう、成人男性だったオレを薬一つで女体化させた上に若返らせたという前科があるのだ。

 そんなファンタジーが実現出来る妹が、ゾンビ化ウイルスを作れないと思うか? オレは思わないね。コイツなら出来る。

 そんで天才ながらミスしないわけでもないコイツが、その作ったゾンビウイルスの取り扱いを失敗し、バイオハザードを引き起こしたとしても何一つ不思議じゃない。

 

 むしろ女の子にする薬より現実性があるだろう。

 体の作りが男から女に丸っと変わって、しかも年齢が逆行して子供にするとか、薬の作用としては大きすぎだし複雑すぎる。

 それに比べて、たかだか理性を働かなくするついでに凶暴化して、感染力を持たせるだけのゾンビウイルスなんて、よっぽど簡単だろうよ。

 

 全然違うよ~? とみはりはまだ納得いってない感じだ。専門家からすれば言いたいことは色々あるのかもしれないが、素人なオレたち二人の意見が変わることはない。

 

「というか姉者、何故いきなり仮装を? うちはハロウィンに積極的に参加するような家ではないだろう?」

 

 まー確かに、オレも覚えている限りでは、ハロウィンだからって何かした覚えはないな。というか、なんかこうハロウィンって陽キャのイベントっぽいし……オレとはあまり関係ないような気がする。

 

「あー実は、かえでの所でハロウィンパーティーするらしくって、ソレにお呼ばれしてるのよ」

 

 何っ、ハロウィンパーティー!?

 

「ハロウィンパーティーって事はあれか? ホームパーティーって奴か?」

 

「ええそうよ」

 

「あのやたらと装飾された空間で、七色の照明の下、飲み食いしながら踊りまくり、グラス片手に椅子に座らず立ち話を続ける、あのホームパーティー!?」

 

「いや何よその偏見まみれのイメージは」

 

「参考元はアメリカの映画かドラマの何かかな?」

 

 えー? このイメージ一般的じゃねーのー?

 

「で、どうする?」

 

 みはりの問いが何を指す物なのか分からず、何を? とオレら二人は返す。

 

「いやだから、かえでの家でハロウィンパーティーがあるって言ったじゃ無い」

 

「ああ」「それで?」

 

「……二人とも、お留守番って事でいいの?」

 

 みはりの疑問に、驚く。

「え? じゃあオレたちも一緒に行ってもいいの?」

 

「そのお誘いに来たら、カンナにタックル食らって長話に入って、ようやっと切り出せたって所なのよ」

 

 遠回りしたわ~。と疲れを声ににじませて吐き出すみはり。

 オレとカンナはお互いを見て目で語る。まさか、オレらがホームパーティーに呼ばれるとは……。片や引きこもりニート。片やほぼほぼボッチ。陽キャのイベントとは縁遠い者二人組。

 

「で、どうするの?」

 

 ……ま、まぁ? 本当はそんな騒がしいのは好きじゃないし、外に出るのも嫌だけど? で、でもまあ、かえでちゃんにお呼ばれしちゃったなら、行かないなんて選択肢があるわけもなし。家にお呼ばれしたなら、もみじも居るかもしれないし?

 

「い、行く……」

「俺も同行しよう」

 

 たまには。たまにはね?

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 ハロウィンとは、カボチャをくり抜いてジャックオーランタンを作って飾ったり、お化けやファンタジーな仮装を公然と楽しんだり、子供にお菓子をあげたりするお祭りである。

 トリックオアトリート。お菓子を寄越すか、イタズラされるか、お前に選ばせてやろう! と家に凸して脅しをかける子供が現れたりするらしく、非常に恐ろしい行事だったりするのだ。まぁ、このお宅訪問は日本ではあまり定着してないっぽいが。

 なんか公然と仮装していい日。外国のお祭りの欲しいところだけつまみ食いしたような日本式のハロウィンとはそういう文化だ。

 

 故に、その風習にならうならば、オレらは仮装をしなければならないわけで。

 

「トッ、トトッ、トリックオア! トリー……とぉ……」

 

 どもりながらも勢いよく、されど途中で羞恥が追いつき、尻切れトンボになりながらも定型の挨拶をしたオレが今、オオカミ男の格好をしているのは、そんなルールに従っているが故、以上の理由はないのである。

 まぁ、オオカミ男、といっても本格的な物じゃない。モコモコした着ぐるみに、頭はフードを被るだけという、着る毛布みたいなルームウェア的な格好である。ちなみに手は肉球グローブ。この前付けたネコの奴は黒かったのに対し、今回は白色だ。なんと二つ目である。

 にしてもみはり……こんな物を用意していたのはどういう事なんだ? オレの知る限り、お前もカンナもこんな格好していたことは無かったのだが……まさか今日のために買ったのか?

 

 そんで、オオカミ男と言いつつ、モコモコ肉球盛り、顔出しフードのなんちゃって仮装の評価はというと……。

 

「きゃぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 目の前の巨乳でギャルで陽キャな女子高生がご近所への配慮を一切かなぐり捨てたかのような悲鳴を上げる程である。

 

「かぁ~わいぃぃいいいいいいいい!!」

 

 ただし、恐怖ではなく驚喜から。

 デカイぬいぐるみを抱きしめるように、モコモコなオオカミ男のオレを胸に抱きしめてくる。グリグリとかえでちゃんが頬ずりする度に、押しつけられた胸が服越しにムニムニ動くのを視界ゼロの中で堪能させられた。

 

 今まで忌避していたが……ハロウィン、いいじゃないか……っ! 

 

「あぁーっ、お姉ちゃんばっかりずーるーいー!」

 

 私も私も~! ともう一人の声。

 

 後ろなら空いてるよ~。との声に、じゃあ失礼して。と後ろから抱きしめられる感触!

 かえでちゃんと比べて背中に当たる物は硬いながらも、お腹に回された腕には女の子らしい細さと柔らかさを、着ぐるみの厚い生地越しに感じる。さらに後ろから抱きしめる関係上、腰がオレのお尻辺りに当たって、なんかすっごい感じがする!

 あ、あぁぁあああ、女子高生と女子中学生のサンドイッチやぁ……っ!

 

 ハ~ロウィン、さ~いこ~♪

 

「まひろちゃんったら、ノリノリじゃ~ん♪」

 

「え~? ノリノリってぇ……」

 

 ……あれ? 何か、胸の谷間から顔を上げて見てみると、そこにはギャルの格好を……つまり、普段と変わらぬ格好をしたかえでちゃんが居た。

 ん? あれ?

 振り返って見ても、もみじもパーカーにズボンと、仮装とはかけ離れた格好だ。

 

「……何で普段着? 今日は仮装パーティーだって……」

 

 ……みはりを見る。

 ……コイツ……ゾンビメイクを、していなかった……。

 いつからだ? いや確か、オレにコレを着せている時はしていたが、家から出る時にはしていなかったような……。

 つまり、なんだ……。

 

「だーまーさーれーたーっ!」

 

 何だよ仮装してるのオレだけじゃん!

 オレだけがハロウィンに浮かれてるみたいじゃん!

 皆普通の格好してる中にさっ、こんなソレ用に用意した服なんか着ちゃってさぁー!

 

「……うぅ、恥ずかしい……」

 

「いいじゃーん、似合ってるし~」

 

 かわいいよ~? なんて言いながら頬ずりしてくるみはりだが、違う、そこは問題じゃない……。

 ていうか、カンナも気付いてただろうに教えてくれれば……

 

「あれ? そういえばカンナは?」

 

 確かオレら3人で来た筈だよな? と周囲を見るも、そこは変わらず穂月家の玄関で、居るのは4名。オレとみはりと、もみじとかえでちゃんだけだ。

 カンナの姿はない。

 

「おかしいわね……道中は居たのに……」

 

 そう、みはりの言う通り確かに道中は居た。ここに来るまでに結構話してたし、記憶違いなんてありえない。

 

「でも、家に入ってきたのは二人だけでしたよ?」

 

「って事は、まさか途中ではぐれた?」

 

 え、マジでか? あのしっかり者が?

 いやしかし、まだ中学一年生。普段頼りになるアイツも、人生経験は年相応という事もある。前に一緒に銭湯に行った時にもそういう事があったし。

 しかしそうなると、探してやらねばなるまいよ。

 

「ちょっと電話してみるか」

 

 電話帳からカンナを呼び出し。

 コール音が耳元から響き渡りーー

 

 トゥールルルルルル。

 

 玄関の外からも、デフォルトから変えてない、着信音が響いてきた。

 

「……え?」

 

 何で玄関先に? そこに居るなら入ってくればいいのに。

 もしかして緊張しているのか?

 またこの前みたいに手を取ってやるか。

 

 そんな事を思いながら、穂月家の玄関を開ける。

 

「おーいカンナ-。どうしたん、だ……」

 

 玄関を開けた先に、カンナの姿は無かった。

 穂月家はマンションの一室で、玄関扉の先は隣の部屋や出入り口へと続く通路となっており、手すり壁が横に広がるばかりである。

 

 けれど、携帯の音は鳴っている。

 

 何処から?

 

 自然と視線は音鳴る方へ。右や左、下でもなくて、上なる方へ。

 垂れ下がる髪そこに在れども、首より下は見当たらず……。

 髪を辿り、目は上り、髪元を視界に収むれば、この身を見下ろす目が二つ。

 その時頬にひんやりと、冷たき何かに挟まれる。

 いつの間にやら我が頬に、添える手の平、伸びる腕。

 上から逆さに吊された、頭の口が開かれる。

 

 とりっくぅ、おあぁ、とりぃ……とぉ……

 

 4人分の悲鳴が、一帯に響き渡った。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

「怖かったんだから! ほんっと怖かったんだからぁ!!」

 

 かえでちゃんが涙目になりながらする説教に、俺は正座しながら「はい、すみませんでした……」と返すしかなかった。

 肩で息をしているのは、叫んでいるからか、怒っているからか、はたまた恐怖から来ているのか。

 

 先ほどの経緯を簡単に語るならば、ある物でしたお化けの仮装もどきが、思いのほか相手の恐怖心を煽ってしまったという物。俺としても悪気の無い物であったと言い訳させてもらいたい。

 

 いやだって考えてみて欲しい。

 兄者は全然怖くない、どころか可愛いに寄ったオオカミ男の格好をしており、姉者もフランケンシュタイン(怪物の方ではなく博士の方)の格好。仮装をしていないのは俺だけである。

 これはいかん。俺の趣味ではないものの、こういう催しはノリの良さこそ肝要である。ならば俺も何かでもって化け物の真似をせねばなるまい。

 しかしどうした物だ。穂月家のマンションにたどり着くまで考えるも、今から仮装の用意は出来ない。ならば限りなく人に近い物なら行けるだろうかと思ったが、八尺様は背丈が足りず、貞子はテレビか井戸の小道具がなければ物足りぬ。しかもどっちも白いワンピースのような格好のイメージ。用意は出来ぬ。

 口裂け女? メイクの時間はない。マスクで隠した姿なら、コンビニで買えばすぐ用意出来るが……それはもうただのマスクをした女でしかない。アレはその隠された下に恐怖する物があるから良いのだ。

 二口女や、雪女も、メイクや衣装が無ければただの女性に落ち着く物ばかり。

 ことココに来て、いつも通り白衣を羽織っただけで何の仮装をしたのか分かる姉者の選択眼に感心するばかりである。

 

「そうなの? みはり」

「いや、私のコレはただの普段着……」

「や~い普段着がコスプレだってよ~」

 

 かえでちゃんに胡乱な目を向けられ、兄者に脇腹をつんつんされる姉者が「ええい止めなさい!」とその腕を振り払う。

 

「それで、何をどうすれば天井からぶら下がるって話に……いや待って。その前にアレどうやったの?」

 

 アレというのは、天井からぶら下がった方法だろうか?

 あれは何の仮装をするのか思いつかずにココのマンションまで来た時に思いついたものでな。部屋の前の共用廊下の、天井の外側にもちょっと壁が有るのを見つけて(あ、これ部屋の方と外の方に足を突っ張らせれば天井からぶら下がれるな)と気づきを得て、じゃあ逆さ女で仮装としようと決行したわけだ。

 

「そんなアクション映画でたまに見る、エレベーターの天井に手足突っ張らせて張り付くような真似……信じがたいけど、実際やってたんでしょうね……」

 

「俺もワンチャン行けるか? ぐらいの感じでやったら、思いのほかすんなり成功してビックリしましたよ」

 

 ほんと、逆立ちジャンプからの開脚とか、前世の俺なら思いつきさえしなかっただろうよ。

 

「それにしても、そんなに怖かったですかね? ただ逆さに吊された女の姿なのに」

 

 俺はこの場に居るもう一人に目を向ける。

 穂月もみじ。俺の今世の同級生で、本物の十三歳。中学一年生の彼女は、逆さまにぶら下がっている俺を見て気絶したらしく、今ソファの上に横になりながらうなされている。

 

「いや怖かったよ」

「不意打ちで本物の化け物に遭遇したかと思ったわよ」

「なんちゃって仮装のお祭りに、ジャパニーズホラーぶっ込むのはルールで禁止スよね」

 

 睨むような半目が三対、俺を突き刺す。何やってんだガハハ。と笑える冗談だと思って実行したコレは、何たる事だTRPGで言う絶対成功(ファンブル)を引いたようだ。

 

「う、うぅ……」

 

 と、そんな友人裁判の最中、最大の被害者がどうやら目を覚ましたようだ。うめき声をあげつつゆっくり開かれる視界の中に、兄者が飛び込んでいった。

 

「お、もみじ、目を覚ましたのか。良かった~」

 

「あれ? まひろちゃん……?」

 

 何で自分が寝ていたのか思い出せないといった様子であったが、段々と脳味噌が回転速度を上げていったのか記憶のシークバーが右へ右へと動いていったのか、目が段々と開いていく。

 

「あ、た、確か、天井から、おんっ、女の人が……っ!」

 

「スマン穂月。ソレは俺だ」

 

 フラッシュバックした恐怖映像に慄き始めた穂月を安心させるために、すかさずカミングアウトを挟み込む。

 

「廊下の天井付近の壁に足で突っ張ってぶら下がっていただけなんだ」

 

「……え? 廊下の、天井に……足で?」

 

 信じられない。と目で語る。分かる分かると三人が腕組んで頷く。俺はあさっての方向へ目をそらした。

 

「そんじゃ、もみじも起きた事だし……お説教はこれぐらいにして、パーティーの準備と行きますか」

 

 パンと柏手一つ。切り替えの音。

 姉者は勝手知ったるといった感じに羽織っていた白衣をコート掛けに預け、ん。とかえでちゃんから渡されたエプロンをバサリと広げ、二人して身につける。

 確か此度のハロウィンパーティーは穂月家にて、仮装をしながら手料理を食べようという趣旨だったか。ココに来るまでの道すがらそう説明された。

 まぁ仮装してたのは兄者だけだったが。

 

「さてと。お姉ちゃんたち料理の準備してるから」

 

 姉者が腰紐を結びながら言う。

 

「しばらくもみじの部屋で遊んでてね~」

 

 かえでちゃんが胸回りの布の位置を調整しながら言う。

 

「楽しみに待っててくれ、二人とも」

 

 ところで俺のエプロンは何処だろう。

 

「いや、アンタはもみじちゃんの部屋に行ってなさい」

 

 ビシリと俺の眉間を指で釘を刺しながら姉者は言う。

 

「え? いやいや、手伝うよ」

 

「要らないわよ。下準備はしてもらってるし。第一かえでの家のキッチンは、アンタが入ってきたら流石に狭いのよ」

 

 確かに……家族向けとは言え、穂月家はマンションの一室だ。立派なキッチンではあるが、複数人が利用する事を前提としたスペースはない。二人がせいぜい。三人寄れば体がぶつかりそうな程度である。

 

「ほーら行った行った。もみじちゃん、カンナの事よろしくね?」

 

「はい!」

 

 中学生に子守を頼むように人を預けるんじゃありません。

 

「おっ……まひろちゃん、連れてっちゃって~」

 

「あ~らほ~らさっさ~」

 

 あ、おい兄者。ほ~ら行くぞ~。じゃないんよ。あぁクソッ、手を引かれたら抵抗出来ん……。簡単に振り払えるけど、そんな態度が俺にとれるわけもなく……。

 俺は流し台で手を洗う二人に見送られながら、中学生と成人男性(女)に手を引かれ、女の子の部屋へと手を引かれていくのだった……。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

「服ありがとねーもみじ」

 

 もみじの深緑色のジャケットを羽織りながら礼を言う。かわいい服ってあんまり無くて……ゴメンね~? と謝ってくるが、そんな必要はない。男物ではないけれど、ボーイッシュな服は着慣れた感じがしてすごく楽だ。家でリラックスするならこういう服でいい。

 うん、仮装は止めました。皆私服の中、一人だけ仮装して食卓に着くのは場違いだろうと思いまして。

 

「しっかし惜しいな~」

 

 ついこぼれてしまった言葉を、カンナが「何がだ?」と拾ってくる。

 

「仮装だよ仮装。やってたのオオカミ男の格好したワタシだけだったじゃん」

 

 いやまぁ正直、意外とこういう非日常的な格好するのは意外と楽しかったりはしたのだが、しかしだ。

 

「出来ればさぁ、他の皆の仮装した姿も見たかったな~って」

 

 みはりはゾンビの格好してたけど……あれはちょっと、カジュアルに楽しむには真に迫りすぎてるし洒落にならん。カンナの奴も、格好はそのままだし正直怖かった……。

 

「女の子のハロウィンの仮装といったらさー、キャーその格好かわいー! ってキャッキャするような物だと思うんだよ。まかり間違っても人類文明滅亡につながりかねん生物災害に顔を青くしたり、唐突なジャパニーズホラーに急性日本怪談リアリティショックで大騒ぎするような物じゃないと思うんだよね」

 

 もっとこう、あるだろう。と、思わずには居られんのだ。せっかく見た目麗しい女子達が集まっているのだから。

 

「お姉さんも何かしてたの?」

 

「おうよ。よりにもよって、薬学やってるみはりがゾンビの格好しててさー。すわバイオハザードが現実になったかとマジで怖かったんだから」

 

 と、そんな説明をした所だが「ばいおはざーど?」と分かってない様子のもみじ。そういやアレってゴア表現大量だから、R-18Gがほとんどだっけ? 中学生が女子が知らぬのも無理からぬ事かな。

 

「ざっと言うと、細菌やウイルス由来でゾンビ化した人間が襲いかかってくるって作品」

 

「ホ、ホラーもの?」

 

「どっちかというとガンシューティングだな。銃で撃てば倒せるからあまり怖くないぞ」

 

 そ、そっかー。と安心したようにもみじが胸をなで下ろすも、オレとしては欺瞞をぬかすなと言いたい。確かに物理でダメージが通って倒す事が出来るとしても、ジャンルはホラーなのである。怖く作られてるんだから、怖いのだ。

 

「みはりも、もーちょっと可愛げのある格好すれば良かったのにな~」

 

「可愛げのある格好って、例えばどんな?」

 

「ん~、魔女とか?」

 

 いつもは白衣羽織ってるアイツが、黒いローブにとんがり帽子。ほうきを片手に添、え、て。ってな。

 

「あ~似合いそうだね~」

 

 想像の中のみはりが可愛らしかったのか、ほっこりした様にもみじは言う。

 

「釜の中をかき混ぜながらヒッヒッヒッヒってか」

 

「あ~……似合いそうだな……」

 

 カンナのコメントで一気に怪しいイメージになったが、まぁ似合う似合う。薬作ってるであろうって所が滅茶苦茶似合ってる。

 

「ちなみに穂月は、何かやってみたい仮装とかあるのか?」

 

「え、わたし?」

 

「お、気になる気になる~」

 

 もみじはな~。ちゃんと美少女してるけど、カッコイイ系との相性いいし……。

 

「ん~、ちょっと、ヴァンパイアとか気になっちゃってたり……」

 

「あ~分かる~っ! 似合いそうだよねヴァンパイア!」

 

 裏地の赤いマントを羽織って、襟立てて。そんで胸にフリル重ねたようなやつ付けちゃってたりしてな。

 

 そんで残るはかえでちゃんだけど……。

 

(う~んセクスィ~な悪魔コスとかして欲しいよなぁ~)

 

 こう、肝心な所は隠そうとも、体のラインは出まくりな衣装というか……むしろ衣装と肌の境目が、その色気を際立たせると言いますか~えっへへへへ。

 

「……なんかまひろちゃん、エッチな事考えてる?」

 

「え!? へぇっ!?」

 

 何故ばれた? 口には出していない筈……って、カンナの奴がコッチを見ながら自分の顔をはたいている。顔に出ていたと? オウ……。

 

「もぉ……この前片付けたあの本とか、まだ読んでるの?」

 

「い、いやいや。ちゃんと仕舞ったまま出してないよ」

 

 ほんとに~? と疑ってくるもみじにホントホント。と信じてくれるように懇願する。ココで信じて貰えなければエロ野郎のそしりは免れられぬ。

 

「……まぁ、お姉ちゃんおっきいもんね~」

 

「それには同意だけど、しょうがないな~やれやれ。みたいな顔をしないでもみじ。ホントに最近はエロ断ちしてるんだから」

 

 というか薬で女になった影響で、致してしまうと頭がパーになっちまうのだ。今のオレにとってエロスとはイカロスの目指す太陽がごとし。飛び立ち手を伸ばそうものなら、地の底へと転落してしまう眩しき光。

 

「それにしても、お姉ちゃんに引き換え、何で私は小さいんだろうねー?」

 

 ハハ。と自嘲気味な笑みを浮かべながらもみじは自らの胸に手を当てる。そこに膨らみは無いと主張するかのように、添えられた手の指はピンとまっすぐ伸ばされている。

 

「い、いや、もみじだってこれからだよー。姉妹なんだしさぁ」

 

「……お姉ちゃんに吸われてる気がする」

 

「ま、まさかそんなぁ……あ~……」

 

 あるわけない。そう続くかのような言葉を口にするも、正直その気持ちはすごい分かる……。

 兄弟姉妹に長けた物が有り、自分にソレが無いとなると、取られた、というような気がするのはものすごく覚えのある感覚だ。

 勉強も運動も家事も出来て、容姿も優れた妹たち。

 同じ親から生まれた筈なのに。

 同じ家で育った筈なのに。

 なのにどうしてオレと妹たちの間には、こんなに大きな差が出来たのだろう。

 なんて……。

 

「でもまひろちゃんは良いよね~」

 

「……え、へ? 何で?」

 

 姉妹にある物を持たぬ者同士。という後ろ向きなシンパシーを感じていた所を、急に突き放される。

 

「だってまひろちゃん、そこそこ"有る"し」

 

 ココで言うところの有る、とは、流れ的に胸の話だろうか……。

 え? いや、あるか? あ~だけど、言われてみれば最近ちょっと成長した気がしないでもないような……。なんか、スポーツブラから圧迫感みたいな物を薄ら感じてはいるんだよな……。

 考えてみれば、みはりも決して小さくは無い……膨らんでいるのが服越しでもちゃんと分かるし。カンナもカンナで、身長がやたら高いから小ぶりに見えるだけで、年齢的に見れば育ってる方か……。

 となれば、オレにもまだ大きくなる可能性は十分ーー

 

 

「いや何を期待しとるんじゃオレはぁぁぁああああああっ!」

 

 

 何で年頃の少女のように、胸の成長に喜びを覚えとるんだオレは! オレは男だ大人なんだ! 股間の相棒の大きさに自信とプライドを持つことはあれど、自分のおっぱいには無関心な筈だろうよ!

 

「ちょ、ちょっと! どうしたのまひろちゃん!」とか「落ち着け兄者。一端深呼吸を……」と声をかけてくれる二人の声が遠くに感じる。

 まずいぞコレはどうしたものか。最近流されて女性的経験を重ねたせいか、自認が歪み始めている……オレは男だ益荒男だ! 落としたヒロインは数知れず! 築いたハーレムは両手の指では数えきれぬ! 性剛たるこのオレが、メスに堕ちる事などありはしない!

 

 

「……ね、ねぇ……ちょっと二人に聞きたいんだけどさぁ……」

 

 自分のあり方を取り戻そうと頭の中で積み上げたエロゲのパッケージを数えていたら、もみじが何やら言いづらそうに話しかけてきた。なんじゃらほい?

 

「その、胸って、揉まれたら大きくなるって言うけど……」

 

 どうなの? ……と、聞かれても……。

 

「確かに漫画とかでたまに聞く話だよね。なんか、胸を揉まれたら女性ホルモンがうんたらかんたらして、結果おっぱいが大きくなる。だから胸の成長のためにもみもみしましょうね。みたいなのを何度も見たような気がする……」

 

 漫画で読んでる時は、なんて自然で違和感の無い導入なんだぁ……と感心していたものだが……。

 

「しかし、所詮漫画理論だろ? 実際は違うんじゃ無いか?」

 

 カンナの言うとおり、所詮は漫画ぐらいでしか聞かない理論だ。いやまぁ男のオレが胸の話を女性とする事なんて、今まで無かったんだから……そりゃ漫画でぐらいしか触れることはないのだろうけど……。

 

「ん~どうだろう? みはりに聞けば分かるんだろうけど。ほら、アイツ大学で医学とかも学んでるみたいだし」

 

 特に性差。おっぱいみたいな、男女で大きく差が出るような物の話とか、アイツの専門分野みたいなものだろうし……。

 

「個人的には嘘理論だと思うがな」

 

「おやその心は?」

 

「この中で一切揉まれた経験が無い俺が一番胸が大きいからだ」

 

 揉まれりゃデカくなるってんなら、俺が一番揉まれていなきゃおかしい。とのこと。

 確かに一理ある。オレ、もみじ、そしてカンナの三人の中ならば、服の上からでも「有る」と分かるそのふくらみは、確実に一番の大きさ。カンナの提示する根拠には思わず頷かずにはいられない。

 

「……その理論、ちょっと待った」

 

 と、そこに少し険しい顔つきになったもみじが挙手をする。

 

「揉まれたら大きくなる。なら、この話の重要な点は、そこから大きくなるか。だと思う! 最初から大きいか小さいかは、今は関係ないんじゃ無いかな!」

 

 むむむ、言われてみればその通りだ。

 揉んだら大きくなる。ならば、問われるのはその成長性。初期値が大きいか小さいかではなく、合計値が大きいかどうかではなく、そこから数字が大きくなるか否か。

 そう、ここで重要なのは、明日に希望があるのかどうか。

 

「ちなみに、お姉ちゃんは私たちぐらいの時、そこまで大きく無かったよ!」

 

 何……だと……。

 もたらされた情報の重要性に、思わず口から漏れ出る驚愕。つまりあのサイズは急成長のたまもの。中学生の頃から成長したわけだ。ズン、ズンッ、ズンッ! と……。

 

「そして、お姉ちゃんがこぼしていたんだけど……友達に、ふざけて揉まれているらしいんだ……」

 

 ……つまり、胸を揉むと、大きくなる可能性が高くなる、と……?

 ゴクリと意図せず唾を飲んだ音が、静寂の満ちる部屋に響き渡る。

 

「ごはんできたよ~」

 

 沈黙に満ちた部屋にガチャリとドアの開く音と共に、話題の人が現れた。

 至って自然体。ごくごく普通の動作でもって部屋へ踏み入ってきたかえでちゃん。だがそれでも、ゆさりと揺れたソレにオレたち三人は自然と目を奪われる。

 あれが、中学生から急成長した物。

 

 おぉ……。と声を漏らしたのは、はたして一体誰だったのだろうか。

 

「……え? 何? どうしたの皆?」

 

 何も言わず、身じろぎもせず、ただただ自分を見つめる三対の瞳。理由の分からぬ視線に困惑した様子のかえでちゃんに、オレたち三人は「いや、別になんでも……」と返した。返すほか無かった……。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

「わぁ、カボチャ祭りだね~」

 

 卓上に並ぶ料理を見たもみじが言うとおり、あまり見ない程に黄色の多い食卓がそこにはあった。

 

「うっ、カボチャか……」

 

 まぁ予想してしかるべきだったのかもしれないが、しかしまさか、全部カボチャ料理だとは思ってなかった。というか、こんなにカボチャ料理ってあったんだな……。

 別に嫌いという程でもない。ただ積極的に食べたい、とはならない。そんな微妙な苦手意識を、つい口から漏らしてしまう。

 

「まぁまぁ。物は試しにお一つどーぞ」

 

 そう言ってかえでちゃんが、ジャックオーランタンからスプーンで一掬い。フーフーと息を吹きかけたソレを口元に持ってくる。香ばしい焼いたチーズと、クリーミーなソースの匂い……。

 女子高生の「あーん」と、空きっ腹を刺激する香りの同時攻撃に、思わず開いた口にサッと料理が入れられる。

 焼いたチーズの膜を歯で破ると、チーズやベーコン等の塩気と、少々のスパイスの刺激……ソレを包み込む、ホワイトソースとカボチャの優しい甘み……。コレは、カボチャのグラタン?

 

「ウマい!」

 

 思いがけない美味につい声を上げてしまった。先ほどまで憂鬱な食卓だったソレが、期待に満ちあふれたキラキラ輝くフルコースに変わる。

 

「流石かえでちゃん! 料理上手!」

 

「でっしょ~」とドヤ顔シングルピースで返すかえでちゃん。さっ、食べましょ食べましょ。と促されるまま、オレら5人は食卓に着いた。

「いただきます」を待ちきれないとばかりに済ませ、各々が適当な料理に箸を伸ばす。とりあえず今度は別の料理も味わおうかと、手近な皿の、カボチャの原型が残ったソレを一つ取る。

 

「おぉ、コレもイケる!」

 

 カボチャの甘みと、少しの辛み。そしてほんのり感じる酸味。甘辛いような、甘塩っぱいような、そんなカボチャの炒め物。こりゃ米との相性も良さそうだ。

 

「あ、それは私が作った奴」

 

 どうやらみはりが作った皿だったらしい。美味いけどコレ何? と聞けば、カボチャのマスタード炒め。との事。へー、マスタードで炒めるとか、そんな調理法あったんだ。

 

「ふ~む……知らん料理ばかりだな」

 

 カンナの言葉に「あらご不満?」とみはりが聞けば「いや、実に美味いんだが、この献立だと手伝いは出来なかったな、と思ってな」と返される。

 まーそうだよな。オレもココにある料理、全部作り方の想像も出来ないし。

 

「緒山さんはどんなカボチャ料理知ってるの?」

 

「普通にカボチャの煮物と天ぷらぐらいしか思いつかんな」

 

「その二つはこのテーブルには並べらんないわね~」

 

 みはりの言うとおりだな。本日はハロウィンパーティーという事で、食卓に並べられている料理もソレに合わせた物ばかりだ。ジャックオーランタンのカボチャグラタン。カボチャのマスタード炒め。パンプキンスープにサラダ。カボチャのコロッケなんてのもあるが、大判型じゃなくて一口大の球体に作られているからか、この場に見事に溶け込んでいる。

 そこに煮物と天ぷらは場違いがすぎる。アメリカンホラーの映画ポスターに浮世絵を描き足すようなもんだ。

 いやまぁ、味は悪くはないんだろうけどね。

 

 夕飯はつつがなく進む。箸は次々と皿の上の料理を口に運び。その食卓の上を会話も行き交う。

 これ、すごく美味しいですね! ともみじが料理を褒めると、みはりが嬉しそうに「ソレも私が作ったの~」と少し誇らしげに言ったり。

 そういえば、さっき部屋で何してたの~? とかえでちゃんが聞けば『いや、特に何も……』とオレら三人でハモったり。

 他にも、いつも緒山家ではどんな料理が並ぶのか。みはりとカンナじゃ作る物が結構違うとか。オレは料理をしないのか。等など。

 

「そういや、今日はおばさんとおじさんは居ないの?」

 

「二人共今日は仕事。そんで、もみじと二人で食べるなら、ちょうどハロウィンだったし。みはり達も呼んでパーティーにしようって思いついてさー」

 

「へー、ウチみたいに海外出張じゃなかったのか」

 

「ウチみたいに両親不在なんて、流石にそうそう無いわよ」

 みはりが苦笑交じりに言う。まぁ考えてみれば、未成年だけ日本に残して海外へ。なんてする親早々居ないか。

 

 

「……そういえば、お兄さんは今日連れてこなくて良かったの?」

 

 

 ……ん? お兄さん? 誰の事だ……?

 ーーあ、いや違う! オレだ! オレの事だよ! やっべもう少しで「お兄さんって誰の事?」って聞いちゃう所だったよあっぶねー!

 気付いて驚いた瞬間、変な所に入ったのか咽せてしまう。ゲホッゲホッと大きな声が響く中、もみじが水を手渡してくれる。

 あぁいや、オレが成人男性だと忘れていたわけじゃないんだ。断じて。ただ、あれ? オレより上の兄弟なんて居たっけ? ってちょっと混乱しただけなんだ本当なんだ。

 

「か、かえで? 突然どうしたの?」 

 

「みはりの家の両親が不在なのは知ってるけど、そういえばお兄さんはどうしてるのか知らなかったなって。ほら~中学の時はみはりが良く話してたけど、大学に飛び級してからは全然お兄さんの話も聞かないし~」

 

 ん? みはり、かえでちゃんにオレの事話してたの?

 

「この前まひろちゃんの部屋で聞いたんだけど、確か遠くの大学に通ってるんだっけ?」

 

 そこにもみじが追加情報を入れてくる。あ~確かもみじには話してたよな……部屋に上げたとき、大学に行った(ということにした)話。そして従姉妹のオレが空いた部屋を使っているって……。

 

「そ、そう! 大学! 毎日勉強で忙しいって言っててさ~。し、しばらくは帰って来れないかも~って言ってたな~」

 

 まるで地雷原でのタップダンス。踏めば嘘がドカンといっちまいそうな話題が埋まった、この団らんを歩むみはりの声は、焦りからか震えの混じった物だった。

 

「わたしも会ったことは無いんだよね~。みはりったら、お兄ちゃんとしか言わないから名前も実は知らなかったり」

 

 ……あっぶねぇ……。

 そうだよな。みはりとかえでちゃんは友達なんだから、オレのこと話しててもおかしくはない。そこで緒山真尋の名前を知っていたとしたら……緒山まひろの存在に疑問を抱いていたかもしれない……。

 セーフ! セーフですよ!

 

「そ、それよりさっ!」

 

 これ以上この話題を広げるのはマズイと判断したであろうみはりが、別の話題を差し込もうとする。逡巡は一瞬「えっと」と一拍だけ考えて、

 

「そう旅行! 今度皆で旅行しない!?」

 

 ね? ね? と同意を求めてくるので「お、おう良いなソレ!」「異論はないぞ」とオレら二人も同意を出して話の流れを変えていく。

 

「え、えぇ……いきなり? まぁ別にいいけど」

 

 行くなら何処に行く? とかえでちゃんが聞けば、もみじがハイハイ! と挙手をする。

 

「わたし、冬に旅行するならスキーがいいなぁ!」

 

「スキーか。成る程ウィンタースポーツ。冬のレジャーの定番だな」

 

 中学生二人は乗り気だな。まぁ、二人とも体動かすの好きそうだしな。

 

「うん、却下」

 

「うぇえっ!? 何で!?」

 

 でもオレは断固拒否します。だって運動嫌いだから。

 

「旅行に行ってわざわざスポーツってのもなぁ。体力は無い。運動神経が良い訳でもない。そんな私じゃまず無理だろうからねぇ」

 

「えぇ、私が教えるよ?」

 

「それよりも南の島とかどうよ? そんで、クーラーの効いたホテルの部屋でのんべんだらりと過ごすってのは」

 

「わ、わざわざ温かい所に行って、クーラーで冷やすんだ……ある意味贅沢だね……」

 

 そう、これぞ怠惰の友。外が暑けりゃ冷房。寒けりゃ暖房。人類の英知の作りたもうた楽園製造機。

 

「南の島は、交通費がなぁ……」

 

「飛行機を挟むとなるとどうしてもな。出来るなら陸路の範囲で押さえたいところだ」

 

 頭の中でパチパチ鳴らしているソロバンがはじき出した数字は、財布から取り出すのを躊躇うぐらい重い物だったのだろう。かえでちゃんとカンナの見た目大人組が渋い顔をする。

 

「他の定番と言えば……観光、買い物、温泉にイベント……」

 

「あ、いいね温泉。近場にも良いところあるって言うし」

 

 人差し指を側頭部に当てながらグリグリ回しつつ、みはりが上げていった旅行のプランの一つ。温泉に対してかえでちゃんが反応する。

 

 成る程温泉。旅館でまったり。温泉でゆったり。古いゲームセンターなんかで、ちょっと汗を流すぐらいはしてもいいかもしれない。そして美味しい食事をいただき、満腹感を抱えつつ就寝。う~ん素晴らしい。最高のプランだとは思わんかね?

 

「いや、温泉はちょっと……」

 

「ありゃ? カンナは温泉嫌か?」

 

「嫌ってわけじゃないが……」

 

「ん? あーそっか。お前公衆浴場は苦手なんだったっけ」

 

 そういやコイツが銭湯で脱ぐのを躊躇してたのを思い出す。となると温泉は無しか。

 

「緒山さん、温泉ダメなの?」

 

 へー意外だ。みたいな感じでもみじが言う。

 確かに、普段は苦手な物などあまり無い。みたいな顔してるもんなコイツ。

 

「いやまぁ……まひろが良いって言うなら、別に構わんのだが……」

 

 何だよその含みのある言い方は。別にいいんだぞ~、意地張って無理しなくても。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 何処の温泉に行こうか。いつ位に行こうか。温泉といえばーーエトセトラ。

 女三人寄れば姦しい。男が一人混ざろうと、4人も居ればそりゃもう話は途切れることは無かった。食卓の上には常に誰かしらの声が横切るような、そんな賑やかな夕飯。だがそれも、用意された料理が全部無くなれば、自然とお開きの空気が流れ始める物。

 

「は~、食った食った~」

 

 帰路につきながら、少し膨らんだのが分かる腹をさする。幸せの質量を手のひらで感じ、顔がついついほころんじまう。

 

「もう、お兄ちゃんったらゲンキンなんだから……」

 

 いやマジで美味かった。カボチャ尽くしって聞いたときちょっと覚悟したもんだが、蓋を開けてみれば大変満足感の高い夕飯だった。

 

「あんなに会話の弾んだ夕飯というのも久々だったな」

 

「まー、家族になって10年ちょい。こんだけ一緒に居れば、話題もあんまり無くなるしな~」

 

 せいぜいその日に特別な予定でもあれば話すかな。ってぐらいで、普段はお互いの事大体知ってるから話題無いもんな~。

 ……いや、みはりの研究とか、オレのゲームとか、知らない事も有るっちゃ有るけど……話した所で、って話題なんだよな。

 

「あ、そういやさっきの話でさ」

 

「どの話だ? 兄者」

 

「ほら、今のじゃなくて、男だった頃のオレの話。よく話してたらしいじゃないか」

 

 責める意思をジトーッとした目に乗せてみはりを見れば、据わりが悪そうに目をそらす。おうおう罪の意識があるようだな~?

 

「あれはぁ……そのぉ……」

 

「まーったく。どんな陰口叩かれてたんだか」

 

 今更別に良いんだけどさ。何せ間違いなくオレは落伍者であり、オレを語ればソレは……

 

「ソレはない」

 

 ちょっと浮ついた会話の空気を、一太刀で首を落とすかのように、その言葉が切り払っていく。

 オレらの前を歩きつつ、そんな一言を発したカンナは振り向くこともせず、淡々と、けれど否定を許さぬと声音で語る。

 

「俺ら姉妹は兄者に対し、得手不得手はあろうと思えど、決して劣るとは思っていない」

 

 言い切った。

 そんな事無いだろう。と普通ならケラケラ笑っちまうようなその台詞を。

 一切のフザケもなく、気負いもなく、当たり前の事を口にするかのように。

 

「…………」

「…………」

 

 オレもみはりも、思わず足を止めてしまう。住宅街の中、街灯の青白い光の下から抜け、夜闇に消えゆくその背中を、一言も発せず見送ってしまう。

 

「……ん? どうした二人とも」

 

 距離が開いた事に気がついたらしい。カンナが立ち止まって振り返る。その動作で張り詰めた何かが振り払われたような、固まって拘束力をまとっていた空気がほどけて気体に戻ったような……そんな流れのような物を感じてしまう。

 

「べ、別に……ねぇ、お兄ちゃん」

 

「お、おう……なぁ、みはり……」

 

 オレら兄妹がそう言えば、カンナは何処か釈然としない様子を浮かべながらも、そうか。とだけ返して、帰路の先陣を切るのだった。

 

 

 

 

 

 




実際、みはりがゾンビのコスプレは冗談では済まない案件だと思うのですよ。
もう本編でパンデミックネタやっても驚かんぞ私は……。

で、今回のカンナの動き。盛りすぎかなーとか思ったけど、みはりが頭おかしいぐらい才覚を現わしてるんで、まぁ誤差の範囲だろうと決行しました。

さて次回はまひろ周りが一気に賑やかになる回。
筆が乗れば一月以内に書ききりたいですね。
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