兄者はおしまい   作:知らない半島

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 お久しぶりです。
 前から結構空きましたね。まぁ仕事でもないですし締め切りもないので、気ままに書いてる故、定期更新等は期待しないでください。

 後、残業とウェイストランドとメタルスラッグが悪い。全部あいつらの仕業なんだ!


ep002 まひろとボトルとランジェリー

ep002 まひろとボトルとランジェリー

 

 オレは孤高の自宅警備員、緒山真尋。

 親は海外赴任でおらず、みはりとかんなの良くできた妹二人に世話されながら過ごしていた。

 日々を食っちゃ寝しつつ、ゲームの腕前を磨き、エロスの探求に夢中になっていたオレは、天才科学者の妹、みはりの陰謀に気が付かなかった。

 深夜のコーラに一服盛られ、目が覚めたら……

 

 体が縮んでしまっていた!

 

 それどころか女の子になってしまっていた!

 

 緒山真尋をこんな姿にした張本人(みはり)曰く時間経過で薬が抜ければ元の姿に戻れるとの事。

 女の子の生活を堪能してはという、みはり博士の助言で女体の神秘にふれようとエロゲを立ち上げれば、なんと今のオレは快感100倍という陵辱ゲーの媚薬も真っ青な状態らしい。

 

 エロゲを封じられたオレは自室に引きこもり、オンラインゲームの海へと旅立つのだった。

 

 たった一つのシンボル無くす!

 見た目はおにゃのこ、

 中身は成人男性(おとな)!

 その名は、引きニートまひろ!

 

 という訳で、オレは今オンラインゲームに勤しんでいるわけだ。

 みはりが生活習慣がーとか、外に出て運動がーとか言っているが、むしろ女の子になんてされたと世間に知られないためにも、薬が抜けるまでは家から一歩も出ない引きこもり生活こそが正解だろう。

 ふふふ、エロゲを封じればやる事無くて外に出るとか考えたのかもしれないが、甘いぞみはり……オタクの趣味はエロゲのみに非ず……全年齢ゲームだってするし、マンガやラノベも嗜む……ネットサーフィンすればまだ見ぬ娯楽はいくらでもある。時間を溶かす事にかけてオレたちに敵う奴らは居ない……。

 

 とまぁそんな感じにレベル上げ兼レアドロップ狙いでモンスターを狩りまくって早数時間。女の子になっちゃった騒動の後で昼食という朝食を取り、さらに食後のコーヒーまで堪能したオレは一つの生理的欲求におそわれていた。

 

 そう、口から入れたら出したくなるのが人の性。尿意である。

 

 しかしタイミングが悪い……。オンラインゲームはプレイヤー同士のリソースの奪い合い……ドロップと経験値が美味しいBOSSキャラは皆の人気者だ。もうすぐそいつリポップする時間なのだが、トイレに行っている間に皆に狩られてしまうかもしれない。

 ボスキャラは逃したくない……しかし尿意は刻一刻と出口へ向かって進撃してくる……。

 

(……やるしか、ないか)

 

 オレはすぐ横に転がっている空のペットボトルを拾い上げる。

 ボトラー、という物をご存知だろうか? ペットボトルのボトルに、~する人という意味のerをつけた造語だ。ペットボトルをする人、じゃー何がなんだが分からないだろう。だがペットボトル"で"する人、と言い換えれば、この状況と照らし合わせればオレが何をしようとしているかは分かるだろう。

 

 そう、ペットボトル"で"するのである。

 

 仕方ないのだ、非常時なのだとズボンに手をかけた所で、ヘッドホンの耳当ての所にコンコンと軽く叩く感触。

 

 何だ? と思ってそっちを向くと……

 

 オレには、妹が二人居ると言ったな? 

 一人はオレをこんな姿にした天才科学者の妹、みはり。

 そしてもう一人は、今年中学生に上がったばかりの末妹。いつもオレの身の回りの世話をしてくれている、カンナ。

 

 そのカンナが、険しい顔で、オレの手に持っている空のペットボトルに視線を向けていた。

 

「……ちゃうねん」

 

 とっさに出たのは否定の関西弁だった。

 

「いや、別に、本当にやろうとしたわけじゃないんだ。いいかカンナ。コレは純然たる知的好奇心だ。マンガとかでたまに女性のボトラーという物が登場するが、はたしてどうやっているのか。男なら直結させればいいけど、女性だとそうはいかないだろ? 何の疑問も抱かず見ていたけど、ふと気になったんだよ。そして今ちょうどオレにはその疑問を解消する方法があった。だからな、そんな無駄知識欲を満たすためにいろいろ試行錯誤しようとしただけなんだ。決して部屋の中で放尿しようといていたわけではない。分かるな? お前が見たものだけなら勘違いするのも仕方ないのかもしれないが、しかし事実はなんて事のない、ちょっとした男女差の知識の穴埋めだったわけだ」

 

「言い訳するのはかまわないが、まだ我慢出来るのか?」

 

 言われて思い出す尿意。体に走る悪寒。誤解を解くのに時間を使いすぎて残りの猶予はごくわずか。

 マズイマズイマズイさっきから我慢しようと股間に力を入れているが、女の子には男の子が無いので力の入れ方がイマイチ分からん。なんかスキマからジワジワ漏れ出てきてるような感じがする。

 オレは慌てて立ち上がり、床のもろもろをけっ飛ばしながら出口へと走り、扉を乱暴に開けて廊下へ飛び込んで、トイレのドアをくぐり抜けた。

 トイレの便座を跳ね上げ、ズボンを下ろし、さぁ狙いをつけてと言ったタイミングで致命的な事に気が付く。

 

 狙いを付けようにも銃身がない……っ!

 

 男の時はライフルの弾道を整えるべく左手で銃身下部を支えていたが、今オレの左手は空を切る。そりゃそうだ女の子にそんなものは無い。弾倉と銃口が直結の隣接でデリンジャーだ。

 

(なんという事だこのまま出したら床がおしっこで大惨事だぞ!)

 

 この時オレは迫る尿意と突然の無知から、完全に冷静さを欠いていた。視野は狭くなり、どう弾道を安定させればよいのかと必死に頭を空回りさせていた。

 そこにコンコンとノック音。閉めた扉の向こうに誰か。待たせているという状況がさらに焦りを加速させようとした。

 

「兄者、大便スタイルだ。便座を下ろして座るんだ」

 

 途端、壁の向こうから一筋の光が道を照らした。

 オレは入った時に上げた便座を今度は下ろし、その上に自らのケツを滑り込ませる。

 なんとかギリギリ、間に合ったようだ。多分座る時には表面にまでにじみ出ていたと思う。だがそれでもしっかりと、オレは銃口を標的に合わせて接射する事に成功した。

 

 開放感、脱力感。そして安心感。それらをない交ぜにした物が胸の中に広がっていく。

 

 それと同時に、ああ、オレって女の子になっちゃったんだな、という実感が沸いてきた。尿という異物を通して、自分の体が外見だけじゃなくて、中身から形が変わってしまったのだと思い知らされる。

 

 さて、出し切ったから……

 

「兄者、女は水切りが出来ない。トイレットペーパーを押し当てるんだ」

「お、おう……」

 

 なんか、扉の向こうからカンナが先回りして教えてくれる……。

 言われるがままに後処理を行い、ペーパーごとトイレへ流す。備え付けの洗面台で手をザッと洗い、軽く振った後、手は服で拭いながらトイレを出た。

 その扉のすぐ横、トイレの外の壁によりかかっていたカンナが、オレの姿を見て安心したように言う。

 

「ん、無事に出来たようで何よりだ。出来ないとは言わないが、失敗すれば後始末が大変になるからな」

 

「あー、うん。的確な助言どーも……。まぁ、助かったよ」

 

 礼もそこそこに、よったよったと自室へ戻ろうとする。

 

 ……なんか、いろいろあったな、今日……。

 朝起きたら女になっててーー

 ライフワーク(エロ)の長期封印を言い渡されーー

 末妹に女のトイレのやり方を教わりーー

 

「う、うぅ……」

 

 ……一夜にして、今までのモロモロがひっくり返って……

 

「うぅぅ……」

 

 生まれてからずっと持ってた男という物を突然対極の女に取り替えられた……。

 

「んあぁぁぁぁあああああぁぁぁぁ……うぅ……」

 

 オレ、これからどうなっちまうんだろう……。

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 妹のみはりは、まぁ身内びいき無しに、見た目はいいと思う。

 均整のとれた体。元運動部故の引き締まった肉体に、出るところは出ている体は、一般的女子高生ならうらやむ程理想的なものだろう。

 さらに顔だって悪くない。まだ17歳だからか、色気よりも可愛らしさが先立つ顔は、綺麗な肌の上にパッチリした目や艶やかな唇、シュっとした鼻筋という整った形のパーツをバランスを損なう事無く配置されておりコレを不細工等とののしればソレすなわちただのヒガミ以外はありえないと言えるくらいの美形だ。

 

 だが妹は妹。兄としては決して「女」を感じる対象ではない。

 

「だからな、いくらお前が美少女だろうと、オレがエロゲ的シチュエーションに興味関心を抱いていようと、妹とお医者さんごっこするのは違うというか……」

 

「ガチの健康診断よ。おかしな事言ってないでお腹出してよ」

 

 あいあーい。と裾をめくって腹を出す。

 

「ヒャッ」

「ちょっと、可愛い声出さないでよ」

 

「しょうがないだろ聴診器が冷た……待ってそこは可愛いじゃなくて変な声って言う所じゃねぇの?」

 

「いやー声も可愛らしくなっちゃってるわよ」

 

 はーい息吸ってーと言われ、言われるがままに深呼吸。にしても、健康診断の時のコレっていったい何聞いてるんだろうな?

 

「あれ、そういえば今日って平日じゃねーの? 大学の方はいいのか?」

 

「あぁ大丈夫。お兄ちゃんを女の子にした薬は大学の研究室で作った物だからね。こうやって経過観察するのも重要な研究なのよ。他の諸々も、リモートで済ませられる物は家でやるようにしたから。これからは、家に居る時間の方が長くなると思う」

 

 はーい後ろ向いてーの指示に従い裾を下ろして前後反転。後ろでみはりに裾を上げてもらって聴診器を当てられる。

 

 ほーん、あの薬を大学でねー。……あ? ソレってオレを女の子にしたのは大学もグルッて事? その大学の研究室って、大丈夫なのか? その、倫理観とか……。

 

「……ん? お兄ちゃん、ちょっとゴメン」

 

 え、何が?

 そう言葉を発しようとする前に、みはりに後ろから頭を捕まれ引き寄せられる。いきなりの事にバランスを崩しそうになるが、みはりに支えられて事なきを得る。

 

 いきなり何をと問いただそう。そう口を開きかけた時に、耳にスンスンという鼻をひくつかせる音が入ってくる。え? オレ嗅がれてる?

 

「お兄ちゃん、臭い」

 

「おぉい何言い出すんだ! 加齢臭するにはまだ早いぞ!」

 

「いや加齢臭じゃなくて、なんていうかシンプルに臭い。洗ってない犬みたいな臭いがしてる」

 

 えぇ……いや、それはそれでなんかショックが……。

 

「ねぇ、最後にお風呂入ったの何時!? 一日や二日でなるような臭いじゃないわよ!?」

 

 いやぁ、えぇっと……正直に言うと怒られそうというか、なんというか……

 

「言い逃れ出来ると思わないでよね。3日? 4日?」

 

 あ、ダメだコレ。どうしようもない。

 オレは覚悟を決め、それでも気まずさから視線をそらしながら、そっと片手の指を全部開いてパーの形を作った。

「お、おしい……5日前です……」

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 言い訳をするなら女になったあの日、オレの予定ではそろそろシャワーを浴びるだけでもしておこうと思っていたのだ。

 だがしかし、予期せぬハプニングによりソレどころではなくなり、今日の今まで入浴しないまでいたのだ。

 その理由というのが……

 

(お、女の体見るの、気まずい……)

 

 なんというか、罪悪感というか……そんな感じだ。

 いや、自分の体だっていうのは分かる、誰に責められるわけでもないのだろう。

 けどこう、急にこんな体になっちゃったもんだから、まだコレが自分の体だって実感がしないんだ。歯を磨くとき洗面台に映った自分は、マジで見知らぬ女の子だったのだ。その子の裸を見るって思うと、こう、悪いことしてる気分になりそうというか……。

 

 チラっと、片目を開けて見る。

 

 風呂場の鏡に映るのは、両手で胸を隠し、腰を横にして太股で股間を隠す、自分の筈の少女の姿。

 

 ……目をつむる。

 いや、コレはダメだな。局部は隠れてるけど、かえってエッチだ。ただの裸より犯罪臭い。具体的には陵辱ゲーのエロシーンに入る前みたいな感じというか……。

 

(エロゲの裸なら堂々と見られるのになぁ……)

 

 うん、いや、堂々と行こう。

 堂々と、何する物ぞと見れば、ソレはただの裸だ。自分の裸だ。そうだ数ヶ月付き合う事になるのだ早めに慣れるにこしたことはない。

 

 目を閉じながら、直立。鏡と自分の女の子の前に遮る物は何も無い。このまま目を開けば、そこには素っ裸の女の子なオレが……

 

「お兄ちゃーん、着替え洗濯機の横に置いとくねー」

 

 いや、え!? ちょっと待っーー

 

 とっさに、みはりの声がした脱衣所の方向から距離を取ろうとした。

 しかし女体を拝もうとしていたが故の極度の緊張からか、強ばっていた体は思うように動かず……場所も悪かった。滑りやすい浴室はオレの体重を明後日の方向へ受け流す。

 片足は風呂場の椅子をけっ飛ばした。暴れた腕は桶をひっくり返し、中にためていたお湯をぶちまけた。そしてそのお湯が広がる床に尻を打ち付ける。ベチャンという音が浴室だからか良く響いた。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!? 大きな音したけど!」

 

「だ、大丈夫……」

 

 実際、助けが要るような状況じゃない。ちょっと尻が痛むがすぐに引いていくだろう。

 

 とにかく起きあがろうと姿勢を整えると、股をおっ広げた姿勢の少女が、正面にある鏡の向こうからコチラをしかめっ面で睨んでいた。

 

「……見てしまえば、どうという事はなかったな……」

 

 まぁうん、裸は裸だが、所詮は自分の裸だな。さっきは変に隠してたからエロく感じたのだが、こうシチュエーションも何もなくはい裸ですよと目の前に持ってこられると、ああうん、ただの裸だねって感じだ。さっきから何回裸って頭に思い浮かべてるんだオレは。

 

 いいや、うん。自分の身体にもなんか慣れたし、さっさと洗ってさっさと出よう。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 たまには風呂も良いものだ。身体をキレイに洗ってみると、いかに自分が汚れていたのかを実感する。身体のベタつきは取れ肌はスベスベ。髪の脂っぽい感じもなくなり、背中に触れる長くなった後ろ髪が心地よい。

 しっかし乾きにくいなこの髪。長いと大変、みたいな事を確か何かのエロゲで見たような気がするが、なんだったかな。陵辱系じゃなくて、青春系の何かだったような……。

 

 己の知識の出所に思いを馳せながら、シャツはまだ着れないけどパンツはもう穿いておこうかと、みはりの置いていった着替えを手に取り広げると……。

 

 そこには女性用のパンツがあった。

 

 ……まぁうん、エロゲとかだと慌てたり幸運に感謝するシーンなんだろうが、あいにくこのパンツが肉親の物だと分かってる身としては何にも嬉しくない。というかオレのパンツ何処だよ。ちょっと周囲を探してみるも、オレの着替えらしき物は見あたらないぞ。

 

「おーいみはりー。オレの着替え何処だー?」

 

 遠くから「そこに有るでしょー」って返事が来るも、すぐさま「探したけどないぞー」と返す。

 

「そんなわけないでしょー? 洗濯機横の棚の上に置いてないー?」

 

 洗濯機横の、棚の上?

 そこに目を向けると、確かに、ある。

 けどソレは、女性用パンツが上に乗っていた、衣類の塊だった。

 

「……え、マジ?」

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

「かーわーいーいー!」

 

 妹が、最近見た中で一番の笑顔をしながらそうのたまった。

 

 脱衣所に用意されていたのは、シンプルな白いワンピースと、リボンがワンポイントの女性用パンツ。……以上だ。

 男物のパンツも、いつも着ているヨレヨレのシャツも、紐で縛らないとユルユルでずり落ちる大きめのスウェットも無い。あるのはラフな夏のお嬢さん装いセットただソレだけ。

 

「私、妹で着せかえ遊びするのが夢だったのよ~!」

 

「誰が妹だ! オレはお前のお兄ちゃんだろうが! 女の子にされたとはいえ、男にこんな格好させるのはどうなんだよ!」

 

「可愛いから許される」

 

 ダメだこの妹、早くなんとかしないと。

 

「どれどれ下は……?」

 

 オレが妹のアレな一面におののいていると、みはりはごく自然な動作で姿勢を落としながらワンピースをめくり、中の白い三角形を確認していた。

 

「……って何やってんだよみはりぃ!!」

 

 状況を理解した途端、気恥ずかしさからワンピースの裾を押さえながら後ずさる。ちゃんと穿いてるね、じゃないんだよお前! なんかお前変態になってないか!?

 

「っていうか、お前実の妹が居るだろうが! カンナにしろよこういうのは!」

 

「いやぁ、カンナは妹って感じしないし」

 

「そんな酷いこと言ってやるなよ……」

 ちゃんと実妹だから。二人とも母さんのお腹から出てきたの見てきたからオレ。

 

「だってもう私の身長抜かれちゃったし」

 

「まぁ、去年まで小学生だったとは思えないスタイルしてるよな」

 

 背が高いわスタイルいいわ、顔もキリッとしてて子供には見えないわで、確かに妹って感じはしないな。

 

「だから、お兄ちゃんみたいに私のお下がりで着せかえなんて出来ないから、どうしても高く付くのよねぇ」

 

 お財布的にちょっと厳しいかなぁ。じゃないんだよ。

 

「え、待って。このパンツみはりが穿いてた奴なの? いくら家族でも下着のシェアリングはオレ抵抗あるんだけど」

 

「流石に下着は新品よ!」

 

 良かった。どうやらその辺の感覚は、男でも女でも一緒らしい。

 

 ……しかし、このワンピースってのは、どうも下半身が心許ない。腰の辺りから布が広がっているわけだが、そのせいで布に包まれてる感じがしない。どうもパンツを丸出しにしてるような感覚でソワソワしてくる。

 

「やっぱ落ち着かない……部屋戻ったら着替えよう」

 

「あ、部屋にはもうお兄ちゃんの服ないわよ?」

 

 ……え? はぁ!?

 

「な、何でだよ!? 捨てちゃったのか!?」

 

「捨ててはないわよ。ただ、今のお兄ちゃんじゃ持ってる服はサイズが合わないでしょ?」

 

「ま、まぁそりゃそうだけど……」

 

 そんな大柄なタイプではなかったが、元は成人男性。小柄な女の子である今の体とは、だいぶ大きさが違う。元々は見下ろしていたみはりも、今ではちょっとだけ見上げないといけなくなった。

 

「でも、じゃあオレの服は何処へ?」

 

「お兄ちゃんの服は、カンナに貸してるから。どうもあの子また大きくなったみたいで、服が合わなくなってきたみたいなのよ」

 

「で、オレの服を? アイツもうそんなに大きくなったのか」

 

「高校上がる頃には、元のお兄ちゃんより大きくなってるかもねぇ」

 

 かもっていうか、確実になってるだろうなぁ、今の成長スピードだと。

 

「それじゃ、オレは今日からこの一張羅で過ごさなきゃならないの?」

 

 そんなわけ無いでしょ。と、呆れたようにみはりが言う。

 

「ちゃんと毎日、着替えは私が用意しておくから」

 

 オレに服装選択の自由はないのか!?

 

「お兄ちゃんに任せたら、ずっと同じ格好で過ごすでしょ」

 

「いやそりゃ、誰かに見せるわけじゃないし、だったら楽な格好が一番だし……そう、効率性を重んじた結果だ!」

 

「何が効率性よ。そんなんだから生活サイクルおかしくなるのよ」

 

 いい? お兄ちゃん。と、みはりはまるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような声音で言葉を紡ぐ。おい、オレはお兄ちゃんだぞ。

 

「朝は決められた時間に起きる。着替えて、歯を磨いて、朝ご飯を食べて、活動を開始する。お昼も夕飯も合わせて、ちゃんと三食決まった時間に食べる。そしてお風呂も毎日入って、夜更かししないで寝る。そういう当たり前の習慣を身につけないと、いつか体壊すんだからね」

 

 身に覚えない? と聞かれれば、まぁ、ある。

 運動してもいないのに、体に残る倦怠感とか。長時間寝た筈なのに、つきまとう眠気とか……。

 

「それに、ほら」

 

 両肩を軽く捕まれ、くるりと鏡の方へと向けられる。

 

 ーーそこには、ああ成る程。美少女のお手本と言われて出されれば、納得するしかないような女の子が居た。

 

 白くて、撫でればなんの抵抗も無く手が滑りそうな綺麗な肌。

 その肌をくすぐる、オレの小さな動きにも軽やかに揺れ動く、背中まで伸びた髪。

 みはりの大きいとは言えない手に包まれてしまう肩の小ささ、腕の細さは、我が事ながら下手な触り方をすれば折れるんじゃなかろうか。

 そして、何より顔。

 男の頃と、そんなに変わってないように見えるのに。ああ、何故かコレを見て可愛らしいと感じてしまう。

 眉根を寄せてないからか、クリクリと大きくつぶらな瞳。鼻も、小さく細くなったように思う。後は、何気に唇も。女の子になったせいなのか、小振りで艶やかになったように感じる。

 

「せっかく可愛くなったんだし、ちゃんとお手入れして、お洒落しないとね」

 

 可愛くなった、か。

 みはりも何度もそう言ってるし、オレも、なんとなく、そう思う。

 元がオレの顔って分かるぐらいの、ちょっとした変化の、筈なのに。

 着飾って、お化粧でもすれば、ちょっとしたお姫様になっちゃうんじゃないかなって。

 

「……い、いやいやいやいや? そんな趣味ねーし!」

 

 あっぶな! なんか変な思考に飲まれかけてなかったか今のオレ!

 

「こんなの……っ、ヒラヒラして、落ち着かないっていうか……オレからすれば女装だし? なんか違和感あるっつうか……」

 

 そう、オレは今こんな女の子ボデーだろうと、男! 中身は男! こんな格好、魂が拒否反応をしめしている!

 

「じゃあ、もっと地味目で男の子っぽいのもあるけど、そっちにする?」

「へっ?」

 

 見上げれば、そこには意地の悪い、ニヨニヨとした笑みを浮かべたみはりの顔が。

 ……己を男だと、そう主張するならば、ここはその男っぽい服を要求すべきなのだろう。

 だがしかしと、横目で鏡を見る。

 

 ……まぁ、なんだ。自分で言うのもなんだけど、似合って、いるし。

 

「……今日の所は、コレでいいや。我慢するかな……」

 

 オレはさっさと二階の自分の部屋へと、まるで逃げるように駆け込んだ。多分その後ろ姿に、みはりのからかうよな笑みを向けられながら。

 

 

 

 それから、オレの部屋の前には女の子の服が置かれるようになった。宣言通り、みはりは毎日オレの着替えを用意している。

 

 ドアをちょっとだけ開けて、スキマから手を伸ばし、服を部屋に引きずり込む。キレイに畳まれた状態からちょっと崩れるが、まぁ袖を通すんだから大して問題はない。

 本日は白いフレアスカート。薄いピンク色の服。白くてふわふわした襟みたいな所に、ワンポイントの赤いリボンがなんかお洒落。裸だと細いと感じた自分の体だが、それを感じさせないボリューミーさが、全体的にやわらかな印象を感じさせる。

 

 おーう、なかなかいいんじゃない? 可愛い女の子、出来上がりっていうかさ。こう、クリームたっぷりな砂糖菓子みたいな、甘ったるいような可愛らしさじゃなくて、蒸しパンケーキみたいな、素朴さを残した、口になじむような甘さみたいな可愛らしさ、っていうか? いやオレは何を言ってるんだろうね。あっはっはっは。

 

「うんうん、思った通り、可愛いよお兄ちゃん」

 

「そうだろうそうだろう。可愛いだろ……」

 

 目線を、ちょっとずらす。

 インカメラで鏡みたいに使っていたタブレットは、オレの背後、部屋の入り口からコチラを伺うみはりの姿が。

 

 ……今の、可愛い服着てハシャいでる姿を、見られた?

 

 違うよね? と無言のまま問う。

 バッチリ見た! とサムズアップで答えられた。

 

 ……違うんだみはり。

 

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 

 男には、越えてはならぬ一線がある……。

 

 男なら、女を殴ってはならぬ……。例えどんな悪い女であろうと、本気の拳を浴びせてはならぬ……。やるならエッチなお仕置きにせねばならない……。

 

 男なら、未練を残す真似をしてはならぬ……。次また会えるとは限らぬこの世。股間に響いたエロイラストは、黙って名前を付けて保存しろ……。

 

 男なら、嘘偽り無く、正直であるべし……。己のいかなる性(サガ)も受け入れろ。例えソレが異端の道であろうとも……世界において埒外(アブノーマル)であろうとも、己だけはソレを否定してはならぬ……。

 

 あぁ、だがしかし、だがしかしだ……。

 

 男なら……ソレでも、男なら……。

 男同士のニャンニャンに、興奮しては、ならぬ……。

 いや、言ってることが矛盾してるってのは分かる。分かるけど、こう、分かるだろ? なんというか、男として男同士ってのは禁忌というか、踏み越えてはならない一線、みたいな感じするの。

 

 いやまぁ何でこんな事考えてるかというと……。

 

「自分にそんな素質があったなんてなぁ……」

 

 パソコンデスクに頬を乗せながらさめざめと涙を流す。

 モニターには、やたらと顎がシュッとしている男が二人、熱い視線をお互い絡ませあいながら蒸すような、粘つくような、そんな空気を漂わせる一枚絵が表示されている。その上に半透明のメッセージウィンドウと、やたら情熱的な会話が表示されていた。

 

 

 

「もう、俺以外を見れなくしてやる。お前の奥底に、俺の情熱を刻み込んでやる……っ!」

「あぁ、いいぞ……分かる……お前の愛が……その熱さが……」

「これが、人の愛! 人の業! 人の力!」

「ふふふ、ここからは攻守交代……覚悟しろ、倍返しだ……」

 

 

 

「何これ、お兄ちゃん……」

「昔間違えて買ったBLゲーム……」

 

 そんな俺を背後から見下ろしながら問うてくる長女。みはりの目にはいったいどのようにオレが見えているのだろうか。

 

「なんでそんな物やってるのよ……」

 

「いやぁ、女の子になってる間、エロい事出来ないだろう?」

 

 オレに薬を盛ったみはり曰く、男の脳味噌では女のエクスタシーを受け止められず「脳が自壊するぅ!」となるらしく、そのためエロゲ戦士たるオレも絶賛禁欲中というわけだ。

 だがしかし、何も無くてもムラムラしてくるのが男という物。今は物理的に女であろうとも、その習慣的なムラムラ感はそうそう拭える物ではない。

 そんなムラムラを、致す方向ではなく霧散させようと思って手を出したのが、コレだ。

 

「BLゲーで気分を萎えさせようとしたんだが……なんかちょっと、興奮してきちゃって……」

 

「うわぁ……」

 

 うわぁって言うなようわぁって……。オレが一番自分に思ってるんだからさぁ……。

 

「ま、まぁいいんじゃない? 今は女の子なんだし……そういうのも、今時の女子の嗜みなんじゃーー」

「んなわけあるかぁ!!」

 

 昨今腐女子って単語が広がって、そういう趣味の女の子が世間には結構居るってのは知ってるよ? けどさ、オレのクラスには居なかったよ! 男同士の絡みって良いよねーみたいな事言ってる女の子居なかったよ! ネット上では見かけても、世間的に見ればマイノリティだよ!

 

「あぁぁあああああ! オレこのままどうなっちゃうんだよぉ……コレって禁欲しすぎた一時の気の迷い? それとも女の子になっちゃったから肉体がBLを求めてるの!? 一番嫌なのは元からそういう気があったかもしれないって可能性がある事だよ!」

 

(……趣味や趣向まで女体に引っ張られてる……ソレはあり得るかもしれないわね。女の子の服もまんざらではなさそうだし……BLは予想外だったけど、あり得ない話でもない……コレは元に戻ったときに、比較検証を試みる必要があるかも……)

 

「……それはともかくとして、気分転換なら、方法がないわけでもないわよ?」

 

「え、あるの!?」

 

 みはりのその言葉に、オレは藁にもすがる思いでみはりを見上げる。

 

「でも、お兄ちゃんにはかなり難しい事だけどーー」

 

「何でもする! いいから教えてくれ!」

 

 このままBL沼に沈んでしまえば男として何か致命的な所がねじ曲がってしまいそうな気がするんだ! それは避けたい、切実に!

 

 その言葉を聞きたかった、みたいな、薄い笑みを浮かべながら、みはりはその方法を口にした。

 

「運動で体を動かしてスッキリ! 昔から言われてる、由緒正しき方法よ!」

 

 あー成る程ねぇ確かによく聞く……

 

「無理! 無理だって!! 何考えてるんだよみはりぃ! こちとら引きこもり歴2年! 運動なんてラジオ体操すらしてないんだぞ! そんなオレに運動とか出来るわけない事ぐらいちょっと考えれば分かるだろ?!」

 

「いや何で偉そうなのよ……」

 

「ほら見ろ! 今まで甘やかしまくって筋肉がそげ落ち、さらに幼女化の追い打ちでさらに細くなったこの手足を! こんな体で運動なんて自殺以外の何物でもないわ!」

 

 ほら! ほらほら! と己の貧弱さを猛アピールする。そんなオレに呆れたと言わんばかりにため息を付き、

 

「じゃ、BL沼に沈む?」

 

 そう言ったみはりに、オレは口をつぐむ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 あれから数分後。部屋着に穿いていたスカートじゃ運動には適していないとの事で、中学校の頃のジャージを引っ張り出してきて着替え、場所は家の玄関前……。

 

「ぬぉ、まぶしっ」

 

 窓越しではない日の光を浴びたのは、いったい何時ぶりだろうか……。

「な、なぁみはりぃ……今日は天気が良くないし、明日にしない?」

 

「何言ってるの。運動日和な快晴じゃない」

 

「いやほら、運動したら暑くなるだろ? だったら曇りの方が適してるんじゃないかなーって……」

 

「だから曇りの日まで延期しようって? BLの虜になるのが先になるんじゃない?」

 

「う、うぅ……でもぉ……」

 

 いいから行くよ! とみはりがオレの腕を引っ張るが、オレの体が、運動する事を拒むかのように体重を後ろにかけて抵抗を始める。散歩を嫌がる犬か! と言われるが正にその通りだろう。今ならリードを引っ張られて首輪に頬肉持ち上げられても、頑なに踏ん張る犬の気持ちがよく分かる。やだやだ行きたくない行きたくないよぉ……。

 

 本気を出せばオレなんてアッサリ引きずり回せるであろうに、コチラを怪我させないためにかみはりが手加減している事実に思いっきり甘えて抵抗していると、ドサリとそこそこ重いものが地面に落ちる音がした。

 何の音だと、オレたち二人がソッチへ視線を向けると、そこには学校から帰ってきた制服姿のカンナが、コチラを呆然とした表情で見ていた。その足下には学校の鞄が転がっており、どうやらコレを落とした音だったようだ。

 

「あに……じゃ? 何で外に……」

 

 オレが外に出てきているのが信じられない、ということか。うん、オレ自身ちょっとこの状況を信じられない思いでいるよ。

 

「今からお兄ちゃんと、運動のために走ってくるんだけど、カンナも一緒に行く?」

 

「えっ……運動? 兄者が、外で?」

 

 ……いやそりゃ、引きこもってたオレが言うのもなんだけど、そんなに目を剥く程の事か?

 

「あ、あぁ……そうだな。一緒に行く」

 

「そ。じゃあ着替えてきなさい。それまで待っててあげるから」

 

 分かったと言って、鞄を拾い上げたカンナは、オレの横を通りながら家の中へ入っていった。

 その時横目で見た顔は、目を見開き口角が上がっていた。まるで信じられない。けど嬉しい。という感情がこぼれ出ているかのように。

 

「……で、今から中止にする?」

 

 手を引っ張るのを止め、みはりがコチラの顔をのぞき込みながらそう言う。チクショウ……答えが分かっているだろうに、意地の悪い奴だ……。

 深い、深ーいため息をついてから、行く。とだけ返した。

 覚悟を決めろ、緒山真尋。妹のあの顔は、兄として裏切れん……。

 

 

 

 

 

 

 タッタッタッタッタッタッタ。一定のリズムで、子気味のいい足音が鳴っている。それに合わせて「イチッ、ニッ! イチッ、ニッ!」という軽快なかけ声。地面を蹴る足は、体が軽いと言わんばかりに一歩進む毎にグングン前へと体を跳ばしていく。

 

 ……そんな風に走れたならば、運動も気分がいいのかもしれないが……あいにくそんな風に走ってるのはみはりだけ。

 

 オレはと言えば、よったよった、といった擬音がお似合いな、弱々しい足取りだった。足は体の重さに苦しめられ、一歩で進められる距離は短い。さらに綺麗に前に進むことも出来ず、右へ左へフラフラと、足の向きが定まらない。呼吸もゼーハーと荒い音がしており、それでもまだ体に酸素が足りてないと肺が痛みで訴えているのを感じる。

 

「姉者、ペースが速い! 兄者が置いて行かれそうだ!」

 

 そんなオレの横を、コチラの様子をうかがいながら走っているのが末妹のかんな。だが、その走る様はオレとは違い軽快だ。タッタッタッタと一定の力強いリズムで地面を蹴る音がする。オレが必死に前へと足を出して走っている横で、足の上下の動きを増やして、オレの走るスピードに合わせている。その様は余裕たっぷりで、声に息の乱れが混じっていない。

 

「え? あーゴメン! そりゃ体力落ちてるよね……いろんな意味でさ……」

 

 みはりが走るペースを半分以下にして、数秒かけて近づいてくる。

 

 まるで元のオレなら並走出来るだろうけど、みたいな言い方だが、そんな事はない。例え万全な状態であろうとも……女の子になる前、引きこもる前の、まだ高校の体育で運動していた頃のオレでも、みはりの走るペースに合わせることは出来ない。

 

 ……ハッキリ言おう。オレ、緒山真尋は、緒山三兄妹の出来損ないだ。

 長女のみはりは、本当によく出来た妹だ。出来すぎと言ってもいい。

 運動をさせればトップクラス。中学では陸上の大会で優勝、どころか記録を塗り替えたりもしたらしい。順位台の一番上から、新記録の表彰状を手に、コチラに満面の笑みでピースサインを出していたのを写真に収めたのは、妹の事ながら誇らしい記憶だ。

 それだけ運動が出来れば、スポーツ馬鹿の類なのかと言われるとそうでもない。みはりは勉強の方も出来た。学年末のテストでは一位を独占。それどころか高校に上がれば飛び級で大学へ。さらにそこで研究の成果として……兄を女の子にする薬、なんてとんでもない物を作り出した。

 

 末妹のかんなも、みはりとは別方向ですごい子だ。みはりのように成績優秀だとか、運動神経抜群、みたいな世間で評価されるような実績はない。だが昔から何かと、いろいろ器用にこなす奴だった。

 小学校に上がる頃から料理をはじめていた。親の手伝いなんてもんじゃない。親が仕事で不在となれば、一から十まで食事の準備が出来るような奴だった。休日になれば家中を掃除してるのをよく見かけたし、重そうになるまで物が詰まった買い物袋を、両手に提げて帰ってきた所に遭遇したのも一度や二度じゃない。

 やってる事だけ見れば同じような事してる人はそりゃ居るだろうけど……それを小学生からやってる子は早々いないだろう。

 さらに言えば、わがままを言わない。癇癪を起こさない。かと言って、自己主張が出来ないような事もない。ちょっと天然入ってるっぽい両親の明らかにおかしい言動には、呆れたようにツッコミを入れる。

 そんな、絵に描いた理想的な子供、みたいな子だ。

 

 そんな優秀な妹二人に対して、このオレだ。

 兄なのに妹以下の頭の出来。

 兄なのに妹以下の運動能力。

 兄なのに妹以下の家事能力。

 兄なのに妹以下の情緒。

 

 ……そんなオレに向けられる視線。ソレを直視出来ない心の弱さ。オレを、みはりを、かんなを知ってる人が、心の中で思っているであろう事を思うと、心に重石を乗せられ、さらに握り潰そうとされているような感じがして、息が上手く出来なくなって……。まるで、うっすら息が出来るけど、ぜんぜん酸素が足りない水の中に沈められていく感じ。

 そんな水底から、酸素を求めるようにもがいて、オレは……。

 

 ……しかもそのあげく、今はこの様。かんなより、みはりよりも小さい、非力で、なにも出来ない女の子。

 

 だが実の所、今はちょっと、心が軽い。

 

 兄というには妹二人より明らかに小さく、幼くなり、それどころか男ですらなくなった。年上なのに、男なのに。そんな声が聞こえてこない。なんだか、自分がすっぽりと収まる所に入ったような……身の丈にあった立ち位置に居るような感じがする。

 

 ……もう、お兄ちゃんで居る事は止めて、このまま……いっそ……。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

「ん? 兄者、どうした?」

 

 後ろでお兄ちゃんを見ててくれているかんながそんな事を言う。

 

「へ? お兄ちゃんがどうしたの?」

 

 私も何かあったのかと走るのを止めて後ろを見ると、お兄ちゃんは胸元を手で押さえながら立ち止まり、背を丸めてうつむいていた。

 

 かんながお兄ちゃんの背中をさすりながら、何かあったのか、どうしたのかを問うも、お兄ちゃんがそれに口を開く様子はない。

 

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん、大丈夫!?」

 

 私も慌てて駆け寄り、お兄ちゃんの体を診る。

 脈拍は、運動しているからか荒いが正常の範囲内。顔色も若干赤らんでいるだけ。頬や額に手を当てる。若干熱いがコレも運動の影響の範囲内だろう。発汗状態、正常。多すぎる様子もない。臭いは大丈夫、いい匂いだ。変な臭いはしていない。手足も震えたりしていない。顔をのぞき込むも瞳孔にも異常無し。

 

「お兄ちゃん、ちょっとゴメンね」

 

 胸に当てられている手をどけて、耳を当てる。心音も、ちょっと速いけど正常。問題らしい所はーー

 

「痛い……」

 

「え、痛い? 何処が痛いの?」

 

 お兄ちゃんの小さな呟きを聞き逃さない。自分で言うのも何だが、性別変えて若返らせる劇物を飲ませたのだ。予想しない症状が出たのかもしれない。理由があるとはいえ、投薬した張本人として責任をーー

 

「乳首が痛い……」

 

 ……乳首?

 

 先ほどまで耳を当てていた胸に手を当てる。ジャージ越しだが、膨らみをあまり感じない胸に、若干硬いところがあるのを感じる。

 ……うん、それだけだ。ほかに身につけている何かの段差というか、凹凸を感じない……。

 

 ……え、ノーブラ? それで走って、ジャージがこすれて、痛くなったって事?

 

「いや何でブラ着けてないの!? 着替えの中にちゃんと入れておいたでしょ!?」

 

 お兄ちゃんの着替えは毎日私が用意している。その中に、毎回ちゃんとブラジャーは入れていたので、無かったなんて事はないだろう。

 だというのに何で着けてないの!? ノーブラ!? その上にジャージ着てたらそりゃこすれるよ! 痛くなるよ!

 

「いや、なんていうか……アレだけは女性特有の物すぎて、抵抗が大きいというか……最後の一線というか……」

 

 な? 分かるだろ? じゃないのよ。おいこら妹。うんうん適当に頷くな。アンタに分かる訳ないでしょ。

 

「ま、大丈夫だ兄者、備えはある」

 

 そう言ってカンナはポケットから物を引っ張り出してきた。指に挟まれた薄っぺらいその二つは……絆創膏?

 

「コレを貼るといい。ジャージの荒い布から守ってくれる」

 

「いやソレでいいわけあるかぁ!」

 

 とっさに奪い取ってベチリと地面にたたきつけた。というか乳首に絆創膏って、この子何処でそんな物覚えてくるのよ!

 ……っていうかコレ、怪我した時用に持ってきてたのよね? まさかお兄ちゃんの乳首用ってわけじゃないわよね?

 ……いや、あーもしかして、コレはアレか?

 

「……いいわ、お兄ちゃん。もうちょっと走るつもりだったけど、予定変更よ」

 

「え、走るのはもういいの?」

 

 お兄ちゃんは嬉しそうな顔をした。

 

「ええ、今からブラジャー買いに行くわよ」

 

 お兄ちゃんは信じられないといった表情をした。

 

 

♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀

 

 

 やっぱ良いって……。

 どうせ男に戻ったら要らなくなるんだから……。

 男がそういう所入るのはちょっと……。

 

 等々、同じような言葉を並べながら抵抗するが、ソレを「良いから来るの」と一蹴しながら、到着しますは行きつけの下着屋。

 品ぞろえの良さが店内の色彩の多さからも感じられる。肌触りがよく、サイズが豊富で、デザインもお気に入りの物が多い。とりあえずここで探せば間違いはないというお気に入りの店だ。

 

 いらっしゃいませ、と出迎えてくれた店員にお兄ちゃんを突き出す。

 

「この子、初めてなんです。いろいろ教えてあげてくれませんか?」

 

「分かりました、コチラへどうぞ」

 

「え、いやちょっとぉ!?」

 

 店員さんに試着室に連れて行かれるお兄ちゃんを見送った後、さて、ともう一つの仕事に取りかかる。

 店から出てちょっと探せば、お店の壁に背を預けているカンナを見つける。

 

「お、早かったな姉者。もういいのか?」

 

 所在なさげに組んでいた手をほどき、背中を壁から離して、帰りはどうする? スーパーにでも寄っていくか? とのんきに聞いてくる妹の、その腕をつかむ。

 

「ちょっと来て」

 

 そう言いながら引っ張れば、お、おう? と困惑しつつも、抵抗もせずに付いてくる。

 そのまま下着屋に連れ込むと、落ち着き無く周囲を見回している。

 

「何だ? 何かトラブルでも起きたのか?」

 

 何で自分を下着屋に連れ込んだのかが分からない様子の妹に、私は不意打ちでその胸を鷲掴む。

 いきなりの事で事態を把握できていないのか、カンナはへ? と間抜けな声を上げながら固まっていた。

 手に伝わる、確かな柔らかさ。その存在感に神経を集中させる。

 ……むに、むに……うん、これはそうね。

 

「な、何しやがる!」

 

 胸を掴んでいた腕を払いのけられる。それに抵抗せずに手を放し、すぐさまジャージの裾を下のシャツごとつかみ、そぉい! と一気にめくって全力オープンご開帳!

 

「……やっぱり」

 

「あ、姉者!? この暴挙はいったい何だ! ご乱心か!?」

 

 すぐさま裾を下ろしながら後ずさるカンナに、ビシリと指をさす。

 

「暴挙に出てるのはカンナの方よ! アンタお兄ちゃんの服欲しがる位体が成長してる割に、ブラジャーは何時までも変わらないなーと思ったら、何よそのブラは!」

 

 それは酷い光景だった。胸はブラの上からはみ出して肉がムチムチと乗っかってる状態だし、フロントホックはギチギチと悲鳴を上げている。あと、多分ギリギリだ。何がって、見えちゃいけない所が隠れるか否かが。

 カンナのブラは、明らかにサイズが合っていなかった。

 

 ノーブラに対して絆創膏なんて発想がスッと出てくる辺り怪しいなと思ったら、やっぱりこの子、何回かやってるわね。

 

「ああいや、ほら、いつもは母さんが買ってきてくれたのを身につけてたけど……海外赴任で今家に居ないから……」

 

「アンタまさかそれからずっとブラジャー買い換えてなかったの!? そりゃそうなるわ! ていうか自分で買いなさいよ! ちゃんと自分に合ったの着けないと、揺れるし擦れるし痛いし、しかも将来形が崩れて垂れて来ちゃうわよ!」

 

「ぶ、ブラジャーって選び方分からないし、なんか店も入りづらいし……なぁ?」

 

 ああうん、もう分かった。やっぱり、二人まとめてやっちゃおう。

 

 店員さん、この子もお願いします! と、さっきとは別の人にカンナを預ける。

 

「そ、そうだ姉者のお下がりでいいんじゃないか!? な! そうしよう!」

 

「私、下着のシェアリングはしたくないのよね」

 

 あっ、あっ、あっと呻きながら店員さんに試着室に引きずり込まれる妹を見送りながら額の汗を拭う。ふぅ、一仕事終わり。

 

「はい、計りますねー」

「うぇぇ!?」

「計測、失礼しますねー。はい、力抜いてー」

「ひゃうぅ!」

「形確認しますね」

「ちょ、ちょっとくすぐったーー」

「恥ずかしくないからね。女の子はみんな、つけるものなんだから」

「ひぃぃいいっ!」

 

 どうやらお兄ちゃんの方は初々しく進んでいるようだ。メジャー当てられたり触られたりする度に可愛らしい悲鳴が聞こえてきて実にほほえましい。

 試着室のカーテンの向こうでは、ニコニコ顔の店員さんと、恥ずかしそうに体を縮みこませてモジモジしているお兄ちゃんが居ることだろう。ちょっと覗いちゃダメだろうか。

 しっかし甘い声出すなぁこの兄。……ちょっと前まで男だったよね? なんか私より悲鳴が可愛くないだろうか? もっとこう男なら、ぬぉぉおお! とか、あぎゃー! みたいな声になりそうなものだが……。

 

「ちょっと、何ですかこれ!」

「い、いやそのぉ……」

「あー跡までついてるし、形も……」

「ま、まぁ特に困らないし……」

「ダメです! せっかくプロポーションいいんだから、ちゃんとした物を選ばないと」

「な、なんていうか、恥ずかしくて……」

「いい年してまともなブラ着けてない方が恥ずかしいですよ!」

「ちゅ、中学生ですぅ……」

 

 もう一方の試着室からは店員さんの怒ったような声と、かんなの情けない言い訳が聞こえてくる。

 まぁ店員さんの気持ちは分かる。子供離れしたプロポーション。恵まれた肢体。女として憧れを持つソレを、雑に扱い損なおうとしている。そりゃ怒りも覚えるよ。

 それにしても、しっかりしてるようで、やはりカンナも中学生。まだ子供なのだなと実感した。何でも器用にこなすから、出来ない事など何もないと思っていたが、意外な所に不得手な事が潜んでいたようだ。

 

 二人の対比をしながら、兄の方が女の子みたいなリアクションしてるなーなんてボーッと考えていると、両方とも終わったようだ。試着室のカーテンが開かれ、どうですか? と言わんばかりに両肩を押され、コチラに突き出される二人。

 

 お兄ちゃんの方は、まだ小さいからかスポーツブラ。まぁ今のサイズならソッチの方が色々楽だし良いチョイスだろう。濃いめの青からは爽やかな印象を感じさせられる。

 ブラそのものに可愛らしさはない。だがその初々しさ、幼さからしか得られない愛がそこにはある。大変よろしいと思います。

 

 で、かんなの方は大人が着けるような黒いブラジャー。長い腕と細い腰の真ん中にある、膨らみを包むソレは中学生とは思えぬアダルティーさを感じさせる。

 ……妹なのよね? まだ12歳、今年13歳なのよね? なんか20代前半って言われれば納得しちゃいそうなんだけど……。

 

「うんうん、二人とも似合ってるよ」

 

 ともかく、ノーブラやサイズ違いの状態とは雲泥の差。なんというか、完成された下着姿とでも言おうか。女の子の理想的な基本フォームとでも言えそうなその様に、私は満足と共に笑顔を向ける。

 

 二人はそんな私の言葉をどう受け取ったのか、自分の姿を見下ろし、次に隣の試着室に居る兄妹の下着姿を見た後に、ヘッ、と自虐的な笑みを浮かべた。

 

「……自己同一性の危機だ……」

 

 そう同時に嘆きの声を上げる二人だが、お兄ちゃんはともかく、かんなの方は何を指してそう呟くのだろうか。

 まぁ二人は不満だろうと私は大満足なので、店員さんに同じサイズのブラを、パンツとセットでそれぞれ5着程用意してもらった。

 結構財布の中身を持って行かれたが、うん、有意義な使い道だ。その軽さに後悔は無く、笑顔で私たちは退店したのだった。

 

 

 

 




今回結構難産でしたね。
誰の視点で書けば一番面白いのかを模索するのに、結構Take数を増やしちゃいました。
後、シリアルさんはしばらく出番が無いので、次は早めに投稿できると思います。
……出来るといいなぁ。
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