今回の話、原作だともう少し先なんですけど、アニメ版だと2話冒頭なんですよね。
当方はその辺、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に組み替えていこうかと思います。
それと、ここで一度感謝の言葉を。
閲覧、感想、誤字報告。どれも励みになってます。読んでもらうって嬉しいことですね。ありがとうございます。
ep004 まひろと自認と秘密の花園
オレの妹であるカンナは、良く出来た妹ではあると思う。
勉学、運動はそこそこだが、ソレで困っている所を見たことがない。家事をこなし、気遣いもでき、問題行動と取らない。実に優等生な子だ。それは間違いない。
しかし、こう、所々困った所というか、周りとはズレた所もある子だ。普通はしないであろう事を平気でするというか、しかしソレで誰かに迷惑をかけるでもないというか。
例えば今。オレが部屋でゲームに興じている所に、マンガを読ませてほしいと入ってくる。
別におかしな所はない? そうだな、確かに兄妹なら良くあることなのだろう。
その手に持っている物が、エロ本でないならば。
そうエロ本だ。オレのお宝コレクションの一冊で、魔境ア・リアケにて世界へばらまかれたウ=ス異本の一つである。表紙は人肌の色をしており、一度開けばただの紙でしかない筈なのに、ぬめっているような、湿り気を帯びているような印象を読者に与える。読み進めれば精神に干渉しSONチェックを課し、体力が奪われることになるのだ。あぁなんと冒涜的な本なのだろう。
そしてそんな本を、淹れてきたコーヒー片手に優雅に読んでいる。本の内容に目を背ければ、デキる女を体現したかのようであるが、しかし読んでいるのはエロ本で、読んでいるのは12歳の女の子である。お兄ちゃんこの風景に頭がおかしくなっちゃいそうだよ。
いや、こうさ。これぐらいの女の子って、普通こういう漫画は読まないんじゃないか? もっとこう、恋愛にドキドキーっていう少女漫画とか、この男の人カッコイーって感じで少年漫画とか、その辺なんじゃなかろうか。
もっと言うなら、こういう性的な物に対しては嫌悪感というか、不潔! 変態! とか言いながら拒否反応を示す物なんじゃないのか?
「な、なぁカンナ……ソレ、面白いか?」
「あぁ、実にエロい」
12歳の肉親から聞きたくない感想だなーソレは。
いや、見た目だけなら違和感はないんだけどね? それでも、まだ中学一年生の妹から言われても、どう反応すればいいのかお兄ちゃん分かんないよ……。
「特に肉の描き方に拘りを感じる。ちゃんと重量感を感じられるというか、指で押せば沈めども、しかりと押し返してくれそうというか」
しかも、めっちゃレビューしてくるよ……。
確かに、その本描いてる先生は肉付きの良い女性に定評のある人だ。オノマトペもなしに、人物画だけでムチッムチッって擬音を俺らに叩きつけて来る巨匠だ。だがソレを12歳で分かるってのはどうなんだ。言うまでもないけど十八禁だぞその本。
キャー! お兄ちゃんの変態! エッチー! みたいに言われるのも傷つくが、ココまで理解されるとソレはソレで困るものなのだな。
これがみはりなら、悲鳴の一つでも上げて「なんて物妹に見せるのよ!」と怒ってきそうなものだが。
「なんて物妹に見せてるのよ……」
そうそう、こんな……
「……あれ、みはり?」
声のした方を向けば、もう一人の、エッチな物にあまり寛容ではない方の妹がいた。
ーーだが……
「みはりお前、なんて格好してんだ……」
寛容ではないのにその格好は少々エッチだった。
家の中でもいつも着ている白衣は脱ぎ捨てられ、どころか服や下着も身にまとってはおらず、その身を隠すのはバスタオル一枚のみ。トレードマークのツインテールも解かれており、一言で言えば入浴時の格好だった。
「それが、お風呂が壊れちゃったみたいで……」
「風呂が壊れたって……どんな風に」
「お湯が出ないの。全部水のままで……」
「となるとガス回りか制御盤あたりかな……見てくる」
「分かるの?」
「まー素人診断の域は出ないけど……」
以上、できる妹たちのトラブル対応である。俺なーんも口挟めない。
というか、カンナ、お前壊れた機械も診られるのか? 数年触らなかったら動作が不安定になった昔のゲームハードも診てもらおうかな。
「っていうか、みはりじゃ直せないのか? お前天才科学者だろ?」
「天才って程でもないし、そもそも私がやってるのって、医学や薬学の方面だから、機械工学は専門外なのよ」
ほー? あれか。アルケミストにメカニックのスキルを要求するようなものか? そりゃ無理か。
「カンナの奴は、いつの間に機械もいじれるようになったんだ?」
「さぁ? あの子は昔から最初からできるタイプの天才だったから、実は今回が初めての機械いじりだったりしてね」
なんかとんでもない事言い出したが、そういえばそういう奴だったな家の末妹は。
オレとは違って、勉強も運動も困ってる様子は無いし、家事だってこなす上、何かにつまづく様子を見せたこともない。
あぁいや、最近分かってきた事だが、あいつにも苦手な事があったな。
まさか下着が買えないとはなぁ。まぁ確かに、男物と比べてトップやらアンダーやら数字がやたらと多いところはあるが、そんなに大変なものなのだろうか。
「まぁ何にしても、すぐに直したりは無理じゃないかしら。家には大した道具もないし」
「お? じゃぁ今日は風呂入らなくていいかもな!」
やったぜ。元々面倒な所はあったけど、女になってから入浴がさらに面倒くさい事になってたんだよなぁ。髪長いから洗うの大変だし、乾かすだけでも時間がかかるし。
「いいわけないでしょ。不潔にしてると肌トラブルにつながるし、髪にだって悪いんだからね」
「え? いやでも、別に今日は外出てないし……」
だから汚れてないし、いいよね?
「外出て汗かいたりしてなくても、多かれ少なかれ肌の表面で雑菌が繁殖するから意味ないわよ」
ってー事は何か。引きこもりつつあまり風呂に入ってなかったオレの生活って、結構ヤバかったのか? 別に肌はどうでもいいけど、髪が抜けるのは嫌だな……男として、ハゲたくはない……。
「ダーメだ。修理はできそうにない」
将来の頭皮への不安に顔を青ざめていると、診断が終わったのかカンナが頭をガシガシかきながら部屋に入ってきた。
「やっぱ無理そう?」
「簡単なトラブルじゃないっぽい。キッチンのガスは生きてるし、お湯も出るから、ガス自体には問題はない。風呂の方だけど、色々やってもリモコンが反応ないから多分ソコが逝ったっぽい。バラして調べてもいいけど、それなりに年季が入ってるし、リモコン自体を取り替える方が後々の故障は避けられるんじゃないかな。まぁ結局、業者に頼むのが一番だと思うから、依頼出しといてもらっていいか姉者? 俺が対応したい所だけど、明日平日で学校あるし」
「オッケー。リモコンの型番は?」
はいよ。とすぐさま紙切れを手渡すカンナ。
「流石にお前でも直せはしなかったかー」
「多分基盤が逝ってるんだけど、もろもろ調べたり直したりする道具買うよりは、持ってる業者呼んで、やってもらう方がいいかなって。使わない道具を物置にしまっておくのも場所とるしな」
なんか、道具さえあれば出来るみたいな言い方だが、マジで出来るんだろうかこの妹。
「流石に今日は風呂を使うのは諦めてくれ。とりあえず、今日はお湯とタオルで拭くぐらいで我慢してくれ」
「おー、今日は楽に済みそうだな」
オレは一向にかまわん! のだが、そこにみはりが「ちょっと待って」と止めにかかる。
「そんな事しなくても、近くに銭湯があるでしょ? そこで済ましちゃいましょ」
あー確か、酒屋の向かいの所だっけ? 数年ぐらいアソコら辺に近寄ってないけど、あの独特な雰囲気の建物と長くてデカイ煙突で妙に記憶に残ってる。
「じゃあ準備してね。私も着替えてくるから」
そう言い残して出て行くみはり。
あんまり気乗りしないなー。ただでさえ外に出たくないのに、わざわざ面倒くさい風呂に入るためとか。あーそれにほら。アレだ。わざわざ風呂入ったのに、その後外を歩くとか意味ないじゃん? 汚れちゃうじゃん? だからもう、今日はカンナが言ったみたいにお湯とタオルだけでいいんじゃ……。
「いや、兄者……いいのか?」
「うぇ? 何がー?」
なんか、カンナが渋面で深刻そうに聞いてくる。
「銭湯は、男女で分かれてる物だぞ」
言われてオレは事態の深刻さに思い至った。
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
オレ、緒山真尋は今は女の子だが、本当は成人男性である。
妹に一服盛られて女の子になっちゃったという訳の分からん状況だが、男であることを捨てたわけではない。
女物の服を着て、女物の下着をつけていようとも、心まで女に染まったわけではないのだ。
で、そんなオレが、銭湯の女湯に入るか否かだが……。
「いや……これはダメじゃないか……?」
なんて言うか、越えてはならぬ一線という気がしてならない。
服や下着は、オレという個人で完結したけど……銭湯ってのは公共の場だ。それも、女だけしか入っちゃいけない場所なんだ。
ソコに、今は女の身体とはいえ、本当は男のオレが入るのは……なんというか、ルールを破ってる気がしてならないというか……。
「何してるの二人とも。早くいくよー」
コッチがさんざん悩んでるってのに、みはりは気楽そうに暖簾の向こうへと消えていった。
「……兄者、行こう……」
後ろからオレを追い抜き、カンナも暖簾の向こうへと消えていく。
なんとなく、残されるが嫌なのでオレもその背中を追いかけて中に入ることにした。
夕暮れ時、暖簾の向こう。蛍光灯で照らされたソコは、どこか時代に取り残された、昭和の日本の香りがした。
ロッカーに靴を入れて、木札の鍵を取る。今時、こんな物採用してる施設なんて、風呂屋以外無いんだろうなと頭の片隅に思いながら、着替えの入った手提げの中に放り込む。
木製の床に足を乗せれば、正面にはお婆ちゃんが座ってる番頭台。そしてその左右に、風呂場へと続く暖簾。
……さて。
「そんじゃ二人共、後で合流なー」
「待て待て待て待て」
男と書かれた青い暖簾を潜ろうとした所、みはりに肩を捕まれ止められた。
「いや、だってお前、流石に女湯に入るってのはーーっ」
「大丈夫よ、お兄ちゃん今は完全に女の子なんだから。むしろその身体で男湯に入るほうがヤバイわよ」
潜めるようにみはりが言う。
そうかもしれんけど! でも元男として、破っちゃいけない社会のルールって物なんだと思うんだけど!
「あのね、確かに元々男の人だったことが引っかかるかもしれないけど、今のお兄ちゃんは言ってしまえば、身体は女、心は男って状態なの。で、過程は違えど同じような状態の人は居るのよ」
あぁ、それは何か聞いたことがある。女として生まれたけど、心は男って人。またはその逆で、男として生まれたけど、心は女って人。
「性同一性障害、性別違和とか言われるんだけど、お兄ちゃんは言ってしまえば、薬でその状態にされた人なの。で、そういう人はこういう男女分かれる施設を使う時、基本的に身体の性別の方を使う物なのよ」
な、成る程? 言われてみればそういう物なのかもしれない……。
中身はともかく、身体が男なら男湯へ。身体が女なら女湯へ。
「で、でもオレ、時間が経てば男に戻るんだよな?」
「それはまぁ……でも、将来性転換するからって、今は女湯に入る方が適してることには変わりないと思うわよ」
まぁ、そう、なのかもしれない。
将来的に、性同一性障害の人が性別を変えるからと、今どっちの方に入るかには関係ないのかも……?
「後は、そうね。逆を考えてみれば分かりやすいかな」
「逆ぅ?」
「元々女だったけど男になった人が、元々は女だったからって男の身体で女湯に入っていったら、それは問題でしょ?」
「ああ、それは確かに」
「逆もまた然りよ。男だった女の人が、男湯に入るのは問題なの」
な、成る程? いわれてみれば、そういうものかもしれない……ような?
ほら、何時までもここに居ても仕方ないでしょ。なんて言いながら、後ろに回ったみはりが肩を持って、オレを女湯へ押し込んでいく。若干釈然としない物を抱えながらも、オレはそれに強く抵抗しなかった。
そう、そうだ。これは仕方ない事なのだ。今のオレは女。最初抵抗したし、今もためらっている。だけど理屈で説かれ、力では敵わないならば、女湯に無理矢理押し込まれるのは、不可抗力という物だ。
今は無き息子が耳元でささやく。またとないチャンスだと。そう、男の身では不可侵である女湯というHeavenへ踏み込むチャンスだ。乱立する、布を纏わぬ乙女達。エロゲのスチルでしか見たことのないそれを実際に体験するチャンスだ。つまりは、これはゲスな男の欲望などではなく、痴的……じゃない、知的好奇心という奴なのだ。
そこは目に美しく、かつ視線を若干押し返すような張りのある弾力を感じさせるのだろう。香りも若干薄いピンク色をした、けどほんのりしょっぱいような生な臭いが漂っている。男じゃ出せない、頭のてっぺんを内側から柔らかい物で押し上げるような会話が鼓膜と心を揺さぶってくる。そんなEdenがオレを待ち受けているのだ。
あぁ、そんな天界と現実を区切る赤い布をくぐり、オレは……。
「……うん、知ってた」
まぁ、そうだよね。銭湯だもんね。ここは10代後半から20代のうら若き乙女がくるようなリゾート施設じゃなくて、あくまで町のお風呂やさん。そんな所に来るのは、そりゃーご年輩の、言ってしまえばオバサンやお婆ちゃんぐらいのものだろうよ。
暖簾をくぐった先に広がっていたのは、脂の乗りを失った肌と、なんか水にさらした枯れ草みたいな臭いと、張りを失った耳に優しい声だった。
さっきまでギュルンギュルン回っていたオレの脳味噌が動力を失い。急激に速度を落としていくのが分かる。
さっきまで欲望やら罪悪感やらが頭の中でしっちゃかめっちゃかに跳ね回っていたのが、いきなり反発力を失い頭の底で動かなくなった感じがする。
いやまぁ、分かるだろ? この「許される」感じというか「無罪感」というか。
「期待通りじゃなくて残念だったわね」
オレの横をすたすたと通り過ぎ、脱衣かごの方へみはりが足を進める。
肩すかしを食らった脱力感を振り払い、オレも妹の隣のカゴを確保するため足を進めて……。
「ん? みはり、カンナは?」
「あれ? 来てない?」
見ればロビーまで一緒に来ていた筈の末妹の姿が見あたらない。こんな短い間にはぐれるなんてこと無いだろうし……。
何かあったのかとロビーに出ると、カンナの姿はすぐに見つかった。というか、暖簾の目の前にいて何故か立ち尽くしていた。
「おーいどうした? 早く入ろうぜー」
そう声をかけると、いきなり話しかけられてビックリした。と言わんばかりにカンナは肩をビクリと跳ねさせてオレの方を見た。
「あ、ああ……そうだな」
なんて心ここにあらず、みたいな感じで、覚束ない足取りでコッチに来る。
……が、何でだ? なんか暖簾をくぐる前に、足が止まった。
「……どうかしたのか?」
見上げれば、表情が嫌いなものを無理矢理食べた子供のように歪んでいる。まるで口の中の物が中々飲み込めないかのように、腕が暖簾を触れては引っ込められる。
「いや、その……実は……」
言葉を探すかのように口を開いては閉じてを繰り返す。視線はオレを見るよりも斜め上をさまよっていた。
……あまり焦らせるもんじゃない、か? とりあえず、言葉をかけるでもなくじっと待つ。
……長い時間ではなかったが、何もせずに待つにはちょっとソワソワしてしまうような、そんな時間。斜め上を行ったり来たりしていた目線は、段々とオレの方を向くようになり……まるで何かの覚悟を決めるかのように、大きく息を吐いた後、カンナは口を開いた。
「その……実は、公衆浴場みたいな……他人に裸を見せるような所は、慣れてなくて……」
意外な言葉が飛び込んできた。
いやなんというか、見た目は成人女性みたいだし、普段振る舞いも大人びている妹から、こんな小さい子のお悩みみたいな物を聞くことになろうとは……。
恥ずかしいのか、カンナは背中を丸め、身を小さくしている。
しかしそうか。そうだよな。忘れがちだが、思えばまだ12歳。こういう悩みの一つや二つはあるだろう。
仕方ないな。と手を差し出す。
「ほら、オレが一緒に入ってやるから。大丈夫そうなら手を出しな」
……そっと、手を伸ばされる。急かしはしない。その手がオレの手に、ゆっくりと、伸ばされる。開いた手が、オレの手に乗せられた。
それをゆっくりと、けどしっかりと力を入れて握る。その手は若干冷たく、しかし汗でしっとりしていた。
行くぞ~。と一声かけ、手を引っ張って暖簾をくぐる。素直に付いて来ているらしく、引っ張る力に抵抗はない。
「あ、お兄ちゃん、カンナは何があったの?」
オレ達がやりとりしている間に、ほぼ着替えが終わったのか、下着を手にしたみはりが声をかけてくる。
いや、別に何も。と答えつつ、みはりの横の脱衣カゴでオレ達は手を放し、何事も無かったかのように服に手をかける。
そ。ならいいんだけど。と、みはりも追及はせずにツインテールを解く。
……ん~、しかし成る程な。
脱ぎ始めてから、オレは一つの事実に思い当たる。
(た、他人のいる所で着替えるのって、確かになんか恥ずかしいな……)
いや、多分これカンナのそれとは違うんだろうけど、それでもちょっと羞恥を感じる。
というのも、そう、着替えるとなれば当然途中で下着姿になるわけだが……なんだろ、ブラジャーとパンツだけの自分の身体を晒してるって、ちょっと変態チックな感じがする……。いや、脱衣所ならそうなるのが当たり前なのだが……。
カンナの方は大丈夫だろうか。そう思い横を見る。
しかしてその姿は、どうしたことだろうか。
スレンダーかつ高身長な身体は、女らしく出る所は出ている物で、姉ほどの大きさはないものの、包んでいる黒い下着が10代とは思えぬ色を感じさせる。実妹故に変な気持ちにはならないが、しかし素直に「綺麗だな」と関心させられる。
「あ、兄者……?」
おっとしまった。口に出してたか。
「いやー、悪い。なんか、大きくなったなーって思ったらつい口から」
「ちょっと、カンナを変な目で見ないでほしいんですけどー?」
「そんなんじゃねーよ。ただ成長に感心しただけだ」
ふざけた事を言いながらバスタオル一枚のみはりが、オレからカンナを隠すように間に入ってきた。
その声音から、からかってるのは明白だがしかし、妹をそういう目で見てるかのように言われるのは心外だ。
「……にしても、お前等ってけっこうソックリだったんだな」
「え、そうかしら?」
「……俺としては、そんな自覚は無かったが……」
ブラのホックを外し、カゴに雑に放り込むカンナはほぼ裸で、残すはパンツのみといった様子。その隣にバスタオルを体に巻いた、髪を下ろしたみはりが立っている。
こうやって装飾を外すと、血のつながりというか、遺伝子の強さってのを感じる。
みはりがいつも、ツインテールに白衣っていう分かりやすいトレードマークを身につけており、対してカンナが最近は男だった時の俺の服を着るせいか気が付かなかった。コイツら、結構似ている。
「なんか、カンナって年取って目つきが鋭くなったみはりみたいになったよな」
「ちょっと、私の方がお姉ちゃんなんだけど!?」
「それじゃ姉者は、年若くなり険の取れた俺って所か?」
そうだな。と同意しようとしたが、あー、なんだ。
「……そういや、カンナって基本的に眉間にシワよってるよな」
「ちっちゃい頃から、その辺変わんないわよねアンタ」
思い出の中のカンナが全部、睨むような目つきな件について。
そういや父さん母さんも悩んでたっけ。カンナにカメラ向けても全然笑ってくれないって。
「……いや、俺も笑う時ぐらいあるからな?」
オレら二人は「またまたそんな~」と笑って流した。
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
転生してからこの方、俺が他者に裸を晒すのを出来るだけ避けてきたのは、なんて事はない。自分が脱ぐような所では他者も脱ぐことが大半でありつまりそれは、オッサンの自分が幼女の立場を利用して、他者の女体を見てしまうということであり、そこに犯罪性を感じていたのが理由の一つ。
後は裸を見せることで、他者からどうしようもなく女性であると認識されることで、何だか俺自身が、徐々に何かに塗りつぶされるような、そんな不安感を覚えていたというのがもう一つの理由だ。
自己認識の中心にあるオッサンである俺が、外見の女性の身体に徐々に溶かされ混ざり境界線が無くなってしまうんじゃないか、みたいな事をずっと感じていた。
……だというのに、だ。
「おぉ~、思ってたより広いなー、銭湯」
首にタオルをかけ、堂々と己の身体を女湯に晒す兄者からは、そういった不安感や、罪悪感のような物を感じられない。
いや、実の所己の内心を見せないことに関しては上手い兄者の事だ。内心女性専用の場所に立ち入る罪悪感や、自身が女に適応していくことによる不安を抱えているのかもしれないが……。
(いや、多分そんな事感じてないな)
素足で塗れたタイルをペチペチ鳴らしながら駆けていき、ジェットバスだー! 電気風呂だー! 等とはしゃいでいる姿からは、そんな小難しくどうしようもない事考えてそうな様子はない。
「こーら! 湯船に入る前にまずは身体洗わないと! 公衆浴場のマナーだよ!」
そんな兄者を叱る姉者は、ともすれば本当に姉妹のようだ。無論、姉者が姉で、兄者が妹だ。
「あ、カンナ。アンタ銭湯って初めてだっけ?」
姉者がこちらを気遣うように聞いてくる。確かに、緒山神奈にとっては初めての銭湯だが、中身のオッサンは経験済みである。
「問題ない。大体はいつもの入浴と変わらんだろうよ」
風呂桶片手に洗い場に行き、風呂椅子によっこいせと腰を下ろす。それに続くように隣に兄者、さらにその隣に姉者が座り、各々が身体を洗いだす。
まずはざっとシャワーを浴びて髪と身体を濡らし、銭湯備え付けのシャンプーを手に出す。いつもとは若干違う洗い心地を頭で感じながらワシャワシャと汚れを落としていく。
そして風呂桶のお湯に浸しておいた垢こすりを絞り水気を取って、ボディーソープをワンプッシュ。しっかり泡立てた後に身体の表面の汚れをこそぎ落としていく。湯船に汚れを持ち込むのはマナー違反だからな。
そして両方の泡をシャワーで流して、垢こすりとタオルをしっかり絞り水気をとる。
「お先~」
「姉者、先に入ってるぞ」
「おいコラちょっと待ちなさい二人共」
何故だろう。声にちょっと怒気を含ませ、まるで叱るかのような声音で、まだ髪を洗ってる途中の姉者が言ってきた。
「どうした姉者。洗い終わったし、湯船に浸かりたいのだが」
「いや早すぎるわよ! 二人ともちゃんと洗えてないでしょ!」
何をバカな。俺ら二人とも、中身は成人しているんだぞ。そんな小さい子供みたいな真似をするわけ無かろうて。
「いや、ちゃんと洗ったぞー」
心外だ。と声音に乗せた兄者に、うんうんと首肯する。が、そんな俺らに姉者は分かってないなと言わんばかりに目を伏せてやれやれと首を振る。
「髪の毛長いんだから、そんなんじゃダメよ! 全然なってない!」
もっかい座んなさい! と風呂椅子を指さしてくる。
どうする? と問うてくるように兄者がこちらを見てくるが、従わないわけにはいかんだろう。俺は一つうなずくと、先ほどまで座っていた風呂椅子にしぶしぶ座り直した。
座った俺ら二人の背後に周り、姉者はズビシと鏡越しに兄者を指さした。
「まず、雑すぎ! 髪長いのにそんなすぐ洗えるわけないでしょ! 全体的に全然洗い足りないのよ!」
「い、いやだって……今までこんな感じで洗ってきて……」
「それは昔の話でしょ! 今の身体と髪をそんな洗い方してたら、段々痛んでくるんだから!」
まぁ確かに、兄者は男の頃とは比べものにならないぐらい髪が延びた。そんな髪を、今までと同じ感じで、とはいかないだろう。
「で、カンナ! アンタは乱暴すぎ! 何よあの洗い方! 頭皮に攻撃してるんじゃないんだから!」
「あれぐらいやった方が汚れがしっかり……」
「掃除でフローリングにヤスリかけるような物なのよアンタの洗い方は! 水拭き空拭きを丁寧に時間かけてやらなきゃ傷ついちゃうわよ!」
お、おう……成る程な……?
しかしだな……前世で三十路までこんな洗い方しても何も問題なかったし、コレでいいんじゃなかろうか……。
と、そんな納得いかないって考えが顔に出てたのか、ア゛ア゛ッ!? といった感じの威嚇をされ、俺は表情筋でその考えを自身の奥底へと押し込んだ。
「いいわ、二人とも」
私、覚悟を決めました。みたいな感じの据わった目で、鏡に写った俺らの目を睨みつけていた。
「この際だし、女の磨き方って物をキッチリ仕込んであげるんだから」
自分が興味を持っていない物を教わる時間というのは、どうしてこうも苦痛なのか……。
「最初に、ブラシをかけて髪に付いた汚れを取るんだけど……」
もう濡らしちゃってるから遅いけど。と続ける姉者の言葉通り、俺も兄者もすでに一度洗髪をすませ、その髪はしっかり塗れている。
「別に、髪洗うときに一緒に取れるだろ……」
俺は自分の髪にブラシを通しながら、この行程は必要なのか? という疑問がつい口から漏れる。
当然。と姉者は不慣れであろう兄者の頭に、優しく丁寧にブラッシングをしながら答えた。
「掃除の時だって、いきなり水拭きなんてしないでしょ? まずは大きな汚れをホウキや掃除機で取り除く。コレはそういう行程だと思いなさい。長い髪は、それだけ汚れやゴミを巻き込んじゃうものなんだから。後、長い髪は絡まったりしてることもあるから、それをここで解いちゃうの」
……成る程ね……。
それから、と姉者はブラシを置き、シャワーを手にとる。
「お湯をかけてしっかり髪全体を濡らすの。髪に水気を与えるのと、ブラシで浮かせた物も一緒に洗い流すのを意識してね」
…………
「み、みはり。もういいんじゃ……」
「今回はもう洗っちゃってるから確かにいいんだけど、本来どれぐらい時間かけなきゃいけないのかを教えるためにも、もうちょっとね」
まぁ男の頃の短髪なら、ここまでシャワーを頭からかぶって1分かからず。なのにもう5分は経過している現状だ。兄者も辟易してくるだろうよ。
「で、シャンプーは手でよく泡立ててから」
姉者が手に出したシャンプーを揉むようにしながら泡の塊へ変えていく。……男なら、手に取って手をちょっとすり合わせた後、頭で泡立てれば済むのに……。
「指で頭皮を押すように、頭を揉むように、ゆっくり優しく洗っていくのよ。アンタみたいに、頭引っかくような洗い方はNGなんだから」
頭に当てるのは、爪や指先じゃなくて、指の腹。ということだが……30年以上やってきた方法じゃないせいか、なんか洗ってる感じがしない……。
「あ、毛先はあまり洗わなくてもいいけど、頭皮を集中して洗っておいてね。髪を洗う、じゃなくて、頭皮を洗う、って意識するといいわよ」
へー、そりゃ知らなかった。まぁ男の頃は、髪が短くて頭皮と一緒に洗えていたしなぁ。
「で、すすぎ。ここを重点的にね。間違ってもシャンプーを残さないようにすること!」
へいへーい、と。まぁ、ここまで来ればもう終わりも見えてきたってなものである。シャワーに身をさらしながら、たまった疲れにため息を一つ。
「こーら! シャワー浴びるだけじゃなくて、ちゃんと髪の毛に手櫛かけるなりして、髪の間のシャンプーを落としなさい!」
えーそんな事までするの? なんて思い不満を視線に乗せて姉の方を見ると……姉者の手が、細かく素早くなめらかに、兄者の髪の毛の中を縦横無尽に駆け回っていた……。その速さ、迷いの無さは、さながら職人の業を思わせる物だった……。
「二人とも慣れてなさそうだし……最低、5分はすすぎに時間かけるよう心がけてね」
(嘘だろ……長すぎね……?)
思わず兄者と目を合わせる。信じられない、とその目は語っており、多分俺も同じ目をしていることだろう。
え、まだ髪だけだよね? 身体まだ洗ってないんだよね? それでこんだけ時間かけるの?
結論から言うと、マジだった。姉はそれからしっかり兄者の髪を根本から毛先までしっかりとお湯ですすいで、その間何度も手が兄者の髪の間を通っていった。
俺にも、やれ雑にするな、引っかくな、等と指導が入る。
俺も兄者も、終わった頃には疲労困憊に……
「それから毛先に、しっかりトリートメントを……」
だ、誰か、助けて……。
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
「やぁっと湯船に入れたねぇ」
数分後、俺ら三兄妹はようやっと湯に浸かることが出来ていた。が、どうにもリラックスしてるかのような様子は姉者だけで、俺と兄者はグッタリといった有様である。
「湯船に髪をつけないようにね。髪に悪いし、マナー違反だから」
俺ら元男組は「うぅー……い……」といった、返事なのかうめき声なのか分からんような返事しか返せない。それぐらい、今回の事は精神的にキテいた……。
今まで何千回と繰り返してきた入浴の動作が、全然違う。慣れている筈なのに見知らぬ事をやらされる。そのことがもたらすストレスは俺らから気力を奪い去っていた。
何で風呂に来て、こんなに疲れなきゃいけないんだろうな……。
「髪を洗ってる間に、冷えちゃった身体をじっくり温めてーー」
「いやもうええわ!」
「えぇ!?」
さらに追撃で姉者の指導が入りそうになったその時、もう付き合ってられないと兄者が湯船から飛び出していった。
「ちょっと! まだ早いーー」
「ロビーで待ってるからなっ!」
姉者の制止の声を振り切り、ペチペチと足を鳴らしながら兄者は出ていく。姉者も特に物理的に止めるほどではないらしく、湯船の中で不満げに唇をとがらせるにとどまった。
「……ま、それはそれとして……」
「……これ以上のレッスンは勘弁してくれよ? 流石に今日は疲れたぞ」
姉者が向けてくる視線に嫌な予想が立ち、釘を刺すも「違うわよ」と何処か落ち着いた声音で返される。
「ただ、アンタと一緒にお風呂入ったのって、もしかしてコレが初めてなんじゃないかなって……」
「まぁ、そうだな」
こちとら人生二周目の中身はオッサンである。幼少期は身体的な問題から親に介助してもらっていたが、成長して一人で入れるようになれば、誰かと入る理由もない。
「ずーっと一人で入ってたし……2年前からは最後に入ってお風呂掃除して出るようになったし……」
「効率的だろ」
「そりゃそうだけど、失敗したなーって」
はて、失敗?
「何でも一人でできるからって放置してたら、いろいろとできない事があるってこと、見逃しちゃってたなーって」
それはもしかしなくても、本日の洗髪の事だろうか。
「別に髪なんて、清潔感さえ保ってればなんとかなるだろうよ」
髪に手間暇お金を注ぎ込んでも大した変化はないし、そんなに見られない。見られたとしても、大して印象の変わるところじゃない。
最低限、印象が悪くならない程度の清潔感。そこさえクリアしておけば社会をわたって行くには十分。これが俺の社会人経験から得たアンサーである。
「ダメだって! 素材は悪くないんだから、ちゃんとお手入れして磨いておくことは女の子としての義務なのよ!」
ま、17歳の女の子に理解しろってのは、無理な話だったかもしれないがね。
「後髪の事以外にも、この前のブラとか……探せば他にボロボロと出てくるんじゃないかしら。お兄ちゃんに女の子の事、色々教えてあげてーーなんて考えてたけど、コレは計画を変更して、カンナも一緒に見てあげないとかもねぇ」
「やめてくれよ大丈夫だよちゃんとやっていけてるよ」
いや本当に。もうお腹はいっぱいで、頭はいっぱいいっぱいだ。これ以上何も入らんよ……。
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
風呂上がりに飲む物といえば?
そうだね、コーヒー牛乳だね。
ビンのフタを取っ払って、水滴が垂れてこないようにぺろりと裏を舐めとる。このフタの裏の奴が妙に美味いように感じるのは何なんだろうな。なんて思いながら、コーヒー牛乳のビンを片手に持つ。
もう片方の手は腰に当て、足は肩幅。姿勢は正しく、背骨を柱にくくりつけるようなイメージで。
いざ。ビンの飲み口を唇に当てて、徐々に、徐々に背を反らして傾けていき、茶色い甘みを流し込んでいく。
「……プッファーッ! やっぱこれだよなぁ」
疲れた心に、甘さが染み渡る。脳が回復しているのを感じる。
それにしても、なんでこう風呂屋の牛乳って殊更美味く感じるんだろうな。瓶で飲む効果なのか、はたまた中身も違うのか……。
「……しっかし、女子の風呂が長いわけだよ……まさか中ではあんな事してたなんて……」
マンガやアニメでよく見る、女の子の長湯。今までは、何がそんなに時間がかかっているのだか。なんて思っていたものだが……こんだけ手間かかるならそりゃ長くなるよな。と、納得してしまった。
それを毎日やってるとか、女子は大変だよなー。なんて思いながらコーヒー牛乳を口の中で堪能する。
(それにしても、今更妹たちと風呂に入るなんてなぁ)
俺もみはりも小さかった頃、一人でまだ入れないみはりのために、よく一緒に入っていた。
髪の洗い方や身体の洗い方を教えてやったり、オレが洗ってやったりしたな。そんで一緒に湯船に入って、一緒に100数えたり。
だがまぁ、オレもみはりも成長するものだ。みはりが7歳ぐらいになって、一人で入れるようになってからは、一緒に風呂場に行くことはなくなっていた。
(そんな、みはりに風呂の入り方を教えていたオレが、今では教えられる立場に、か……)
まさか立場が逆転するとは、読めなかった、このマヒロの目をもってしても!
なーんて過去に思いを馳せ、ふと思い至る。
(そういえば、カンナと風呂に入ったのって、実は初めてか?)
思えば年の差7歳。性別も男女で違う。となれば、年の近い、性別も一緒なみはりと入るのが自然か。そりゃ一緒に入る機会なんて無かったわけだわ。
「お、居た居た。おに……っ、まひろちゃーん!」
なんて、妹二人の過去に思いを馳せていれば、当のご本人が暖簾の向こうから出てきていた。お待たせー、なんて言いながら、サッパリした様子のみはりがオレの方へと寄ってくる。
そしてその手には、疲労の色をにじませているカンナが引かれていた。
「ごめんね。待たせちゃったねー」
「……それは良いけど、カンナ、大丈夫か?」
大丈夫だ……。と返事はあったが、ぐったりした様子で、その声は普段よりも数段低い。
こりゃ、早々に帰って休ませてやらなきゃならんようだ。かくいうオレも、正直ちょっと眠いぐらいに気疲れした感じがする。布団に入ればそのまますーっと夢の中に行けそうだ。
外はもうすっかり暗く、夜道を街灯の光が照らしていた。
オレら3兄妹は銭湯帰りの、普段とは違う独特の香りと湿気をまといながら靴音を鳴らしていた。
「それにしても、さっきのは何だったんだー?」
オレの問いかけに覚えが無いのか、さっきの? とみはりは疑問符で返してくる。
「ほら、銭湯のロビーで、まひろちゃーんって。お前普段はお兄ちゃんって呼ぶのにさ」
「あぁ、いや、他の人も居るしさ。お兄ちゃんはちょっと……何言ってるんだって、変な人を見るような目で見られかねないし……」
確かに、実態はともかく、外から見たら小さい女の子なオレを、お兄ちゃんと呼ぶ高校生の女の子は、変な子扱いもやむなしか。
だから対外的に、小さい女の子を呼ぶみたいに、まひろちゃーん、だったと。
「それじゃ外では、俺も兄者の呼び方を変えるべきか?」
そういえばカンナは、何回か兄者ってオレの事を呼んでいたか。
まー、確かに変えるべきかもしれんが……。
「……真尋ちゃん?」
「……なんか違和感がすごいな……」
これじゃない感がハンパない。
オレがどうこう、というより、カンナが誰かをちゃん付けで呼ぶってのがすっごい違和感がある。
「じゃ、真尋?」
「……ん~、まぁちゃん付けよりかは」
でも正直、兄者って呼び方が、やっぱり一番しっくり来るんだよなぁ、コイツからは。
で、妹たち二人からの呼び方が決まれば、後はオレから妹たちへの呼び方か。
呼び方としては、オレの今の容姿から言ってほぼ一択だろう。小さい女の子が、年上の女の子を呼ぶときの定番。
そこにちょっと、悪のりとからかいを混ぜる。
ちょっと小走りに二人の先に行き、振り返る。
「じゃあ、私はこう呼ぶね」
思い起こすはギャルゲの一枚絵。背の低いヒロインが、主人公を見上げながら、サマードレスの裾をふわりと広げながら、手を後ろ手に組んで、小首を傾げるようなポーズ。無垢な乙女を思わせる満面の笑みで、でもちょっと悪戯心を、ニッと笑った表情に乗せて。
「おねーちゃんっ!」
はーっはっは。どうよ、実の兄に、美少女全開でおねーちゃんと呼ばれるのは。複雑だろー。表情に困るだろー。いや私らが妹やないかーいって感じだろー。
「……フヒッ」
「…………」
……え、何なに? 何なのそのリアクションは……。
「ヲ……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
みはりは何か、さっきのオレの一言を噛みしめるように繰り返す。目つきは怪しく、口の端はつり上がり、ちょっと、兄としても擁護できない気持ち悪い笑みを浮かべている。
おいやめろ、抑えろみはり。今のお前は小さい女の子を前にした不審者にしか見えないぞ。他人が居れば通報待った無しだ。お巡りさんコイツは違うんです!
「…………」
カンナはカンナで、口元を抑えながらコッチから目を反らしているが、その耳は赤くなっているのが夜道の暗さでも分かるぐらいだ。照れてるのか? え、カンナのこんな表情初めてみたんだけど……。
「いや、なんか……これが、萌えなのかって……」
あー、なんかコレ、妹の開いちゃいけない所開いちゃった感じか?
もしかしたらオレは、今とても罪深い事をしてしまったのかもしれない。末妹を、妹萌えの癖に目覚めさせてしまうとは……なんたるウカツ。猿も木からフリーフォールである。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! もう一回! それもう一回やって!」
みはりがおねだりなんて珍しい。よーしお兄ちゃんがんばっちゃうぞー。とはならんぞ? しかもーー
「な、なんだそのスマホ。撮影しようってか? データに残そうってか? 絶対にやらないからな!」
「えー、いいじゃん! もう一回! できればいくつかポーズの差分付きで!」
「差分ってお前、それじゃ一回じゃないし! データ残すならなおのことやらんぞ! おい撫でるな! よしよしじゃないんだよ! オレはお兄ちゃんだぞぉー!」
あーもう! さっきまでギャルゲだったのに、コレじゃムツゴロウかJOJOだよ! チョコラータとセッコだよ! よーしよしよしじゃないんだよ! いや見た目はきらら系かもしれんが実態は片方男だよぉ!
妹の強烈フィジカルのおねだりに「あうあう」と口から漏らしながらされるがままだ。畜生これだから文武両道の天才は! オレが幼女化で非力になってるのを差し引いても、力が強すぎる!
そんな妹の暴虐がピタリと止まる。
「……お兄ちゃん、生乾きじゃない……」
みはりの指が、オレの髪を調べるように指でとかしたり、摘んでこすりあわせたりする。
あ、あれ? この流れ、なんかさっき風呂場で……。
「よし、まひろちゃん。お姉ちゃんが正しい髪の乾かし方を、手取り足取りじっくりと……」
いぃーやぁー!
もういい! 教習は十分! こりごり!
あ、そ、そうだ! カンナ! 助けて! さっき一緒に地獄の教育を受けた仲だろう!?
そう視線にメッセージを乗せてカンナに送る。
返答は即だった。
敬礼。その顔は、戦地へ飛び立つ、友を見送る物だった……。
その日、オレが何時寝てしまったのかは、定かではない。
みはりにタオルをかぶせられ、ドライヤーにさらされた所までは覚えているが、そこから先は記憶が曖昧だった……。
ただ、眠った後の筈なのに、脳味噌に疲労感がこびりついてる感じがして、オレは昼まで布団から起きあがることができなかった。
おい誰だ。引きこもりニートの日常じゃないかとか言った奴は。
今回の話を描くにあたり、女性の入浴の仕方とか結構調べました。
男の頃だと結構雑に済ませられたのに、女になるとやる事一気に増えるし大変ですよね。
今回ざっと神奈の外見に触れましたが、ぶっちゃけみはりちゃんのマイナーチェンジですね。
もうちょい詳しく出すなら、髪は飾り気のないセミロング。顔は顎のラインが細くなっており、目つきは睨むようで眉根にシワがよっている。
身長はみはりちゃんより高く、けれど胸は若干小さく。
といった感じですね。胸小さくして大人にしたような、って感じでまとめました。
イラストなんかでも表現出来たらもっと分かりやすいのだろうけど、挿絵なんて描いたらもっと投稿頻度落ちそうだw