なにはともあれ、TS物の代表的なネタですね。この回、原作とアニメじゃ微妙につなぎ方が違ったりするので、コッチでも改変しましたけど多分許される。
ちなみにお兄ちゃんはツーサイドアップが似合うと思う。
服装は島風の服が合うと思う。
未成年にお色気要因は任せられないからね。成人男性が一肌脱がないといけないのはいたって自然な流れなのだ。
ep005 まひろと鏡とレディースデー
オレの股間から息子が旅立ってから、早数週間……。それはつまり、禁欲生活が長期にわたり続いているという事であり……毎日の習慣も、やめてみれば意外となくせる物なんだなと実感した。逆はよく聞くんだよな。毎日やってれば習慣になる、って感じの格言。
変わった事と言えば、みはりがいつも家に居るようになった事もだろうか。今まで大学の受験やら、合格してからの研究やらで昼間は家に居ない事の方が多かった。なのだが、オレが女になってからは、オレの観察が大学の研究になるとかで平日昼間も家に居るようになった。
おかげでオレの生活にも変化が起きる事となった。今までは一人で家に居る事が多く、昼まで寝ていたのだが……みはりが掃除や洗濯をする音に目を覚ますようになり、そしてとうとう本日ーー
枕元の携帯を取り、画面上をスライド。高くて大きい、色んな意味で不快指数の高いアラーム音を止める。
時刻は現在朝7時。一緒に朝飯を食べようという、みはりが指定してきた起床時刻。眠れるだけ眠り、自然に目を覚ました時とは違い、アラーム音に無理矢理起こされる事のなんと辛い事だろう。
しかし、まぁ起きねばなるまい。
今日の朝飯はオレの分も用意されているとの事。食い物を粗末には出来ん。それに、食った後に二度寝を決め込めばいいだけの話だ。フフン、これぞニートの特権よ。
大口開けながらあくびをしつつ、階段をよったよったと降りる。
洗面所に行こうと一階のリビングを通ると、キッチンの方からは包丁がまな板を叩く音。
「おはよう兄者。朝飯、もう少しで出来るぞ」
カウンターキッチンの向こう側から、末妹のカンナの挨拶。
窓から差し込む朝日。包丁やコンロからする調理の音。そして、妹……。
なんかギャルゲのプロローグで出てきそうな組み合わせだなーと一瞬実妹相手に頭がトチ狂った事を思い浮かべるがしかし、その妹の格好が少々アレだ。
制服姿。これはまぁいい。その上に黒いエプロン。色に可愛げがないが似合ってるからまだいい。
だが頭のそれはなんだ。タオルか? 黒いタオルを巻いてるのか? それのせいで家のキッチンにラーメン屋の従業員が居るようにしか見えないんだけど。ヘイラッシャイって耳からじゃなくて目から聞こえてくる。
いや、まぁいいか。なんか、カンナが可愛いから外れた行動を取るのはいつものことだ。あいよおはよー、と適当に返しながら洗面所に入る。
「あ、おあよお、おいーあん」
先客にみはり。口に歯ブラシを突っ込みながらの挨拶に、適当におはようと返す。
ちょっと横にズレて洗面台の前を譲られたので、そこに入り込み、まずは顔を洗う。
お湯を掬って、顔にバシャバシャと……
「いやちょっと、お兄ちゃん。それじゃ髪の毛ビショビショになっちゃうでしょ」
「えぇ……?」
すかさずの注意がみはりから入る。その声音の雰囲気は、いつかの銭湯で行われた女子洗いブードキャンプを思わせる物だった。
「べ、別にいいだろ。顔を洗うと濡れるのは、前髪長いんだからしょうがないんだよ……」
というか、別に髪が濡れるとか気にしたことなかったんだけど……男の頃は関係なしにバッシャバッシャ顔にかけて、タオルで一緒に水気とって終わりだったし……。
「そういう時はね」
こーいうのが有るんだよ。と言いながら洗面台横の棚から、何やらゴソゴソと取り出す。
それは見た感じ、タオルのような物で出来た、リボン付きのカチューシャのようだが……。
「コレは?」
「洗顔用のヘアバンド」
これをこうして……と言いながら、みはりはオレの髪をかきあげ後ろに流して、それを今取り出したヘアバンドで固定した。
鏡に映ったのは、デコ出しヘアスタイルに、白いウサミミリボンを付けたような自分の姿だった。
「どう? 可愛いでしょ」
「い、いや! 別にそんな……思ってねーし……」
誤魔化すように洗顔に取りかかると……おぉ、成る程コレは……。
「便利だな、このリボン」
前髪が全部後ろに行ってるから、全然濡れない。それでいて取り付けも結構簡単っぽいし、つけてて可愛い。機能的だな、コレ。
でしょ? とみはりは自慢げだ。
さっぱりしたところでタオルで顔を拭うと「あぁこら、こすらないの」とみはりがオレの手を押さえ、そのまま「貸して?」とオレからタオルを取っていく。
「タオルでゴシゴシすると、お肌に悪いよ? こうやって、何度も押し当てて、水分をタオルに吸わせるようにするの」
顔っていう敏感な部分を、タオル越しとはいえ触られるからか、「ん、ん……」と声が自然と漏れ出る。
なんか、今の自分を客観視したら、お世話される幼女みたいな感じなんじゃなかろうか……。
男の頃ならゴシゴシー、終了。で終わったのに、
「それにしても、女子は装備が充実してるよなー。コレとかブラとか」
「装備って、ゲームじゃないんだから……。ともかくこれからは、髪のお手入れもちゃんとしてね。髪は女の命って言うでしょ?」
「へいへーい」
適当に返事をしながらリビングへ。
食卓の上には、美味そうな朝食が並べられていた。
白米に、野菜多めの味噌汁。ハムエッグと、小さな容器に入れられたほうれん草。後、カットされたリンゴ。
「おぉ、定番の朝食」
「過不足ないか? 兄者」
「十分じゃね?」
肉をもうちょっと欲しいかなと思わなくもないけど、でも朝飯ってそんなもんだよなーとも思う。朝っぱらからステーキをドーン! って出されても、流石にちょっと受け付けられないだろうし。
三人とも席に着き、示し合わせたわけでもなく、いただきます、と一斉に手を合わせる。
カンナはテレビのリモコンを2、3操作して、ニュース番組を食卓のBGMに添える。
さてまずは味噌汁を。
「……ん、美味いなコレ」
「そいつは何より」
なんというか、久しぶりだな……朝飯をこんなにちゃんと食べるなんて。今までオレが昼まで寝てたから、飯が昼飯と夕飯、後夜食だったし。
「あ、みはり。ソース、オレにも~」
「ん、どうぞ~」
受け取って、ハムエッグにチョロリとかける。ソースから箸へ持ち替えて、白身の部分を食べる。ソースの甘みと薄くかかってる塩味。これぞ目玉焼きだよなと白米と一緒に食う。黄身は最後だ。米に乗せた後に割って、その半熟で白を染め上げるのがフツクシイ。
「もうすぐ梅雨入りかー。憂鬱だなー」
唐突にみはりが呟く。見れば視線はテレビに向いており、天気予報には傘のマークが多く並んでいる。
「大学にはあんまり行かなくてもいいんだろ? そんなにか?」
「通学で濡れることはないけど、買い物で外出はするし、洗濯物も干せないし……湿気でカビとか……悩みは多いのよ」
ほーん? 大変だなーそりゃ。
「そろそろ扇風機とか、夏物も用意しておかないとか。帰ったら物置から引っ張り出さなきゃな」
「私が用意しておこうか?」
「力仕事になる。俺がやるさ」
カンナはカンナで季節の模様替えに取りかかるようだ。
「……そういえば、カンナのその服、夏服か?」
季節の変わり目を意識すると、ふとソレが目に付いた。
確か昨日までは、ブレザーにスカートだったのだが、今日は上着無し。スカートの吊り紐がシャツの上にかかってる。
「ああ。……正直、夏服はそんなに好きではないんだがな……」
「え~、何で?」
似合ってるーーと言おうとして、言葉が尻すぼみになる。
うちの末妹は、歳に似合わぬアダルティな見た目である。コンビニで煙草を買おうとしても、年齢確認されないかもしれないぐらいに。
対してその身にまとう中学の夏服は、なんというか、子供っぽいデザインというか……年相応な雰囲気のデザインだった。多分、あのスカートの吊り紐が原因なんじゃないかな。紐と言うにはあまりに太く、ちょっとしたベルトのような横幅だ。全体的にデザインが大きいというか、一つ一つのパーツの主張が強い。
だがコレは、デザインが悪いというわけではないだろう。むしろ中学生に着せるなら、下手に背伸びしてない年相応なデザインとして、カワイイカワイイで終わる物だ。目の前で着ているモデルが規格外だから、違和感がするだけで。
「正直、許されるならスラックスを穿きたい」
「見た目が中学生からOLになっちゃうわね」
ふと教室を想像する。
中学生の群の中に一人OLが紛れ込む。
ヤバイ絵面だな。そう思うと、服装で無理矢理見た目の年齢を下げなきゃ色々ダメなのかもしれない。
……ん? 見た目の年齢を下げる?
「……なーみはり。オレをこんな若返らせることができるなら、カンナにあの薬飲ませたら、見た目ちょうどよくなるんじゃね?」
オレをこんな見た目にしたあの薬。元々女のカンナに飲ませれば、性別は元から女だから、見た目ちょうどいい感じになるんじゃないか。
「いやいやお兄ちゃん、投薬ってそんな単純な物じゃないのよ。アレは男の人に飲ませることを前提に作った薬だから。女性化の成分がどんな作用をするか、作った私たちでも予測できてないの。そんな危険な真似はできないわ」
「言ってることは真っ当かもしれんが、そんな劇薬を本人の許可なく服用させたってことを前提に聞くと、何言ってるんだって感じだぞ、オイ」
ジトーっとした目を向けると、みはりは目をテレビへ逸らしながら味噌汁をすすった。
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
「んっふ~、満足満足~」
あの後はつつがなく朝食を平らげ、リンゴをモシャモシャ。食後のコーヒーまで堪能して、充実した朝の一時を過ごした。
いやー、こんなちゃんとした朝なんて何時ぶりだろうな。高校通ってた時以来かな。そん時でも、オレは夜更かし気味で朝に時間的余裕は無かったように思うし……。
玄関から、行ってきます。というカンナの声の後、バタンと扉の閉まる音。つまりはまだ朝も早い時間であり、今日一日はまだまだ長そうだ。
「さぁ~って、まずは日課のソシャゲのデイリーでも回しますかなー」
自室に入り、タブレットを昨夜ドコに置いたっけと思いだそうと部屋を一望する。
と、そんなオレの部屋に、見知らぬ美少女の姿があった。
「ぬえぇっ!?」
クリーム色の肩フリルのワンピースを着た、ロングヘアーのデコ出しデカリボンの美少女。しかもアニメ調じゃなくてリアル調。それが等身大レベルの大きさで部屋に飾られてる!
あまりにも自分の部屋で見慣れない物を見たせいでギョッとしたが、よく見ればなんて事はない。ただの全身映るほどデカい鏡だった。
「出してきたのはカンナか……いや、身だしなみとか気にするのはみはりの方だから、犯人はそっちかな。まぁ、どっちでもいいけど」
しかし、こうして改めて全身を自分で見てみると、やはり美少女だなーと我ながら思う。小柄で、全体的に丸みがあって、やわっこそう。そんな美少女の全身像が目の前にある。
「ほぉ……しかし、成る程……」
オレの着てる服は、今はみはりが選んでいる。よくも飽きもせず、毎日違うものを用意するものだ。その熱意はドコから来てるんだと思ったものだが……今ちょっと理解した。
コレってアレだ。色々服装とかアクセサリー等を指定できる、3Dのエロゲのキャラだ。そりゃーいじり倒したくなる。服装だって色々着せてみたりしたくなるだろう。オレもパソコンの前で色々着せ替えさせて色変えたりアクセサリーを組み替えたりしたものだ。
……で、それが今、目の前にある。となればだ。
「色々試したくなるって、ものだよなー」
といっても、クローゼットひっくり返してありとあらゆる服を着比べたりするのは大変そうだしー、アクセサリーなんてウチにはほとんどない。みはりもカンナも、そういう物はあまり身につけないタイプっぽいし。
エロゲの方なら体型とかメイクとか、スライダーをイジれば自由自在だが、そんな物は現実にはない。あってたまるか。いやあったな。みはりにスライダー思いっきりイジられて性別と年齢と体型を変えられたんだった。
まあとにかく、オレにはどうしようもない所である。となれば、他にさわれるのは一つだけ。
オレは後ろ髪に指を通しながら、身体の前の方へと流すのだった。
今時はネットで検索すれば、大抵の事は調べることができる。
三つ編み、やり方。と動画サイトで入力すれば、まー出るわ出るわ、色々な三つ編みのスタイルやらやり方やらコーディネートやら。
最近は色んなファッションがあるんだなー。髪を肩あたりから、小さな三つ編みを横に並べるような物もあって、へー複雑そうだけどカワイーじゃん。とか思って見てた。なんかコメントが斬首ヘアーとかあってやる気はなくなったけど。
「よし、でぇ~きたぁ~」
なんということでしょう。首を振ればふわりと広がる長いサラサラヘアーが、二本の塊になったではありませんか。
とりあえず、今回はシンプルに後ろ髪を二本の三つ編みにすることにした。アレだ、ギャルゲでオカタい感じのキャラがやってそうな髪型。眼鏡をかければ、読書ガールか委員長かって感じ。
「いやー、我ながら可愛く出来たなー」
編み込むために肩から前に出していた三つ編みを、両手でピコピコ揺らしながら鏡を見る。ん~、なんか前に三つ編み出してると、ちょっと幼くなった感じがするなー。同級生というよりは、妹キャラかな。なんか画面の向こう側のこんな子から、お兄ちゃんとかお兄ぃ、とか呼ばれてたような気がする。
背中側に三つ編みを流せば、これまた印象が変わる。が、なんだろう。読書家や委員長なイメージが沸いてこない。あれかな? 大人しい系のキャラって伏し目がちなんだけど、目元パッチリ開いてるしそんな感じじゃない。つり目でもないから、オカタい感じもしない。
うーむ美少女は奥が深いと、鏡の前で色々ポーズを変えてみてーー
「いや、何やってんだオレ……」
ふと正気に戻る。何美少女を堪能してるんだ。オレは男だ。20歳越えた大人なんだ。そんな成人男性が、鏡の前で髪型いじってポージングして? まんま女の子じゃないか……。
オレは 正気に 戻った!
パシャリ。
「へ?」
急に部屋に響いたシャッター音。いきなりの音にそっちの方を見ると、スマホを構えたみはりが真剣な目でコチラにカメラを向けていた。
「あ、お気になさらず。そのままそのまま」
イヤァァアアアアアアア! 見られた撮られた大人で男が女の子っぽく鏡の前で髪型をポージングであ、待ってお願い話を聞いて多分これは誤解というかすれ違いがあると思うんだお願いみはりぃぃぃいいいい!
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
ほら、今朝梅雨入りって話題になっただろ? これから暑くなるし、湿気も大変になるだろう? それにそれに、今朝髪の手入れが云々言ってたじゃんか。なもんで、髪をまとめてみようと思ってさ……。
だから何というか、別に女の子だからとかじゃないんだ。ただ、髪が長くなったから、仕方なくなんだよ。後ろ髪と背中の間、なんか蒸し暑くなりそうじゃん? それって嫌じゃん? だから、ね? そういう事。
え、鼻歌? オレ編んでる時そんな事してた? い、いやほら、なんというかそう、アレだよ……そうプラモ! プラモデル組み立てるような感覚というか、目の前で次第に形になっていく物を見るのが楽しいってだけで、ソレってつまり男の子的じゃん? だからそう、コレはオレに残ってる男の子な所の発露だと言えなくもないんだ! そういうことなんだ!
「ふーん? まぁいいけど」
「もぉー! そのニヤニヤをやめろーっ!」
いくら言葉を重ねても、何故かみはりの笑みは深くなるだけだ。コレは絶対オレの言葉を信じてない。何故だ! 一分の隙もない完璧な理屈だろうが!
「それにしても、綺麗に編み込んだわねー、お兄ちゃん」
「お、そうか? フフーン、ゲームで鍛えた手先の器用さが活かされたってところだろうなぁ」
いやー、女の子なみはりもそう思うか? オレの髪型を整える技って、もしかしてちょっと自慢できるくらいの物だったりしたり?
「そうだ。ちょっと色々な髪型、試してみましょ?」
「へぇ?」
い、いきなり何を……。
「髪型を色々変えられるなら、コーディネートの幅も広がるし……画像で残しておけば、毎日のお洋服選びも幅が広がると思うのよねー」
「そ、そうか?」
まあ、みはりの役に立つっていうなら、やってやるのもやぶさかではないというか……。
「じゃ、早速始めましょう? お兄ちゃん!」
満面の笑みで言うみはりに、なんとなく流されてるような気もするが、しかし拒否するような理由も無い故に、オレは首を縦に振るのだった。
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
授業中の教室。聞こえてくる音は、チョークが黒板を叩く音。シャーペンがノートの上をこする音。そして、教師の授業内容を説明する声。それぐらいの物だろう。
静かなものだ。さらに言えば、前世で一度中学校を卒業した身としては、授業内容も退屈な物で……正直、寝ない工夫は必須である。コレは小学校の頃から付きあってきた問題であり、そして対処法も見いだした問題でもある。
俺が導き出した、授業中に寝ない工夫。それは……勉強を頑張る、である。脳味噌を一生懸命回してる時に、眠気や退屈は来ないものだ。
何を当たり前な事をと思うかもしれないが、待ってほしい。中学校の授業程度、一生懸命聞いていても正直、脳味噌はあまり使わない。暇から来る退屈感は、自然と眠気へすり替わり、いつの間にか意識が飛ぶことは必至である。
故に、俺はもう一つ平行して勉強するという答えを導き出した。
俺の机の上には、数学の教科書とノート。それと、簿記の資格試験の問題をコピーした紙が広げられていた。
数学の授業を聞きながら、ノートを取りつつ、資格の勉強を平行する。ここまでやって脳をフル稼働させれば、自ずと充実した時間となり、居眠りの防止となり、さらに将来へ向けての備えとなるのだ。
教師に見つかったら? ノートは取ってるし、色ペンで注記を入れたりと、授業の方だって十分まじめにやってるのだ。当てられた問題には正解していれば、そうそう何かを言われることはない。喩え不真面目だと注意を受けたりしても、予習復習と今記載してるノートを見せ、その上で注意を続けるならば甘んじて低評価を受けるまでだ。義務教育だ、そうそう問題にはならん。
と、そんな平和な午前の中学校に、突如異音が響きわたる。
ブー、ブーという、低く小さい振動音。携帯に通知が来たことを知らせる物だ。それが自分のスカートのポケットから響いてきた。
サッと取り出し、何の通知なのかを確認する。
メッセージアプリ。差出人は姉者。ふむ。
「先生、お手洗いに行ってきます」
はい、どうぞ~。という声を背に受けながら教室を出る。宣言通りにトイレにまで行き、手洗い場にて携帯を取り出す。
普段、俺の携帯は静かな物だ。電話帳やメッセージアプリのリストには家族ぐらいしか登録していない。他のアプリの通知にしたって、そうそう更新等が来ることはないし、うるさいやつは通知をオフにしている。
そして家族にしても、あまりメッセージは送ってこない。せいぜい帰りに買ってきてもらいたい物を言ってくる時ぐらいのものだ。
そして、姉からのメッセージ。そこには「ヤバイ」の文字……。
通知をタップしてアクセス。ロックをパスワードで解除。立ち上がりの1秒弱が、ひどく長く感じる。いったい何が起こった。もしや兄者に何かあったのか。不安ばかりが蓄積していき、そして立ち上がったアプリが俺に見せた光景はーー
【ヤバイ】
【お兄ちゃんがカワイイ】
という文字と共に添付されてきた、一枚の画像。
ワンピースの裾をふわりと広げながら、二つの三つ編みを揺らす兄者の姿。その目線は正面にある鏡で、自分を色んな角度で見ようとしてる所の一瞬を切り取った一枚なのだろう。視線、表情の自然さから、おそらくは盗撮だと思われる。
いやしかし、確かにカワイイなコレ。普段が腰まで届くロングヘアーという、滅多に見ない長さなせいか、浮き世離れ感が少しあった。だが二つ結びの三つ編みヘアーにすると、とたんにそれが薄れ、体の細さから来る幼さと可愛らしさが引き立つ。
しかし姉者よ。ついに兄者の髪型までいじくり回すようになったのか。
【アチョー!】
【なんちゃってチャイナー!】
通知が三件。二つはメッセージで、もう一つは画像。
頭に二つの大きなお団子を付けた兄者が、ワンピースで中華拳法の構えのような物を取っている。縦長に開かれた唇からは、ホアチャー! 等の声がでているのだろうか。まぁ、気合いに反して力強さのような物は欠片も感じられないが。
ちなみに、小さくなった兄者の髪を上げた姿を初めてみたが……うなじから後頭部。中々に綺麗な曲線を描いている。あそこを撫でるのはさぞ心地好いことだろう。
……いや、何を考えている、俺……。
【スポーツ少女には汗を添えたい】
【一本尾、ポニーテール!】
そして、次は長い後ろ髪を一本にまとめ、高い位置で結んだ姿。名前通り、その形は馬の尾めいた形をしており、写真を撮る時に横に回っていたのか、長い尾が兄者の体の周囲を旋回するように浮かんでいる。躍動感、可愛らしさ、そして何よりうっすらと浮かんだ笑みに伴い、かすかに唇の間から見える、白い歯。
……いかんな。俺も姉者も、思考が暴走しているかもしれない。
また通知音。おそらく先ほどと同じような兄者の画像が送られてきているのだろうが、なんか頻度高いな。
【見て見ておそろい!】
【定番、可愛い、ツインテール!】
……それは、ある種己が夢見た理想郷の姿だったのかもしれない。
兄者の頭に姉者が頭を乗せ、兄者の髪の毛を親指、人差し指で作った輪っかで二つにまとめている。
字面のままの形、尾が二つ頭から生えたようなその姿はまさにツインテール。それも、兄姉で二段重ねのツインテールである。写真は兄者の胸元に姉者のスマホがあり、ソレのカメラをコチラに向けていることから、おそらく全身鏡に写した姿をカメラに収めたのだろう。
………………。
何を送ってきているんだ、この兄妹は。
いや、本来家族向けのメッセージなんてこんな物なのだろうが……こんな物だよな? 前世は姉妹が居なかったから比較対象が無いけど。たぶん、こんな物だ。だがしかし、今の今まで連絡事項しか送ってこなかったのだ。いきなりこんな物送ってくるだなんて思わないじゃないか。
牛乳切れてたから、帰りに買ってきてー。とか、クリーニングの回収お願いしていーい? とか。後は外で食べることになったから、今日は晩ご飯要らない。的なやりとりしかしてこなかったのに、いきなりコレだ。ちょっと戸惑う。
いや、いいんだけどね。まぁでも、アレだ。こっちは学生で、今は授業中なのだ。長時間このやりとりに付き合うことはできない。
【今授業中だから、電源切るぞ】
メッセージを残し、俺は電源ボタンを長押しした。
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
オレの好きなエロゲのジャンルは、陵辱系だ。
何故ならエロい。頭一つ突き抜けてエロい。同じ属性のヒロインでも、このジャンルだと殊更エロいような感じがする。無理矢理というシチュエーションが精神的快楽より、肉体的快楽を際だたせる物だからか。
まぁだからと言って、現実の性癖と二次元の性癖が同じというわけではない。
オレは陵辱系のエロゲが好きだが、別に女の子に無理矢理したいわけではない。むしろ泣かれたりとかしたら激萎えだ。……いや、経験があるわけではないのだが……。さらに言えば、家族がそんな目にあうなんてことになれば、オレの怒りは有頂天になるだろうな。
それに女の子になったからって、自分が無理矢理されるなんて色んな意味でごめんこうむる。というか童貞の前に処女を失うなんて絶対嫌だ。初めては相棒と一緒にって決めてるんだ。
だから、な。
「やめろみはりぃ! オレにそれ以上近寄るなぁー!」
オレは絶賛、泣きじゃくりながら部屋の隅へと逃げ、体を縮ませちょっとでもみはりと距離を取ろうと必死になっていた。
そんなオレの頭はツインテールの他に飛び出た物が二つ。黒いふわふわな三角形。そう、コスプレの定番ネコミミだ。
「いいじゃないお兄ちゃん! どうせならお着替えもしてパーフェクトコーデを決めちゃいましょう! 大丈夫似合うから! 絶対可愛いから!」
怪しい目つきで、女の子としてどうなんだってぐらいだらしない口をしながら、みはりはその手に布切れや毛の塊を携えながら迫ってくる。
それは大きな毛玉に一回り小さい毛玉4つをつなげ、さらにそれぞれピンクの球体を埋め込んだような物。黒い毛を紐の周りにはやしたような物。
察しのいい奴なら分かるだろう。そう、肉球グローブとしっぽである。
まぁなんだ。それだけなら別に、ここまで拒否したりしない。カワイイコスプレだ。ネコミミ付けられた延長だ。男の身でやるのはどうかと思うが、まぁ女の子である今の肉体に付けるならば、と思わなくもない。
だが布切れの方はダメだ。
それは下着だった。マジで下着だった。ただし、スポブラのようなソレは胸の真ん中に猫の頭みたいな穴が開いている。パンツの方は二つの三角が上に飛び出ており、その下に顔のようなプリントがされている。
……一時期SNS等でよく見かけ、うーわエロカワだなー等と思っていた物。
猫ランジェリーである。
ソレを手に、妹が、兄である自分に迫ってきているのである。
「ふ、ふざけるなぁ! オレは今こんなでも元男だぞ! そんなアピールのためだけの衣装なんて身につけてたまるかぁ! というかオマエ、ソレってつまりそういうことだよな!? 下着姿で写真を撮る気だよな!」
「大丈夫、可愛いから! 可愛いから合法だから!」
「違法だよ! アレだ、児童ポルノ単純所持で違法だよ!」
「お兄ちゃんは成人男性だから合法!」
「オマエこんな時だけ人を成人男性扱いするなぁー!」
そんな都合のいい話があるかぁー!
あ、待って! 脱がさないで! 分かった! 分かったから! せめて自分で着替えさせてぇー!
……ホント、二次元と現実の性癖は、違うものだよな。
というかみはり。お前、実はこういう趣味だったのか? 年下の女の子相手に色々無法を働きおって。お兄ちゃんとしてその辺どうなのかちゃんと確認しておきたいんだけど。
あれから十数分後。オレは抵抗むなしくニャンとワンダフルな格好にされ、みはりに写真まで撮られた。それはもう激写されまくった。ピピッ、パシャ! ピピッ、パシャ! なんてものじゃない。ピピピピピピピピピピピって、もう動画でも撮ってんじゃねーのってぐらい連写された。カメラにそんな機能あったのかよ初めて知ったよ。
で、そんな事までされればオレとしても黙ってはいられない。
「みはり」
「何? お兄ちゃん」
「座りなさい」
オレの普段出さないぐらい低い声に一瞬惚けたように「え?」と返されるが、オレはそれに再度「座りなさい」と返す。
オレが怒っていると理解したのか、気まずそうに、のそのそとした動きでみはりはその場に正座した。
対してオレは最後に注文された「にゃーんのポーズ」なる物から仁王立ちになり、正座したみはりのつむじを見下ろしていた。
「全くお前は。最近なんかおかしいぞ。オレに女物の服や下着を着せて喜んだり! オレの声が可愛いとか言い出したり! お姉ちゃんって呼ばれて興奮したり! 挙げ句の果てに今回のコレだ! 無理矢理剥いて着替えさせるってのはどうなんだ!」
「最後の以外はお兄ちゃんが可愛いのがいけないと思う」
「何か?」
「イエナンデモ……」
大体お兄ちゃん可愛いって、こんな外見にしたのはお前だろうが。
「いいか? お前のやってる事はオレ相手じゃなければ普通に犯罪なんだからな? 年端もいかぬ女の子を、無理矢理恥ずかしい格好にさせたり、なおかつソレを写真に収めたりするのは犯罪だ! オレは身内だから許してるけど、コレを外でやったら一発で警察のお世話になるんだからな? 分かってるのかそこんところ」
「そこは大丈夫。私のそういう対象はお兄ちゃんだけだから」
ソレはソレでどうなんだ。対象がトランスセクシャルした男だってんならこじらせすぎだろ。
「っていうか、お前人のおしゃれにあーだこーだ口出しするのに、自分の服装はどうなんだよ?」
「え、えぇ? 私の服装?」
自分の体を見下ろして何かおかしい所でもあるのかな。みたいな態度とってるけど、普通におかしいからな。
「いつも似たような格好な上に、家でも外でも白衣じゃないか! 女の子としてどーなんだーソコんとこー!」
「わ、私はいいのよ。研究職にとって、白衣は制服みたいな物というか……このスタイルは、トレードマークというか……」
なるほど。確かに研究者ってそういう格好してるってイメージあるよ。ゲームで出てくる博士タイプのキャラは似たような格好してるよ。
でもな?
「何が制服だ。自宅でもずーっとその格好じゃないか! お前、人の服装には文句言うくせに、自分は一張羅かよ! 人のじゃなくて、自分のおしゃれに気を付けた方がいいんじゃないか!?」
「は、はぁ!? どの口で言うのよ! それに、私のコレは一張羅じゃなくって、同じ服装を何着も着回してるんだから。そう、ジョブズスタイルってやつなのよ!」
「つまりおしゃれ着とか持ってないってことかぁ?」
「この前ラーメン食べに行った時、違う服見せたでしょうが! ああもう良いわよ! ちょっと待ってなさい!」
そう言い残して鼻息荒く部屋を出ていくみはり。
おそらく、次扉を開ける時にはとびっきりなおしゃれ着で来ることだろう。なもんで、こっちも準備だ。
スマホを手に取り、メッセージアプリを立ち上げる。カンナとのトークラインを呼び出し、そんで画像を添付、カメラで撮るを選択して何時でも写真を撮って送れる状態を作って構える。
かくして対みはり迎撃の構えをとったオレは扉の正面から奥、壁際まで後退して待機する。気分はスナイパー、スマホはライフル。ターゲットが射線に入ったとたんに引き金を引いて、写真をカンナに送信(装填)して羞恥の弾丸をみはりの奴に叩き込むのだフゥーハッハッハッハッフゥーンッ!!
そして、時は来る。
「どうよ! 私だってね、ちゃんと人に見せられるぐらいのおしゃれ着はーー」
パシャリ。
「ーーへ?」
ピロリン♪
「よしよし、よく撮れてるな」
薄くて少し透ける白い上着。その向こう側には水色の半袖ワンピース。装飾は少な目で飾り気は少ないが全体的に涼しげな雰囲気は、これからの季節に合ってるだろう。
そんなあまり遊びを感じさせない服装だが、そこは髪に情報量を増やすことで物寂しさを消してきたのか、普段はストレートなツインテールが、ウェーブとツイストを織り交ぜて主張を強くしている。
「なっ!? ちょ、ちょっとお兄ちゃん、ソレ誰に送ったの!」
「ヘーッヘッヘッヘ! カワイイ服持ってんじゃないのーみはりちゃーん! せっかくだから、妹にも見てもらおうかー!」
そしてオレと同じ羞恥を味わうといい! ちょっとでも恥ずかしい思いをするといい! カンナにカワイイと言われてしまえばいい!!
「か、貸しなさいお兄ちゃん!」
状況を理解したのか、みはりが手を伸ばしてオレのスマホを奪い取ろうとしてくるが、そんな事をしても無駄だ。
「残念っ、もう送信済みだ! データを消そうが、すでにカンナの目には入ってることだろうよ!」
スマホのデータは消せても、カンナの頭の中の記憶までは消せまいよ!流石はオレ! 兵は神速をホニャララってなぁ!
「まだよ! あの子にお兄ちゃんの画像送りすぎて、今は電源切られてるのよ! まだ画像を消せばあの子の目には触れずに済むわ!」
な、なにぃー!?
慌てて画面を確認すると、送信した画像データには確認済みを示す既読のマークが付いていない。つまり、まだカンナの目には触れてないということか!?
い、いやまだだ! みはりとスマホの間に体を割り込ませ、奪われまいと腕を精一杯のばす。オレの背中からみはりが手を伸ばすも、ギリギリ届かない。
勝ったな! このままカンナがスマホを確認するまで耐えてーー
「隙有りっ!」
「あぁ!? ちょっとぉ!?」
一瞬だった。背中の方に居たみはりが、素早いステップでオレの前まで回り込み、手からスマホをヒョイと奪い取っていく。
くっそぉこのフィジカル優等生が! 引きこもりニートの女の子とはいえ、そんなアッサリ奪い取っていくものか!?
だが、諦めるなオレ! 例えスマホが奪われようと、消去の操作をさせなければいい。オレはすぐさま奪還のためにみはりの手にあるスマホに飛びつく。このオレの動きからスマホを守りながら、画像消去の操作なんぞできるかな!? ってオイ! 手を上げるな! 届かないから! 卑怯だぞみはりぃー!
手を上に掲げてスマホをぽちぽち操作するみはりを止めるべく、ピョンピョン跳ねたりよじ登ろうとするも、片手で抑えられ、もう片方の手で着々と操作は進み、そして……。
「……み、みはり……」
「残念、画像はもうーー」
ーー気持ち悪い……。
我ながら、なんとか細い声なのだろうと思う物がでた。
体を支えられなくなり、みはりの服を掴みながら膝をついていく。急に体重がかかったことに驚いたのか、見開いたみはりの目がこっちに向けられた。
みはりの「お兄ちゃん!?」という呼びかけを遠くに感じながら、オレはしきっぱなしだった布団の上へ崩れ落ちていった……。
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
タブレットに情報を打ち込む。
体温に乱れはあるも、まだ正常の範囲内。脈拍も同様。肌は、ちょっと荒れてるかもしれない。
今分かってるのは、患者に吐き気や倦怠感が有ること。それと問診はまだできていないが、顔のしかめ具合から頭痛。無意識にお腹を押さえてることから腹痛。
今分かってる事をまとめる。この症状から原因の特定をしなければならないが、頭に該当する病気が出てこない。焦りからか、さっきから同じ言葉や単語がグルグルと頭の中を通り過ぎて空回りしてる感じがする。
大学の方にも情報を共有して原因の特定につとめているが、はたしてーー……。
「……あぁ……」
布団に寝かせているお兄ちゃんから聞こえたうめき声に、すかさずそちらを向く。相変わらず苦しそうではあるものの、一時期よりは幾分か穏やかな顔の兄が、ゆっくりと目を開いた。
「あれ……オレ……」
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
みはり……? と、か細い声。何で寝てるのか。どうして今自分がこんなに体調が悪いのか。思い出すのに数秒を要したようだ。
「あぁ、スマホの取り合いで久しぶりに動いたら、気持ち悪くなって……」
「あの後、体調悪そうにうずくまっちゃって、そのまま意識が落ちたんだけど……」
見れば、少し血色はよくなってる。顔のしかめ具合も少し穏やかだ。
「体調は、大丈夫……?」
「あぁ……寝る前よりは大分マシになったよ……」
……その一言が、聞きたかった言葉が、私の耳からスッと体を支えていたものを引き抜いていく。
へたり込み、倒れそうになる上半身をなんとか腕で支える。涙腺を締めることはできなくなり、滴がつー……と頬を伝った。
「よ、良かった……本当に良かった……」
「お、おいおい泣くなよ」
「だって……お、お兄ちゃんに、何かあったらって、思うと……」
大げさだなぁ。とお兄ちゃんは気楽そうに言うが、こっちは気が気ではなかったのだ。
医療に関わる立場からして、原因不明の体調不良なんて恐ろしい物はない。しかもそれが、新薬の治験をしている患者で、大事な身内であるというならば、なおさらだ。
「けど、なんだコレ……風邪って感じでもないし……」
「あ、うん……発熱、咳、鼻水とか、それらは見受けられなかったから、たぶん風邪ではないと思う」
「じゃあ……あ、まさか例の薬のせいじゃないだろうなぁ!」
「う、ううん……私もソレを考えはしたんだけど……薬の作用から考えられる症状ではないのよね……想定していた症状とはどれも合致しないし……何より肉体が女の子に変化して、数日以内に症状が出るならともかく、一ヶ月も経って安定期に入ってるであろう今頃になって、副作用が出るなんてことも……」
と、自分の所感を口にして、ふと引っかかった。
……女の子、一ヶ月、体調不良。
ずっと空回りしていた頭の中で、ピタリとパズルのピースが合わさり、そこから連鎖的に一枚の絵が組み上がっていく。
「えっとぉ……」
しかし、これを言うのは、なんというか、その……ちょっと気が引けるというか……。
「他に気になる事はない?」
「あぁ? 気になる事ぉ?」
……眠いとか~。
眠いな。
だるいとか~。
だるいな。
気分が落ち気味で、シャキッとしないとか~。
「何だよもう! 自宅警備員を悪く言うなっ!」
「あ、いや、違うのよ。ちょっと原因が分かったかもというか……確認というか……胸が張るとかない?」
胸と聞いて、自らの膨らみに手を添えるお兄ちゃん。
「……確かに、ちょっとつっぱるような痛みがないことも……」
「お腹痛いみたいだけど、それってお腹壊した時みたいな痛みじゃない?」
「あ、そうそう! そんな感じ!」
……あぁ、コレはもう、アレだ。
複数症状から来る体調不良と、腹部のこの痛み方。さらに胸が張ったりなんなりで、そして、女の子になって一ヶ月。
そりゃ病気や副作用で考えて思い当たらないわけだ。
お兄ちゃんは、至って健康体なのだ。
ーー健康体で、スクスク育っているのだ……。
「あ、あのね、お兄ちゃん、よく聞いてね……」
「あぁ?」
「言いにくい事なんだけど、その……たぶん、お兄ちゃんのその症状は……」
言葉に詰まりながら推測を述べようとすると、スッと手のひらで言葉を制される。
「ゴメン、長話聞く前に、ちょっとトイレいかせて……」
そういってヨロヨロ起きあがろうとするお兄ちゃんに、いやでもまずは聞かせるべきかと考え、でも急を要する物でもないし、後でもいいかとも思ったがしかし、今トイレに行くということは、目にしてしまうであろうと思い至るのだが、でもトイレに行くのを我慢させるのもーー。
などと頭の中で二転三転している内に、お兄ちゃんは部屋の扉を開いていた。ので、とりあえずこの言葉だけを送るにとどめた。
「お、お兄ちゃん! 気を確かにね! 大丈夫だから!」
なんだかよく分かってなさそうな表情で、しかしとどまるほどではないと判断したのか、お兄ちゃんは「あぁ分かった……」とだけ残して部屋を出ていった。
その数秒後の事である。
家の扉が乱暴に開かれる音と共に、ご近所にも響きわたるような「兄者ぁぁあああああ!!」という絶叫が聞こえてきた。
……あ、しまった。
己の落ち度に気が付くも、反省する暇も無くドタドタと荒い足音と共に二階へ上がってきたカンナが部屋に飛び込んできた。
肩で息をしており、髪は荒れ、目は血走っている。まさか学校からここまでずっと走ってきたのだろうか。
「姉者! 兄者が倒れたって!」
「あぁうん、まぁその、いったん落ち着いて? 大丈夫だから……」
お兄ちゃんが倒れてすぐカンナに一報送っていたことを、安心感からすっかり忘れていた。
「大丈夫って、本当に大丈夫なのか!? もしかしなくても、あの薬のせいじゃないのか!? 成人男性を女の子にするとか、性別反転と若返りの両方を受けて体が悲鳴を上げたとかじゃないのか!」
「あぁうん、私もそれを疑ったんだけど、どうも違うというかなんというか……」
その時である。
イギャァァァァアアアアアアアアア!!!
耳をつんざくような、お兄ちゃんの悲鳴が響きわたった。
次の瞬間、カンナは放たれた矢のごとく部屋を飛び出していく。まずい、今のあの子は冷静じゃない。大事になる前に止めねばと、カンナの後に続き廊下へ出る。
ダンダンダンと乱暴に扉を、叩くと言うより殴るような音。トイレの前で必死な形相のカンナが、今にも扉を壊しそうな勢いで兄者! 兄者ぁ! と叫びまくっていた。
「落ち着きなさい! 大丈夫だから!」
「何が大丈夫だ! 中から血が出てるって、兄者が悲鳴を上げてるんだぞ!」
羽交い締めにしながらトイレの扉から引き剥がす。冷静になるよう促すも、中からか細く聞こえる「血が……血がいっぱい……」というお兄ちゃんの嗚咽混じりの声が、それを妨げるようだ。
仕方ない。言いにくい事だけど、四の五の言ってもいられない。
いい? 聞いて。と、トイレの中のお兄ちゃんにも聞こえるように大声を出す。
「お兄ちゃんのソレは、病気じゃなければ、ましてや薬の副作用でもないわ」
いや正確には副作用と言えなくもないが、でも薬が正常に作用してるからこそ起こってる事だ。副作用ではないでいいだろう。
「じゃあ何なんだよ! 体調が悪くなって、倒れて、腹痛がしたと思えば血がドバッて出てるんだぞ! なんなんだコレ!」
トイレの中から聞いてくるお兄ちゃんに、ちゃんと届くよう、ハッキリとその言葉を口にした。
「生理よ」
♂♀♂♀ あにまい ♂♀♂♀
生理。
女性特有の、約一ヶ月周期で来る現象。
子宮内膜が出血と共に体外へ排出され、その際に著しく体調を悪化させるらしい。
「ちゃんと付けられた?」
「たぶん……」
その際に起こる出血を処理するために、女性は生理用品を使用する。そう、ちょうど今のオレのように……。
ショーツにナプキンなる物を取り付けて穿くわけだが、まーこれが違和感がすごい……。ヌルヌル感がするし、中がムワムワしてるような気がするし、それらを吸った布の固まりのような物を押し当て続ける不快感というか……。ほかが乾いてるのに、股の所だけ粘度のある湿気を感じるというか……。
あまり立っていたくないので布団で横になるが、この感触があるまま寝るのは少々なんというか、中の物が漏れそうで怖い……。みはりに言わせれば大丈夫との事だが、本当だろうか……。
「はい、これでお腹暖めて」
そう言ってみはりが大きな巾着袋のような物を渡してくる。なんだと思って受け取ると、暖かくて固くて、中に液体が入ってる。湯たんぽか、コレは……。
「生理中はお腹が冷えてるから、暖めてあげると少しは楽になるんだよ」
なるほど。お腹壊してるような痛みはその辺りも原因だったのかな。
ありがたく湯たんぽをお腹に当てる。じわーっとした温もりが心地好く、なるほど、確かにコレは楽になりそうだ。
「兄者、体調はどうだ」
そこにカンナが入ってくる。先ほどまでの錯乱ぶりが嘘のように、いつものような落ち着き払った口調でオレの状態を聞いてくる。
「すこぶる悪いし、生理用品が気持ち悪い……。なぁみはり。女子ってホントにこんなの付けてるのか?」
違和感がすごい。そう愚痴るとみはりが苦笑をしながら「すぐ慣れるって」と言ってくるが、本当だろうか。コレに慣れた自分と言うものをイマイチ想像できないのだが……。
「ていうか、それを言うなら男子だってーー」
と、変なところでみはりの言葉が途切れる。見ればしまったと言わんばかりに口元を手で覆っていた。
何だよ気になるだろ。最後まで言えよ。
「だ、男子だって、異物があるじゃない……お腹の下に……」
異物? はて、異物……。
なんか有ったかなと思いめぐらすも、そこには戦友ぐらいしかーー。
「って、異物って言うなよ! 男にとっては大切なパートナーなんだぞ!」
思わず上半身だけ飛び起きてつっこみを入れてしまう。
「そうだぞ姉者。異物じゃなくてイチモツだぞ」
「そういう事を言ってるんじゃないというか、女の子がそんな事を口にするんじゃありません!」
カンナお前、たまに羞恥心というか羞恥感がぶっ壊れてるな! 何を真面目くさった顔でボケかましてるんだよ!
「ちょっと気になっちゃって……ほら、あんな肉の塊、股にあったら生理用品なんて比べものにならない異物感があってしかるべきじゃない。あ、それともアレなの? 使わない時はしまっておける物なの?」
「いやなんて事聞いてくるんだお前は!」
「そうだぞ姉者。ソレはコツカケという特殊な技で、一般男性は普通にぶら下げてる物なんだ」
「お前もお前でなんて事言ってるんだ! お前等、男のお股に興味津々だとかお年頃かよ!」
この思春期め! むっつりさんめ!
「いや私は研究者として……っていうか、お兄ちゃんが違和感とか言うから気になっちゃったんでしょうが!」
「いやオレが悪いのか!? 違うよなぁ!?」
ーーって、あぁ~……。
体調悪いのについつい声を張り上げてしまったせいか、少しクラリと来て上半身を布団に沈めた。
「お兄ちゃん!?」「兄者!?」
と心配そうに声をかける二人に手をヒラヒラさせて大丈夫とアピール。ほんと、ちょっとクラっと来ただけだから……。
「……それにしても、みはりもカンナも、毎月こんな思いしてたんだなぁ……」
男のままだと一生味わうことが無かったであろう苦しみから、そんな事に思いを馳せる。毎月毎月、みはりにもカンナにも、生理は来ていた筈だ。……こんな苦しみを毎月だ……。
「泣き言も言わずに、偉い偉いーー」
「あ、スマン兄者。俺はまだ生理来てない」
「えぇ!?」
「あぁそういえば、カンナはまだよねぇ。年齢的にもうそろそろ来てもいい筈なんだけど……」
ソレって大丈夫なの? と聞くと、まぁまだ個人差の範囲内よ。との事で、騒ぐようなことでもないらしい。
しかし、その見た目でまだなのか……と、カンナに目をやる。
「なんかホント、お前は見た目と中身が変なところでチグハグだよなぁ……」
大人っぽい見た目、大人っぽい振る舞いなのに、下着とか風呂とか、そんな所が子供っぽい。
「よし! まぁアレだ。二人とも、これからお腹が痛くなった時は、兄ちゃんに言うんだぞ? しっかり看病してやるからな」
年長者として、年下二人の面倒を見てやろう!
「お兄ちゃん、男の人がそういう事に関わろうとするのは、かなりデリカシーの無い発言だよ?」
「いや何でだよ!?」
そう気合いを入れたところに呆れたような声でみはりが言ってくるが、お前にだけは言われたくないぞ!
「男のオレが生理を経験してるのはお前が薬で女にしたからなんだからな! 分かってるのかソコんとこ!」
「いやー、アッハッハッハ……」
笑って誤魔化そうとするんじゃない! と追撃をかけようとしたところで、階下から何かを知らせる電子音。
「お、赤飯が炊けたようだな。兄者、すぐ食べるか?」
……いや、お前もちょっと、デリカシーないな……。
まぁうん、ちょっと騒ぎすぎたし、なんだかんだでお昼食べられてないから、今ちょっと食べようかな。
そう告げると了解した。とカンナは立ち上がり部屋を出ていこうとする。
「あ、ところで兄者。腹を温めるのはいいが……ちゃんとした服を着た方がいいんじゃないか? そっちの方が効率はいいだろ」
ちゃんとした服? と聞いて、オレは自分の格好を見直した。
ーーにゃ~んだった……。
生理痛と金的の痛さはどっちが辛いのか。男女にとって永遠の謎の答えをお兄ちゃんは知ってしまった回でした。
この回を書くために生理関係の事を調べたんですが、結構色々と症状があるようで。知見が深まったがこの知識他にどこに使えと言うのだろうか。いや、まだ生理関係の話あったけど、そこまで書くの何時になるやら……。
ところで、おにまいのアニメ放送って2023年1月からだそうでもうすぐアニメ2周年になるそうですね!
……え。嘘だろ?