では、プロローグどうぞ。
「ふわあ……眠ぃ眠ぃ」
しんと静まった小さなオフィスで一人の男があくびをした。髪は全く整えられておらずボサボサ、ワイシャツはシワだらけ、ネクタイはよれよれ、あご髭がチラチラと生えているだらしない男は、組んだ足を机に乗っけてふんぞり返った。
男は机にある新聞とコーヒーを手にとって、視線を落とす。電子新聞が普及している2025年現在でも、男は活字新聞を読んでいる。理由は、ない。
新聞の一面の記事をみていくと、そこにはでかでかとカラー写真が掲載されていた。その写真に は、下をうつむいて裁判所へと向かっている男がいた。
「ざまあみろだな。俺たち
そう、新聞にいる男に吐き捨てた。髭をぼうぼうに生やし、身だしなみのなっていない格好で歩いている男の名前は須郷伸之。大企業レクトのフルダイブ技術研究部門に所属していたというが、須郷は1年前に発売されたフルダイブ用ゲーム≪アルヴヘイム・オンライン≫、通称≪ALO≫の裏で、¨あのゲーム¨の生還者300人で人体実験をしていたのだ。そして人体実験の末には、人の記憶を弄くり回して、意のままに操るという技術の取得を狙っていたのだ。
この男の悪魔的計画は未然に終わり、警察に逮捕された。そして昨日裁判所へと連行され、略取監禁罪が成立するか議論された。結果は知らない。
男ははあっと息を吐きながら次の記事へと目を移す。「≪世界の種子≫、勢い止まらず!」や「あの事件の若き子達の学舎」などがあるが興味がなかったのですぐに次の記事を探す。男の目線は新聞紙を駆け巡り、ようやく男の目が止まった。
「あった……」
男が呟き、その記事を読んでいく。一面のかなり小さなスペースにその記事があった。普通ならあまり目を通さない些細な記事。だが男にとっては、須郷など比べ物にならないくらいの記事なのだ。
「いやあ、もう暇しなくてすむぜ。宣伝みてえなもんだし、助かるぜ……」
男はいつしか笑みを浮かべていた。 その笑みを保ったままコーヒーを呷り、席をたつ。時刻は、午前8時だ。
「時間だな……さて、いくか」
男は背筋を少し伸ばして、オフィスからでる。心地いい春の風がわずかに男のネクタイを揺らす。太陽を浴びた男は足を早めて第二の仕事場へと移る。
第二の仕事場は、第一のそれよりかなり小さい。第一がコンビニエンスストアの3分の2の大きさなのだが、第二の仕事場はそれの半分だ。一言で表すなら、チケットを買うときのカウンターみたいなものだ。一応カウンターの奥には小さな丸テーブルと、男の愛用の椅子があるが、狭すぎるゆえにろくにくつろげない。
だが男には十分なスペースだ。なぜならやることはたったひとつしかないのだから。
「スマホにゲームにエロ本に、それとコーラかな。これだけあれば大丈夫だろ」
男は腕一杯にいろんなものを持ち、第二の仕事場の小さなテーブルにドサッと落とす。言っておくが、ここで遊ぶのが男のやることではない。これはただ単純な暇潰しだ。まあ、よく自分の部下に怒られるのだが。
「今日は、来てくれるよなあ……墓にさ」
男は、カウンターのガラス手を触れる。ベットリと指紋がついてしまったがそこは気にせず、男は椅子にふんぞり返った。そして、客の訪れを待った。
男が釘つけになった記事の見出しにはこう書かれていた。「SAO事件の死亡者の墓、設立」、と。
***
SAO事件とは、2022年11月6日に発生した大虐殺事件である。体中の神経をシャットアウトでき、仮想世界にそのまま入れる新世代ゲーム機≪ナーヴギア≫と、その対応ソフト≪ソードアート・オンライン≫を、とある中小企業の≪アーガス≫の若き天才物理量子学者、茅場晶彦が開発したところから事件は始まっていた。
正式サービスが開始されて、1万人のプレイヤーがそのゲームに≪フルダイブ≫したのだが、そこで、
結果2年という歳月をかけてプレイヤーたちは脱出できた。しかし大きな犠牲が出てしまい、約4000人者の死者が出た。
男もかつてはSAOプレイヤーだった。こうしてどうにか生き残っているわけだが、良く生き残れたと思う。まあ、死の危険性をできるだけ避けるような生き方をしていたから当然かもしれないが。
プレイヤーがSAOから生還したことを知った政府はすぐに、プレイヤーたちの社会復帰のために奔走した。学生だったプレイヤーは、元SAOプレイヤーしかいない学校を新たに東京都に作り上げてそこに強制的に入学させられ、社会人だったものは、仕事にすぐに復帰した。男もすぐに仕事に復帰させられた。
また、プレイヤーの本名とプレイヤーネーム、住所は一切公開されていない。なぜならSAO事件での死亡者の中には、プレイヤーに殺されてしまった人もいるからだ。そのせいで怨恨とかそういったものが発生してしまったら無数に裁判が絶えない。絶対秘密ということになっているため、一般人は尻尾さえつかめない。ただ、遺族の方だけには、亡くしてしまったプレイヤーの名前だけは教えてもらったそうだ。
だから、関係者以外はSAOプレイヤーのことは全く知らない。知るすべもない。
だが。
男は全てを把握していた。それもそのはず、男は、総務省の総務大臣なのだ。総務省のトップで、SAOプレイヤーの全ての情報を入手している。SAOプレイヤーの情報を管理しているのは総務省だ。
男は興味本位でSAOに入ったのだが、閉じ込められてしまった。総務省はとても大変だったようだ。本来ならば、解任されてもおかしくはないのだが、男はかなり人望があったようなのでこうして総務大臣を続けられている。まあ、男の性格は結構ダルダルで厳しくないが、かなり頭がいいので部下から指示を得ている。
男は早速総務大臣に復帰して今まで通り仕事をしていたのだが、一週間後、あることをしようと決意したのだった。いや、すでに考えていたことかもしれない。
「墓を、たてよう」
それについてはかなり反対の声があった。なぜならプレイヤーの情報を世間に公表することになってしまうからだ。
だが、男の作る墓の案は、全ての反論を退けるものだった。名前はプレイヤーネームだけしか公表されず、さらにプレイヤー同士の怨恨を防ぐために1グループが終了するまでは入れないようにした。また、プレイヤー情報が無制限に流布しないよう、写真撮影も禁止させるなどの措置をとった。また、入る際にはなくなられた人のプレイヤーネームを言わなくてはいけないなど、情報の漏えいは避けられるようにした。また、墓といっても本当に遺骨が入っているわけではない。いわば、沖縄にある平和祈念公園みたいなものだ。
反対の声は全く上がらなくなった。男はそれまで持っていた財産を惜しみなく使って墓場を作り上げた。
作り始めて半年後、ついに完成した。そしてその翌日に新聞記事に載った。まあ総務大臣が独自でそのような墓場を作ったのだ。ニュースになってもおかしくない。男はこの記事を待っていたのだった。まあ、男の友人に新聞記者がいたので助かったが。
こうして、男――
「お、お客さんが来たな」
秋山は伸びをしながら、カウンターのガラス越しから、第一の客の姿を見た。男の最初の仕事が始まった。
次回からは、一話完結形式になります。そこまで長く続くことはないと思いますが、お気に入り登録、感想などお待ちしております。