アルゴ編ですが2話で書いていきます。そろそろ最終回に近づいていますね。
では、どうぞ。
秋山は、携帯端末のパネルを指で叩いていた。アルゴから来たメールに返信するためである。短く文章を打ち込むだけで終わらせ、速やかにアプリを閉じた。
そして、墓の事務所に向かい、椅子に座った。松本さんの死から一日たった今日、またいつもと変わらない日常が来る。葬式は一週間後だ。だが、その間に悲しみに暮れることを世の中は、世界は許してはくれない。いつも通りの日常を強要させる。その人の死をなかったことのようにさせる。そして、世の流れに逆らえず、言われるがままにされる。今まさに秋山は、それを強制させられている。秋山は悲しみたいのに、それをさせてくれないことに理不尽を覚える。忘れないためにはどうすればいいかは心得てはいる。だが、それでも世界に怒りを、反発を持たずにはいられない。
考えるのはやめだ。ため息を吐き、来客を待つ。すると、入り口に一人、現れた。
アルゴだった。
表情は暗かった。おそらく一歩踏み出すだけでも力を要するのだろう。悲痛な顔を浮かべているアルゴを見て心が痛くなるが、どうにかこらえる。そう、これはアルゴが決めたことだから。秋山はただ、アルゴの歩く姿を見ていた。
秋山は、アルゴに昨日、過去に決着をつけて来いといった。そして今朝、今日墓に来るとメールがあった。決意は、硬いようだった。でも……虚勢である可能性は否定できない。
「よく来たな、アルゴ」
秋山はカウンター越しにアルゴに声をかける。アルゴは、わずかに首を縦に振るだけだ。
「端末をやる。死んだ奴の名前、『ニーヤ』だったっけな?」
またしてもアルゴは静かに首を振る。いつもはあんなに騒がしいあの鼠女も、今日はこの様だ。思わず苦笑したくなるが、それは場の空気が許さない。
秋山はそうかと短くいって奥から端末を取り出した。そしてそれをアルゴに手渡す。アルゴは黙って受け取り、財布から100円玉を取り出した。だが、秋山は100円玉を返して一言告げーー。
「金を渡す暇があるなら、さっさとそのニーヤって奴の死を乗り越えろ。それが優先事項だ」
秋山は冷たい口調で突き放した。
彼女は、俺にすがろうとしているのが分かった。いざ足を踏み入れると、逃げ出してしまう。それは昔から治ってない。取材現場とかの場合は彼女の知的好奇心のほうが勝ってしまうため、臆せず情報を集められるのだが、こういった、恐怖などと戦う場所においては、嘘のように威勢がなくなるのだ。だから、こうでもしないとアルゴはテコでも動かない。
アルゴは躊躇うようにこちらをチラチラと見る。だが、すがるのを諦めたようでゆっくりと墓に歩いていった。
後に残ったのは、血を吐くような気持ち悪さと、不安感だけだった。
***
2022年、11月9日。
ソードアート・オンラインが始まってから2日がたった。新参プレイヤーたちが第一層の《始まりの街》にて前進か停滞かを決めかねているこの時期、アルゴは一人、同じく第一層にある、ホルンカの村を歩いていた。情報収集のためである。
まだこの村にはプレイヤーは少なかった。恐らくここにいるのは、ベータテスターくらいだろう。アルゴは、キョロキョロと見回して売れる情報を探していたのだが。
「あれ、アルゴじゃん」
突然背後から声をかけられた。振り向くと、一人の小柄な男性がいた。背中には槍が納められており、防具はかなり簡素だ。優しそうな顔立ちで、槍を持つ姿がまるで似合わない。そんな男の名前を、アルゴは以前から知っていた。
「おお、ニーヤじゃないカ」
アルゴは軽く手をあげる。ニーヤと呼ばれた少年も手をあげた。
「 久しぶり、アルゴ。やっぱり君も正式サービスログインしてたんだね」
「当たり前ダ。やっぱ装備は槍カ?」
ニーヤは照れ臭そうにうんと頷く。彼は槍使いである。
「こっちの方が慣れてるからさ」
「ソッカ。まあ俺っちも変わらないけどナ」
「はは、やっぱり投擲と疾走かい?」
「ンダ」
アルゴは昔をーーとはいっても3ヶ月前だがーー思い出していた。ニーヤは槍に関しては達人級のスキルをもち、PvPの常連にいたという。二人はベータテスターでその期間中に知り合った。ニーヤは良く、アルゴが開いていた情報屋を利用してくれていて、必ずニーヤはアルゴから情報を買ったのである。
二人は再開を喜びあい、しばらく談笑した。ベータテスト最後のPvP大会での話だ。
「最後のPvP、キリトに後一歩で勝てたんだけどね……やっぱ彼は強かったなあ……」
「キー坊か。あいつは今最前線にいるヨ。アニールブレードをソッコーで手に入れただろうナ」
「そっか……僕も早く追い付きたいよ。ねえアルゴ、強い槍の情報はない?」
話は変わった。ここからがアルゴの情報屋としての本領発揮だ。アルゴはニヤリと笑い、頭の中にある情報を抜き出した。
「アルヨ。ホルンカのあそこの民家にレア槍のクエストがあるンダ」
「へえ……知らなかったよ」
ニーヤは初耳だったようだ。まあ、ニーヤはレアアイテムにはあまり興味はないのである。だが、デスゲームになってしまった今、レアアイテムも必要になってきている。だからニーヤは今アルゴに情報を求めているのだ。
「簡単なクエストのはずだから、やってみるといいナ」
「そうだね。よし、いってくるよ。はい、情報料500コル」
ニーヤはトレード画面を開いてアルゴに金額を払う。毎度ありとアルゴは言ってニーヤを見送った。ニーヤは眩しい笑顔を浮かべて、民家のドアを勢い良く開けた。
だが、それが彼の最期の後ろ姿だった。
ニーヤがクエストに挑んだ直後、情報を求めてキリトが来た。少し雑談をした後、槍クエストの話になった。だが、彼によると……。
「あの槍クエストか? あそこの民家にあるやつだよな。あれは……相当難易度の高いクエストだぞ。レベルが半端なく高い」
その言葉を聞いた瞬間、アルゴは凍りついた。先程そのクエストは簡単だと、槍使いのニーヤに伝えてしまった。アルゴはそこにクエストがあるという情報しか知らなかった。難易度も、アニールブレードレベルだと思い込んでいた。
その事をキリトに伝える。キリトは青ざめた顔を浮かべてすぐにそのクエストを受注してその森に入った。
逸る思いで森を駆けていく。モンスターをすべて無視し、ただただニーヤを探した。だが……森の奥まで走破したアルゴが見たのは。
ニーヤが倒れて、ポリゴンの欠片と化した瞬間だった。ニーヤを殺したオークのモンスターのカーソルは、赤かった。適正レベルが余りに高すぎる。
だけどアルゴには関係がなかった。自身のミスによって殺してしまった。自分自身に対しての怒りをぶつけたい。そしてあのオークを殺したい。生まれてはじめて殺意を抱いた。
だが、それはキリトによって止められ、彼が代わりに戦った。だが、彼ですら敵うことはなく、撤退を余儀なくされた。
アルゴはその日以来、情報提供をじっくり行うことにした。人一人の命が関わっているということを、ようやく知った。だから、情報屋としての実力は高くなった。
だが、その背景には、一人の少年が関わっていた。アルゴはいまだにその少年の死を、乗り越えられていなかった。
***
デスゲームが終わって半年近く経った今、幼馴染みの秋山の作った霊園にいた。秋山は今日は冷たかった。だけれども、情報屋としての人間観察能力をもってすれば、彼の本心は理解はできる。でもそれを敢えて指摘はしない。秋山は、アルゴのためにやっているのだから。
コンクリートの地面を踏みしめながら、ニーヤの墓へとたどり着く。持参した花を手向け、水をかける。線香に火をつけて供えた後、手を合わせて目を閉じた。
前回ここに来たときは、泣き崩れてしまった。今回はさすがにそうはならなかったが、足は震えている。あのときのことを今もまだ許していないのかもしれない。そう思うと、怖かった。
「ごめんな……ニーヤ。俺っちのせいで、こんなことになっちまったナンテ……」
ポツリ、呟く。言葉は、ない。
「俺っちさ……知らなかったんダヨ。あのクエストをさ。だから俺っちは結構慎重に情報を選別するようになったンダ。罪滅ぼしのために、ナ」
目の前の墓石は何も言わない。お墓はしゃべらないのは常識だが、気分がいいものではない。アルゴは、胸が苦しくなった。
「ナア、何とか言ってくれヨ。でないと俺っちは……俺っちは……」
焦る気持ちが巻き起こり、墓石をがっしと掴む。そしてぐらぐらと揺らす。無論女性の細い腕では墓はびくともしない。だが構わずアルゴは揺らし続けた。墓石と重なるニーヤの冷たい顔が浮かび上がった。
「黙るナヨ、頼むカラ……頼むカラ!」
アルゴは恐怖のあまりパニックに陥っていた。目は血走っており、顔は蒼い。だが、尚も眼前にいるニーヤは応えない。むしろ、離れていく。
「ニーヤ……ニーヤニーヤニーヤ……ニーヤニーヤニーヤニーヤ……!!!!」
呪詛のように名前を呼び続ける。世界がだんだん暗くなる。目の前にいるニーヤは冷たい視線を送り続け、アルゴを拒絶する。アルゴは手を伸ばし続けるも、届くはずもなく、闇の向こうへと消えていった。一人取り残されたアルゴは力尽き、涙を流した。過去に……負けたのだった。
「俺っちには……俺っちには……無理だったンダ……ニーヤに恨まれ続けるンダ……」
譫言のようにコンクリートに向かって呟いた。自分は一人。一人闇に取り残された存在。もう、誰も来ないーーーー。
「何を座り込んでいるんだ、鼠のアルゴ」
声が掛けられた。覇気のない、聞きなれた、親の次に聞く回数が多い声が鼓膜に届く。アルゴは暗闇の中を見渡す。すると……暗闇の中、屈強な剣が突き刺さり、暗闇に支配された世界にヒビが入った音が聞こえた気がした。
「あ……」
あなたは誰、と聞こうとした。だが、声がでない。
「全く……この世の終わりのような顔をしてたぞ」
誰かは呆れたように言う。姿は見えない。だが、聞き慣れた声だった。幼い頃から聞き続けている声だ。だから、アルゴは安心を覚えた。暗闇だった世界に入ったヒビが、徐々に大きくなって、パリンと割れた。そこから光が指していき、闇が薄れていき、一面真っ白の世界へと変化した。暗闇から抜け出せて安堵したアルゴは、割れたヒビの方を見る。そこには……アインクラッドにいた剣士の姿だった。白のコートを纏い、手には大型の両手剣。かつて攻略組に存在していた男が、アルゴを見ていた。顔に無駄な髭は映えておらず、気力はなさそうだ。まるで現実世界にいる幼馴染みにそっくりだ。彼は両手剣を背中に納めて、アルゴに近寄った。彼が近づく度に、世界は色彩を取り戻していく。音もなく世界が再構築されていく中、彼は、消えた。いや、変わった。
「ああ、やっぱ……俺っちはお前には、勝てないヨ」
アルゴは彼に言った。彼はすでに剣を持っていない。よれよれのワイシャツに黒い長ズボンを穿いている、現実世界の人間だった。
彼は、アルゴの発言が聞こえなかったようだ。
「何か言ったか? アルゴ」
アルゴはじっとその顔を見る。そしてーー何も言わず、胸に飛び込んだ。
「うおっ!?」
彼ーー秋山は素っ頓狂な声をあげた。だが、構わなかった。自分でも大胆だとは思う。けれど、今くらいはいいと思う。何故なら、今はそうしたい気分だから。腕に優しく力を込めていき、顔を埋めた。。
「お前……いきなりすぎだろ……早く離れてくれよ」
秋山は恥ずかしそうな顔をする。だが、知ったことじゃない。
「イヤダ。今は……このままでいさせてくれないカ?」
弱々しくアルゴは言った。しばらく沈黙が流れる。秋山の体温が良く伝わる。溢れる涙が、秋山のワイシャツに染み込むが、構わなかった。
数秒経った後、不意に秋山の、鼻で笑う音が聞こえた。
「ーーーーふん、分かったよ。まあ、俺がなんと言おうと、お前は昔っから言うことは聞かなかったからな」
秋山は諦めたように両手をあげる。そして、笑顔を見せアルゴの華奢な体に腕を回した。
「……ありがとうナ……」
「気にするな。今は、泣け」
「ーーそうするヨ」
濡れた声で応じた。もう、二人の間に言葉はなく、ただただアルゴの悲痛な泣き声が霊園に響き渡っただけだった。秋山はぐっと抱く腕に力を込めてアルゴの涙を受け止め、アルゴはすべてを吐き出すように泣き叫んだ。
***
「どうだ、収まったか?」
「アア。アリガトナ」
「どういたしまして」
霊園の入り口にあるベンチに二人で腰かける。距離は、地味に離れている。アルゴは目は赤かったが、もう泣く様子はない。
再び沈黙が流れる。話すことが浮かばない。それは、気まずい空気のせいか、それともーー先程の行為のせいか。
秋山は、下を俯いて爪を弄くる。アルゴは肩を窄めてもじもじとしている。そのまま、時間は過ぎ去っていく。たった一秒長く感じる。沈黙とはこんなに嫌なものだろうか。
何か話さなくては。話題探しをする。すると案外すぐに思い浮かんだ。まあそれも当然だ。秋山が前から聞きたいことだったから。
「……アルゴ。一つ聞いていいか?」
秋山はアルゴの目を見る。目は赤いのもそうだが、やはりまだ恐怖を感じている。アルゴにこのまま恐怖の牢獄に囚われ続けさせるわけにはいかない。俺が、そう俺が解放しなくてはならないんだ。
「……ナンダ?」
「過去にお前に何があった?」
「……何時の話ダ?」
アルゴはそっぽを向いて答える。だが、逃がしはしない。
「言わなきゃわからないか、アルゴ」
「…………言わなきゃ、ダメカ?」
「無理矢理言わせるつもりはない。それも今じゃなくていい。だがーー悩みなら早めに吐いてしまえ。お前にはその権利がある」
言い換えれば、今すぐ言えと言っているようなものだ。だが、俺に伝えてほしい。大事な幼馴染みを救いたいから。力になれるなら……力になりたい。
秋山は目線に思いを込める。アルゴは、下を向く。心の整理をつけているのだろう。そうだ、逃げるな。逃げていれば助かる、訳がないんだ。死と向き合うんだ。俺と共にーー!
アルゴは、長い逡巡の末、秋山を見た。秋山はアルゴの送る目線を受け入れた。そして、微笑んで、言った。
「分かった。話してみろ」
なんとも言えない終わりかたですねwでも、長すぎるのは良くないと思いました。
では、感想などお待ちしております。