アルゴさんの登場ですが、キャラが若干違う気がすると思います。ご注意を。
ではどうぞ!
「ニャハハハ! やっぱタダでいただくケーキは最高ダナ」
「タダなのはお前だけだぞ……こんちくしょう」
秋山は、はあっとため息をついて、右手に持っているフォークを動かした。そして、テーブルに置かれている、革製の伝票に記されている数値を見て頭をうなだれた。
二人目の来訪者、アスナが来てから翌日の朝8時15分。秋山は、銀座にある高級喫茶店にいた。どのくらい高級かというと、コーヒー1杯で1000円以上するという事実から察していただけると思う。しかも、俺は一応官僚だが、今回の墓建立の際に金をありったけ使ってしまい、すっからかんだ。
そんな金銭状態なのに、なぜこのような高級店に足を運んでいるかというと、昨日ある女性にお呼ばれしたからだ。ただ、勘違いしないでほしい。決して運命の出会いなどではない。というかそもそもお互い旧知の仲だ。だから出会いなどではない。
そして秋山が何故奢らされているか。これはヤツの悪知恵だ。財布忘れたなどという、社会人では到底ついてはいけない嘘を吐かれたのだ。しかも、本当に忘れてきた――故意かもしれない――のだ。ふざけていやがる、全く。
目の前にいる女性は、小柄だ。茶髪に、白いブラウスに黒いスラックスと、一般的なオフィスウェアをしている。だが、猫のような目と、その奥に秘められている新情報への情熱は他人とは全く違う。
そんな彼女の名前は、アルゴ。元SAOプレイヤーで、情報屋を営んでいた。彼女の情報収集力はトップクラスで素晴らしいが、プライバシーは平気でばらすという恐ろしいやつでもある。SAO時代は、特徴的な髭のペイントと逃げ足の速さから、≪鼠≫と呼ばれれていた。
現実世界でも新聞社に勤めており、かなり上のポジションについているようだ。まあ、あの情報収集力を用いれば、恐ろしく濃い記事が出来上がるのは考えるに容易い。
アルゴは、本日のケーキセットの、モンブランをがぶりと乱暴にかぶりついて、もぐもぐと咀嚼しながら秋山に尋ねた。
「ナア、オマエの作った墓はどんな目的のためにあるンダ?」
「ちゃんと味わって食えよ……。んで、目的? んなもん前に言っただろうが」
秋山は、イチゴのミルフィーユを口に放り込みながら、答える。これ単品で2000円は高い。
「そういやそうだったナ。でもホントに聞きたいこともあるんダナ。今までに何人来たカ?」
アルゴはずずっと、アイスコーヒーをすすりながら、再び質問する。秋山は一瞬目をそらした。恥ずかしくて言えた物ではない。まだ二人しか来ていないのだから。包み隠してもいいのだが、こいつの場合、一度抱いた疑問はたとえ地の果てに答えを隠そうとしても、探し出して見つけてしまう。
「たった2人だ」
「スクナッ」
アルゴは、それだけつぶやいて哀れな目で見てきた。だって仕方ないだろ! 新聞ではちっちゃく取り上げられただけだし、ホームページを出すわけにもいかねえし!
「だってしょうがねえだろっ!! 本来公開しちゃいけないんだから!!」
「んまあそうダナ。けど二人はさすがにナイゾ」
「分かっている! わかっているんだが……」
何も言えなくなった秋山は珈琲を乱暴にすする。そして、財布を取り出して残金のチェックを行う。ああ今月発売されるギャルゲーがあああと心の中で絶叫を上げていると、再びアルゴから声をかけられた。
「ナア、秋山」
「なんだよ糞ドブネズミ……アルゴ?」
と、秋山は、軽口でそう言うが、アルゴの顔を見た瞬間、言いなおした。
「オマエの墓にさ、ニーヤってやついるか?」
いつになく、アルゴの顔が真剣だった。まるで、攻略組がボス戦へと挑むときのような、そんな顔だった。声音も、いつもよりも真剣だった。快活なあのしゃべり方はどこへ行ったと思わせるほどに。
けれど今は質問に答えるべきだ。秋山は黙ってスマホを取り出して、名前を検索した。
「……確かにいる。結構早めに死んでるんだな。しかも、ベータテスターだ。お前と同じさ」
「……ベータテスターだってのは知ってタ。けど、やっぱ死んだんダナ」
アルゴは小さくつぶやくと、深く俯いた。俺はいよいよ心配になり、アルゴに詰め寄る。
「なあ、一体何があったんだ? アルゴはそいつを知っているのか?」
アルゴは、ピクッと肩を震わせた。きっと過去に何かいざこざがあったのだろう。それも、アルゴの心の中に闇をもたらすものだ。
「ああ。俺っちだけに関係ある話だ」
「なるほどな。参考までに何があったか聞かせてほしいんだけどな」
「……ゴメンナ。それは無理ダ」
「どんなに金を積んでもか? 10万コルじゃ足らないか?」
「ゴメンナ。これだけは、俺っちも言いたくないんだ」
アルゴは突然立ち上がり、席を立った。
アルゴの様子が変だが、これ以上付け入るのはよくない。大体奴のプライバシーに関しての質問に対しては、絶対に払えない額のお金を要求するのだ。もちろん半分冗談だが、そんな発言すらないとはよっぽど言いたくないことなのだろう。
「おい、どこに行くんだ?」
秋山はアルゴに問う。アルゴはこちらを振り返らず、ぼそっと言った。
「墓参りダ。じゃあなご馳走サマ」
「そうだとしたらお前ひとりじゃ無理だ」
秋山は、離れそうなアルゴの袖を掴んで言った。アルゴに自分の墓場のシステムをすべて話して納得させて、席に座らせた。
「……というわけで、お前ひとりじゃ無理なんだ。俺の管理のもとでやってるから」
「じゃあ、オマエも一緒にコイ」
「……いいのか?」
秋山は具と目線に力を込めていった。墓参りというのは、過去と向き合うためにあるのだ。その過去と戦えるほどの精神を持っているのか、それを知りたかった。現に昨日、閃光のアスナだって過去に負けて倒れてしまったのだ。そういうことは、アルゴには味わってほしくない。
そういう意図を察したのか、アルゴはうんと頷いた。
「よし、こい。案内してやる」
秋山はそう言って席を立ち、レジへと向かう。樋口一葉が印刷された紙きれをぽいっとレジに放り投げて、店を出た。
***
「ここだ。俺の職場は」
秋山は墓場のカウンターを指さしていった。墓場の前の門のカギを開けてカウンターの中に入らせる。
「セマッ」
「仕方ねえだろ。予算なかったんだ」
「んで、端末はドレダ?」
「ああ、これだ。待ってろ、名前入れる」
段ボールに積まれている端末を取り出して名前を入れる。名前を入れれば、画面上にそのプレイヤーの墓の場所が地図として表示される。
無事に起動した端末をアルゴに渡し、外に出る。
「線香とか、花とかはセルフサービスだ。持ってきたのか?」
「持ってきてナイ」
「だよなあ……いいや、今回に免じて俺が花や線香を提供しよう」
「オオ」
アルゴが食いついてくる。それを餌にして情報を頂こうと考えたが、心の傷をえぐりたくはないし、もうみたくない。人を蹴落とし、自分の地位を上げようとする奴等を秋山は何度も見てきたし、自身もそういった目に遭った。蹴落とす手段として、人の心の傷をえぐるのがあった。俺の同僚がそんな目に遭って心を病ませて、今では、官僚を辞めてネトゲ廃人に成り果ててしまった。だから秋山は、そういうことはしたくなかった。
「ま、何があったか知らねえけどな。とりあえずこれで墓参り行ってこい」
「……ワカッタ」
秋山は、手に持っていた線香や花束をアルゴに渡し、事務所に戻ろうとした。しかし、急に腕を掴まれた。
「な、なんだよ」
「オマエも、来てくれないカ?」
「は? なんでだよ?」
アルゴの顔を秋山は窺おうとするが、なかなか見えない。けれど、スラックスに包まれた足がガクガクと震えているのを見た瞬間、秋山はすぐ頷いていた。
「……わかった。来い」
秋山は、アルゴの手から無線機を奪い取る。その後、アルゴの震える右手を引っ張って目的地まで連れていった。
「名前、これで合ってるよな」
「ああ」
端末リーダーに端末を当てて名前を確認する。リーダーの画面には≪niya≫と記されていた。
アルゴは、線香に火をつけて、花とともに供えた。秋山もそれに倣い、手を合わせる。秋山は10秒したら目を開けてしまったが、アルゴは、ずっと目を瞑り続けて、必死に手を合わせている。今にも泣きそうなくらい顔が歪み、足がガクガクしている。
ああ、これが恐怖との戦いなんだな秋山はふと思った。秋山は昔攻略組であったのでボス戦前の恐怖は味わったことがある。けれどそれは一時で、受験当日に感じるそれと同じだ。
けれど、今アルゴが戦っているのはそんなものじゃない。永遠に続く恐怖との戦いだ。何があったかは知らないが、死人と向き合うというのはそういうことなのだ。昨日攻略の鬼と呼ばれた閃光のアスナが恐怖でぶっ倒れたくらいなのだ。相当辛い。
「ニーヤ、ゴメンナ……ゴメンナ……ゴメンナゴメンナゴメンナ……!」
アルゴはついに跪き、すがり付くように墓に手を伸ばす。秋山はなにも言えず、ただそれを見ていた。なにも知らない人間が迂闊に声をかけてはいけないと、直感で察したからだ。
アルゴは溢れそうな涙を、必死に堪えている。彼女が泣くところ等見たこともない。その時、秋山は己のしている事業に疑問を持った。
ーー果たして俺は、墓場をつくってよかったのか? 死人と向き合うことはつまり、心の傷を抉ることじゃないのか? 俺が一番嫌いなことを、今ここで強制しているじゃないのか?
こんな墓場、作らなきゃよかった。秋山は後悔した。目の前にいる人間が、秋山の作った墓によって苦しんでいる。そしてそんな人間に対して秋山はなにもできない。何の意味があったんだ。ただ、行政から逃れたかっただけなのか。
「すまん、アルゴ」
秋山は、口を動かした。そして頭を下げた。膝から崩れ落ちたアルゴはゆっくりとこっちを見た。
「ドウシテ、オマエが謝るンダ?」
「お前の心の傷を抉ったからだ。こんな墓のせいで、お前は今苦しんでいる」
アルゴは、秋山の言葉を否定するようにふるふると頭を振る。
「チガウナ、間違っているゾ。俺っちはここによる前から苦しんでタ」
「だが、その時俺はなにもできない……意味がまるでないんだ」
秋山は血を吐くように言った。アルゴに対して何もできない自分がすごく憎かった。
しかしアルゴは、にっこりと笑顔を浮かべて、少し潤んだ声で言った。
「なにもしなくてもいいんだゾ」
「え……?」
「オマエはただ見てるだけでイイ」
「見てるだけって……」
それでいいのか。見ているだけでいいのか。でも、それじゃあ……。
「それって結構重要なんダゾ。一人で向き合うときは一人で向き合いたいンダ」
「そうか……。では聞こう。お前は、死人と向き合いたいか?」
秋山は、唐突に質問をぶつけた。これはなかなか答えづらいだろう。何故なら、死人と向き合うこととは過去のトラウマと向き合うことと同義だからだ。けれど、だからといっていかないとは言えない。それにアルゴは、死人と向き合うと喫茶店で言ったのだ。どう答えるかによって、俺のこれからの行動も変わる。
アルゴは、一瞬目をそらした。しかしすぐにこちらを見て、口を小さく開いた。
「うん」
「何故だ? 泣くほど辛いのにか?」
「そりゃ辛いサ。けど、向き合えないまま、話さないまま、一生を生きるほうがよっぽど辛いんダヨ」
「そういうものなのか」
「そういうもんダ。SAOから還ってきても、俺っちはそれしか考えてなかったンダ」
恐らくニーヤのことだろう。秋山は、彼女と過去に何があったか察していた。
「……なるほど。お前の考えはわかった。じゃあもうひとつ質問する。お前はこの墓が必要だと思うか?」
秋山は、出来るだけ真剣な表情をしてアルゴに問う。アルゴは、ゆっくりと頷いた。
「うん、必要ダヨ」
「人の心の傷を抉っていることなんだぞ。それでもか?」
「うん。だって、抉ってるんじゃナイ。戦って傷を負ってるだけダカラ」
「……そうか。わかった」
秋山はそう呟いて、かすかに微笑んだ。まだ、秋山は納得していなかったけれど、これ以上この話題は長引かせたくない。
「アリガトナ。じゃあ、俺っちもう帰るヨ」
「そうか……。なあ、お前に昔何があったか、教えてくれないか?」
「ゴメンナ、それはちょっと無理ダ」
丁重に断られた。けれどそれは仕方ないことかもしれない。言いたくないならいってほしくもない。秋山は潔くそうかと言った。
「朝はゴチにナッタナ。アリガトナ」
「ああ、じゃあな。アルゴ」
「じゃあな、秋山。いや、とーるん」
とーるんと、はにかんだ笑顔でアルゴは言ってきた。これは秋山の小学生の時の渾名だ。反対にアルゴと言うのも、彼女の渾名だ。なぜこんなことを彼女は知っているのか。それは後程にわかる。
「渾名で返すとはな……やるなお前。また会おう」
秋山はそれだけ言うと、事務所へと戻ろうと歩き始めた。だが、アルゴは、声をあげて呼び止める。
「とーるん! お金はどうするンダ?」
「金か? そんなのいいよ。ただにしてやる。幼馴染みサービスだ」
「さっすがとーるんダナ! アリガトナ!」
「おう、気を付けて帰れよ」
秋山は、幼馴染みのアルゴがバタバタと走っていく様子を見届けていた。ああやって、靴音をうるさくたてて走るのも全く変わっていない。
姿が見えなくなったあと、秋山は事務所へと戻り、自分の席に座った。エロ本などが散乱しているので片付けて、パソコンの動画サイトを起動した。今やっているのは、「MMOストリーム」という番組で、最近のMMO情勢について放送するものだ。因みに番組の運営者はSAOの軍の最高責任者だ。一応秋山は毎週見ている。
「やれやれ……色々大変だな俺の仕事も」
秋山はふうっと息を吐いて、テレビを見つめる。しかしその瞬間、ドッと疲れが襲いかかってきて、椅子に座った直後、糸が切れたように眠りに落ちていった。運営とその奥さんの話し声は、遥か彼方へと置き去りにされていった。
アルゴの過去はまた後程話します。
次回は、誰が出てくるでしょうね。まだネタに余裕はあるぞ!
では感想、お気に入りお待ちしております。