英雄たちの墓参り   作:アズマオウ

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アズマオウです。


今日はお母さんと和人の出会いです。
キリトのキャラが若干崩壊する可能性もあります。また、視点はキリトでいきます。

ではどうぞ。



七人目 後:悔やみ続けた黒の剣士

 俺、桐ヶ谷和人は昼休み、屋上にいた。手すりに手を掛けて、組んだ腕の上に顎をのせた。溜め息が零れ、目が重くなっていく。眠いわけじゃない。が、この時期、6月になるといつも憂鬱になる。というより気持ちが重くなる。理由はわかる。2年前にサチが死んだからだ。俺のやってはいけない過ちによって。

 一ヶ月前にサチの墓を訪れたが、それでも罪と向き合えているかわからない。今日はそこによるつもりだが、いったいどれほどの回数を重ねれば罪を改めてしっかりと認識出来るのだろうか。まるでわからない。

 俺は考えるのをやめて屋上の床に寝転がった。そして瞳を閉じて、意識を闇へと葬ろうとしたときだった。

 

「キリトくん、こんなところにいたの?」

 

 馴染みのある女子の声が俺を現実へと引き戻した。俺はゆっくりと瞳を開けて少女を映す。栗色の髪の毛にヘイゼルの瞳、白のタイツに覆われた細い足が見えた瞬間に、俺はふうと息を吐いて起き上がった。

 

「どうした……アスナ?」

 

 少し眠そうに俺は言った。アスナと呼ばれた目の前の少女は、むくっと頬を膨らませて言った。

 

「どうしたじゃないわよ! どうして教室にいないの? ずっと探してたんだからね!」

 

「ああ、悪い。そういや約束してたんだっけ……ごめん」

 

 俺は頭を掻きながら弁解する。今日の朝は眠くて、話を思い出せていなかったのだ。あるいは、1年前の今日について思いを馳せていたのかもしれない。

 

「もう……おバカさんなんだから」

 

「エリートのアスナに言われると傷つくぜ……」

 

「それもやめてったら……私それ結構根に持っているんだからね」

 

 俺の冗談にまたしても顔を膨らませる。彼女は名門の家の出だ。けれど彼女はそれに関して引け目を持っているようだ。

 

「悪い悪い。アスナ」

 

「もう、そういう人にはご飯あげないよ?」

 

 アスナは俺の目の前にランチボックスをちらつかせている。俺はその中にはいっている美味しい昼飯に誘惑され、あっさりと謝罪した。

 

「よろしい。はい、どうぞ」

 

 アスナはランチボックスを開けて、ハンバーガーを取り出した。そして俺にそれを手渡した。

 

「おお、サンキュー」

 

 俺は急いで包み紙を取り、ハンバーガーを口一杯に頬張った。アスナ特製の照り焼きソースがとても香ばしく、ゲンキンな腹が満たされていく。はっきりいって俺が学校に来ている理由はアスナの昼飯を食べるため、そしてアスナと一緒にいるためだ。

 でも、今日は少し気持ちが落ち込んでいる。俺はハンバーガーを食い終わると、ため息をついた。

 

「どうしたの? ハンバーガー美味しくなかった?」

 

「いや、そんなわけはないよ。美味しくないわけないじゃないか。ただ、今日は……」

 

 嘘偽りない言い訳をいい、再び顔をうつむく。アスナはしばらく疑っているような表情だが、ああと呟いて首を小さく降った。

 

「なるほどね。今日は……サチさんが死んだ日よね」

 

「ああ」

 

 俺は床を睨みながら首肯する。

 

「そっか……今日も行くの? お墓に」

 

「ああ、行くつもりだ」

 

「そっか」

 

 素っ気ない会話だった。けれど実は違う。これはアスナなりの気遣いだ。アスナは無駄に介入せず、俺を癒してくれているのだ。俺は、それが非常に嬉しかった。有り難かった。そして、アスナがとても愛おしく見えた。だからつい、アスナを抱き締めていた。

 

「ありがとう……」

 

 アスナは顔を紅潮させていたが、すぐに俺の胸へと顔を埋める。俺は一度大切な人を失った。だから俺は離したくなかった。彼女を、俺の腕から離れさせはしない。アスナは俺が守るから。その思いを込めてより強く抱き締めた。

 

 俺はアスナの唇へと顔を近づける。アスナも俺の顔へと頭を向ける。二人の唇がふれあい、新たな温もりが生まれようとした瞬間だった。キーンコーンカーンコーンと、授業開始の予鈴が鳴ったのだ。俺たちは慌てて唇を離し、抱擁を解いた。

 

「もうそろそろ授業始まるから、私いくね?」

 

「おう、頑張れよアスナ。俺次体育だ……早くいかねえと」

 

「なのにこんなところで昼寝してるの!? あの先生怖いのに……」

 

「なあに、こんなの慣れっこだよ」

 

「まったく、どうなっても知らないよ?」

 

 そう言ってアスナは屋上のドアを開けて急いで教室へと戻った。俺もとりあえず急ごうとドアを開けて教室へと戻る。簡素な体育着に着替えて、グラウンドへと走っていった。外へとでた俺は、空を見上げながら走る。救えたはずの少女の命のことを思い馳せながら……。

 

 

 

***

 

 午後4時。俺は学校から離れた墓場へと足を運んでいた。前に知り合った、墓場にいる総務大臣に墓参りの旨を伝えて、まっすぐ少女、サチの墓へと向かう。彼女の墓へとたち、桶から水をかけた。

 

「また、来たよ」

 

 俺は声をかけるけど、なにも反応はない。俺はもって来た花を鞄から取り出して、瓶に差した。その後一歩後ろに下がって手を合わせた。

 目をつむりながら俺はすまないと心のなかで謝った。もう、何度目だろうか。数えきれないくらいになっているはずだ。

 俺はゆっくりと目を開けて、合わせていた手を離す。そして、サチの墓へと屈み込んだ。

 

「今日の学校の授業、体育だったんだけどな、俺、先生に殴られたよ。遅刻したからってさ。全く困っちゃうよな」

 

 俺は頭をさすりながらサチに語る。もしここにサチがいたらただ、わらっていただろう。そして、彼女の心を暖めていただろう。

 

「この前おいてきた手紙、読んでくれたか? いや、そんなわけないか。あのおっさんに没収されちゃったかな」

 

 俺は小さく笑う。それに対しなにも返してくれないのはやはり慣れない。

 

「クリスマスになったらさ、赤鼻のトナカイのCD持ってくるからな。おっさんにとられないようにしてくれよ?」

 

 俺はそう約束し、屈んでいた体を起こす。そして、踵を返して背中越しに言った。

 

「また来るよ」

 

 消え入るような声を残して俺は墓から早足で離れた。これではダメなんだとは、わかっているけれど。

 出口へとたどり着いた俺は、墓場のおっさんに軽く声をかけて去った。手紙の所在について聞こうかと思ったが、恐らく捨ててしまったのだろうと思い、聞くのをやめた。門を抜けて、家路へとつこうとしたその時だった。

 

「あの……」

 

 突然声をかけられた。俺は声のする方向へ振り向く。

 

「はい?」

 

「あの、あなたは桐ヶ谷和人さんですか?」

 

「ええそうですが」

 

 俺に声をかけたのは女性だ。しかも40代くらい。いったい何の用だろうか? それになぜ俺を知っているのだ?

 

 その疑問に答えてくれたのは、女性ではなく、意外にも墓にいるおっさんだった。ひげ面で現れたおっさんは、俺にぶっきらぼうに言う。

 

「その人は俺が呼んだんだ。お前に会いたいからってよ。だから、お前の個人情報を伝えた」

 

 その瞬間、俺はカッとなった。なぜそんなことをしたと問い詰めようと、大きく歩み寄る。

 

「俺に会いたい? でもアンタ国会議員だろ? なんで俺の情報を広めたん……」

 

 胸ぐらをつかもうと伸ばした腕を掴まれた。おっさんはボリュームをあげて俺に返す。

 

「確かに俺のやったことは許されることじゃない。でもな、その人と、お前が楽になれるんじゃねえかって思ってやったんだ。漏洩は絶対させない。そう約束させたんだ」

 

 一体何をいっているのだろう。この人はなんのためにここに来たのかはわかったが、なんのために俺と話したいのかはさっぱりだ。俺とその人を救う? 何をいっているんだ。

 

「救うって……どういう意味だよ?」

 

「話せばわかるよ。とにかく、話を聞いてやってくれ。お前にしか、できねえから……如月さん。おれはこれで」

 

 おっさんは女性に言うと、素早く立ち去った。あっけにとられて立ち尽くしていると、女性は俺に再び声をかけた。

 

「あの、突然で本当に申し訳ないです」

 

「悪いのはあなたじゃない。あのおっさんだ。……で、あなたは一体誰なんだよ」

 

 先程おっさんが如月と言っていた。正直如月と言う名字は、アニメとか映画とかでしか聞かない。だから俺の知っている人ではないだろう。

 

「申し遅れました。私は、如月 澪です」

 

「で、如月さん。あなたはどうして俺に会いたいなんて……」

 

 俺の問いに一瞬だけ目線を伏せていたが、再び俺と目線があったときは決意に満ちた強い目が見えた。その中にある、昔よく見た、すがるような気持ちを表す弱さも。

 

「私には娘がいました。その子は、SAO事件で亡くなりました」

 

 女性の告白が始まった。俺は、集中して聞く。

 

「その子は普段ゲームをやらないんですけど、幼馴染みの子に連れられて、始めたそうです。ですが、幼馴染みの子も、娘も死にました」

 

 なんだこれ?

 妙にデジャヴを感じる。幼馴染みと一緒のギルドに入って、とてもなか良さそうにしていた少女を、俺は知っている。

 

「その娘さん……プレイヤーネームは何て言うんですか?」

 

 俺は越えてはならない線を越えようとしていた。だが、それは相手も同じこと。俺の個人情報を聞き出したのだ。文句は言えない。まあ実際はそんなに強気じゃないけれど。

 

 女性は一瞬俯いたが、すぐに顔を上げていった。

 

 

 

 

 

 

「サチ、です」

 

 

 

 

 

 女性の口から、一つの単語が放たれた。

 

 

 

 

 サチ。

 

 

 

 

 その言葉が俺の鼓膜へと届き、感覚神経によって電子信号に変換された情報が脳に伝達されて、その情報が何であるかを理解したその瞬間、俺は視界がぐらついた。鈍器で思い切り頭を殴られたような衝撃、そして俺の中で明かされた真実の重さが俺にのしかかってきた。違うサチである可能性もあるのに、そうとは思えなかった。確信していたのだ。

 

 つまり、今ここにいる女性は、サチのお母さんだ。俺の自己満足によって死なせてしまった少女の、お母さんであるのだ。

 

「あ……あぁ……」

 

 よもやこんな仕打ちが待っていたとは。

 恐らく俺に問い詰めたいのだろう。何故、サチが死んだのかを。いや、もしかしたらそれはもう知っているのかもしれない。そうでなければ俺に会いにいかない。

 これから俺はこれまで受けたことないような悪罵を受けることになるだろう。しかし、言い返したり、反発したり、目を背けてもいけない。すべて受け入れなくてはいけないのだ。むごすぎるが、これも全て自分が招いたことだ。

 

 サチのお母さんはわななく俺を悲しそうに見て、言葉をつづけた。

 

「秋山さんから伺ったんです。サチの死を受け入れるのに必要な人物がいると。それが……あなたです」

 

 秋山というのはおそらく墓場のおっさんのことだろう。でも、俺が必要な人物だって? どうしてそういえる?

 

「なんで、そう思うんですか?」

 

 俺は消え入る声で聞いた。しかしそれはお母さんには届いていなかった。

 

「え? なんて?」

 

 サチのお母さんの、聞き返す言葉に、俺はイラッとした。あまりの衝撃で感情制御すらうまくいっていないようだ。自分が醜い。汚い。でも、もう溢れ出す激情は抑えられなかった。

 

「なんで、俺が必要な人物なんですかっ!? 俺が……俺がサチを、殺したようなものなのに!! 彼女は、俺が守れたのに……俺の自己満足で、殺してしまったんだ……」

 

 俺は涙を目から飛び散らせながら叫んだ。声までもが潤んでいる。これほどまでに泣いたのは、5か月前に、妹の直葉に全てをぶちまけたときぐらいだろう。けれど俺は涙を拭わなかった。拭おうとすらしなかった。

 

 サチのお母さんは、叫ぶ俺を驚いた眼で見た。そしてその目はのちに、俺に対する嫌悪と疑惑、そして混乱の色に変わるだろう。俺はそれが怖かった。生まれて一番と言っていいほど怖かった。足も震えてきている。きっと顔も青ざめているだろう。情けないと言われてももはや気にしないレベルに。

 でも、サチのお母さんは、その前にまず疑問の目をむけてきた。

 

「……サチを殺したって、どういう意味ですか? 一体、貴方とサチには何があったんですか?」

 

「……」

 

 話すべきか。話さないべきか。しばしの間迷ったが、話さないというのはあまりにもおかしい。もはや自己保身など考えていいわけがない。俺は勇気を出して、言葉を出す。

 

「俺は、ゲーム内で、サチと会いました」

 

 足を震わせながら、地も吐くような思いで言った俺の言葉を聞いたサチのお母さんはびくりと小さく体を震わせた。

 

「それで……?」

 

「そこで、俺はサチの入っているギルドに入りました。……名前は、≪月夜の黒猫団≫です」

 

「それ、慶太君が作ったあの変なグループね……。まさかあのゲームでもやってたなんてね」

 

「グループ?」

 

 まさか、現実世界でもそんな名前のグループを組んでいたのか。

 

「ええ。小さな時ね、慶太君、サチの幼馴染なんだけどね、彼が友達4人連れてきて一緒にそのグループを組んだのよ。ただのごっこ遊びだろうと思ったけど、まさか高校二年になってまでやってたなんてね……すごいわよね」

 

 そのグループを、俺が壊したんです。

 事実を告げようと思ったが、それだけは言ってはならない気がした。過去の記憶までも俺が台無しにしたなんて言えば、この人の心の支えが消えてしまう。いや、そんな偉そうなことを想ってはいけない。

 

「ええ……とっても、仲が良かったです。みんなやさしくて、あったかくて……」

 

「きっとあなたも、あったかいから入っちゃったのね」

 

「ええ」

 

 そう、俺がこのギルドに入ったのは、このギルドが何よりもあったかいと感じたからだ。疲れた俺の心を癒す、オアシスだったのだ。でも、俺がそんなところにいていいはずなかったのだ。

 

「……サチと出会った俺は、そのギルドに入りました。まだみんなレベルが低くて、強くなかった。でも俺はレベルがみんなよりかなり高かったんです。だから俺はそれで舞い上がっちゃって、レベルをわざと隠してたんです」

 

「……」

 

 お母さんは何も言わない。俺はそのまま続ける。

 

「そうして狩りを続けていたら、ある日、黒猫団の一人がトラップを引いちゃったんです。そして、そのトラップにはまり、俺とケイタ以外全員死んだんです。ケイタは、その知らせを聞いて、自殺しました。俺はそのトラップの存在を知っていた。けれど言えなかったんです。だから、俺がサチを殺したんです。俺がみんなを、騙したんです」

 

 俺は涙を流していた。ポロポロと光の粒をこぼしていた。でもそれは、汚い色だった。心の中の後悔と悲しさ、そして寂しさが、その中に詰まっている。

 俺は、腕で涙を拭い続ける。が、止まらない。その時にサチがいれば、互いに傷を舐めあえたかもしれない。そんな存在を、俺は壊してしまったのだ。そう思うと、涙が止まらない。本当に死にたくなる。

 

 でも、それは許されていない。だから俺は、死に次ぐ罰を自ら受けようとサチのお母さんの目の前に行きーー土下座した。

 

「……!」

 

 サチのお母さんが息を詰まらせている。そりゃあそうだ。目の前の人間が土下座しているのだから。でも、どう見られようと構わなかった。これが俺に出来ることだから。額をコンクリートに擦り付け、精一杯全身を下げる。額から血が出ているのがわかる。痛いが、我慢しなくては。

 

「サチのお母さん。本当に、すみませんでした」

 

 俺は、普段なら薄っぺらく感じる謝罪の言葉を言った。俺からはサチのお母さんの顔は見えない。でも、嫌悪に満ちた顔になっていることだろう。それから逃げるために土下座したのと言われても反論は返せないかもしれない。俺は頭を下げながらただ、言葉を待った。悪罵の言葉か、あるいは百通りの呪詛かもしれない。でも聞かなくては。どんなに傷つけられても、耐えなくてはならない。

 

 だが、言葉はなかった。代わりに、俺の肩に何か暖かいものが触れた。俺ははっと顔をあげた。すると、サチのお母さんがしゃがみこんで目の前にいたのだ。

 

 俺は目を開けてただサチのお母さんを見つめる。サチのお母さんの顔は、何かに耐えているような表情をしていた。そして、手をあげた。

 パシンと乾いた音が響き、春の空気をわずかに揺らす。俺は打たれるがままに頬を横へと向け、遥か遠くへと続く景色を見る。物理的な痛みはそこまででもなかったが、受けた衝撃は、四肢を切断されたかのようだった。また、やっぱりなとも思った。こうなるのはわかっていたんだ。そうだ、もっと俺を殴れ、そして罵れ。それが俺が受けなければならない罪だ。俺は、力を抜いて受け入れる準備をした。

 

 だが、俺の予想とは180度違う行動を、サチのお母さんはとった。

 

 

 

 

 

 

 俺は、抱き締められていた。

 

 

 

「ーーーー!!」

 

 

 

 

 何故、どうして?

 頭のなかで延々と疑問をリプレイしていた。尋ねようと思ったが言葉がでない。

 

 

「あなたは、サチのことを想ってくれているんですね……」

 

「え……」

 

 温もりに包まれながら、俺はあえいだ。逃げ出そうともがくが、力強い抱擁は解けない。抱き締められるべき人間ではないのに。そういおうとしたが、温もりには抗えなかった。そう、この温もりは、サチのそれと同じだから。一緒のベッドで寝て共有したあの温もりと、そっくりだ。

 

「確かに、あなたは許されないことをしました。私もあなたの所業に関しては、赦すことはない。でも、でも……」

 

 サチのお母さんは、泣いている。俺の胸に涙が垂れる。その涙は、とっても暖かかった。

 俺は、しゃくりあげながら続くサチのお母さんの言葉の続きを待った。

 

「でも、あなたは、サチをまだ覚えているんです……」

 

ーー覚えているだと? それは当然なんじゃないか? その言いぐさだと、覚えていない人がいるのか? 悲しんでいる人がいるのか?

 

「そのくらい、当然です。一度たりとも忘れるわけがない……」

 

 俺の言葉を聞いたお母さんは、ゆっくりと首を横に振る。そして濡れた声で続けた。

 

「いえ、そういうのは忘れるものなんです。私の旦那は、サチの死に対し、悲しみもしなかったんです。サチの死を悼んでくれるかたは、あまりいないんです」

 

 驚いた。サチの死に何も思わないなんて。何て父親なんだろうか。俺にそう思う資格があるはずもないが。

 

「だから私は嬉しいんです。サチのことをこんなに思ってくれる人が、いたなんて」

 

「……」

 

 全く不思議だ。我が娘の仇がいるはずなのにまるで俺に対して攻撃的じゃない。頬をひっぱたいたくらいしかない。

 サチのお母さんは、立ち上がって、頭を下げた。

 

「ありがとうね。これからも、サチのことよろしくね」

 

「……はい」

 

 どうにかそれだけ答えたが、どうしても納得がいかない。そう、簡単に許しすぎる。

 サチのお母さんは、優しそうな顔を一杯に浮かべて、足を反対へと向ける。帰るのか。

 

「じゃあ、私はそろそろいきますね……ではーー」

 

 サチのお母さんは、ゆっくりと俺から離れていく。気がすんだような顔をしていた。もうこれ以上話さない方がお互いのためかもしれない。そうは思う。

 

 が。

 

「待ってください!!」

 

 サチのお母さんが去ろうとしたその寸前、俺は叫んだ。サチのお母さんはピタリと止まり、こちらを振り替える。俺は、サチのお母さんの目を見ていった。

 

「何で、そんなにも俺に優しくして、くれるんですか?」

 

 サチのお母さんは、驚いた顔で俺を見る。

 

「どういうことですか?」

 

「あなたは今、サチの仇を目の前にしているんです。でもなぜ、俺にたいしてひどいことをしないんです?」

 

 変なことをいっている。でも俺は、死に値する罰を受けるべきだ。それにも関わらず、サチのお母さんは俺を叩くだけで終わり、抱き締めてくれたりした。一体何故なのだろうか……。

 サチのお母さんは顎に手を添えて考えるそぶりをした。そして、こういった。

 

「あなたは、いい人だからよ」

 

「いや、それはーー」

 

 あり得ない。そう続けようとした。

 が、遮られる。

 

「あなたはこうしてまだサチのことを大事に思っている。さっきも言いました。しかも、反省もしています。行き過ぎるほどにね」

 

「そんな……俺は……」

 

「これを偽りとは思えないです。だから私は貴方を責めるのをやめる。誠心誠意を込めて謝る人に対し、非難するのは違いますから……」

 

「……」

 

 俺はうなだれる。すなわち俺は罪から解放されることはない。まあもう覚悟していたが。

 

「だからあなたも約束してください。これからも、幸を、あなたの周りの人を、大切にしてください」

 

 優しい声が俺の鼓膜に届いたとき、再び涙が零れた。優しさに感動した訳じゃない。サチのことを、想えることに感動したのだ。サチの死を悼み、哀しみ、後悔できるのだ。

 だから俺は、返事をした。

 

「……はいっ!」

 

 俺の返事を聞いたお母さんは、ニコッと笑った。じゃあねといって帰っていった。サチのお母さんの顔からは、いつの間にか憂いがなくなっていた。

 俺は頭を下げた。そして、ありがとうございますと叫んだ。姿が見えなくなるまで頭を下げ続ける。

 見えなくなったところで頭をあげると、俺は息を吐いた。まだ頭がひりひりと痛む。俺はおっさんへと礼を言い、そのまま家路についた。

 

 

 

 

***

 

 自宅へと俺はついた。日はもうとっくに落ちていて、街灯の光が寂しくコンクリートを照らすだけである。ヘッドホンを取り外し、家の鍵を取り出した。ふと、郵便ポストになにかが入っていた。一通の手紙だ。俺はそれを取り出して、中身を見る。如月澪さん、サチのお母さんからだ。俺は便箋を取り出してみる。二枚入っていた。

 

 一枚目は、挨拶程度の手紙だった。軽い挨拶やお礼などが書かれていた。そして、何故この手紙を送ったのかも。数時間しか経ってないということは、きっと事前にこの手紙を送っていたのだろう。しかも、会った前提で書かれている。思いきったことをするなあと感心した。

 次に俺は二枚目を見る。見覚えがあった。俺が先日、サチに送った手紙だ。文字を読む必要はない。だけど、最後の方に俺の書いてない文字が書かれていた。

 

 

 

『ありがとう、キリト。大切にするね……』

 

 サチのお母さんの字じゃない。誰のかわからない。でも俺は真っ先にあの少女を思い浮かべていた。夜空のなか一人膝を抱えて泣いていた、あの少女のことを……。

 

 俺はふとサチのお母さんの言葉を思い出していた。優しい声が、脳内で再生される。

 

『だからあなたも約束してください。これからも、幸を、あなたの周りの人を、大切にしてください』

 

「大切に……か。よし」

 

 サチのお母さんは俺に希望をくれた。サチのことを考える権利を与えてくれた。この恩は忘れない。

 俺は携帯電話を取り出して、電話を掛けた。呼び出し音が止み、少女の声が流れる。

 

「ああ、アスナか。今週の日曜日さ、デートいかないか?」

 

 すぐに少女の嬉しそうな声が返ってきた。話し終えた俺は電話を切り、俺はふうと息をはく。サチのお母さんとの約束の、そしてサチの分まで生きようという新たに立てた誓いへの一歩だった。

 

 そして、俺はポツリ玄関で星空を見上げながら言った。そう、遥か向こうへと存在する星をつかもうと手を伸ばしながら。

 

「ありがとう……さよなら、サチ」

 

 

 

 

 

 やっと、一歩が踏み出せたよ。本当の一歩が。

 

 

 

 

 星を見上げるのをやめて、俺は家のドアノブに手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 




これで、サチに関する話はエンドです。根本的な解決には至らなかったですが。
人の生命について考えるのって難しいです。
次回からは、本筋に戻れたらいいです。まあアルゴの問題もあるけど。

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