流石の私でも、聖騎士団長の行動に正気を疑ってしまった。
他国の大使館に行って徴用しようとしたと言うのだ?
流石にこの噂は嘘だと思いたい。
元々聖騎士団長は鷹揚と言うか大雑把な人だったけれども、カルカ聖王女陛下と妹のケラルト神官長猊下を失って可笑しくなってしまった。
その後もヤルダバオト率いる亜人軍と戦ったのだけれども、聖騎士団は50人ほどに減少して洞窟で解放軍として戦う事になってしまった。
他国に援軍を求めるしかない、と言う事になって、リ・エスティーゼ王国に向かい、何とか面会を取り付けたザナック殿下には、内乱直後でそんな余裕はないとにべもなく断られ、アダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇の方々にも同じアダマンタイト級と言っても漆黒のモモンとは強さが全然違うし、同じようにその時に戦ったシャンドラド千年王国のシルト陛下とその近衛隊長も別物であると言われて、紹介状を貰いシャンドラド千年王国の大使館を訪ねたら、既にシルト陛下から伝達があって、私達が訪ねてきたら首都であるエルグリラでお会いする、との事だった。
どれくらいかかるのだろう?
亜人に苦しめられている聖王国民の事を思えば大したことでは無いけれども、ずっと斥候をするのは大変だな、と思っていたら、使節団全員を転移魔法で移動させる、と聞いて驚いてしまった。
文字通り一瞬にして、騎馬ごとエルグリラに到着してしまった。
千年王国側に用意された宿に泊まり、翌日、シルト陛下にお会いする事になった。
リ・エスティーゼ王国での事を考えると信じられない早さだ。
その日は、街の中を情報収集する事になった。
街に出る前に、絶対に刀傷沙汰はないように注意された。
異種族が暮らしているが市民である事。
治安は相当に良いらしく、犯罪行為をしたら即わかる事。
を説明された。
街を歩いたら、むしろ人間の方が少ないのだ。
小人から巨人迄、それどころか本当に異形の者まで居た。
天使とアンデッドが普通に一緒になって行動している時には思わず目をこすってしまったほどだ。
更にはいたるところに彫刻が置いてあると思ったら、その殆どが警備用のゴーレムだと聞いて驚いてしまったし、城壁の向こうに骨の竜が見えて、聞いたら使役しているから大丈夫ですよ。と普通に返されるのにも絶句してしまった。
私だけではない、使節団の全員がだ
犯罪行為はゴーレムが反応するので即わかるらしい。
次の日は朝から城館に向かった。
信じられないくらい豪華な城館に入り、私達はある一室で待たされた。
建物の豪華さとは裏腹に、ぱっとしない感じの、まだ若い男性が何人かを引き連れて入室してきた。
この男性がシルト陛下なのだろうか?
順序から言うとその筈なのだけれども、付いてきた者達の方が立派な格好と見た目をしているのだ。
シルト陛下は何も言わずに席に着いた。
「ローブル聖王国レメディオス・カストディオ聖騎士団長です。
シルト・クレーテ・レイ・デ・ミレニアム陛下にはご機嫌麗しく。」
「良くは無いけれどもな。」
シルト陛下の口調は冷たいものだった。
「先日の私の醜態を許していただけないでしょうか?」
「貴国の大使からは正式に謝罪を頂いているので国対国としては気にしていないけれども、馬鹿げたことを行った張本人相手ではね。」
まさか、噂が本当の事だったとは。
「ここはどうか許していただけないだろうか?」
副団長のイサンドロ様が答えられた。
「私個人は構わないのだけれどもね、どうする?」
傍に居た者に質問を投げかけていた。
「シルト陛下が構わない、とおっしゃるなら我々としてはことさら問題にしない事にします。」
「まあ、と言っても、ただ謝るだけと言う訳にはいけないかな。
貸が一つある事を覚えておいて欲しい。」
「ありがとうございます。」
やっぱり副団長のイサンドロ様が答えられた。
「シルト陛下、これは人間種全体の危機と考える。
是非お力をお借り出来ないか?」
団長が嘆願したのだけれども
「私は先に手を差し伸べましたよ?」
「何時でしょうか?」
「私と、カルカ・ベサーレス聖王女陛下との婚姻話です。
彼女と結婚乃至婚約していれば、妻の実家になりますので援軍を出していた事でしょう。」
そんな話が有ったとは知らなかった。
と言うよりも、こうなる事を半ば予想していた事にならないのだろうか?
「あの条件は、カルカ陛下が聖王の地位を捨てることになります。
のめるわけがないでしょう。」
団長が切れ気味に答えていた。
「ヤルダバオトの難度が200をゆうに超える事、彼らがリ・エスティーゼ王国の南方に撤退した事も大使を通じてローブル聖王国にはお伝えしたはずですが?
我々がエイヴァーシャー大森林を制圧しても彼らの痕跡はなかった。
とすれば、アベリオン丘陵に潜んでいる可能性が高いと思いませんか?
その上でアベリオン丘陵に対する同盟を提案したのです。
あなた方がどう思ったのかは分かりませんが、こちらとしては事前に手を差し伸べたつもりなのですが。」
蒼の薔薇の方々に聞くまで、正直なめていたのだろう。
オールドドラゴンでも難度100だと言うのに200と言われて素直に信じられるものなのだろうか?
実際に戦ってみるまで本気にしなかった可能性が高いと思った。
状況証拠を提示していた話も知らなかった。
その後、シルト陛下の理想と現実は違う事。
為政者とは何かと言う話が有り
側近と思われる妖艶な美女と現実論の話をした後、レメディオス聖騎士団長が負けた場合、かなりきつい条件と感じられる条件でシルト陛下自らが援軍として来て貰えることになった。
実際にきつく感じられるだけで、可笑しくなった団長と、恐らくは亡くなっているであろうカルカ聖王女陛下とケラルト猊下を配下にする、と言う話なのだけれども。
近衛で一番弱い、と言われた美しい女性に団長はあっさりと負けてしまった。
あの団長があっさり負けた事に驚いてしまい、本当に一番弱いのか?と疑問の声が上がったのだけれども、他の近衛の強さを知ってさらに唖然とすることになってしまった。
私は知らなかったが、この国では俺は大して強くない、とブレイン・アングラウスと言う人に言われて、ほとんどの人が納得する程だった。
このブレインさん、何とレメディオス聖騎士団長とほとんど同じような強さで有名な方らしい。
今まで、ものすごい存在と思っていた団長が、何というか大した人に見えなくなってきてしまった…私と比較したらものすごい人だと言う事実は変わらないのだけれども。
こうして、正式に援軍の話がまとまったので、簡素なパーティーが開かれた…どこが簡素なのだろう?
母国で食べた事も無いような食事や飲み物が用意されていた。
従者の私なんて誰かと話す事も無いと思って、食事に夢中になっていたら、なんと、シルト陛下に声をかけて頂いた。
「何か気疲れしていませんか?」
「シルト陛下、周りが地位が高い方ばかりなので緊張しています。
「メイドや執事も居ますよ。」
「彼らは使用人で、私もそのくらいの立場ですから。」
「人間の地位と言うのは役割が与えられているだけで、一皮むけたらたいした事は無いのですよ。
実際に私がそうだ。」
「でも、ものすごくお強いのでは?」
「それって何か関係がありますか?
個人の強さだけでどうにかできるのは、所詮ほんの少しだけですよ。」
馬鹿な、そう思ってしまった。
この街で誰に聞いても、世界最強、最高の
「私一人でどうやって国を統治するのですか?
多くの部下や国民に支えられて統治しているのですよ。
ただ、生きていくのだって自分一人では生きていけない。
場合によっては圧倒的な強者が必要な時もありますが、何も考えていない強者が出来る事と言えば破壊だけ。
違いますかね?」
「謁見の際もそうですけれども、色々勉強になりました。」
「今夜位はゆっくりしてください。
明日は私どもの転移魔法で一気にリ・エスティーゼ王国の南部国境付近まで移動しますから。」
当たり前のことを言っているとは思うのだけれども、従者にまで声をかけて戦闘力をたいした事ではない、と切り捨てられる。
本当の意味での強者なのだろう。
翌日、団長から呼び出されて
「ネイア、お前がシルト陛下の相手をしろ。」
そう言われた時は正気を疑った。
「わ、私がでしょうか?」
「昨日、長く話していただろう?
案外、お前の事が気にいったのではないか?
だからお前が適任だ。
上手いこと気を引いて、ちゃんとヤルダバオトと共倒れさせろ。
そうしたら、あんな約束は無くなるだろう。」
本当に良いのだろうか?
そう思いながら、シルト陛下にあいさつした。
「シルト千年王陛下のお世話をするように言われました。」
「要するに連絡係、と言う事で宜しいのでしょうか?」
「そうなります。」
少しあきれた表情をしながら、シルト陛下は受け入れて下さった。
私はシャンドラド千年王国の用意した馬が引いていない馬車に乗る事になった。
この馬車は道が荒れていても全然揺れないのだ。
しかし、乗っている人達がとんでもない人だらけで緊張してしまう。
「思ったよりも速いですね。
普通の馬の速度はもっと遅いと思っていました。」
シルト陛下に質問された。
普通でない馬を知っているのだろうか?
「軍馬ですから特別な馬です。
それに治癒魔法も使って疲労も抜きますので。」
「農耕馬とかの場合はどの程度の速度なのですか?」
「歩くのと変わらない程度しか出せないですよ。
馬車ももちませんから。」
聖王国に帰還を急いでいるのも一つの理由だけれども、それにしても速い。
この馬車は何ともないようだけれども。
「聖騎士の皆さんの中に
個人的な感覚では斥候が不十分な気がするのですが?」
そう言えば私が斥候をしていないのに一向にモンスターと出くわさない。
「
「ネイアさんはなぜ心得があるのですか?」
「父が
それで知識だけは有るので。」
「なるほど、この使節団の中では重要な役目だったのですね。
しかし父の後を追って
「母が聖騎士でして母に憧れました。」
……
「それでは弓の方が得意なのですね。
こういう場合は外に居た方が役に立つと思うのですが。」
「いえ、今は千年王陛下のお相手をすることがお役目ですから。」
「そうですか、御面倒をおかけします。
私の相手をしている間はサンプルでこれを使ってみて貰えませんか?」
そう言いながら弓を手渡してきた。
「オウバジーンと言います。」
どう考えてもとんでもない弓だ。
「このような物を受けるわけにはまいりません。」
「私の相手をしている間だけと説明しておいてください。
使い勝手とかを教えてくださいね。
製作者に伝えますから。
合わないようでしたら他の物をお貸ししますので。」
「製作された方が居られるのですか?」
手にした瞬間、余りの軽さに驚いてしまった、絶対に国宝級の弓だと思ったら、製作者が今でも生きているらしい。
しかもシルト陛下はこの弓が大したものではないと考えているようだ…
シルト陛下は夜になると転移魔法で帰還して、別の方が代わりに来られていた。
やはり、お忙しいようだ。
拠点となった洞窟で、捕虜奪還作戦についてシルト陛下にアドバイスを貰う事になった。
そうしたら、
「我が国の作戦ではないのですよ?
私達は援軍です。
私が作戦に口を出して失敗した時に私のせいにされても困るのですよ。
ヤルダバオトとその配下の強力な部下を倒す際に協力する約束では無かったのですか?
ネイアさんはどう思うのですか?」
といきなり質問をされてしまった。
「わ、私ですか?
私のような下っ端が作戦に何かを言うなんて。」
「騎士見習いでもどうしてこのような作戦になったのか、どのような問題点があるのかを考えておくのは重要な事ですよ。
将来出世した時や状況によってはこの作戦の場合、一般兵を預かる可能性も有りますよね。」
「確かにそうです。」
何と、私を教育しようとしてきた。
結局、自分ではお答えにならず、グスターボ副団長に答えさせてしまった。
再度、シルト陛下が質問された。
「聖騎士団が騎兵部隊でこういうゲリラ的な活動が出来ないことがよく分かりましたよ。
ネイアさんはどうしてだと思いますか?」
「足跡や轍と言った物の隠蔽が出来ていません。
他にも生活している痕跡を残している、と言う所でしょうか?」
その後、私達の問題点を指摘された。
追い詰められているから希望的な観測にすがるのは理解できても、最低限注意すべきところはあるだろうに。
との、事だった。
それから、上に立つ者、強者の振る舞いとは何かを考えさせれる事になった。
その後は、本当に一人を犠牲にしてでも二人を助ける、その汚名は為政者や部隊長は甘受すべき。との行動を実践されてしまった。
ヤルダバオトとの初戦も、事前の戦闘で消耗していた事と上手くヤルダバオトを切り離せなかった事もあり、一旦はヤルダバオトを追い返す事で終わった。
その後、シルト陛下の配下の者とメイド悪魔の情報を元に人質救出作戦を行った。
事前に別動隊に命じてアベリオン丘陵を平定していたらしく、そのまま、多くの人質を解放する事で投降した亜人軍を使って最終決戦を挑み、ヤルダバオトを倒してしまった。
ヤルダバオトを倒す為には、余波で周辺にも影響がある、と言われていたが、それは本当で、戦場の大地の全てが凍り付き、極寒になってしまったのだ。
近衛を使ってなるべく被害が出ない位置にヤルダバオトを誘導してその魔法は行使されたにも関わらずだ。
しかし、炎の悪魔を凍り付かせて倒してしまうのは予想を遥かに超えていた。
周辺の被害を顧みないのならば倒すのは難しくない、被害を出さないのは不可能でも、最小限度で済ませる、と言うシルト陛下のお言葉は本当だった。
シルト陛下ほどの方でも完全に弱者を守り切る事は出来ない。
一人で出来る事はたかが知れている。
結局、弱いままではだめで、そしてただ強いだけでもだめである。
皆で強くなって協力した上で、上に立つ者は汚名を甘受してでも真に正しい行為を行わなければならない。
私はシルト陛下のお言葉を伝授していこうと思う。
シルトは、ヤルダバオトを名乗る魔将を