足元を見ると、老人が死んでいた。
特にこれといった特徴もない、ただの年老いた男だ。死体はそう古くもないのか、ひんやりとした薄暗い部屋の床と同化するように未だ冷め続ける最中にある。
床に積もる砂の凹凸に溜まる液体すらもはっきりと見えるのに、不思議と部屋の様子はぼやけていて曖昧だった。散らばった数本のペン、書きかけの手紙、赤い円。その手触りのひとつひとつが無意識に脳裏を過る。
遥か遠くから無数の叫び声が地響きを伴って聞こえてくる。それは灰を運びながら次第に遠ざかり、やがて霧散して残響になった。
違和感が全身に纏わり付く。この死体は何なのか。この冷たい空気は何なのか。指先に残る砂粒の感覚は何なのか。
疑念に駆られてふと自らの手を見ると、そこにあったのは老いさらばえ砂に塗れていた筈の
私が自身の死に気付いたのは、丁度その様を見た時だった。
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試行回数:██回
Route:██
私は目眩から覚め、飽き飽きする程に見た原点に再度立った。取得情報に変化なし。パラメータスキャンの結果に問題なし。前回試行の霊基損傷軽微、自己修復可能域のためスケジュールは続行。
同期ぶれで歪む視界を正し、ロールバックした傷痕の痛みを振り払う。私にだけ見える失敗が、針になって胃の底に落ちた。もう何度目の事になるだろうか。
とは言えこれだけ施行を繰り返して(それだけの失敗をして)いれば、うち何度かは状況の復習に費やした回もあった。セイバーに取り入ったことも、キャスターに擦り寄ったこともある。誰の元にも付かずに領土争いを妨害することで王権所有者を偏らせようとしたこともあった。
しかしいずれも最後には失敗したのだ。私が浅慮だったことが無いとは思わないが、私がひとりでどうにか出来た問題だとも思えない。
既存の世界を根底から敵に回す戦いの最中、私はふと味方の存在を欲した。
間違っても自滅したり裏切ったり命令を忘れたりなどしないような、自我を損なわない程度に従順な味方が望ましい。余程度が過ぎていなければ、もう頭の良さは二の次でいい。
敵かそれ以上に厄介になってしまった最初にして最大の過ちの事を思うと、また胃の中の針が鋭さを増すようだった。
タイムライン上では3人の岸波白野が各々自陣に着く少し前の頃。
未明領域外縁部、ムーンセル観測圏内との境目に差し掛かったとき、僅かな違和感があった。
厳密に言えば、領域パラメータの数値が変動したのを見た。今ルートの戦略を考えるのに費やしていた演算領域のうち、視覚に割り当てられたスペースはかなり小さかったらしい。私は目の前の大きすぎるイレギュラーに今この時までまるで気付かなかった。
それは私に背を向けており、おろおろと辺りを見回しながら手だけは所在なさげに髪の先を弄っている。余りにも見慣れたシルエットだが、その異常性はムーンセル以上に私がよくよく知っている──
「……岸波白野?」
出るはずだった溜め息を押し退け、固有名詞が代わりに口からこぼれ落ちる。
こちらの混乱がかえって頭を冷静にさせたのか、「名前」を呼ばれたそれはぱっと振り返った。
「それだ!!」
「それ……」特大の叫び声と想定外のあれこれが脳を揺らし、目眩が視界を襲う。
世の中には到底理解できないものというのは多々あり、そういったものを
目の前で私を指して何やらまくし立てている少女は、この場に存在する筈のない"最後のマスター"その人だったからだ。少し前の時間で3つに分かたれ、互いに争う運命にある筈なのだ──それも他ならぬ私の行動を発端として!
「つまりですね、わたしも何でこんな所にいるのか分からなくて、誰かが通りかかるのを待ってたんです! も、申し訳ないんですけど、助けてもらえませんか!」
少女──岸波白野は私に縋りついて必死な叫びで訴えてくる。
私はこのルートに呼び込むべき終末が不安定に揺らぐのを感じた。