結局、私は無能な学生のように暇だ暇だと煩い子供を連れ立って、ローマ郊外まで仕事に来る羽目になった。仕事に他人を関わらせるのは不快だが、
それこそセイバーに保育を
邪魔がひとり居るくらいでこの私が仕事をしくじることもないが、ルーティングと違う、というのはそれだけでややストレスだ。まあ、もうじきに終わる世界に細やかに手を掛けてやる理由は本来はないのだが……。
「はは、仮にもマスターの命とあれば無碍にもできますまい。ええ本当に」
と、事実を知る由もない少女は何か問題でもと言わんばかりの強引さで私の側に張り付き、まあそれでも一応はしっかりと着いて来ている。
「
「ついさっきまでわたしの同行めちゃくちゃ渋ってたけど、そう言ってもらえて嬉しいよ!」
「その自覚があるなら大人しくひとりでお留守番していただきたかったのですが」
マスターはやはり子供らしい小憎たらしさで微笑み、弁明はしなかった。そういうものを私が期待したとかではなく、ちょっとくらいの申し訳無さでもあるのならと思ったのだが、生憎その機能は彼女には搭載されていないらしい。
幼い正義感というか、マスターとしてのアイデンティティを背負っているからこそ岸波白野は私に付き添いたがっている、というのは理解している。ありがた迷惑なだけで。
「大丈夫! アルキメデスの足は引っ張らないから!」
何も言うまい。
今頃は皇帝と共にそこらを駆け回っている筈の「マスター」がこの場にいる事に道行くNPCたちは関心を示さず、ただ漫然とすれ違い合う。どれも稚拙なAIが積まれただけの疑似人類だ。何人かは見慣れない
誰も宇宙から来る厄災に気付くこともなく、なまじ野心だけはあるせいで中途半端に生活にやる気が見られる。哀れなことだが、所詮は世界にそれらしさを与える賑やかしだ。
「そろそろ目的地です。小さめのバグを取るだけなのでそう時間は掛けませんが、引き続き私から離れないでくださいね」
大した出来事もなくエリア端に辿り着く。ここにも何度来たことか。
偉大なる皇帝陛下の施策によって領域の外縁は不規則に縮小と拡大を繰り返しており、必然的に処理の手間はかさみラグは起き、バグが横行する。新生SE.RA.PHの何が醜いと言えば、結局権力者の争いのせいで民草が苦しむ構図に変わりがない事に他ならない。
「現場に近づく民間人への説明は任せてね!」
「必要ないですね……いつもしていないので……」
マスターを尻目にシステム管理画面を開く。
一面に拡がるプログラムの中、何も知らなかった頃の私の痕跡がコードの至る所に並んでいる。
何故これを今になっても手放せないのかと問われても、これまでの積み重ねも同じように私を
領域指定の曖昧な箇所を再定義し、重複データを整理する。未使用のままスペースだけ食うデッドコードを削除する。変更の必要がある部分の文字数すら記憶している。在るべき形に削り、埋める。
せいぜい2分程度。大した価値のない情報が整理され、その無価値さが多少は誤魔化された所で私は手を止めた。
バグの要因になり得る箇所は
違うのはただ一点──
「アルキメデス!」
後方でマスターが叫び声を上げた。
システムが同調するようにエラーを吐き、どこかからガチャガチャと雑音が響き出す。
「後方!
彼女は私の横をすり抜け、左手で町の外──支配外領域を指差した。
その先に
手の中に
「わたしは──」
「この程度は遊びにもなりません。新王はこのまま私の側に」
彼女は見るからに恐れを顔に浮かべたが、対軍相手が基本のこの戦闘で安全地帯は存在しない。
「そのまましゃがんで、動かないで下さい。攻撃に巻き込むかもしれないので」
「わ、分かった……」
接敵まで推定10秒。
何も語るべきことも無い。左手の上に太陽を喚ぶ。歯車は回転速度を上げて私の周囲での公転を始め、風を巻き起こして私の袖を膨らませる。
私の足元でマスターは必死になって敵を睨み付けていた。
「脳すら無い傀儡が。私が
接敵まで3秒……公転半径を広めた歯車の1基が、雑兵の胴体を抉って吹き飛ばす。何の策もなくなだれ込んでくる兵たちは、当然ながら無抵抗に続々と引き裂かれて破損データになって飛び散った。
多少の知恵を巡らせてマスターを狙って回り込んだ者もいたが、掌中の太陽から放たれた熱線に焼かれて見る影もなく消え失せていた。
語ることもないくらいの、全くの無個性な軍団だ。ただ準備していた武器を規定通りに起動するだけで勝手に死んでいく。
「殺戮機構その3。拍子抜けだな、図体が大きいだけか」
召喚を宣言すると同時に、右肩の側に大型のクレーンがインポートされる。それが見えなかったのか、そもそも視覚が存在しないのか、真っ直ぐに突っ込んできた大型個体は脳天に斧状の刃を振り下ろされ、抵抗の間もなく両断された。
刃が地面をえぐって小石を撒き散らし、ぱらぱらと軽快な音を鳴らす。足元の少女はそれに驚いて言葉とも呼べない声を上げた。
隊長を失った小隊は一斉に行動を停止すると音もなく消滅し、後には何も残りはしない。
その場には歯車が風を切り続ける音だけが鳴り続けている。あまりにも呆気なく、あっという間のイベントだった。
「……これだけ?」
私が全く意識していなかった──過去の周回では起こらなかった出来事であった筈の
エリアパラメータにも異常なし。マスター及び私に向けての敵性反応も無く、エラー音もとっくに消えている。
「び、びっくりしたね……」
消化不良を感じながらも武器を片付けると、岸波白野は小声で呟きながらよろよろ立ち上がって私の袖を掴んだ。
「え、ああ……そうですね。私も想定外の事で……」
不具合の原因がラグだとかデータの重複によるものであるならば、それを体現する「4人目」が発生したこの周回で過去に無かった不具合があってもおかしなことではない。今回の想定外の襲撃──埒外の攻性プログラムの発生は、彼女が
だから、そこについての焦りはないのだが。
「大丈夫だった? ……って心配するまでもないか」
仕事は果たした訳だから、この出来事はこれで終わりだ。ただ「歩く不具合」が本当に追加のエラーを引き起こしたと言うのなら、私の仕事は永遠に終わらないのではないか?
「……私の言った通りでしょう。危険なんですからやはりお留守番を」
「き、拒否しづらいタイミングで持ちかけてきた……」
ダメ元で提案してみたら案外良い反応をされたが、指輪をはめた手はしっかりと身体に触れてきている。
「わたしがアルキメデスの側にいても邪魔にならない方法無いのかなぁ、レガリアで調べたら出てこないかな」
「そんな方法なんて……」
あってたまるか。とその瞬間には思ったが。
そう言えば、レガリアにはそれが出来るのだった。いや、私が指輪を填めたりなどしない限りは不可能な事なのだが。しかし本当に調べられてしまったら、サーヴァントである私はやや不利なのでは……。
「アルキメデス……」
そもそも私は指輪には選ばれていない訳だし、確かに調節次第ではどうとでもなるが一過性のものであってずっと手元にあるのは不味い……かもしれない。それに「マスターの手にあってこそですよ」との文句で譲らせた指輪が仮にも私の手にあるところをセイバーに見られでもすれば、それこそ戦争になる。
だから私には期待を込めてこちらを見る岸波白野の顔は見えない。見えないということにしておきたい。面倒を避けるための作戦なんだ、計算の面倒な状況にはしたくない!
「
輝いているのは指輪だけではない。