私を占めるデータの1%にも満たない重量を抱えたまま、それでも仕事はゆっくりと進んだ。仮想の太陽が落ち、仮想の月が天を横切り、夜が明ける。
ベッドの上で寝こける少女を横目に(そもそも何故同室なのか?)武器の刃を研ぎながら、来たるべき大きな分岐の接近を待った。
どこかのエリアで夜通し続いた戦いが終結したことを、管理者端末のアラートが告げる。
キャスターの打倒は無論私の目的でもあり、「
研ぎ澄まされた切っ先が服の袖を僅かに裂いた。後で縫い直しておこう。
「面倒なことだ……」
領域の空気はどこか浮足立ち、夜明けとともに吹き込んだ胸騒ぎはNPCたちの何人かを眠りから起こした。それが幾度となく吹き荒れた風であることを民草は知らない。呑気に鼻を鳴らしている隣の子供も。
これがSE.RA.PHの最大の転機だと信じる全ての者がそのうち死に絶える未来を思うと、哀れを通り越して無になってくる。まあ、0から生まれたものがまた0になるだけの事だが。
──武器の整備をあらかた終えた頃には陽は高く登っており、岸波白野も起き上がってもたもたと身支度を始めていた。
「新王」
「違うよ! わたしが壊したんじゃないからね!」
「まだ寝ぼけておられるようですね」
彼女はびしょびしょの顔と萎びた髪をそのままにしてこちらに訴えかけるが、水滴が飛び散るばかりで言葉は支離滅裂だ。相変わらずの様子に逆に安心すら感じる。
「起き抜けの所失礼ですが、レガリア争奪の戦況についてお話したいことがあります」
「戦況?」
何故か新王は一瞬きょとんとして後ろ髪を手で纏めたり解いたりと気の抜けた様子を見せた。まさかあまりの暇さに戦時中であることを忘れていたのでは、とも思ったが、あえて口に出すべき話題ではないだろう。
「何か動きがあったの?」
「昨晩、
「そうなんだ……戦いは避けられないんだね」
「元より他者を支配する権利を巡る戦争です。私も本意ではありませんが、仕方ありません」
私の言い分に新王は深く頷いて同意を示した。
もう少し大人になれば嫌でも
「私は立場上、どちらかに加担するべきではないのですが……マスターであるあなたがセイバー殿の物
「ど、どうして?」
「これは私たちにとってはレガリアを統一するための戦いです。キャスター殿の指輪を手にするのはあなたでなくてはいけないのですよ」
マスターは曖昧に返事し、もじもじと左手の指輪を弄っている。緊張による反応だとは思うが、何とも煮え切らない。
「……勿論、あなたが実際に剣を持つわけではありません。私があなたの代理として戦場に立ちますから」
「それは……ありがとう、だけど」
「新王が憂うことは何もありません。これでも戦場の英雄ですから、そうやすやすと命をくれてやることはしません」
感覚としてとうに遠い
マスターも戸惑いつつも私を止めるようなことは口にしない。サーヴァントを言葉だけで説得するのが無意味なことは把握しているようだ。
「あなたに代わって使命を果たし、岸波白野、あなたの生んだ世界に和平を取り戻すことを約束します。ですから、私が戦場に出るお許しをいただきたい」
その目を覗くと、茶色の瞳はおろおろ右往左往するばかりで何を捉えるべきかをまだ悩んでいるようだった。
彼女の悩みは的外れなものだ。中途半端に王だとかマスターだとかの名前を得たせいか、私の行動に責任を負う必要があるとでも思っているのだろう。
「わ、わたしもマスターだから一緒に……」
「お気持ちはありがたいですが」
赤い光を湛えた手がこちらに伸ばされるが、私はそれを押し返した。
指輪を得るその瞬間にはレガリアを持った「4人目」が居なくては話にならないが、それは今の「信頼を得る過程」には必要ない。
「その指輪を守ることも王たるあなたに課せられた使命です。敵の領域に入ればあなたを狙うのはその場にいる全てなのですよ」
「わたしをひとりにできないって言ったのに」
「ここは玉座にも比較的近い地点です。少なくともキャスターの軍には襲われない」
「アルキメデス……」
彼女はようやく視線を私に定めた。不安、恐怖、警戒。見たところそんな風な感情が含まれる。
──岸波白野は何故私にレガリアを持たせたがったのか、手に走る太い血管が私に伝えようとしている。
「まずはこの1日、私に任せてはくれませんか?」