マスターの無駄な心配を背に受けつつ向かった玉座では、ローマ皇帝の傘下のサーヴァントがめいめい集まって何やら話し込んでいた。システムの自動文字起こしを見る限りでは敵陣侵攻の作戦会議のようだが。
サーヴァントにしろAIにしろ将に率いられずに役割通りの防衛をするだけの攻性プログラムは
しばらくするとサーヴァントはぽつぽつと散っていき、後にはまだ何か言いたげなガウェインが残った。敵戦力についての提言のタイミングを見計らっていた、ということは既に知っている。
「どうか進軍にはご注意を。レディ岸波ごと倒されては、私たちの立場がありません」
「まったく、どちらの心配をしているのだ貴様は」
2騎のセイバーはひと通り情報を交換し終える。分かっているのかいないのか、セイバーのマスターはそれを見てうんうん頷いていた。
この陣営に私が参加することを誰も知らないままでは都合が悪いので、この辺りで顔を出しておく。
「まあよい。進言として受け取っておく……む?」
「おや、あの者は一体……新王、お知り合いですか?」
流石に
太陽の騎士は咄嗟に手に力を込めたが、自分が仮にも仕える皇帝の油断した様子を察してか剣に触れることはしなかった。何も臆することはない。私は玉座の側に寄り、いつものように親愛を示す礼を捧げた。
「お話のところ失礼致します。いよいよ千年京への進軍の頃合いかと思い、推参した次第です」
「うむ、丁度それについての話し合いを終えた所よ」
セイバーがそう言う横で、玉座の上のマスターは「4人目」の不在を不思議がる様子で私をまじまじと見つめている。
「ガウェイン卿、こやつが以前話した「心臓」の奏者を預けた者だ。
「貴方が例の……初めまして、話には聞いています。確か真名は──」
騎士はにこやかに私を観察して訊ねた。その目が完全にこちらを信用していないことは伝わってくる。まあ、初対面なのだからこれは当然だろう。
「こちらこそ初めまして、太陽の騎士よ。我が真名はアルキメデス……SE.RA.PHの技師であり一介の学士です。以後お見知りおきを」
双方当たり障りのない無難な挨拶を済ませる。何故か皇帝陛下だけは満足そうににこにことしていた。
私の目的はお友達作りではなく、今後の展開をスムーズに進める為の布石を打つことだ。私を「敵でない」と認識していることを宣言してくれた事に乗じてよう。
「それで……本日お伺いしたのは他でもなく、此度の千年京攻めの事なのですが」
「ほう、申してみよ。技師としての提言か?」
ネロは随分とリラックスした様子で腕を組み、こちらを見下ろすような態度で私の言葉を促してくる。王権を示すものを実際に持っていなくても、やはり彼女の自信には欠片の陰りもないようだ。
「いいえ。サーヴァントとして、そしてあなたの指輪とマスターを預かる身としてのお願いです」
「構わぬ、申せ」
「私も陛下の軍に加えていただきたく。内政に関わらないとは言いましたが、指輪の統合をこそ願う今、ただ座して待つだけというのは不誠実ではないかと思いまして」
少し離れた地点に立つ騎士は私を横目でちらりと見、次いで少しだけ眉をひそめてマスターに視線を戻した。
「本分でなくとも戦場の空気は慣れたものです。将の首こそ押さえられずとも、支援であればお力になれるかと」
「貴様の武勲は聞き及んでいる。戦士ではないが、防衛の才で英雄となったことは我らの国で知らぬ者はいない」
「お褒めに預かり光栄です。して、如何でしょうか」
「既に
なあ、とセイバーに同意を求められ、マスターも同じようにきりっとした面で頷く。セイバーと、他でもない
「ガウェイン卿はどうだ? 我が軍のサーヴァント代表として」
「突然そんな役目を与えられても困りますが、私はレディ岸波の判断を信用します」
騎士も同じくマスターと目配せをした後、胸に手をしてそう告げる。
「それに、何かあったときにはあのアーチャーが何とかしてくれるでしょう」
「そ、そんなことにはならぬぞ! ならぬよな?」
今更慌てふためいた様子の愚かな為政者には微笑みをもって返事とした。
「ともあれ認めていただき感謝します。後方支援はお任せいただければ」
「うむ! では戦場でまた後ほど会おう。我らもそろそろ千年京に向かい開戦の準備をせねばな」
すっかり私を懐柔した
自分の為と言いながらも、この戦いでは手を抜くわけにはいかない。私はそれなりに名のある防衛者としてローマ陣営を裏で支える……という役割でしばらく動く必要がある。
ある程度の痛みを許容しなくてはならないこの戦闘必須の期間は何度やっても辛いものがあるが、いいや、この周回こそが最後なのだ、とせいぜい数日の間に何度も唱えた文句で己を鼓舞する。
さて私も準備をしなくては、と玉座にも背を向けたその瞬間、視線の少し先で岸波白野と戯れながら歩いていたネロが足を止めて首をこちらに向けた。
「そう言えば、アルキメデス……学士殿。マスターは同行しないのか?」
常にマスターを侍らせる彼女の質問としては妥当なものだ。そう言えば、レガリアを持っていないセイバーは戦場で岸波白野をどのように扱っているのだろう。
「マスターは陛下がご用意してくださった家宅で待機しています。私の実力では彼女を守りながら戦うのはやや難しいので」
「何、レガリアがあるのだから特別にその機能を使うことを許そう。敵はそう容易くないぞ、戦いの最中
私が指輪を持っていたら印象がどうとかいう杞憂を跡形もなく吹き飛ばしつつ、皇帝陛下は言いのけた。意外と指輪それそのものに対するプライドは無いのか、持っていないものは持っていないときっぱり割り切れるタイプなのか。
「レガリアを持つサーヴァントはマスターとひとつになって戦うことができる。その方が「心臓」も安全であろう? ひとりになどしては奏者が可哀想ではないか」
言って彼女は「精神」に抱きつく。岸波白野は苦笑いを浮かべながらも、わたしだったらサーヴァントといつも一緒にいたいよ、と無責任な事を言った。
「わ……私は「心臓」の協力者ではありますが、彼女のサーヴァントという訳ではありませんから。それに、そもそも私に指輪を付ける権利は無いのですよ」
「そういえばそうであったな……」
マスターが一緒にいるのは当然のことですが何か、みたいな顔をされたので咄嗟にそう嘘を吐いてしまう。正直、一時的とは言え「4人目」が正式なマスターだということはあまりバレたくない……大きな理由は無いが。
「では致し方ない、せめて毎日帰って元気な顔を見せるなどするように。余の奏者を悲しませたりしたら、怒るぞ!」
ネロは何故かそう捨て台詞を吐くと改めてエリアを後にした。
こんなに開放された空間なのに、まるで棺の中くらい息苦しい時間だった。マスターのご機嫌取りのタスクも我侭な陛下の為に可視化できるようにしておかなくてはならない……のだろうか。
これからしばらくはこの感覚と付き合い続けることになる。戦場で兵器になることだって、息苦しさはそう変わらないのだ。
溜め息だけが私の友として空気に浮かんでいる。