私たちはいよいよ千年京首都の門を潜った。
日はすっかりと登っていたが、戦いの音はまだ大路に飛び交っている。自然と肩に力が入り、
マスターはぴったりと私の隣を維持し、レガリアを眼として戦場を見回している。記憶にない経験の賜物なのか、彼女なりに昨日一昨日で準備をしてきたのか、想像よりも冷静な様子だ。腐っても勝者ということか。
昨日の無駄にやる気に溢れた発言も認めてやるべきなのだろう……認めた所で何ということもないのだが。
セイバーに連絡を取ろうと端末に触れる寸前、ふと昨日の朝のことが思い出された。
「私のことなら──確か自分の言葉も同じく定型的だった──心配する必要はありませんよ」
「マスターとしてサーヴァントを心配するのは……」
「当然だと」
「そ……そうだよ?」
何故かマスターは恥ずかしそうに答えた。別に尊重されて困るサーヴァントも人間もいないだろうし、私が個人的に面倒なだけで間違いではないのだが。
「いや、普通は心配にもなるよ! アルキメデスは今の所わたしの一番の味方なんだから、もし居なくなったりなんてしたら……」
彼女は次の言葉を言い淀み、俯き、溜息を吐いた。
「悲しい……かもしれないし、辛いかもしれないし……あと……」
その様子を、岸波白野が何か大事な事を思い出しでもしたのではないかとひやひやしながら私は見ていた。無論事実は下らなかった。
「気を悪くしないでほしいんだけど……正直に言うと、アルキメデスが助けてくれなかったら死ぬかもしれないのが、怖いから……」
私は呆れ返ってしまったが、マスターは自分の相方を命よりも大事に思えないことを本気で気に病んでいるようだったのだ。
本気でそんな高尚なことができる人間が、今の地球にひとりでもいるものか。彼女が如何に王となったからと言って、そこまでを望む者がいてたまるものか。
「お気遣いはありがたいですが、新王」
ありもしない罪に怯えるマスターは哀れを通り越して最早うざったくもあるが、彼女には
「私たちは互いに打算ありきで契約をしたのです。最終的な望みは両者の十分な利益……あなたの要望は、私が不利益を被らない限りは極力果たされるべきものです」
「ほんとに?」
「マスターが何であろうと、それが
私の主張が納得に足るものだったのか、新王は以降この話はしなかった。
そうして私たちは転移を挟みつつ概ね徒歩で
結局まる1日は掛かったのだが、岸波白野は疲れ知らずに意気込んでいる。まあ、それはいい。
とにかくここを確実に押さえるのが肝要だ。結末はひとつしかない。
「セイバー殿」
端末の向こうからはざわめきだけが聞こえてくる。
「こちらアルキメデス、「心臓」と共に戦場に入ります」
刺々しい金属音がスピーカーを激しく震わせる。それを聞き付けたマスターは肉眼でこちらを見やった。
「──SE.RA.PHの為に!」
ノイズ混じりの少女の檄が飛ぶ。
「承知。SE.RA.PHの為に」
通信終了を合図とするようにマスターは身体強化のコードキャストを起動した。それを確認して武器を展開、彼女の機動力に合わせるために飛行移動はしない。歯車が回転速度を増し、ガリガリ音を立てて噛み合う。
皆殺しの準備が私には出来ている。下品な光が舞う方向に、戦場を完全に覚えた脚が真っ直ぐと駆け出した。
自分の靴音に隠れてマスターの場違いな足音が鳴る。彼女は初めての身体強化に戸惑っているのか足の運びにブレがあるが、しっかりと私に追随している。
「作戦はA陣営──セイバー軍の防衛支援、及びキャスター殿のレガリアを手に入れることです。レガリアの支援とコードキャストがあれば新王でもサーヴァントに追い付ける……ようですが、当然ながら戦闘要因にあなたを数えてはいません」
「それはごめん! わたしに出来ることなら何でも言って!!」
「あなたを戦場の真ん中に入れなくてはならなくなったのは私の落ち度です。新王は私に守られていてくださればそれで構いません」
速度のせいで喋りづらいのかマスターは押し黙ってしまった。彼女が多少暴れようと私(と私の歯車たち)にカバーできないことは無かろう。いざとなれば令呪を切らせればいい。
さて、戦況は確認するまでもなくA陣営有利。急ぎ戦闘に参加し迅速にセイバーとキャスターを戦わせる準備を済ませたい。押され気味のセクターの支援に入る。
「新王、前方のセクターの戦闘に参戦します。接敵まで10秒!」
「わ……分かった!」
マスターは足の回転を早め私に追い付く。顔を真っ赤にして必死で走るざまは皇帝陛下あたりが見たらこっちが真っ赤にされかねないが、何もかも死に比べれば安いものだ。
接敵まで3秒。攻性プログラムの索敵範囲に捉えられる。
右手から開始。2、1。歯車の1基が飛翔、宙に舞う萎れた花弁もろとも空気を引き裂き、敵機の頚椎を分断した。
腕を振った勢いのまま左腕を大きく回す。次いで3基を放ち、十数固まったプログラムを当てる。弾き飛ばされた反動で雪崩のように群れが瓦解していき、このセクターを占領するアグレッサーが顕になった。
「
腕の延長線に喚び出されたクレーンの、先に繋がれた研ぎ澄まされた刃が地面を抉りながら天高く掲げられる。指を開けばそれの回転速度は見る間に早まり、空気が笛のように鳴る。
息を吸い、両腕を空気に叩き付ける。その角度に応じて機構は唸り声を上げ、こちらに武器をぶつけんとするアグレッサーを切り刻みながら地面を砕いた。
将を失い統率を乱す攻性プログラムを歯車たちが舐めるように薙ぎ倒していく。時折弾け飛ぶ鉄片が肌を掠め、ぴりっとした痛みが過る。
同じくそれに驚いたマスターが悲鳴を上げ、それに反応した歯車が1基直ちに側のプログラムを斬り殺した。
「あ、ありがとう!」
「お構い無く……これで、ここは終わりですね」
群れに紛れてターゲットを見失っていたセクター最後の敵アグレッサーが歯車に首をねじ切られたのを見届ける。
一瞬だけの静寂の後、味方プログラムが再生成されA陣営のマトリクス所有率のカウントが進んだ。
「よく分からないまま終わっちゃったけど」
「まだ終わりではない筈ですが……」
隣接セクターがまだ戦闘中だ。レジムマトリクス完成までは脚を止める訳にはいかない。
セクタージャンプのポイントの先に(マスターが初めてのジャンプに手間取り、仕方なく手を引っ張った)向かい、相も変わらず群れるプログラムに感慨もなく刃を向ける。
これをさっさと片付ければそれでいい。塵と灰で汚れた歯車がさらに速度を上げて風を巻き上げていく。
「大丈夫?」
マスターは裾の解れた衣服を気に掛けながら聞いてきた。今の戦況なのか体調なのか時間なのか、もしくはその全てを引っ括めているのか。
戦況は上々、未だ無傷。強いて言うなら時間はやや経っているが、前例と比較すれば早い方だ。
「問題ありません」
面白みのない戦いだ。マスターを守るタスクがあるぶん気は紛れるが。
1、2、3。腕のひと振りで容易く敵は崩れる。16、17、18。一様に武器を乱暴に振り回すだけの存在に遅れを取る筈もない。184、185、186。スコアが伸びる都度に頭が冷えてくる。
マスターはレガリアによる高速演算とコードキャストにより、あまり大きな動きをせず最小の動作で攻撃を躱すことに努めている。スペック上は可能だと把握はしていたが、実際に機能しているのを見ると強烈な違和感がある。
「わたしのことは気にせず戦ってー!」
本人にもやや余裕があるようだ。危機的状況に分泌されているであろう脳内物質と、身の丈に合わない力の感覚でハイになっているだけだろう。
279、317、384。マスターが力加減を勘違いする前にここを切り抜けないといけないが、しかし……。
戦況は変わらない。A陣営有利……A陣営有利のまま。マトリクス所有率はセイバー側に傾いているが、どれだけの敵を倒しても数字が動かない。
敵は無尽蔵に湧いてくる。このセクターではある程度間引けているように見えるが、エリア全体での相対数は殆ど減っていない。各地で未だにA陣営は戦闘を続けている筈なのに。
これは前例のあったことではないか。戦闘の前に気付いても良かった事だ! 不具合が新たな不具合を生み、破壊されたプログラムが消去しきれず中途半端に復元された結果、相対的な敵数が減らないように見えている。
あるはずの無い「
「いくらなんでも敵多くない!?」
「ここで戦ってもキリがないでしょうね」
「わたし何で戦えてるのー!?」
自分が原因とは露知らず、マスターは泣き言を吐いた。
本来は発生しない状況だが、なってしまったものは仕方がない。このまま無意味な戦いを続けてもキャスター側にも益はないのだから、王たちには無理矢理にでも決着を着けてもらおう。
「セイバー殿、応答願います……」
セイバーは危険度こそ低いが消耗を強いられる戦いに疲弊している。一応、話をスムーズに進めるためにキャスターには負けてもらいたいので、彼女には元気に戦ってもらわないと困る。
通信は思ったよりも早く通じた。セイバー……ではなく、「精神」の焦燥した応答が返ってくる。彼女はセイバーと一体化することが出来ない代わりに、今の「4人目」のように戦場に出ているらしい。
一向に終わらない戦闘に自分たちの軍は追い込まれつつある。こんなことはこれまで一度も無かった。彼女は震えた声でそう言い、縋るように支援を求めた。
「これは想定外の動作……異常事態です。敵軍の停止の為には最早、将を討つ他にありません」
どうやって、と「精神」はより焦りを募らせて言う。
単純な事だ。今からセイバーの元に向かい、キャスターの玉座へ強引にアクセスさせる。これくらいは普通に徒歩で移動するくらいに容易い。強いて言うなら私の権限で可能な範囲を悟らせたくなかったが、致し方ない。
戦いにおいてはルール違反ではあるが、重大な不具合があるゲームを管理者が収めるのは当然だろう。
「とにかくそちらに向かいます。今暫くお待ちを」
迫る刃に反射的に目を閉じたマスターの腕を引っ張り、隣接セクターに向かって跳躍する。右手の先から悲鳴が上がった。
敵の頭を踏み付け、飛んできた矢を蹴飛ばし、翳される剣をこちらの武器でへし折る。哀れなマスターも「ちょっと待って!」と叫びながら、それでも気力とレガリアの力でしっかりと追従してきている。
「えっと、今からどうするの!」
「セイバー殿に合流します。如何なる不具合でも起きてしまったものは仕方ないので、ルールを無視して大将戦を始めさせます」
「そんなことしていいの!?」
「何故いけないのですか? SE.RA.PHの全権を握る王はあなたなのですよ。あなたが許すなら多少は問題ないでしょう」
新王は動転して目を白黒させた。目標地点への到達まで推定5秒。セクターにはふたりの人影が背中合わせに立ち尽くしている。排除すべき敵に向けて個性のない群れが一斉に手を伸ばし、太刀筋鈍る少女はあわや一撃食らわされんとする。
ここで私の手が滑りでもすれば
少女の苦痛を滲ませた目と目が合う。1m。50cm。手を伸ばせば容易く引き裂けるその距離。
空気が裂かれた拍子の風が目を乾かす。折れた刃が辺りに飛び散り、訝しげな緑の視線がそれを追った。
「学士殿……?」
「状況はご理解頂けていると思っておきます。今すぐにキャスター殿の元に」
突風のように戦場を抜けた歯車に不意を打たれ、セイバーはよろめき倒れかける。幸いそれを支える手が間に合い、彼女は転ばずに済んだ。本当に私が正々堂々の戦争で
「せ、セイバー……ぶ、無事で、よかった! 大変なことに……なっちゃって……」
すぐ後ろでぜいぜいと息を整えていたマスターも慌てて寄ってきて朗らかに声を掛ける。彼女は瓜ふたつのもうひとりを目に止め、気まずそうにはにかんだ。
厳しい顔だったセイバーも慣れ親しんだ人物の穏やかな様と
「余に前線から退けと言うのか、アルキメデス」
その剣は今も赤々と燃え、衰えない威勢を主張している。体力についてはまだ心配の必要はないらしい。それだけは唯一喜べる。
「不具合の解決は私の仕事です。あなたは王としての職務を果たしてください……そう、SE.RA.PHの為に、です」
一瞬は治まったプログラムの波が再び周囲に集まり始める。岸波白野が私の袖を引き、不安そうに周りを見渡し始めた。
愛らしき皇帝陛下は少しだけ目を閉じ、深呼吸をし、自らのマスターと手を繋いだ。同意と見ていいだろう……そうでなくても決行の時は今しかない。
「そちらが決着するまでにはこちらの問題も解決させます。また後程」
「信じるぞ、学士殿」
「言われずとも」
管理者権限から呼び出した転移コードを起動する。その姿がセクターから消える間際にその口が何かを発しようとしたように見えたが、発声には至らなかった。
セイバーたちは跡形もなく消える。これからの仕事は戦いではなく、データの書き換えと終わりのないバグ取り作業だ。
「新王、私に魔力を優先的に回してください。演算能力をブーストして状況を解決します」
「分かったけど、ひとりで出来る? わたしも手伝おうか?」
マスターは珍しく迅速に魔力の再配置をしながら無意味な質問をした。
「私はアルキメデスなのですよ、マスター」