Route:lost   作:花見饅頭

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0日目:弧星篇

 現ルートの整合性のチェックと()()()()()()()岸波白野の安否を確かめたことで、明らかになった事柄がいくつかある。

 

 まず、このルートで突如現れた岸波白野は「4人目」であり、精神・魂・肉体の何れとも違うということ。そして「4人目」は私の踏み越えてきたルートには確実に存在していなかったということ。

「4人目」はSE.RA.PHに正規に記録された知性体ではなく、どうやら固定記録帯への負荷によって発生したラグが原因の残像に過ぎないらしい。繰り返しの平行移動による微少なズレが生んだバグとも言えるだろう。

 

 ヒアリングの結果と精神判定のパラメータを見るに彼女自身に明確な目的や思想は無く、強いて言うならば「肉体」の岸波白野に近い印象を受ける。聖杯戦争時やこれ以前の繰り返しと比べると若干直情的に思える部分もあるが、恐らくムーンセルが彼女に抱いた表面上の性格が代入されているのだろう。強いて名付けるとすれば「概念(イメージ)」の岸波白野、とでも言うべきか。

 

 見かけは他の岸波白野と寸分違わない……が、衣服の色が白ではない。また、レガリアに相当するものは持っていないらしい。令呪は持っているようだが、他の岸波白野がレガリアによるバックアップを得られるのに対し、彼女のものは通常通り3画に限られると思われる。

 

 ともあれこの岸波白野は()()3()()と同じようにマスターとしての能力を最低限備え、数値上でも岸波白野同等だと扱われていることに違いはないようだ。

 

──もしかすると、これはチャンスかもしれない。

 彼女をマスターとして行動すれば、岸波白野の存在に拘るセイバーたちを黙らせられるだろうし、新しい玩具がいたくお気に入りのアルテラの注意を逸らすこともできる。指輪を持たない岸波白野が現れ、その不確定性を補い存在を安定させるものが王権だと誘導すれば、もはや争いすらなくレガリアを統一できるのではないだろうか? 

 何より、持たざるものに手を差し伸べようとするのは他ならぬ岸波白野の性質だ。「4人目」の境遇に同情すれば、自ら指輪を差し出す可能性もある。そして揃って「悪しき異星の侵略者」を倒さんとしてくれるだろう……

 

「あのぅ」

 

 如何にするべきかと考えていると、件の「4人目」はおずおずとこちらの顔を伺ってきた。

 ひとまずの拠点として未支配領域にある廃砦に連れてきたが、環境の悪さか私を訝しんでいるのか落ち着きなさげな様子だ。

 

「それで、わたしは何をすればいいですか?」

 

 岸波白野は困りきった表情と小さな声でそう尋ねてきた。

 彼女の記憶も他の岸波白野と同様に、おおむね記録帯以前の状態に戻っている。聖杯戦争の勝者であり、王座に登り王権を得たと。

 

「そうですね……それを説明しなくてはなりませんでした……」

 

 タイムライン上ではそろそろキャスターが動き始める頃だ。あと半日もすればセイバー陣営と最初の衝突を始める。可能であればそれまでに一策打っておきたい。

 これは存在しなかった筈の可能性だ。岸波白野はすべてのパターンで各々自らのサーヴァントを従えて(或いは従えることを強制されて)いたし、そうでなければストーリーは動き出さない。孤独なスタートを切ったのはこの岸波白野が初めての筈だ。

 動揺は尤もだろう。その動揺に付け込むことが戦略として有効であることも尤もであるように。

 

「……遅くなりましたが、ひとまず名乗らせていただきます」

 

 自らの困惑は胃の奥に一旦押し込み、この場に相応しいであろう自分を経験の中から探し当てる。

 あくまでも冷静に。人畜無害で品行方正に。何よりもにこやかに。

 

「私はキャスターのサーヴァント。ムーンセルの命によりSE.RA.PHの管理を任された技師です」

 

 頭を下げると埃で薄く汚れた爪先が見えた。

 敗北の積み重ねすら最早憎さを通り越して愛おしいとすら思える。それがこの周で終えられるなら、此度の命の友としてもいい位には。

 

「そして……真名はアルキメデス。今この時より、あなたを正しき結末に導くことを誓いましょう」

 

────────────

 

「つまり、わたしはこのままだと消えてしまうと」

 

 指輪の嵌っていない手を睨みながらマスターは言った。

 

 岸波白野はとある「強大な敵」によって指輪(レガリア)諸共その身を裂かれ、今は3つの陣営に分かれて真の王権を手に入れるべく争っている──と、今のマスターは把握している。

 これまでの周回と違うのは「4人目」である()()マスターが余分に存在している事だ。指輪は3つであり、「4人目」はこの王権争いからはあぶれている。

 

「その通りです。それを避けるには、あなたは分かたれたレガリアを全て集め、ムーンセルに自己の正当性を認めさせなくてはなりません」

「レガリアを、って言われても……」

 

 いっそう不安げな顔でマスターは唸った。

 

「そのために()()()と戦わないといけないの?」

「ええ……酷な事であることは承知の上ですが」

 

 彼女にはマスターの自認があるが、聖杯戦争時の記憶が伴わないのか戦闘には消極的だ。

 こと戦闘においては私も得意とは言い難いが、此度の周回で重要なのは戦って勝利することではない──目の前で困り果てている少女にとっては考えもしないだろう策ではあるが。

 

 今最も危惧すべき問題はセイバー及びキャスターがこちらの岸波白野を重視しない可能性だが、これはセイバー側にさえアプローチすればどうとでもなるだろう。キャスターには自分のものでないマスターを気にかけない前例があったが、セイバーには過去一度もそのような傾向は無かった。

 いわゆる単純な正義を重視するのもセイバーの性格であるし、1周目の時のように「敵」に意識を誘導すればキャスターを巻き込んで勝手にそちらに流れていくだろう。

 

「しかし、あれ程の苦難の末に叶えた新SE.RA.PHが今やひとつの──正確には3つですが──指輪によって戦火に包まれようとしているのです。人類の可能性の為に王となることを選んだあなたに、破滅を選ばせたくはない」

 

 岸波白野は何やらもごもごと喋ろうとしていたが、少ししてこくりと頷いた。

 

「それに……王権が不当に分裂するなんてことは、本来あり得ないのですよ。これが技術的にどんな不具合をもたらすかは流石の私にも予測できません。技師としても看過できない事案なのは事実なのです」

 

 これはやや嘘だが、マスターが納得した様子でうんうん呟いていたので私もこれ以上は内容を掘り下げるのはやめておくことにした。

 ともかく、「4人目」にレガリアを手に入れる意思がなくては困る。どれだけ理由を付けたとしても王権の正式な所有者は岸波白野()()()に他ならない──私ではいけない。権利と名の付くものを無関係な人間が独占しようとすれば、違和を抱かれるのは当然のことなのだ。

 

「あの……レガリアは3つに分かれたって言ってたけど、わたしもそうなんだよね?」

「ええ、そうですが」

「つまりわたしも3人に分かれてるのでは」

 

 彼女はそう言って指を3本立て、わざわざこちらに見せてきた。

 

「じゃあ()()()は?」

 

 4つ目の指輪は存在しない。偽物でもいいからそれが在ってくれれば、今後の彼是にこんなに回りくどく理由を付ける必要はなかっただろう。

 それでも岸波白野は存在している。

 

「あなたは──」

 

 この状況であなたはただの世界の不具合に過ぎない、と言ってしまうような愚策は取らない。説得はそう難しい問題ではない。私の中では限りなく正解に近いであろう仮設がある。

 限りなく純粋なプログラムで動いている彼女に方向を定めるのに、難しい言葉や複雑な命令が必要ないことは私には分かっている。マスターはただ指輪を獲得する為の手段だ。

 

「──あなたは引き裂かれた岸波白野のあとに残った、岸波白野の概念(イメージ)です」

 

 私はただ、その力も価値もない手を取って共に盤上に上がるだけでいい。

 愛では成せなかった命題の証明、絆では繋ぎ止められなかった団結、数値化された尊厳の全てに答えを出す時が来たのだ。

 

「こう例えても良いでしょう──我がマスターは、あなたをあなた足らしめる「心臓」の岸波白野だと」

 

 天秤に錘が乗る。

 岸波白野(マスター)は何か重大な使命を負ったような顔をして、疑いもせずに私を真っ直ぐに見つめた。

 

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