Route:lost   作:花見饅頭

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12日目:岸波白野はこう語った

 眠れぬ夜を過ごした私に、たっぷり休息して元気いっぱいのマスターは言った。

 

「その……アルキメデスの為にと思って!!」

 

 彼女の献身は実を結び、あの過酷な戦いなどまるで起こらなかったかのように私の身体は正常化されていた。問題はそこではない。

 焦り半分はにかみ半分といった様子の岸波白野は自分の権利をフルに使ってでも自らのサーヴァントを助けたかったらしい。問題はそこではない。

 言いたいことは色々あるがその心は私にすら伝わってきている。問題はそこではない。

 

「問題はそこではないんですが」

「やましいことなんて何もないよ!」

「それは把握していますが、その言い方はやめた方がよろしいかと……」

 

 新王は指輪を着けた握り拳を振って否定を示した。その内側にキャスターの指輪があることを私は知っている。

 

「助けていただいたことには感謝してもし切れませんが、しかし指輪(これ)は私が軽々に触れることは許されていないもので──」

「そこは大丈夫! 本当に大丈夫だから!」

「根拠の提示されない大丈夫ほど怖いものはないですよ新王」

「合法! 完全に合法です!」

 

 彼女の語った顛末はこうだ。

 アルテラとの戦闘の後、あの場にいた者たちはひとまずの無事を確認し合った。玉座エリアの損傷は軽微とは言い難かったが自己修復可能な範囲らしく、突如として現れた「外敵」そのもの以外は些細なことだったようだ。

 

 技師だけが沈黙していた。魔力も血も流れ出してしまって、死んで(ロストして)しまわなかったのが不思議なくらいだった……そう呟くマスターの顔は今もその光景が眼前にあるかのように怯えていた。

 セイバーとキャスターは魔術や巫術で私に開いた(魔力の)大穴を塞ごうとしていたが、あまりうまく行かなかったらしい。アンチセルの()()は領域を喰うプログラムなので、直そうにも()()()()()()()()()()()()()()魔術的なアプローチでは修復(ロールバック)できなかったのだろう。

 これまではこういうような事態になる前に離脱して自己修復するようにしていたが、今回はそういう訳にはいかなかった。それでも時間さえ掛ければ自然治癒できたであろうが……。

 

 そうして新王はレガリアの使用に至った。セイバーがレガリアによる魔力バックアップの活用を提案し、マスターはすぐにそれを受け入れた。キャスターすらも(珍しく)否定はしなかったらしい。

 

「それでとりあえず指に嵌めようとして、こう、通そうとした所で思い出したんだよ」

「はあ、何をですか」

「レガリアの不正使用にペナルティがっていう……」

「えっ」

 

 開かれた手に慎ましく乗った青い指輪には使用された痕跡が確かにあった──あわや私は殺される所だったのではないか──魔力の瞬間的な放出の熱量によるものかやや煤ばんでいるように見える。身の危険を感じて左手を見たが、指輪の色以外はいつもと変わらなかった。

 

「分かってたことだけど──まあその時はちょっと忘れてたかも──アルキメデスにはレガリア使用権が無かったから、急いでムーンセルにレガリア貸与の申請をして……」

 

 そんなこんなで新王は無事に手続きを終え、満を持してサーヴァントに指輪を着けた。サーヴァントの自己崩壊は抑制され、一同は事態の収束に安堵した。

 その後もしばらく今後の事を話し合ったようだが、我がマスターはその時動揺冷めやらぬままで、内容はあまり覚えていないらしい。辛うじて覚えているのはネロ陛下が一時の平穏を祝って宴会をすると楽しげだったことと、タマモがムキになってそれに対抗していたことだ。何たる呑気さか。

 

 彼女はサーヴァントたちと協力して死に損ないを家宅まで運搬し、その私は昨日の終わり際にかけて気を失っていたという訳だ……今頃権利(レガリア)のない王たちはどんちゃん騒ぎをしていることだろう。

 

「まあ……そんなに手間を掛けて助けて下さったことには感謝致します。実際、危険な状況であったことには代わりありませんので……」

「いいの! 契約ってこういうものでしょ」

「そうでしょうか……」

 

 何が楽しいのか笑顔のマスターから視線を反らし、何度見ても変わらない事実を見つめる。腹立たしいことに、玩具の指輪とは比べ物にならないほどレガリアの輝きは美しく、そして不思議と穏やかな温かみを持っていた。手放すのが惜しい気持ちも理解できなくもない、と感じる程に。

 勿論ムーンセルとの繋がりが強くなるのは私にとっては不味い。こんな心配は言うまでもなく今回が初めてだ。

 

「私はもう平気ですし、レガリアは新王にお返ししておきますね」

「え、何で?」

 

 新王はやや不満げ──眉尻を下げた表情でこちらの発言を否定する。

 

「特例として処理をしてもらったとは言っても、不正は不正ですから……私としても指輪(コレ)を掲げるのはあなたであるべきと思っていますし」

「みんなの目が気になるんなら、全然気にすることないよ? アルキメデスを、助ける時にマスター(わたし)たちですら同意してくれたんだから」

「いや……それでも私には王権を戴く権利は……」

 

 倫理的な問題が解消されて()()()()今、こういうふわっとした感情しか言い訳には使えない。論理のない説明は未だに得意とは言えないのだ。

 私の手を撫でてくる彼女はこちらの事情など知る由もなく、変わらず手元に陽光色を光らせている。

 

「と、ところで、どうして新王はキャスターのレガリアを着けていないんですか?」

 

 言い訳2割の気持ちで話を反らす。彼女は首を傾げた。

 

「これまでサーヴァントとマスター、ふたりでひとつの指輪だったのに、ふたりとも着けてたらズルくない?」

「ず、ズルも何も。正当な手続きの上で譲渡されたものなのですよ」

「それはそうだけど」

「それにそんな玩具、着けていても何にもならないでしょう……」

 

 表面には傷があるし、石も宝石に比べればくすんでいる。大きさも少女の手には合っていない。

 

「これはわたしとアルキメデスの間に契約があるのを証明するものだよ。だから、アルキメデスがこれを大事な場所(左手の薬指)に着けられないなら、わたしが代わりに持っていたいだけ」

 

 それでも玩具の石は令呪の赤い僅かな発光によって、より明るく夜明けのような朱に光っている。

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