Route:lost   作:花見饅頭

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13日目:喜ばしき凱旋

 翌日、結局レガリアは外すに外せず、不安と共に私の手の中に留め置かれることになった。言ってみれば殺そうとしている相手に片時の瞬きもなく見つめられ続けているも同義なのだが、向こう(ムーンセル)からの直接的な干渉がない以上、こちらが取れる対策は無い。たとえヴォイドセルの感染を知った上で泳がされているだけであったとしても。

 私の身体(パラメータ)の変化はマスターの補助による魔力の安定性を除けばただひとつ、レガリア使用者代理人のラベルが付与されたことだけ。SE.RA.PHシステム運営側の立場を維持したサーヴァントにこれが付けられたことの、なんともはや歪なことか。

 

 朝目覚めて以来えらく機嫌が良いマスターを前に、今後のことを薄っすらと考える。直近でやらないといけないのはセイバーの所に顔を出すことではあるが……。

 レガリアは私に何も伝えることはない。管理者端末は沈黙している。アルテラはまだ動き出さず、SE.RA.PHはネロ・クラウディウスの統治の下で仮初の平和の内にあった。

 争いのない世界は素晴らしいものだ。脳のある生物は皆、争いの無い場所でしか学習を反芻することはできない。戦争は技術を成長させると歌うものもいるが、そこで生まれたものはやがて全て争いの内に消えていくことを、私は知っている。

 

 しかし、この平穏は短い。仮にセファールが目覚めることがなく、セイバーの一人勝ちで明日以降が訪れ続けたとしても、狐はすぐに反逆するだろう。新たなサーヴァントが無から生えてくることもあるだろう。或いはセイバーが悪政を敷く可能性もゼロとは言えない。

 全ては聖杯戦争に勝利してしまった無知な人間が、新たな人類史を望んだ故だ。結局、2匹以上の生物がいればやがて争うことになってしまうというのに。

 

 新王は……すっかり身支度を済ませ、鼻歌混じりに髪を解かし、今日に起きるイベントに期待を膨らませているようだった。

 彼女が勝者でなかったのなら、私は容易くこの世界を滅ぼせただろう。それとも、そんな気にもなれない程の空虚な死後を送っただろうか? 

 

「新王」

 

 呼び掛けると少女はすぐさま振り返った。

 

「今日はセイバー殿にご挨拶に行くつもりなのですが」

「わたしも行くよ!」

「心配しなくても今更置いていきませんよ……」

「おお、とうとうアルキメデスから歩み寄ってきてくれた?」

 

 彼女は何の躊躇もなくこちらの手を掴み、待ち切れない様子で腕を引く。この何も考えていないような顔も見慣れてきた。

 仮にもマスターである者がこうも安心して接してくるのは、まあ、悪い気はしない……いずれ、こうなっておくべきだったのだし。

 

 そう遠くない道を岸波白野は跳ねるように進み、私は繋がれた左手がその勢いに振り払われないように力を込めた──何の為に?──すれ違う民草は皆、明るいうちにも関わらずに呑気な顔で酒を飲み交わしたり楽器を鳴らしたりと騒がしい。

 紙吹雪と薔薇の花弁がどこからか(エリアに視覚効果(エフェクト)が適用されているだけだ)舞い、市街の角を埋めていく。

 

 セイバーの玉座の間は誰にも守られていなかった。扉は開け放たれ、プロテクトも掛けられていない。大事な最終防衛区間にもちらほらとNPCの姿が見える。

 空間には未だに宴会の匂いが残っていた。玉座には皇帝がふんぞり返って高らかに笑い、側にはふたりの岸波白野と自分のマスターにべったり貼り付いたキャスターが居る。

 

 緩みきった空気に巻かれて、誰もがつい先日まで血を流していたことを忘れている。マスターは空いた左手を大きく振って視線の先に呼び掛けた。

 

「まあ、「心臓」のご主人様と……あの方生きてたんですね?」

 

 玉藻の前は私を見て目を丸くし、本当に意外そうな様子で反応した。

 

「学士殿! 元気なようで何よりだ──ちょっと奏者と距離が近くないか?」

「その節はお助けいただき感謝します、セイバー殿にキャスター殿」

 

 何故だか閉じ込めていた温度をこっそりと捨て、いつものように頭を下げる。マスターは開放された手も振り上げて両手を大袈裟に振り、それを挨拶にした。

 

「皆様のお力添えのおかげで想定よりも早く復帰できました。ありがとうございます」

「いや、そもそもあの場で学士殿が庇ってくれなければ全員が無事とはいかなかった。礼を言うのはこちらの方だぞ、なあキャス孤?」

「なんで私に振るんです? まあ助かったのは確かですからお礼は言いますけど」

 

 サーヴァントたちに続いてマスターたちも朗らかに頷き、交互に礼を述べる。「4人目」は自分のことのように誇らしげに胸を張り「わたしのサーヴァントは凄いんだよ!」というような事を聞かれてもいないのに説明し始めた。

 しばらく口を挟む間もなくマスターたちのサーヴァント自慢を聞かされたのだが、その間ずっと脳の奥というか、触れ難い()()()が痒かった。全部この場にいる全てを殺すための前準備でしかないのに、こんなにごちゃごちゃと言葉で持ち上げられても仕方ない。

 

 息苦しさを払うべく数度深呼吸をしたが、その頃には誰も私には注目していなかった。同じ顔の人間が同じ表情と声で笑うのを、愚王と妖怪はまるで少女のような仕草で受け止め、ひとつひとつ丁寧に褒めそやす。

 

「あの──」

「それでその時の奏者は余に……む? どうした?」

「い、いえ。今日は先日のお礼を言いに来たのと、それと今後の事についてのご相談をと思いまして」

 

 セイバーは短く唸った。()()を忘れた訳ではなかったらしい。

 

「かの破壊者……アルテラは退けられましたが、今にまたレガリアを狙って領域を狙ってきます。奴が動くにはまだ猶予があると思われますが、今一度のご注意をお願いしたいのです」

「まあ……それはそうだな。あやつを迎え撃つ準備は今のうちに整えておかねば」

「そうですねぇ。千年京には結界を貼ってますけど……アレ相手でそう保つものではないでしょうし」

「むむう」

 

 具体案を出させたい訳ではない。どうせ対策を取ったところでアンチセルの能力の前には関係ないし、侵略される未来は変わらないのだ。

 真面目に考え込むサーヴァントと水を差されて困惑する岸波白野たちを横目に、考えるふりを終えた私はやっと主導権を手に入れた。

 

「我々は再度結託し、ムーンセルに選ばれた身として協力し合うべきです。全ては──」

 

 私が言いたかったのはこれだけだ。今日新たに覚えたもやもやした感情は全て忘れてしまおう。それで私は明日も私でいられる。

 

「──悪しき外来の敵を退ける為に」

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