Route:lost   作:花見饅頭

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16日目:加速度9.8

 仕事を終えて町に戻った時、数時間前までの緩やかなお祝いムードはすっかり消え去っていた。人々(NPC)はひとり残らず屋内に引っ込み、完全に沈黙している。

 世間知らずのマスターもこれには消沈し帰り道の間は言葉少なだった。彼女自身、()()と無関係でいられないことは承知していることだろう。

 

「あなたが」夜間作業の為に彼女を寝かし付けた時までそれは変わらなかった。「害されることはありません」

「本当に?」

「ええ、あなただけは何があっても私が守ります」

 

 マスターだけは。

 もちろん私の手で守れるものなんてたかが知れているのだから、ひとつを助ければひとつを手放すことになるかもしれないが。

 

 我がマスターは仮初の安堵を得て大人しく眠りにつき(スリープに移行し)、私は毎夜と同じくデータの中に埋もれた。

 前例なしのバグは全て「4人目」由来だ。何度も同じプログラム、同じコード、同じタイムラインでの物事を見てきたのだから間違いない。が、しかし「それが何処に影響して不具合を起こすのか」、その点については未だ状況を掴みきれずにいた。

 前例がエネミーの異常発生であったため、存在しない「4人目」を維持するイレギュラーな処理のどこかを誤認した自浄作用(領域維持システム)の不具合かと思ったが、どうもそれだけではないらしい。

 

 事態の解明は重要ではあるが、残念ながら必要ではない。システム技師としてこの世界の最低限の秩序を守る仕事と、我がマスターを()()()()()()()と思う感情を天秤にかけようとしたが、必要性の錘が既に右の皿を埋めていた。

 私は何もしなくても勝手に絡まるプログラムコードを解き、堆積するダストデータを処理し、その合間に思考の片隅で今後のことに思いを馳せた。夢のような時間だった……悪い意味で。

 

──やがて。

 

 やがてけたたましい異音が部屋を埋め尽くした。私の目を覚ましたのは管理者向け通知ではなく、レガリアからの警報だった。

 思考に直接挿入されるそれはレガリア所有者の権利の深刻な侵害を告げている。同じく警報を流し込まれたマスターも叫び声を上げて飛び起き、焦燥で顔を紅潮させて手首(レガリア)を抱いた。

 

「新王……」

「行かなきゃ」

 

 鳴り続ける警報と身なりも整えずに飛び出すマスターが私をA陣営玉座に急かす。彼女が焦ってもどうにもならないが、もちろん放置できる訳もないし、今の事態を看過する事もできない。

 放置された()()が私に手を伸ばすが、今は爪すら掠らない。

 

 (サーヴァント)の脚は容易く少女を追い越し、彼女は無謀にも食い下がろうとしてこちらに腕をいっぱいに伸ばした。呼び掛けに応じて掴んだ手首は大急ぎで血を運び続けている。

 にわかに攻性プログラムが活気づく首都に侵入する。大した距離ではない、転移も徒歩も時間は大差ない。警報のアラーム音は甲高くその間を駆け抜け、起きている状況の異例さと不安定な危険性を知性体たちに染み渡らせていく。

 

「どうしよう──」

 

 焼け付く喉からか細くマスターは声を上げた。

 レガリアは「聖杯戦争勝者に修復不可能な程度の重篤な損傷を与える異常が発生した」と叫んでいる。

 

 玉座の間に飛び込んだ時、辺りには無数の……無数の敵対勢力がひしめいていた。セイバーとキャスター、それと無銘のアーチャーがそう広くない空間を縦横無尽に駆けながら()()()と刃を交えている。

 敵は……人型実体であることには違いない。魔力を有しており、サーヴァントに性質を近くしている。二足歩行ではあるがシルエットは常に曖昧であり、個人の特徴を掴むことはできない。

 

「どうしよう!?」 

 

 マスターは半狂乱になって叫んだ。

 武器を展開しエリア中央に踏み込む。歯車は風を巻き取って笛のような高い音を鳴らした。サーヴァントたちはほんの一瞬こちらに目を向ける。ひとつは期待、ひとつは驚愕、ひとつは困惑。

 敵実体はエリアのどことも言えない場所から滲むように発生し続け、手を止められずに焦りを募らせるサーヴァントの手元をぶれさせる。

 

「どう──」

 

 倒した次から現れる不定形の影が無感情に我々を襲うので、こちらも相当の力で返事をせねばならなかった。途中すれ違ったアーチャーが私を訝しんで睨み付けるのを見たが、生憎彼の疑いは今回ばかりは外れだ。

 原因が「4人目(歪み)」であるのは検証するまでもないが、これを解決するためのデバッグに取り掛かろうにもその間も与えられないくらいの忙しさにわたしはやきもきさせられた。一度解決しないことにはどうにもできないのに……。

 

「どうして?」

 

 ふいに、岸波白野が後方で場に似つかわしくない声を上げた。

 

 その声に私よりも先に反応したのはセイバーだった。状況を見てその訳を理解する。その岸波白野は私のマスター(心臓)ではなく、セイバーのマスター(精神)だ。

 セイバーは敵の向ける刃が自慢の衣装の端を切り裂くのにも気付かず、その様子に注目を奪われる。ワンテンポ遅れて、彼女は剣を取り落とすほどに焦って愛しのマスターの元に走った。

 

 そして、セイバーよりも先に「精神」の手を取ったのは、背が低くドレスのシルエットを持つエラー実体の方だった。

 

 

────

 

 

 状況は間もなく終了した。「精神」に触れた不明実体の消滅に伴い、それ以外の実体も連鎖して崩壊した為だ。

 

 セイバー=ネロ・クラウディウスの諸特徴に近似したサーヴァント(よう)構造体は発生の後間もなく「精神」の岸波白野に接触し、触れられたマスターは直ちに深刻な自己矛盾により身体(アバター)及び構成要素の崩壊を起こした。その構造体──報告に則しては()()()と呼称する──の接触に際して「精神」は抵抗や拒絶の様子を見せず、後程参照した思考変遷のパラメータを見るに、あたかもそれが自らのサーヴァントであるように無抵抗に接触を受け入れたらしい。「精神」の消滅を視認した模倣体は5秒静止の後、消滅した。

 セイバー模倣体は発声や表情の変化を行わなかったが、行動ログの解析の結果、精神を持っていることが発覚した。それを恐れたのは私だけだった。

 

 模倣体の行動パターンと思考は1周目のネロ・クラウディウスに酷似していた。

 実際にそういった素振りが無かったにも関わらずそう判断したのは、ひとえに私がそれを見たからに他ならない。「精神」の岸波白野は己の要素の殆どを失ったことで存在を正常に維持できなくなり、機能の極度低下に追い込まれた。これは1周目の平行移動(スライド)の後、2周目の世界で成果(リザルト)を確認したものによる。

 その際のセイバーは愛しのマスターを実質的に亡くしたことで非常にナイーブになり、植物状態のそれの存続に懸命になっている。これは対話の結果などを基にした訳ではなく、同じく数値上そうであると判断した。

 

 セイバー模倣体が数値の通りの性格を持っているのであれば、正常に動作しているマスターを認識した時にそれに接触したいと思うのは無理からぬものだろう。

 だが、模倣体はただのバグだ。同時に存在する筈のない「異なる可能性」「異なる時間軸」が強引に接触しマスター・サーヴァント間接続を行おうとしたことで、マスター(精神)は処理の限界と自己の重複による矛盾を抱えてしまったと推測される。

 

 私にしか──平行世界を観測できる者にしか気付けない観点だ。突如として未知の敵が発生する不具合、と言ってしまえばそれまでだが、しかし観測者である私には無視できない程度の観点も抱えている。

 未解決の懸念が頭に過る。「4人目」の起こす不具合が何に影響するのか。

 信じ難いことだが、セイバー模倣体の件がこれまでの不具合と要因を同じくするのであるとしたら。

 

 まさか、干渉しているのは「平行世界の異なる時間」なのではないだろうか。

 本来現れない筈の敵勢力が発生するのは「状況後期の広域がアルテラに占領されている時期と同期した」から。敵が無尽蔵に湧いてくるのは「繰り返し同じ戦闘が起きていた平行世界に繋がり続けている」から。

 ややファンタジーな解釈だが、元より多重セーブ&ロードが原因で「4人目」が発生したことを前提とするのなら、無いとも言い切れない。断言するには判断材料が少ないが、アルトリアの忠告が事実であるならそれも嫌でも集まることになるだろう。

 

 だが自分を納得させられる証明ができるのか? 矛盾に対して反証できるのか? 

 仮説をひとつひとつ紐解いていったとして、我が歪み(マスター)と共存して全てを操ることなんて出来るのだろうか? 

 

「あ、アルキメデス……」

 

 そして些末ながら、この世界で既に起きてしまった物事をうまくやり過ごせる方法があるだろうか? 

 

「い、今……わたし、死んだの……?」

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