A陣営は8割のセクターを制圧し支配権を奪取した。初回の施行との差異は
現在のエリザベートの位置は不明。アレが恐ろしく間の悪いタイミングでしか動き出さないことは分かっているが、まだこの周回に辿り着いていないのか、少なくともSE.RA.PHの既知領域では私以外のヴォイド霊基の反応は感知できない。
間もなくセイバーとキャスターが接触し、分かれた岸波白野の存在が双陣営に明らかとなる。
私たちは戦場になったセクターとは少し離れた地点から戦地を見下ろしていた。無知性な兵隊の群れの中を、ひときわ明るい赤い星が駆け抜けるのが嫌でも目につく。
マスターはやはり不安そうな顔で、並んで争いの様を眺めている。
「すごい戦いだね……」
ごく小さな声で彼女は呟き、ぎゅっと服の裾を握りしめた。数える気にもならないくらいに見慣れた戦場ではあるが、思えば岸波白野にとっては周回の都度に初めての光景になる。
こんな子供に全ての人類の命運が託されているのだ。そうすることしか出来なかったこの世界を、英霊達は何故ああまでして守るのだろう。
「あなたもいずれ戦地に立たねばならないことがあるでしょう。王権の在り処の不安定な今、戦いが完全に止むことはありませんから」
「そ、そうだよね」
マスターは決意か諦めか
数多の人間の死の上で手に入れた勝利があった事実以外に、「4人目」は何も持ってはいないのだから。
「ご心配なく。仮ではありますが、今は私があなたのサーヴァントです。御身は私が必ずお守り致します」
「ありがとう……戦ったりしなくて済むなら、それが一番いいけどね」
「それはまあ、そうですけれども」
そうでもなければ私もちまちまと裏で手回ししたりなどせずに、ナイフでも持って忌々しい傲慢な王たちの腹を裂いて回ったに違いない。それは私のやり方ではないし、そもそも出来もしないが。
──セイバーが完全に領域を奪い返す。
マスターは緊張した面持ちでこちらを見、震える手で眼下を指差した。
「あれが
「はい、その通りです」
現物を並べて比較すると、元より希薄な「精神」よりも隣にいる「概念」の方が更に脆く揺らいで見えた。
力ないと言えども確実に存在しているものと、偶然発生しただけの残像の差は大きい。彼女にはマスターらしい能力を期待するのは無理なことかもしれない。
「……先程お伝えしたレガリア所有者、そのひとりがあのサーヴァントとそのマスターです。あのサーヴァントに見覚えは?」
「ある……気がするけど……よく分からない」
「無理に思い出す必要はありません。覚えがないというのは、それはそれで重要な情報なので」
「うーん……」
既定記録より誤差+3.07秒でキャスターがセイバーに接触。
話している内容は聞き取れないが、どうでもいいことだろう。
「マスター」
初手、どこまでレガリア及び岸波白野の
アルテラが動き出すまでならば時間は掛かってもいい。とにかく片方だけでもレガリアを「4人目」に預ける気にさせなければ。
「我々もあの場に向かいます。準備は宜しいですか?」
「えっ!? 準備……準備って何?」
「強いて言うなら移動の心積もりですかね」
余計なことを話されても困るので、彼女の混乱は敢えて解かない。
返事を待たずにその身体を抱え、息つく間もなく地面を蹴る。
「待って、嘘でしょ!!」
喚く声を聞き流し、空気に向かって跳ぶ。重力の呼ぶままに私たちは落下した。
────────
「もうひとつのレガリアの所有者として、今ここに、貴女へ宣戦布告いたします」
「宣戦布告だと? もうひとつのレガリア……?」
キャスターは得意気になって薬指の指輪をセイバーに見せ付け、勝ち誇ったように妖しく笑みを浮かべる。
「ええ、ええ。どちらも言葉通りに。ほうら、この通り」
そう言って彼女が呼び寄せたのは、これもまた散々見慣れた顔──岸波白野そのもの。「精神」はそれを見て呆然と黙り込み、「魂」はその様子をただ静かに見ている。
反対にセイバーは驚愕の声を上げ、自らの最愛のマスターともうひとりを交互に見た。
「……奏者が、ふたり……どういう、ことだ。なぜ、奏者を侍らせている……?」
「みこっ? あら、お分かりにならないんですね。セイバーさん」
情報で優位に立っている──と思っている──キャスターはにやにや笑いを崩さない。何かと溜まった鬱憤を晴らすように、ここぞとばかりにレガリアと新たな装いを見せ付けている。
レガリアが分かたれた事実と、レガリア双陣営の戦力の拮抗、セイバーの油断を暴き、いよいよ我こそ真の王と言うような言葉が狐の口から放たれようとする。
「ムーンセルは私に
──お飾りの王の間を割って、何にも所属しない質量が立った。
大理石の水盤に、石を置いたような軽い音と均一に広がる整った波紋。ただの1度も起こらなかった第4の選択を取った結果だ。
私を手放した重力が再び身体に纏わりついてくる。
腕の中で硬直する少女の重みもまたゆっくりと染み込んできた。
「……レガリアに選ばれし王よ、お待ち下さい。あなた方は決して争う運命にはありません」
しんと空気が凍る。2騎のサーヴァントは私を、2人のマスターは怯える少女をそれぞれ凝視している。
腕の中の荷物を地面に立たせ、場を見回す。
「だ……誰だ? 突然現れて……」
初めにセイバーが口を開いた。声を聞いた「4人目」が僅かにびくりとしたが、何かの確信に至った訳ではないらしくそれ以上の反応はない。
「申し遅れました。私はサーヴァント・キャスター、真名は──」
──言いかけて次の瞬間、空気が揺れた。
視界からキャスターが消える。同時に風が首元に冷たく吹付け皮膚を冷やす。触れる殺意が蔓延する。
「──そう焦らず。これは我々全員の運命に関わる事なのです」
「運命? 妾に無礼を働いておいて、よくぞ運命の潰えぬと思ったものよの」
金属音。
喉笛を裂こうとしたキャスターの氷の刃を寸前で受ける。
隣でマスターが短く悲鳴を上げたが、狐はそれよりも私を排除するのに夢中らしい。こちらの武器が削れる程の圧で切っ先は徐々に押し込まれてくる。
「やめぬか、キャスター! そやつが何者かは知らぬが、そのまま排除しては何も分からぬぞ……」
見兼ねたセイバーが口を挟んだ。彼女のマスターも同意を示しているらしく、こちらに心配そうな目を向けている。
「
セイバーに示された「4人目」は怯えながらも頷く。
キャスターのマスターは「4人目」の様子を案じたのか、殺意も露わなサーヴァントに臆することなく歩み寄りその耳に何やら囁いた。
「……まあ……良いでしょう。仮にもご主人様の前ですし、最初くらいはおしとやかにしておきます」
そう言って玉藻の前は刃を降ろした。彼女のマスターがこちらに向かって少しだけ頭を下げる。
「4人目」は密かに胸を撫で下ろし、申し訳なさそうに私の側に早足で駆けてきて背後に隠れた。
「寛大な措置に感謝致します……改めまして、我が真名はアルキメデス。ムーンセルより命を受け、技師としてSE.RA.PHに従事する者です」
「技師だと? そんな存在がいたとは初耳だな」
「ええ、まあ。お会いする機会もありませんでしたからね」
「あのぉー、そんなことどうでもいいので、そのご主人様が何なのかを説明していただけます?」
何やら聞きたそうに私とマスターを見ていたセイバーを押し退け、キャスターがこちらを睨む。
「4人目」が私の袖を引き、言葉もろくに使わずに何度か頷いた。
「見ての通り、彼女はあなた方のマスターと同じく岸波白野そのものです。私が皆様の元に馳せ参じましたのは、ふたつの
マスターたちは各々顔を見合わせる。「精神」は青白い顔をどうにか持ち上げてこちらを見、「魂」は指輪を握り込むサーヴァントたちを見ている。
「あなた方のどちらが真にSE.RA.PHを統治するか、それは私の管轄外です。最終的な統治者はお二人が争って決めて下されば構いません。しかし、その王権は岸波白野あってのものです」
「何が言いたいのだ、技師よ。貴様は我らに何を望んでいるのだ?」
ムーンセルが王権を与えたのはあくまでもこの2騎のサーヴァントではなく、岸波白野という人物な訳だ。王たちはレガリアの真の役目をまだ知らないが故に、それを度外視している。
岸波白野の指にレガリアが無くてはならない、ということを共通で意識させればいい。
何より、これについては嘘ではない。誰も気にしていなかっただけで。
「私がSE.RA.PHの為に果たさねばならないのは、レガリアの統一……そして新王の存続です」