誰も目の前で起きた事を処理できていない。
場が沈黙に陥って3分、私だけがこの
「わっ、わたし……どうすれば……こんなの……」
マスターは徐々に状況を噛み砕き、自らの感情の急変に全身を震え上がらせる。自分の同位体が目の前で消える、それを悪く捉えない人間もそう居ないだろう。他者(そう呼ぶのは適切ではないが)の死に実感のない「4人目」には尚の事だ。言語化できない何かに助けを求めるように虚空を彷徨う彼女の手を捕まえると、数分前のそれとは違って冷え切っていた。
セイバーは放心して立ち尽くし、キャスターは今にも倒れそうな「魂」をかき抱いている。「心臓」のうめく声を聞いてやっと我に返ったアーチャーは私を睨み付けたが、残念ながら今回は
「し、」
嘔吐の寸前のような声を漏らしてセイバーがその場に崩れ落ちる。
それを皮切りに「4人目」は叫び声を上げ、「魂」は完全に脱力した。キャスターは腕の中の岸波白野をより強く抱くばかりで何もしない。パニックを起こしたマスターは私の手をきつく握り締めたまま口の中で言葉を捏ね回し、それを今にも撒き散らさんとしている。
「アルキメデス、どういう事だ」
アーチャーは剣を握ったまま不遜に言う。
「これは偶発的な不具合に起因するものです。ムーンセルより直接の命を受け、急ぎ駆け付けた次第です」
「君はこの異常とは無関係だと?」
「私は単なるメンテナンス技師ですよ、無銘殿」
こちらの弁こそ聞いてはいるが彼の目は未だ私に対して冷たい。まあアーチャーは私の暗躍を知っているのだから、この反応も正しいと言えば正しい。
彼は口惜しそうにふたりの岸波白野を見比べている。どちらも未だ呆然としていてなんの役にも立たない。
「何にしても……起きてしまったことを覆すことはできません」
事実、私の支援は間に合わなかった。私からすれば「精神」の死は大した問題ではないが、
年相応の無垢さから脱することができない「4人目」は、その純粋さ故にこの失敗を不必要に重く受け止めていることだろう。珍しく完全に沈黙して固まっているセイバーの背中がより状況の悪さを演出している。
「認めなくてはなりません。「精神」は死んだ、これは間違いないことです」
「そっ……そんな言い方ないでしょう! アナタがもう少し早くここに来ていれば──」
玉藻の前はヒステリックに叫び、すぐに自分の放った言葉に口を噤んだ。自分が
「私の力不足は事実です。此度の件はいずれ取り戻します」
「取り戻すだと?」
左手を締め付けていた力がふっと緩む。マスターに目をやると、彼女は己の無力さを思い知って両手で顔を覆っていた。ああ、やはり思い詰めてしまっている。マスターが何をしたってどうせ何も出来なかったのに、なんの為に彼女が気に病む必要があるのか。
顔を上げたとき、アーチャーの哀れみを含んだ面と目が合った。何が気に食わないのか、間違っていると思うのか。
「何を取り戻せると言うんだ?」
ネロはいよいよさめざめと泣き出し、体を小さく丸めて震え始めた。
マスターの命がサーヴァントにとって如何に価値があるのか、それを知らない訳ではない。だが岸波白野は……ここに
価値──それが「精神」であることにネロ・クラウディウスはなぜそんなにも固執するのか。私の隣でうずくまる「
私は肺の中で淀んだ空気を入れ替える。
「これ以上の失態を晒すことの無いよう尽力します」
「そうか。そうとしか言えないだろうな」
「お恥ずかしい限りです」
アーチャーは目を伏せて言い、またちらちらと岸波白野を見、そして足早にエリアを去った。行き先を見る限りでは市街に向かっている。また模倣体に遭遇しても(マスターが本当に原因なら起こり得ないだろうが)彼ひとりで対処できるか……私の知ったことではない。
弓兵が完全に立ち去るのを見送ったキャスターは「魂」の身体を支えながらよろよろと玉座に背を向けた。
「キャスター殿」
「私は……ひとまず帰らせてもらいます。ご主人様が心配なので」
「そう、ですか。セイバー殿は……」
「そっとしておきましょう。どうせアルキさんはこういうの対処出来ないんでしょ? 後で私がなんとかしておきます」
事実、そうなので言い返せない。そうする必要もない。
「せめて「心臓」のご主人様はアナタがなんとかしてください。サーヴァントとしての努めですよ」
「そうでしょうか……」
去り際に「魂」は「そうしてもらえると嬉しい」というような事を弱々しく呟くと、玉藻の前にほとんど全ての体重を預けつつもふらふら歩いていった。
私も「心臓」を助け起こす。
マスターは案外無抵抗に立ち上がった。彼女は暗い顔で俯いているばかりで自分からは話し出さない。無理に話すこともないとは思うが、ここまで無反応だとは予想外で、少し引っ掛かるものがある。
キャスターのアドバイスに従い、すすり泣くネロを置いて足を踏み出した。
彼女は石像のように微動だにしないままで私の視界から完全に外れた。