岸波白野は申し訳なさそうに手を捏ね合わせ、自分はとんでもないことをしてしまったぞ、とでも言いたげな困り顔で私を見つめている。
どこまでの理解で自らを原因と定めたのかをまずは聞きたいが、己を危機に陥れ、その上殺しすらしたあの現象がよりにもよって
「よもや」私は悲観的な囁き声を作って言う。「そのような事がある筈は。一体何を見たと言うのです」
このあり得ざる問題の元凶はあからさまに動揺したが、それでもまだ話し始めない。密かに彼女の感情のパラメータ変動を覗き見た所、焦りと恐れに振れかけてはいるものの殆ど
「何か私には話せない理由があるのですか?」
「いや……ちょっとだけ待って」
彼女は首を横に振って遮り、改めて深呼吸をする。その声の震えはもう収まっていた。
「うん、ごめんね。今から話すから」
外す間がなかった青い指輪が少女の左手に淡く輝く。玉座の機能は未成熟な脳の処理を補うように演算を続け、スムーズな二言目を促している。彼女はややつっかえながらも徐々に言葉を紡ぎ始めた。
「模倣体、は……わたしが、何というか……
「不安……?」
前例に当て嵌めれば確かにそうだろう。初めての外出、初めての大規模戦闘、極めつけのセイバーの提言。その不安の指数に模倣体の脅威度が比例するなら、先の事の大きさにも説明がつく。
「具体的には……何もしないままでいるのに耐えられない時、っていう感じ、なのかな。そう思ったのがこの3度だけってことは無いけれど……」
ローマ領域に住処を与えられた関係で、この周回ではこれまでに必ず通り道になっていた場所を通っていない・通らなくてもいいこともままある。普段のねぐらを使っていないのは特に大きな変化と言えるだろう。
マスターの不安定な感情にも関わらず模倣体案件があまり発生しないのは──この仮説が正しいのであれば──ネロ陛下に気に入られたから、ひいては「心臓」が私のマスターとなったからこそなのかもしれない。
「でも、不安が切っ掛けなのは間違いない。わたしが無意識に──マスターとしてね──戦おうとするときに、変な所から戦闘データを呼び出そうとしてるみたい」
岸波白野は分裂しても聖杯戦争勝者であるという記憶は共通して持っているので、その性格と選べる手段の少なさから「まず精神的/物理的に戦おう」と判断しがちだ。
正式に契約の経験があるサーヴァントを持たない「4人目」は過去の戦闘経験を引き出すことが出来ず、代わりに近場で起きたサーヴァントの戦闘記録を得ようとする。本来その場所での戦闘は
岸波白野がSE.RA.PH生まれのプログラムである故の異常とも言える。いくら限りなく人間に近い思考を持っているのだとしても、それはプログラムがそうさせているだけだ。「過去の経験を思い出す」行為はすべての動物が行うが、電脳空間の中の生命はそれに際限がない。
「その呼び出されたデータが模倣体であると」
そして
「あなたが分裂した3人の岸波白野……その残滓である故の不具合でしょうか。仰った
「多分……だけどまだ納得いかない所もあって」
種明かしは彼女の本当の出自に関わる。この問題についてだけはこれからも無知を装わないといけないのは癪だが、それ以上の
あとは問題そのものが生まれた理由を宛もなく探さなくてはならないが──
「今のわたしはアルキメデスと正式に契約してるのに、どうしてそれ以外の何かを喚びだそうとしてるんだろう?」
──いや、理由は考えられる。
マスターの身に起こるすべてが岸波白野の行動の堆積であるのなら、対処するべき敵は
彼女は本来隣に居るはずだったサーヴァントの代わりに重複した経験を代入しており、およそ██回の失敗で学習した真の敵を
そうなれば私を苛む面倒なあれこれの原因は全て私ということになるのだが、これはそもそも私が
なってしまったものは仕方がない。「4人目」を作戦に組み込んだ時点でいずれは陥るジレンマだ。
「それは」
重ねに重ねてきた嘘と死体の山の上に慎重にもうひとつの嘘を置く。無理のあるぐらついた嘘でも、何も知らなければ山道の石のひとつだ。
「……ただ私の実力が充分でないだけです。戦えると言っても、本来のあなたのサーヴァントであるセイバーやキャスターと違って私には戦歴がありませんから、どこかまだ無意識的に不安がおありなのでしょう」
「そんなこと思ってないよ! あんなに助けてもらってて、今更実力不足なんて」
マスターは心の底から申し訳無さそうに言って首を振った。こんなものは気休めに過ぎないが、彼女のそんな様を見ているとやはり
罪悪感とまでは言わないが、こうまで愚直であられると流石に気も引けてくる。騙している身で言うことではない、ないのだが……。
「ありがとうございます、新王」
どうして彼女が私に分かりやすく身を任せて来る度に、この
「ですが、他のサーヴァントと比べれば私は非力な方でしょう。相対的な判断ですよ、単にね」
「そうかな……そんなことないよ」
「買い被り過ぎですよ」
彼女は表情を曇らせ……そうになったが、慌てて自分の頬を叩いて憂いを払った。
「と、とにかく原因は分かったから、これからはもっと前向きに! そういうつもりでわたしも頑張るからね」
「そうですね。私もあなたに不安な思いをさせないように気を付けます」
空元気と腕を振りかざしてマスターは高らかに宣言した。その足元に刻まれた深いひび割れから水盤の水が緩く渦巻きながら逃げていく。きっとこの爛漫さも長くは保たないだろう。
「わたしが元気なら模倣体は出てこないから問題も解決! 皆で協力してセファールを倒そう!」
いつか自分の手で倒すその細い身体を、あとせいぜい10日くらいの間は守らなければならない。
この日々が終わるのを──私は楽しみにしている。楽しみではあるのだが、それと同時に終わりまでの歩数を稼ぎたいとも思いつつある。
これは私が、岸波白野の真理を明かさないままで終わるのが嫌なだけだ。
「うん、わたしは王なんだから。大丈夫、大丈夫だよ!」
だが引き伸ばしは常にうまく行かないものなのだ。どれだけ生き永らえても、壊しにくるものの方が守るよりも沢山の手段を持っている。
歪みは拡大し続けている。私の預かり知らぬ所で何が起きていても不思議ではない──
「無理はしないでくださいね」
「わたしもそろそろ、ちょっとくらい無理しないと!」
「お気遣いはありがたいですが……」
どれだけ地面が砕けても、足元の水位は変わらない。何もかも数字の集まりでしかない。彼女の親愛も、私の感情もだ。