Route:lost   作:花見饅頭

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21日目:掌中の砂、宙の果までも埋め尽くせ

 空気を分けて宙を行く道中に見下ろす市街では、流れていた筈の不穏な雰囲気や躓きがちなプログラムの走行のことなど忘れたように誰もが戦いに明け暮れている。

 腕の中の無知な王は私の首に回した腕に少し力を込めた。耳に馴染みすぎて気にもならなくなっていたが、アラートは今も数分おきに鳴っている。

 

「戦況を確認してください、新王」

「えっと」青いレガリアは王に洗いざらいを話し、彼女はそれをスピーカーのように復唱した。

 

 時刻は最初の戦闘の開始より15時間を過ぎ、電脳世界は貴重な時間をまた1日終える寸前にある。戦況は未だ五分と言えるか。曰く、潜在的なバグの発露に雑兵たちは自身の能力をセーブしているらしくサーヴァントたちの熱狂に反してそこまで活発には動いていない。

 両陣営にサーヴァントの欠けは無し、A・B陣営代表の太陽のランサーは変わらず前線で暴れ回り、キャスターは後衛としてふんぞり返っている。アルテラ陣営は……あの浅慮な英雄王はここにはいないようだが、それ以外のサーヴァントは揃っている。

 バーサーカーと蛇のライダーの奇妙なコンビが救国の聖女と真っ向から打ち合うのが見える。アーチャーと青のランサーが征服王の軍勢を掻き分けるのが見える。

 

「あと……アルテラの陣営に所属不明のサーヴァントの反応があるけど」

「ああ、先程寄ってきていたアレでしょう。()()()ですから放置でいいですよ」

「いいのかな……」

 

 エリザベートも言いつけを守って傍観に徹しているようだ。一周回って()()がまともになるくらいにこの世界が混沌としているとでも言うのか。まあ、大人しい分には構わない。

 冷静になればなんてことはない……不条理は耐え難いが、かつては死ぬまで飲み込んできて味には慣れている。

 

 ちょうど状況確認を終える頃には街の外れにまで辿り着いており、炎と火花から少し離れた家々が我々を丁寧に覆い隠した。

 そっと地面に降り、騒々しい足元を見るのを辞めて今度は偽物の星空を見る。星の配列は地球から見るそれに酷似しているが、所詮は模倣に過ぎないことを私は今この地に居るサーヴァントの誰よりも知っている。

 

 マスターは地面に降ろされるとさっと立ち上がり、すぐに暗がりに表情を隠した。地響きは当然近付いており、ただの子供が怯えるのは仕方がないことだろう。

 多少離れているが、目と鼻の先と言っても過言ではない。2、3も角を曲がれば戦いの端部に辿り着く。このまま逃げても問題はないのかもしれないが、しかしマスターの期待には応えなくてはならない。

 

「ここならいくらか安全でしょう」

「そっ、そうみたいだね」 

 

 彼女は妙に狼狽えた様子で振り向く。周囲が暗すぎて互いの表情がぼやけていた。数メートル先も見えない闇の中で信号のように点灯する指輪の光が、マスターとのやや離れた距離を明らかにしている。

 

「何か手伝いたいけど、どうかな……?」

「大いに焦らなければならない状況ではないようです。新王は戦況のモニタリングをお願いします」

 

 レガリアを構えたマスターは指示に大きく頷くと、指輪越しにムーンセルとの対話を始めた。その一生懸命さとムーンセルの目には疑う所はない。

 視界の情報を閉ざして脳内に流れ込むデータを処理する健気な様を横目に見ながら、私もその隣で管理者権限にアクセスする。前回の今頃は何をしていただろうか、少なくとも「メンテナンス技師」の肩書をここまで重用してはいなかった筈だ。

 

 1ヶ月なんて時間は繰り返すには長すぎる。とっくに終わった人生の(願った訳ではないが)ようやくの再開がこんなことになってしまうとは、と最近は特にそう思うようになった。

 いつからか抱いた開放されることのない窮屈さが死の後もなお残り続ける絶望を、ついぞこの星の生命体が慰めることは無かった。本当は……私を赦してくれそうな人はいたのだが、残念ながら()()()()()()()()

 思えばその時にはもう私の運命は定まっていたのかもしれない。それに従って日々を歩き、ここに至って虚無を受け入れたという選択が、所詮は欲求に負けただけだと言われてしまえば否定はできない。

 

 岸波白野は私を知らないからこそ勘違い出来る。後に語られた私の人生がそう汚れていないのは、私の抑圧も無駄ではなかったことの証左だ。

 もうあと少しでそれも終わる。開放の先には何も──私すらも──残らないかもしれないが、それだけが遅れてやってきた赦しになる、だろう。

 

「アルキメデス!」

 

 重複データと不正なロールバックを解く手が留められた。

 

「どうしました?」

「アルテラの軍に動きがあったみたい……ルーラーが撤退、ライダーがそれを支援する形で前線から後退。アルテラは自分が殿に立ってる」

 

 領域のメモリにも余裕ができ、岸波白野が無意識に生む莫大な負荷も今はもうずっと緩やかに調節された。まる1日続くかと思われた戦闘にもやっと終わりが見えてきたようだ。

 SE.RA.PHの戦争は泣き声と悲鳴はあまり聞こえてこない。だから音だけではあまり戦いの進行具合は判別できない……私も戦況の予測は得意な訳ではない、一応は。

 

「ちょっと前からわたしたちの軍の動きがよくなってる。アルキメデスのおかげじゃない、これ?」

「そう……だと良いですが」

「いいや、きっと間違いないよ!」

 

 彼女は無邪気にはしゃいだ。SE.RA.PHの戦争がいかに遊びであるのかよく分かる。

 

「アルテラが出ている以上、まだ油断はできませんね。敵軍の完全撤退までは気を抜かないでください」

「うん、まだ監視は……」

 

 レガリアは戦況の熱の低下に伴って次第に沈黙し、領域を固めすらしたエラーはまろびでる鼠程度にしか場を騒がせずに過ぎ去っていく。

 システムを乗り越えた崩壊も戦場には見受けられないし、それをコメントする者も見えない……問題は結局起きなかったのか、もしや死人に口がないからか? 

 

「あれ?」

「今度は何です」

「魔力反応増大……もしかして、これ」

 

 それとも、話す間もない程のパニックが起きているのだろうか。

 

「アルテラの宝具の開放だ! 攻撃の有効範囲は……大きすぎてよく分からないけど、半径1kmは予測される……」

 

 たかが撤退にアルテラは剣を抜くらしい。それだけ彼女には焦りがある。今回は極力接触しないよう──そして作戦のリズムを崩すように私が動いた。どうせ、真っ向からの破壊で目的を果たさんとするそのやり方を邪魔されて冷静さを欠いているのだろう。

 このタイミングで宝具を見せたケースは少ない。それをするまでもなく奴は大抵のことを暴力で成し遂げてきていたからだ。フラストレーションもさぞ溜まっていることだろう、触れるのは得策ではない。

 

 しかし、いつもならそうして無視する事態なのだが、今のSE.RA.PHはあちこちがひび割れている。アンチセルのデータ諸共破壊するやり方が「歪み」を刺激してしまっては……。

 

「どうしよう」

「不味いですね、深刻な被害が予想されます」

「止めないと──」

 

 赤いレガリアが新王の意思を復唱する。

 エラー誘発の恐れあり、魔力反応増大中。令呪の使用を確認。緊急性が高く、レガリアユーザーに報告される。

 

「なんとかしないと、戦場にいる皆が危ない!」

 

 新王は手の中に正義を握り締めた。

 奴の宝具は言わば神の力だ。せいぜい自分で太陽を持っているくらいのただの人間の生まれである私には対処のしようもない──これを見過ごして世界が仮に物理的な内部崩壊を迎えとしたら、アンチセルも私も目的を果たせないままSE.RA.PHシステムの範疇の中で死に絶える。

 

 左手の上に喚び出された太陽が砂のように光を零しながら廻る。

 私の宝具などではどうしようもないのだが、本当に()()()()()()のだが、無策ではいられない。

 

 私はここに何を賭ける? 

 太陽が私の指輪を一際輝かせる。「肉体」の岸波白野は令呪を切ってまでここに力を投じた。対抗する(A・B軍)は少なくはないのだろう、それだけの価値がこの瞬間にはある。

 

「……戦闘中の人員に合流します」

 

 ここに来て求められた協力ほど苦いものもない。

 代価は太陽に照らされる、我がマスターの希望に満ちた決意の表情だけしかない。

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