2騎のサーヴァントは揃って怪訝な顔をした。
「そんなことはわざわざ確認せずとも分かっている。レガリアもマスターもふたりではおかしい、どちらが本物か。それを決めねばならないという話だ」
「わざわざ私たちがその辺どう思ってるのか確認しに来たー、とかおっしゃるなら、ホントにコロコロしちゃいますけど」
王がレガリアを単に権力の象徴としか思っていないのであれば、この反応は(常識的であるかはともかく)間違いではない。
実際のところ本当に統治らしい統治をしているのは岸波白野ではないのだから、このサーヴァントたちがそれを重視するのは当然とも言える……しかし、今は権力者として調子付かせる時ではない。
「誤解を恐れずにお伝えしますが、王権はすなわち聖杯戦争勝者の証です。本来は岸波白野が所有しているものである筈」
「だが、ここにあるではないか」
「お二方はマスターと共に勝利した正式なサーヴァントですから、岸波白野と同じように「聖杯戦争勝者」のラベリングが成されています。所持することには問題はありません……現にあなたが問題なくそれをお持ちであるように」
レガリアシステムそのものがムーンセルにとっての特例中の特例であるだけに、不正利用のペナルティは大きい。高出力の魔力によって不正利用者を内側から破壊するというものだが──今のレガリアは分割された為か、その措置によって自壊してしまうことが分かっている。
抵抗は基本的には出来ないが(ペナルティに抵抗されては無意味なので当然なのだが)ハッキングによる所有者ラベルのチェックを書き換えることは可能と見込んでいる……実践できたことが無いのはさておいて。
「真に勝者であるマスターに起きた
「異変、と来ましたか。あくまでそちらは
私は聴衆たちに向かって
サーヴァントは各々マスターと顔を見合わせ、何やら小声で相談し始める。「4人目」だけは退屈そうに水面を爪先で混ぜ合わせていたが。
確実に空気は変わった。駆け引きは既に始まっている。
「……人理の守護者たる我々の敵は、間違っても隣人ではありません。真の敵は
私は胸の奥から熱量を振り絞って、出来る限り情熱的に、大袈裟に喉を震わせてみせた。
「王よ、どうかお聞き入れ下さい。ただこの一度、あるべきものをあるべき姿に戻すだけです。我々に残された時間はそう多くはありません、支配の前に破滅が始まっては何もかも無意味なのです!」
向けられる視線は決して穏やかなものではない。私を信じていれば間近に迫る脅威に怯えなければならない。私を信じないなら支配権を狙う敵が増える。
極力多くの情報は与えた。私が奴らにとって信用に値するか、それだけが今後のSE.RA.PHを左右する。
「アルキメデス……貴様の言葉、それが全て事実であるのならば……余はこの指輪を手放すことを厭いはしない」
セイバーは背後にマスターを庇いつつ、そう告げた。
「貴様が言うように、あくまでも奏者……マスターに返すだけだ。
「……皇帝、ネロ・クラウディウス陛下。ご理解頂き、心よりの感謝を申し上げます。必ずや我が使命を果たします」
これは完全に想定の通り。
欲深い支配者である前に「皇帝」であろうとするセイバーは、大衆に向けての正義を理由とすれば多少の怪しさがあっても拒むことはない。
彼女は多少怪しみこそすれど、「種明かし」の時まで私を一度として疑ったことはなかった。
「セイバーさん、本当に其れの言葉を信用するのですか?」
これも想定の通り。
本能的に自分の欲求に逆らえないキャスターは、余程のことがない限り手に入れた権利を手放しはしない。その先に確実な滅びが待っていたとしても、彼女は
今すぐに青の指輪を手に入れる必要はない。これからゆっくりと交渉をすれば──
「お願いします、信じてください! あ……アルキメデスは……確かにちょっと怪しい所があるかもだけど、間違ったことは言ってない! 筈です!」
「──ま……マスター?」
……突如、無謀にも「4人目」は私とキャスターの間に割って入って叫んだ。
「アルキメデスはわたしが戦いたくないのを知ってて、それでこういう風に説明してるだけなんです!」
思わず言葉を失った。まさか彼女が出てくるとは思わなかったし、何より
こんな状況とはいえ、果たしてそんなことがあるのか? 吊り橋効果とでも呼ぶべきなのか、それとも記憶も定かでない存在にこの私が騙されているのか?
「それに、わたしは……ふたりが戦う所は見たくない。あんまり覚えてないけど、さっきの戦争みたいなことをふたりにはやってほしくないよ」
「ご、ご主人様……」
狐は尻尾をぶるぶる震わせてそう漏らしたが、しかしすぐにまた顔を引き締めた。
「……いえ。それでも、いくらアナタ様の頼みでもそれは聞けません。そこなる男の言葉が事実なのか、こちらで勝手に見極めさせていただきます」
「賢き玉藻の前、私の識る事のひとつもあなたの信用に値しませんでしたか?」
まだ何か言いたげな「4人目」を制し、試しにキャスターに呼び掛ける。
彼女は手を硬く握って指輪を離さない意思を露わにしている。
「本当に「セファール」が……其れが来るのであれば、この作戦には乗って差し上げます」
キャスターはそう言って私に背を向け、マスターの手を強引に握って早足に領域から去った。
想定内とは言え、面倒なことだ──
「──行っちゃった、キャスター」
ふたりが去ったあとの波紋を見つめてマスターが呟く。
「仕方ありません。突然こんな事を話して、信頼してくれと言っても普通は難しいでしょう」
マスターが仮に不在になればサーヴァントたちの士気に関わるだろう。長居は誰の益にもならない。
「セイバー殿、そしてマスター。お時間を取らせて申し訳ありません──」
「う、うむ……いや、このような大事を伝えてくれたことには感謝する」
セイバーはやや上の空だ。よほどマスターを気に掛けているらしい。
「4人目」もまるで自分の事のように(あながち間違いでもない)不安そうに彼女を見つめている。
「……すまぬが、我らは一度本陣に戻る。構わないか?」
「また明日にでもお伺い致します。今はそちらのマスターをお願いします」
逸る気持ちはあるが、焦っても仕方がない。今はギリギリのバランスで信頼に気持ちを寄せているだけだ。急かした所で私への不信が大きくなるだけだろう。
サーヴァントは私の言葉に大きく頷くと、マスターを抱きかかえてさっさと走り去った。
未だに緊張を隠しきれない私のマスターの溜め息と、足元にじゃれつく水の音だけがその場に残される。
誰も彼もが迫り来る焦燥に思考を濁らせている。戦争になるか、和平の始まりか、或いはそれすらくだらないくらいの厄災が何もかもを踏み潰してしまうのか。
かつてない程の強い手応えに、私は思わず笑い出しそうになりながら水を蹴った。