Route:lost   作:花見饅頭

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21日目:点つなぎ

 アルテラを退けてからの一同は極めて浮かれた様子で夜明けまで騒ぎながら街を片付け、陽が登り切る頃まで作業は終わらなかった。

 昼になるとサーヴァントたちは何処へともなく解散し、意味もないのに日陰に寝転がって目を閉じたり、焚き火を起こして食べ物を焼いたりなどして過ごしていた。

 

 領域の持ち主のキャスターとそのマスターは勿論、塞いでいたセイバーもやって来てささやかな真昼のキャンプに花を咲かせていた。「4人目(マスター)」はそれに随分と興味を示していたのだが、結局それに混ざることはせずに私に着いてメンテナンスに精を出していた(彼女の助力は特に価値を生むことはなかった)。

 その日アルテラが戻ってくることは無く、奴の軍勢も大人しいものだった。流石に敗走したその日に戻ってくる程元気ではないらしい──来られても困るのだが。

 

 日の出ている間、焦燥を誤魔化すように慌ただしく身の回りを片付けたり読めもしないコードを読もうとしていた岸波白野の横で、私は何をするでもなく走るプログラムの流れを眺めていた。

 慣れない動きをしたせいで疲れたのもあるが、素直に言えば何もする気が起きなかった。ムーンセルが私を補足する前……死を終えて眠り続けていた時のように、目の前に起きる大小様々なことがどうでもよく感じられたのだ。

 

 頭の中にはアルテラの荒唐無稽な理論が居座っていた。

 ()()()()()()()()()、奴がわざわざ議題に挙げる理由も意味不明だ。何、が目的なのかと言われれば、未来に進む為にこの月を蹴って(ソラ)を飛ぼうとしている、その準備をしているだけのことだ。

 過程を重視するタイプだとは自負しているが、とは言え1ヶ月もの期間の全てが全てに意味がある訳ではない。「初めての失敗」の日までは1秒たりとも無駄にできる時間は無かったが、もう何度も繰り返し大した差もない時間を学習し続けているこの現状で、1日2日の抵抗なんてものは意味を成さない。

 

 私にとってマスターはその無意味な時間の流れを構成するひとつの要素でしかない──本当に? ここまで彼女に頼り切って、強引に選択肢を掘り起こしてきたのに? 

 マスターはその名前と形にしか価値がなく、機嫌を取っていればそれでさえ使いこなせる──それは彼女の権限を円滑に利用する為だけにそうしていたのか? 

 マスターというのは指輪をしまっておくための単なる入れ物に過ぎない──では、あのくだらない玩具の指輪をいつもつい目に止めてしまうのはどうして? 

 

「あれ? もうこんな時間!?」

 

 岸波白野は大声を上げて立ち上がり、その勢いでよろめいた。

 

「今日、この位置からほとんど動いてないよ! 身体が固まっちゃう」

「昨晩はよく動きましたから、あまり移動するとその方が疲れませんか」

 

 彼女は何故かはっとした顔をしてから「確かに」と力強く頷いた。

 

「にしても、もう太陽も沈んで……あっもう完全に……見えなくなるよ」

 

 小さな手が指差す先で見せ掛けの火球が真っ黒い縁の奥に沈み込み、もう間もなくするとポッと燃え上がり、消えた。紫の残照はまだ僅かに見えているが、それも次の次の瞬きの頃には消え失せるだろう。

 

「真っ暗になっちゃった」

「敵は撃退されましたが、ここまで静かになるとは思っていませんでした」

 

 あまり考えずに言った雑談にも、マスターはうんうんと肯定する。

 

「さしもの奴も撤退して軍を立て直してからまた侵攻、というのを明日までには出来ないでしょう。仮に出来たとしても、ここに戻って来るのは最も早くても明日の夜です」

「そ……れくらい、なのかな。いや、明日の夜って凄く早いと思うけど」

「アルテラもその軍属も規格外の連中ばかりですから……今日はセイバー殿の方に戻りましょう」

 

 半日は固定されていた関節を動かすと、全身の骨が苦痛に満ちた音を立てた。開きっぱなしのままで珍しく役に立たなかった空中投影の管理者ウィンドウの光が、濃くなりつつある闇の中に少女の輪郭を青白く浮かび上がらせる。

 

「うん、帰ろうか。帰ったらお風呂入らないとね」

 

 マスターは足の裏にめり込んだ小石をもう片方の足の甲に擦り付けて落としつつ、笑いながらそう言った。

 

 私のマスターはただの道具、お飾りの王、便利な魔力源──未知の動向、遠くない視点、私に()()()くれるひと。

 

(マスター)……」

 

 その言葉のニュアンスを掴むことが、出来そうで出来ない。私の中にに()()に関わる情報がない訳ではない。ある、のだ。ありふれた人間のありふれた感覚が……自分以外の人間に対して懐き得る「何か」の詳細、私が生まれた何よりも最初の理由が何であったか。

 情、なんてふわっとした概念ではなく、もっと細分化できる要素。それでいて低俗で生産性のない、無駄な依存ではない肯定的感情。

 

 道徳感情に住み着く若く聡明な星詠みの双眸が、私の視界越しに岸波白野を観察している。

 アルテラの表現は、随分しっかりと私の感覚に突き立てられた。認めるのは癪だが、単なる好意と断じるには浅すぎるが愛情だと嘯くには馬鹿らしいこの感覚を、短く詩的に表現するのなら……これはあながち的外れではあるまい。

 

「今、わたしのことマスターって言った?」

「え?」

 

 すっかり夜に染められた顔がどんな風な色をしているのか目視で判別は出来なかったが、少女の声色は少し上擦ったようだった。

 

「アルテラが……そう言ったんです。あなたか、或いは「肉体」の事を」

 

 青い光を反射して彼女の瞳がちかっと閃く。

 こんなにも汎用な、データの濁流の最中に取りのこされた虫の1匹でしかないそれは、終末の寸前で藻掻く人類史の中で死に、生まれ変わり、そしてまた死に絶えんとしている。

 

 私は私なりに自分の生活圏とそれを共にする有象無象の文明の存続を考え、誰よりも高い所に誰よりも先に登って、崖に向かって突き進む蒙昧な人類を陸地に誘導する必要があった。

 自分では何も考えずにそれに従う下々は私に単純な畏怖だけを向け、私を操ろうとしている者たちは私の両手にしか興味がなかった。

 私の()に関心を持ってくれた人間は、そういった取るに足りない人々に比べれば遥かに少ない。

 

 歴史の流れですらも私を彫像のように扱い、この眼の色を知る者が全員きっちり死に絶えて2000年、久々に開いた視界の中に()()がいたのは────。

 

「そうなの?」

「別に、あなたがお望みなら今後はマスターとお呼びしても構いませんが」

「そんなのどっちでもいいよ、呼び方なんて関係ないでしょ?」

 

 マスターは暗がりに沈みながらもよく見える笑顔で答える。

 

「……その通りです、マスター」

 

 捏造された星空の中に、忘れ得ぬ輝きが確かに存在し続けているのが詠み取れた。

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