わたしは目の前の光景が信じられなくてアルキメデスの顔をただ見ていた。
あのアルキメデスが脇目もふらずに感情を顕にして涙を流していること
アルキメデスは完全に俯いてはたはたと涙を零している──泣いている、という感じではない。何か言語化できない概念を表現する言葉の代わりに、涙がそれを担っているような……感情を持つ生物なら誰だって必要な新陳代謝を何百年ぶりにやったような、そんな感じだろうか。
彼は本当にただ、目が膝の方を向いているが為に液体が下に向かって真っ直ぐ落ちているのだと言わんばかりに、しゃくりあげたり涙を拭いたりすることは無い。
わたしは一度だって彼の気持ちを完全に理解したことなんてなかったし、出来ると胸を張って言うこともできない。「正常」。正常とは何を指す言葉なのか。
わたしはアルキメデスとの契約の瞬間のことを改めて思い出した。この仕事を完璧に果たした後に明かされる「約束」は、きっとこの独白の裏にあるのだ。
「アルキメデスが、何というか……そう言うなら、無理にしなくてもいいと思う」
彼に必要なのは慰めではない。このサーヴァントは精神的な苦痛に傷付いている訳ではなく、事実を再確認して出力しているだけだ。
明かされた秘密──アルキメデスが「違う」という事は、単に彼個人の個性と言っていいものではない。気が付いたら自分の周りには「自分と限りなく同じように見えるけれど、まったく違う生き物」が沢山いる……そういう風なもの、なのかもしれない。
──周囲の人間は、人間のように振る舞っているだけで本当はプログラム通りに動く機械なのかもしれない。
そういう例え話があることを思い出す。機械は人間を完璧に真似ることができ、一見すれば人間との違いはどこにも無い。アルキメデスはその時、人間の側ではなかった。
「好き勝手すればいいんだよ。他のサーヴァントや、NPCのみんながそうするように」
わたしもそうだ。でも、わたしは自分が機械であることを知らないまま成長し、人間の自認を持って今も生きている。わたしの周りの人間も、そうでなかった人たちも、わたしを人間として
それを……
「今はまあ、それどころじゃないかもしれないけど……
わたしの
アルキメデスはゆっくりと顔を上げた。骨の傾きと涙腺の
「──それは」
彼は穏やかな微笑みを浮かべた。
何の根拠も無いけれど、直感的にその表情が「プログラム通り」のものだと感じた。
「それは、本当に……待ち遠しいことです。マスター」
いつかきっと、彼を理解る日が──理解らないといけなくなる日が来る。それはすぐ側にまで迫っていて、避けることはできない。その隠された秘密の底の底のことを
前にもそんなことがあった気がする……遠く失われて浮上することのない記憶の中、大きい、小さい、近い、遠い、温かい、冷たい、大切なあらゆる思い出と共に棄てられたどこかに。
わたしの記憶の残骸の上にアルキメデスは立っている。彼の隣に立っていないと、波に押し流されてしまう。
サーヴァントの均整の取れた美しい左手が、脈打つリズムを表すように輝いている。