勇猛なSE.RA.PHの守護者である我々には時間がない。最後の戦いの時は刻一刻と迫りつつある。アルテラの焦りは明らかであり、血気盛んな侵略者の軍勢は着々と反撃の準備を整えている。
力あるものは団結し、新生SE.RA.PH最初の危機に対して立ち向かうべく各々準備を進めていた。聖杯戦争勝者のサーヴァント2騎は改めて兵を集め、二の矢を如何にして放つかを熱心に考えているようだ。
一方で、遊星の尖兵である私は時間を持て余していた。
畏れ多くも玉座の前に卓と椅子まで用意されて始まった皇帝陛下の軍略会議が終わることはなく、今度はこちらから攻めるべきだ、いやまだ事を荒立てる必要はない、と同じような議論の応酬が今朝から既に数時間は続いている。
どちらが選ばれても結果には大差ない。「
「アルキメデス、体調は大丈夫なの?」
岸波白野は僭称皇帝たちの言い争いの席で終始困り顔だったが、話に着いていくのはもう諦めたらしく檄の合間を縫ってひそひそとこちらに話しかけてきた。
「私は平時通りです。何か至らぬ点がありましたか」
「いや、昨日……あんな感じだったから」
「あれは……」
あれは、別に何でもない。
本当に何でもない。気の迷い──気まぐれというか、そういうものだ。ただ疲れていたせいで、正常な思考でなかっただけ……だと思う。
疲労時にメンタルの低下が起きるのは人間であれば普通のことだ。だから、私の深層心理があの時口をついて出たのだとしても……それは大した問題ではない。
それに、いくら私の秘密を掴んだところで、どうせ彼女は消えて無くなる。成功しても、失敗しても。
「……疲れていただけですよ」
「その疲れてたのが今はどうなのって聞いてるんだけど」
「心配には及びません。燃費は良い方なので」
「欲しかった答えとちょっと違うなぁ……」
マスターは再度議論に耳を傾け始めた。彼女の向かいの席に座る「魂」もマスターと全く同じ困り顔だが、何度か口を挟もうとしてキャスターの肩に手を伸ばしてはそこに触れることなく降ろしている。
「このまま黙ってなどいられるか! 士気の高い今が好機であろう、向こうが万全の状態に戻る前に叩く!」セイバーが高らかに叫ぶ。
「今の目的はレガリアの奪還ですよ? 向こうの有利な場所でわざわざ戦わなくても、こっちにのこのこやって来るのを叩いた方が早いでしょうに」キャスターが言い返す。
今も尚、このやり取りが多少言葉を変えつつ繰り返されている。せめて誰か他に居てくれれば話もまとまったのかもしれないが、生憎サーヴァントたちは出払っていた。以前の周回ではそうそう無かったことだが、アルテラの行動の変化と
ちなみに私が呼ばれたのは
「あの、セイバーにキャスター、ちょっといい?」
マスターははにかんで話に割って入った。私には目もくれなかったふたりは彼女の声にはぴたりと会話を止め、次の言葉を待ち望んで口を閉じる。「魂」だけは何故かキャスターの横顔を見て困り顔を続けているが……。
「この前は皆で協力してなんとかなったけど、向こうもこっちの戦法を把握してきてる筈だよ。アプローチを変えよう」
アーチの行き交う天空に王の指先が向けられる。今世紀最大の名案を発表するぞと言わんばかりに岸波白野は息をしっかりと吸い、ゆっくり、はっきりとした声で提言を始めた。
「例えば……アルテラとの共存の方向に行くとか」
「あ?」
今のは私の声だ。
周りの馬鹿どもはこの提案に対して何も言わないどころかほんのりと頷いているようにすら見える。目の錯覚なのでは? 実際は揺れているだけではないか? と自分の視野を疑っても見たが、揃いも揃っていつまで経っても否定的な意見が返ってこない。どうなっている。
「え……この文脈でその考えに至ります? 誰もそういう雰囲気ではなかったでしょう」
「それはそうだけど、話が通じない感じじゃないでしょ?」
サーヴァントは互いに顔を見合わせている。確かに、私がアルテラと言葉を用いてやり取りをしている場面をマスターは見ている。
過去、セイバーはアルテラとの対話によって相互理解を図ろうとしていたが、今回はそれを阻止することができた……しかし、思えば岸波白野のアルテラへの──正確には自分のサーヴァントに対する──意識の持ち方については変わっていない。
「だって、「
岸波白野はいずれの可能性においても、自分のサーヴァントに対する信頼を揺らがせることはなかった。それがあらゆる周回において敵対してきた
分裂した岸波白野には、共通して「自分のサーヴァントは信頼できる」という前提の思考がある。
「わたしだけじゃないよね?」
マスターは「魂」に向けてそう尋ねる。キャスターの思わしげな視線を受けながらも、彼女は「心臓」の問い掛けに頷いた。わたしがキャスターを愛しているように、「肉体」のわたしもアルテラを信じていることは伝わってくる──「魂」は確信を持った様子で言う。
「ま……マスター、それは無茶です。あれは埒外の存在ですよ」
せっかく悪しき異星の侵略者を倒す、という方針で戦力が集まっているのに、それがブレるのは面倒極まりない。アルテラが倒されない──アンチセルが使命を放棄しSE.RA.PHに身を落とすなら、当然私が指輪を得ることはできない。
何が嫌かと言えば、その可能性は充分にあるということだ。アルテラが時にセイバーに絆され、時にキャスターの慈悲を受け入れ、またある時にはマスターの望みに従ったことは確かだ。そうなれば私(のマスター)が中心で物事を動かせるこの状況は反転し、全てのヘイトがこちらに向くことになる。
「あれは私を……殺すつもりだった……」
アルテラの話題からどうにか空気を反らせないかと考え、はじめに思い浮かんだのはそれだった。気を引くには女々しすぎる切り口だ。言っていて自分でも過去の傷が痒くなるようだ。
マスターは私の返答に律儀にはっとして、見るからにしおれて口を閉ざした。操作したかったのは彼女のテンションではなかったのだが、結果として3時間超の無駄な議論の熱を冷ますことはできたらしい。
岸波白野があからさまな落ち込みを見せたことでセイバーは連鎖的に頭を冷やし「ひとまず今日はここまでだ」と席を立った。主催者が去ったことでキャスターは言葉をぶつける相手を失い、ふんと鼻を鳴らす。
「ま……相手の動き次第ってことにしましょ。アルキさん、呼んだらちゃんとご主人様と一緒に来てくださいよ?」
返事をするのも面倒で、私は自分のマスターときっちり歩幅を合わせてのろのろ去っていく狐の背中を見送った。