Route:lost   作:花見饅頭

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23日目:悩ましいジャッジ

「でも、戦わずに済むならそのほうがいいよね?」

 

 ローマ市街を荒れ野の方へとだらだら歩きながらマスターはそう尋ねた。道行くNPCは呆れるほどに戦争に無関心で、塀の外に迫るものの事なんて興味も関心も無いようだった。

 あの無駄な時間の後、手持ち無沙汰になった彼女は(私にはメンテナンスの仕事があったが)何か行動したくとも具体的なことが思い付かないといった様子で、ひとまず気まずさを押し殺そうとして「行動」らしいことを始めたらしい。

 

「そういう訳にもいかないでしょう──」

「だけど、この前は話し合いで解決したじゃん」

「あれが話し合いでの解決に見えたんですか……?」

「だって……殺そうとして()()した訳じゃないでしょ」

 

 マスターは手遊びしながら、ぼんやりとした顔付きで惰性のまま前進している。本当は駄目元で頚椎でも切り付けてやれば「肉体」が止めに入ってくるんじゃないか、と思ってやった行動だったが、彼女は私の善性をよほど信じているらしい。

 

 私だって好きで戦っている訳じゃない……あの侵略者の鑑のような存在が、本当に味方となってくれるならばそれは良い事だろう。問題はそうなった所で私の周回数が増えるだけでなんの解決にもならない事だ。

 マスターですら、脆いSE.RA.PHを新文明として存続させることが望みである筈だ。この世界は儚くも美しい、地球人類に残った希望を閉じ込めた光子の箱だ。

 

「アルテラはやがて全てを破壊する為に存在しているんですよ。忘れたんですか?」

「忘れたりしないよ。しないけど……」

 

 今日吹く風はここ数日では一番に冷たく、思えば常に素足のままの少女の姿は寒々しく見えた。

 

「奴は例えその意志がなかったとしても、やがて本来の役目を取り戻してこの世界を破壊します。相互理解は出来ないし、出来たとしてもあなたが望むような三方良しの展開にはなりません」

 

 この説明は正確とは言い難いが……まあ、やや盛ってはいるけれども、間違いと言う程ではない。結局いつも最後に世界にとどめを刺そうとするのはセファールだからだ。別に、私は彼女の撃鉄を起こしてやっているだけだ。引き金を引くのは私の手ではない。

 

「あなたがアルテラを信頼していたとしても、このままではSE.RA.PHの運命は変わらない……それは王としてのあなたの望みではないでしょう」

 

 岸波白野は画材屋と布屋の間あたりで立ち止まり、首を傾げた。この場所と彼女に何か因縁があっただろうか。私の知らないパーソナリティによる部分が、このありふれた光景に反応したのか? 

 何か余計なことを考えていなければいいのだが、それこそアルテラと和解するみたいな突拍子もないことは……。

 

「SE.RA.PHのことは、そりゃ大事だけど。わたしは王だし、レガリアを持ってるし、わたしのサーヴァント()()()セイバーとキャスターの為でもあるし……」

 

 足の指先で石畳の凹凸をなぞりながら彼女はぼそぼそと呟く。よく耳を凝らして聞き取らないと、賑やかし共の雑踏に紛れてしまいそうだった。

 

「わたしが一番心配なのはアルキメデスのことだよ。無理してアルテラと戦って、怪我とかしてるのに、それでも和解の可能性に掛けるよりも戦ったほうがいいと思う?」

 

 その手に弄ばれていた赤い指輪が第二関節の部分で回っている。それが万が一にも外れて石の隙間や側溝の奥に落ちてしまわないか、私は思わずその光を目で追っていた。

 

「私は運営側としてこの世界の存続の為を思って言っているのです、()()。慈悲と慈愛に勝る優しさは無いかもしれませんが、それだけで王になれないことは分かっているでしょう」

 

 エリアに舞う赤い花弁が嘲笑うように鼻先を掠める。石畳に落ちたそれは踏み付けられると汁の染みを足元に付け、データの藻屑となって消えた。また少しすれば別のエフェクトの一部として私の前に現れる事だろう。

 少女は振り向いた。ふわりと揺らいだ髪に巻き込まれた赤がほんの僅かな間だけ絡み付き、数フレームの間だけ王の姿を艶やかに彩る。その表情は今の姿に反して文句有りげなものだった。

 

「SE.RA.PHのみんなの為に、王として出来ることは頑張りたいけど。わたし個人としては、SE.RA.PHの治世なんて言われても困ってるというか……こんな事言っちゃ駄目だけどさ」

「それは……どういう意味でしょうか。アルテラと戦いたくない、と言っていたのは?」

 

 新王は弛んだ指輪ごと手を握った。夕方とまではいかないが、もう真昼を過ぎてしまった時間の白い光が、銀色のリングに照り返る。

 

「その治世のためって意味でも、今はアルキメデスがずっとわたしのサーヴァントで居てくれるにはどうすればいいのかって考えてるんだ」

 

 はあ、と限りなく聞き覚えのない憂鬱な溜め息が聞こえた。私はこの岸波白野(マスター)がそんな風な態度を取るのが以外で、その表情が如何なものかを観測して動機を明確にしたい衝動に駆られた。

 

「SE.RA.PHのことは、わたしよりも「魂」のわたしの方が向いてると思うし。そもそも指輪が全部集まってひとつになったら、わたしたちは元の「岸波白野」に戻るかもしれないんだよね」

「ええ……そうですけど」

「そうなった時のわたしの為にも、アルキメデスにはずっと岸波白野(わたしたち)と一緒にいてほしいの」

 

 マスターはサーヴァントから少し目を逸らして、その足元から伸びる影の中心あたりを見つめている。

 それはいつもの……悪い意味で掴み所のない様子でなく、記憶の片隅にひっそりと残っている惨めな冠置き場(ヒエロンの孫)を思い出させるような、力ないものだった。

 

 私は何かが軋むような音を聞いた。その音源がどこにあるのか私には分からず、ただ視界の中央を作りかけの石像のように独占している岸波白野のことばかりが思考領域に這い伸びる。

 私が在るがままに在る為に見逃してきた困窮の視線が戻ってきたようだ。あの時も、この時もまた、私の在り方には何の関係もない問題だ。違うのは、今や岸波白野が──

 

「どうかした? また考え事?」

 

 少女は困惑を滲ませて尋ねた。耳鳴りのような不快なアラートが感覚器官を横断し、寝呆けた思考が明瞭になる。

 

「ええ」

「何もわたしが悩んでる今この瞬間に、そんなに考え込まなくてもいいじゃない」

「制御できればそれに越したことはないのですがね」

 

 それはそうだけど、とでも言いたげに、首を傾げたマスターは進行方向にさっさと向き直ってぺたぺた歩き出した。

 ここで立ち止まったのは単なる偶然で、漂う顔料と油の臭いも布染めの跡が地面に作った歪な模様も今の悩める彼女の感情を動かすことはなかったらしい。

 

「今更ですが、どうして今日は市外へ出ようと?」

 

 マスターは顔だけこちらに向けて答えた。

 

「見張り。なんか落ち着かないから」

 

 それが無価値か、ともすれば有害な行いであることを彼女は理解しているだろう。ただ、この行動を咎めるだけの正当な理由を私は持ち合わせていない。

 軋みの正体があの不愉快な音だったことを知った以上、マスターから離れる訳にもいかないのだ。猶予は僅かなのだ……彼女の望みどおり、私は最後まで生き残る。それについてだけは確信を持って頷くことができた。

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