「決めたぞ。我々は直にアルテラの元に向かう」
ネロ・クラウディウスは大勢のサーヴァントの前でそう言った。
「前回の戦いから、奴は動く様子をまだ見せない……本陣でまだ体制を立て直しているのだろう」
「向こうに乗り込むのか? 危険ではないかね──」弓兵は横目で他のサーヴァント達を伺った。「──いや、何でもない。皆士気は高いようだ。行くなら今だろう」
「このまま睨み合いを続けて、相手が完全に回復してしまってはまずい。これだけの数のサーヴァントがいるのだ、奴がまだ未明領域に篭っている間に囲もうと思う」
英傑たちは一様に頷き、どうにもにやついた様子で賛同の意思を示した。誰もが揃って武器を握り直し、血気盛んな目で皇帝陛下が掲げた手を見つめている。
「のんびりしていてはアルテラを倒す前に
尻尾の先を弄りながら玉藻の前もそう呟いた。最早侵攻の開始に疑いの余地はないようだ。時間がないのは事実であるので、決断が間違いだとは言わない。
最後の戦いとなるのは彼女たちだけではない。この周回においての私の戦いも──そしてマスターとの限られた時間も──また最後になる。
部屋に鈍く微かな軋みが鳴る。それを聞いたのは私と「
「ただ」セイバーは話を続ける。「奴を断じるためだけに行くのではない。可能なら殺すことはしたくない」
彼女は確実にこちらを見た。「そうしてもいいのか?」という疑問がまだその視線には宿っているが、私からすれば、アルテラとの敵対が崩れないならひとまず今は何でもいい。
私は口では何も言わずに、彼女と目を真っ直ぐに合わせる事で返事に変えた。困惑する緑の視線はより深い困惑に歪められる。
「……SE.RA.PHで自我を持つ以上、自由に生きる権利がある。奏者──マスターがそうなるように決めたこの世界で、それを否定することはできない」
マスター
私は岸波白野を改めて見下ろした。あと数日の命であることも知らないまま、本能的な恐怖感を見せかけの責任で燃やそうと震えている。
「だからこそ、今のSE.RA.PHを守りたいのであれば全力で戦え! 我らがSE.RA.PHの……新たな人類にとっての正解であることを証明するぞ!」
声と共に、薔薇の皇帝は剣の切っ先を高く天に掲げた。電脳世界に蔓延る死んだ英雄たちはそれに続いて各々声を上げる。誰ひとりとして自分の在り方を疑いもせずに。
──彼らは続々と戦地に向かっていった。
セイバーすらも振り返ることなく出て行ってしまい、後には私とキャスター、そしてマスターたちが残される。
「さて、始まってしまいましたね。アナタはどうするんです?」
狐は冷めた目付きで言う。「魂」は不安そうに指を組み合わせているだけで、口を挟むつもりはなさそうだ。
「私は王の意思に従うのみです。このやり方は私の好みではありませんが、かの侵略者を退けることが出来るのならば、SE.RA.PHの技師として協力は惜しみません」
「数学者、それが本心か?」
女怪の瞳孔が窄み、瞳が獲物を殺す為のものに変わる。哀れなものだ。人類の醜い部分が集積し、彼女のようなただ欲望だけの化生は現れてしまう。
そんなものが人類をどうこうしようとするなんて、それこそ……おかしな話だ。
「貴様の本性など透けて見える。望みは平和などではあるまい、何が目的だ? あの異星の存在の勝利か、或いはそれすらも踏み台か。答えよ」
「……平和は我が望みです。人が助け合うことができる状況でこそ、文明は進歩することができる」
岸波白野は弾かれたように私を見る。
人類史は競争、生存、淘汰の積み重ねだ──つまりはそう、名前も付かないような戦争の中で進歩を得てきた。停滞の中で何か他者より突出しようとする時、戦争はそれに常に付き纏った。
「私は戦争を終わらせたいと思っていますよ、キャスター殿。争いの中でしか人類は発展しない──そうは思いたくありません」
平和は私の望みだ。そうでなければ演算も発明もすることはできない。欲しくもないものを作らせる事で得られる進歩なんてものは、やがては身を滅ぼすことにしかならない。
SE.RA.PHに人類が至り、そこに新たな文明ができた。それが証明だ。
「そうでしょう……もしもそんな風に考える者がいるならば、神すら憐れみを向けることでしょう。全ての戦争はこれよりここで終結します。我々の戦いが人類にとっての最後の殺し合いとなるのです」
「それが貴様の目的だとして……その為の手段がただ
玉藻の前は嘲笑った。どうやら私の言葉など半分も聞いていない様子だ。別に構わない、理性で生きていない獣如きに私の言説が理解できる筈もない。
「その言葉で妾を動揺させられるとでも思ったか?」彼女は表情を変えることはない。「アルテラは下す。だが、貴様を勝利させはしない。貴様の戦争はここでは終わらせない」
その隣の「魂」は黙ってサーヴァントの横顔を見て──そして、疑念に満ちた目で私をじっと見つめた。
私の隣のマスターは、そうしてこちらを見ている「魂」に逆に困惑の表情を向け返した。
「あなたが私を
沈黙が空間を吹き抜ける。マスターは袖をより強く握って引っ張り、ほとんど私の腕を掴むようにした。
それを見た「魂」は息を吸い、自分のサーヴァントに向けて「今は駄目だ」ど耳打ちする。
「あなたが私を信用しなくとも構いません。しかし、仮に私が世界を裏切るとして……それよりも先にアルテラによる暴力が世界を踏み躙ることはお忘れなきよう」
その場の誰もがギシリと空間の軋み始める音を聞いた。私への疑いを最高潮まで募らせるキャスターや、私を疑う暇もないセイバー、そして自分のことも分からない岸波白野たちも気付かない内に、私はひとり虚無の上に張られた綱に立たされた。
私が想定したよりも、ずっと残り時間は少ない。部外者として眺めていた筈の戦場の斜め上で、背中に汗が伝うのが判ってしまった。