Route:lost   作:花見饅頭

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3日目:乾く泉

 黄金の海(ローマ)領域での一夜が明け、見せかけの太陽も十分に空に登った頃、新王はベッドからのそのそ起き上がってきた。

 

 セイバーには既に開拓済み領域の占有率を通達してある。A陣営はそれを受けてか、奪われた領域を取り返すべく明朝には出掛けていった。

 餞別として「精神」にはB陣営所属サーヴァントの使いそうな魔術なり結界なりをスキャンするコードキャストを渡してある。彼女の頭の出来であれば、これを使える状況で死にはしないだろう。

 

 戦況はA陣営優位。そう苦戦している様子もないし、半日もすれば決着する。この戦いには私たちの出る幕はない。

 初めの障害、アルテラの襲撃はいつも「2つの指輪が揃う時」だ。

 

「おはようございます、新王」

「おはよう……」

 

 呼び掛けに答えて岸波白野は目を覚ました。

 彼女は伸びをしてベッドから降り、やる気に欠ける動作で準備運動のような動きをし、手櫛で髪を解かして、このあまり広くない部屋でどこに立ち位置を見出すかを悩んだ後、ひとまず近場のソファに腰掛けた。

 

「普通にくつろいじゃった感じで、ちょっと申し訳ないな」

「それはもう自宅の如く気をお許しになっていましたね」

「あっフォローしてくれるとかではないんだ」

 

 ただの年相応の子供と変わらないザマを見せていた彼女だが、実際に本来の岸波白野よりもやや反応が鈍く、体力も多くない印象を受ける。パラメータチェックの限りではこれといった異変は見当たらないが、意識して観察すると身体能力の値が規定よりも若干下振れているようだ。

 違和感ではあるが、考察するにはデータが足りない。彼女は本当にただの概念(イメージ)でしかないのだろうか? 

 

「まあ、セイバー殿にとってはあなたも大切なマスター……の一部です。心配なさらずとも、彼女はあなたを傷付けさせるようなことはしませんよ」

「そうかな? うーん……確かに一緒に戦ったサーヴァントだもんね」

 

 そう言いながらマスターは自分の左手を見た。恐らく誰とも契約関係が結ばれていない令呪と、本当に権力を持っている指輪。

 サーヴァントのいないマスター。民を率いない王。人類の離反者と人類の代表。矛盾で溢れている。

 

「あっちのわたしがあんなにも大切にされてるんだから、わたしにとってもセイバーはきっと大事な人だったんだろうな」

 

 虚しく光る左手を見つめながらマスターは溜め息を吐き、「それを忘れるなんて」と分かりやすく落ち込み始めた。

 新王の言葉には肯定も否定もできない。私はかの皇帝のことを歴史の上でしか知らないし、その上で好きか嫌いかを論点にして彼女と会話をすることは()()()()

 

 全ての物事にはそうなるべき原因と過程がある。それなのに、私にはどれも掴みかねた。私はサーヴァントではあるが、あまりにも人類から離れすぎてしまった。かつては理解できていたのか、それすらも思い出すことができない。

 

「覚えてないだけで、アルキメデスがわたしのサーヴァントだったりとかしない?」

「え?」

 

 ……いいや、こういう思案も無邪気(愚か)な問いかけの前では無意味だ。

 

「いや、アルキメデスが──」

「聞こえなかった訳ではなく……以前にもお話しましたが、私はムーンセルの命でSE.RA.PHメンテナンスに従事する身ですから、マスターに仕えたことはないのですよ」

 

 確かにこれを主題にして話をしたことはなかったが、やはりそれを忘れていた彼女は私の言葉に首を傾げた。

 

「サーヴァントなのに、そういうこともあるんだ」

 

 全ての英霊が人類の味方ではないことも彼女は知らないのだろうか──とも思ったが、彼女が記憶しているであろう聖杯戦争には少なからず人理に協力する気があるサーヴァントしかいなかった、筈だ。

 あまり胸の内を話すのも嫌なので、この問い掛けに対しては頷くに留める。

 

「ねえ、わたしと正式に契約してみたりとかしない?」

「は?」

 

 ……などと、気遣ってみせたりして、その結果がどうしてこうなるのか! 

 

「だから契約して──」

「聞こえなかった訳ではなく! え、今言いましたよね、私はムーンセルの専属技師であって……」

「聞こえてるんだ……それは分かってるけど、仮にもほら、指輪を()()()()身なのに、サーヴァントが誰も付いてないのって大丈夫なのかなって」

「契約がなくとも私はあなたの味方ですから、敢えて契約はしなくても問題ないですよ?」

 

 物欲しげに彼女が見つめてくるが、こちらとしては契約による魔力の繋がりだかを切っ掛けにして霊基の諸々がばれてしまっては困るのだ。

 いや、そんなきちんとした理由ですらない。今更マスターを持つなんて無意味だし、その上令呪の束縛を受けることになる。こちらにメリットが無い! 

 

 岸波白野はいよいよ額がくっつかんばかりにこちらに接近してくる。理解ができない。彼女の思惑に納得できない。

 

「私は管理者側として、誰に対しても公平でなくてはならないのですが……」

「それなら既にわたしに協力してる時点でアウトじゃないの?」

「新王の存続はSE.RA.PH維持に必要な事ですから、これは仕事の範疇です。サーヴァントとマスターの関係とは話が違うんですよ」

 

 数値として確認できないが、確かに彼女はサーヴァントの不在を不安に感じている。レガリアを持っていることで起こり得る危険に対し、マスターとしての経験を基とした無意識から来る感覚でサーヴァントを求めている……のだろうか? 

 

「これ以上の協力は……ムーンセルとの契約違反で……」

「それはレガリアで何とかするから!」

 

 彼女は私の両手を掴んだ。左手に指輪が触れ、魔力暴走の痛みを幻覚して思わず身体が跳ね……そうになった。

 あからさまに新王の体温が上がっている。血の流れがとんとんと皮膚を叩いている。

 

「ずっと一緒にいてくれた皆を忘れたわたしが頼っていい人なんて、あなたしかいないよ……」

 

 それと私には一体何の関係があるんだ、と言ってしまえれば良かったのだ。

 

 熱心な視線を前にして、胸につかえる感覚のひとつを思い出す。

 マスターは──岸波白野は、本当に全てを解決するだけの大きな力を有しているのか? 聖杯戦争での勝利は偶然などではなく、彼女だけが持つ才能によるものなのか? 

 ……SE.RA.PHを切り分けんとする英霊たちが一様に欲するだけの理由が彼女にはあるのか? 

 

 この周での私の望みは、既に彼女無しには成し得ないものになってしまった。

 

「──条件があります。それをあなたが受け入れていただけるのなら」

「契約してくれるの!」

 

 多くの不確定事項が目の前に転がっている。変数が余りにも多すぎて、正解に辿り着くまで遠すぎる。

 

 新王は不安から一転、ぱっと弾けるように笑顔になった。

 感情の変動に伴い紅潮するその頬と逆に、あれだけ掻き乱された自分の頭は迅速に冷えていく。

 

「私のサーヴァントとしての願いに協力してもらいたいのです」

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