食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第十話 あの日の続きを Clone's_Dream.

 

 

「……っ、…………?」

「おや、目が覚めたかな?」

 

 春暖嬉美(しゅんだんきみ)に意識が戻る。

 彼女を起こしたのは、少女の優しい声だった。

 

 それはここ数週間毎日耳にした、聞き馴染みのある声だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「オマエ、は……」

「こうして顔を合わせるのは初めてだね。まずは……そうだね、自己紹介から始めるべきかな」

 

 いつかと同じように、少女はそう言った。

 蜂蜜色の髪に、人形のように整った顔立ち。

 腰まで届くほど長かった髪は肩の辺りで乱雑に切断されているが、その少女はここ数週間毎日目にした顔だった。

 

「考えたんだ、僕の名前を。いつまでも名無しの『亡霊』じゃダメだろう? だから、前世(かつて)とは異なる新たな名前を考えた。この世界で、君と生きていくと決めたのだから」

 

 春暖嬉美は、その少女に手を伸ばした。

 怖かったのだ。信じられなかったのだ。

 かつての親友はこの手から零れ落ち、自分一人だけが助かった。少女の自己犠牲により、春暖嬉美は命を繋いだ。

 

 だから、今回も同じではないかと思った。

 この景色は気絶した春暖嬉美が思い描いた夢想(ニセモノ)で、現実(ホンモノ)の少女はもう死んでいるのではないかって。

 

 まるで縋るように、春暖嬉美は手を伸ばし──

 

 

「僕の名前は継雲雷糸(つくもらいと)食蜂操祈(しょくほうみさき)のクローンにして、数週間前に少年院で君と出会った『亡霊』────()()()()()()()()()()

 

 

 ()()()()

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 継雲雷糸(つくもらいと)、そう名乗った少女は恥ずかしげに笑う。

 

「あんまり捻るのも恥ずかしかったから、名前の由来はそのままだね。安価個体(ライトパッケージ)九九号。……産まれることができなかった九八人の姉の事も、忘れたくなかったしね」

「……そっちの方がキザったらしいよ。雷斧(らいふ)と似てて紛らわしいし」

「春暖嬉美くんみたいに可愛らしい名前じゃなくて悪かったね」

「うっせー。……つーか、いちいちフルネームで呼ぶな。嬉美で良い」

「そう? ……そっか」

 

 ぽたぽた、と瞳から涙が溢れる。

 春暖嬉美じゃない。継雲雷糸の涙だった。

 そこで初めて、嬉美は自分が泣いている事に気がついた。前みたいに悲しみじゃない。()()()()()()()()()()()

 

 

「初めまして、嬉美(きみ)。これからよろしくね」

「初めまして、雷糸(らいと)。これからもよろしく」

 

 

 春暖嬉美。

 継雲雷糸。

 二人の少女は、顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 最上階の大爆発によって野次馬が集まって来たのか、『天体水球(セレストアクアリウム)』の入り口は人で埋まっている。警備員(アンチスキル)もすぐに駆け付けるだろう。

 よって、僕たちは慌ててビルから逃げ出す算段を整える。

 

「足の怪我は痛むか?」

「非常用の対外傷キットを使ったから大丈夫。君こそ、火傷の処置は……」

「そっちも対外傷キットで何とかなる。これは一般では出回ってない風紀委員(ジャッジメント)とかの支給品だからな。大抵の傷はこれで塞げる」

(『風紀委員(ジャッジメント)』、ね。子供が警察のような治安維持機関を務めるというのは、知識として知っていても慣れないな……)

 

 対外傷キットは館内の医務室に置いてあった応急キットから見つけた代物だ。

 チューブから出したジェルは消毒と止血、開いた傷口を閉ざす三つの効能を持ち、大抵の傷はこれで塞げる。

 ……逆に言えば、これで対処できないレベルの怪我は病院でしか治せない。僕の足も血は止まったが、動かせるまでには至っていない。

 

 足の怪我を隠しつつ、『物的読心(プリセット07)』を使用する。

 痕跡を調べる……というより、消すべき痕跡を浮かび上がらせるといった感じか。

 

「わぁ……痕跡まみれ。『読心能力者(サイコメトラー)』がいなくても、警備員(アンチスキル)の鑑識で僕らの存在がバレるんじゃないかな」

「そっちはオレが全部燃やせばいい。それよりも、監視カメラはどうなってる?」

「あれは元から蠢動俊三(しゅんどうとしぞう)が細工していたから、何の記録も残ってないよ」

「そりゃ助かった」

 

 そう言いつつ、春暖嬉美(しゅんだんきみ)はフロアの表面を焦がす。

 『読心能力(サイコメトリー)』は物質にこびりついた残留思念を読み取るが、微弱な電気やら熱やらが大量に焼き付けられると残留思念は壊れる。手紙なんかの個人情報を消すために、スタンプを上から何度も押し付けて読み取り不可にするようなものだ。

 

 あとはビルから逃げるだけ、という段階になる。

 しかし、ここが一番の難所だ。侵入時は別のビルの屋上から跳躍したが、今回は一人ではなく二人。しかも、着地の衝撃を和らげる水槽(クッション)は存在しない。

 

「……今回は別のルートを選んだ方がいいんじゃねーの?」

「でも、下の野次馬はどうする? 僕の能力を使っても、あの人数は誤魔化しきれないよ?」

「それもそーか。痕跡消したのが無駄になるし、……その見た目で目を引かない訳がねーし」

「あっ」

 

 そう言えば、と思い出す。

 僕は緑色の手術衣を着て、その下には何の下着も身に付けていない痴女スタイルだったのだ。

 

「この服装のまま外に出たら注目を集めるか……」

「(……服装じゃなくて、顔の話なんだが)」

「え?」

「いや、何でも。手術衣は病院の脱走者かなんかだと思われんじゃねーの。なんか他に衣装はねーのか?」

「確か、常盤台中学の制服があったはずだ。君もその焦げついた学生服は目立つんじゃないかな?」

 

 僕が元々眠っていた部屋を漁ると、常盤台中学の制服の他にも色々な制服を見つけた。加えて、女性ものの下着もあった(蠢動俊造はどんな気持ちでこれを取り寄せたのか)。

 恐らく、僕の脳を取り込んだ蠢動俊三が街を自由に歩き回るための準備だったのだろうが、ありがたく使わせてもらおう。……ノーパンスカートを回避できて本当に良かった。

 

「…………」

 

 しかし、問題が二つ。

 一つは、女の子用のパンツを履くの? という問題である。

 

(……恥を捨てろ、継雲雷糸。女の子のパンツくらい穿いてみせろ! この世界で、嬉美と生きると決めたのだから‼︎)

 

 覚悟を決めろ! 男だろ⁉︎(?)

 それにノーパンスカートよりマシだ‼︎

 声に出さずそう叫んで、心を奮い立たせる。

 

 しかし、問題はもう一つある。

 こんなふざけた問題よりも、もっと深刻なものが。

 つまり……

 

 

(足がめちゃくちゃ痛くて動かないんだけど、パンツをちゃんと穿けるのか?)

 

 

 足の痛みが酷くなってきたため、息が荒くなる。

 側から見れば女の子のパンツを握り締めたまま鼻息荒くなった不審者である。この時ばかりは、女の子の見た目で良かったと心の底から思う。

 

(…………ま、まぁ? どうにかなるんじゃないのかな? というか、もしも無理だったらどうなるんだ? まさか嬉美に手伝われるんじゃないだろうな⁉︎)

 

 そうなったらもうお終いである。

 大人の尊厳というか、男の尊厳というか。

 色々なモノが終わりである。

 ……いや、年齢差を考えると介護みたいなものかもしれないが。

 

(でも流石にっ、女の子にパンツを穿かされたくない……っ‼︎)

 

 カッッッ‼︎‼︎‼︎ と目を見開いてパンツを手に持つ。

 果たして、継雲雷糸はパンツを穿けるのか──⁉︎

 

 

 

「あのさぁ」

「はい」

「言えよ」

「ごめんなさい」

「自己犠牲は大嫌いなんだっつー科白(せりふ)をこんな馬鹿みてーな場面で言わせんな」

「いやもう、それは本当にごめんなさい」

「もう知らねー、ノーパンで過ごしやがれバーカ‼︎」

「待って待って、それだけは許して……‼︎」

 

 

 

 色々あった。

 それはもう色々あった。

 

 具体的に何があったかは自分の記憶を封印(ロック)したため覚えていないが、少なくともノーパンスカートだけは回避できたようだ。

 常盤台中学の制服を着て、車椅子に座る。この車椅子は医務室から急遽持って来た物だ。

 

「五〇キロもない人間一人くらいならともかく、車椅子を抱えて他のビルには飛び移れねぇ」

「はい」

「だから、やっぱり正面突破するしかねぇ」

 

 そう言いつつ、嬉美は車椅子を押す。

 彼女が選んだ制服はロングスカートの黒いセーラー服だった。

 

 館内の出入り口付近で息を潜める。

 深海のように暗く静かな館内とは違い、外は完全下校時間を過ぎているにもかかわらず明るく騒がしかった。

 

「でも、どうやって? 僕の能力は大人数には通用しない。野次馬の目を騙すのは困難だよ」

「目を騙す必要はねぇ。目を逸らすだけで良い」

「?」

「オレが奴らの目を逸らし、オマエが逸らせなかった一部のやつを洗脳する。準備はいいか?」

「……オーケイ、いつでも」

 

 パチン、と嬉美は指を鳴らす。

 その直後の事だった。

 

 轟‼︎‼︎‼︎ と。

 『天体水球(セレストアクアリウム)』の最上階が爆発した。

 

 僕たちの痕跡を消すための爆発。

 野次馬たちは面白いものをみたとばかりに、携帯のカメラを屋上に向ける。

 確かに、目は逸れた。だが、これだけじゃ出入り口を普通に通ってもバレてしまう。

 

「(ダメだ。やっぱり他の道を考えないと……)」

「(いーや、あと一押しだな)」

 

 安全圏にいると思い込んで笑っている野次馬に、嬉美は容赦なく畳み掛ける。

 

 

()()()! ()()()()()()()()()()()‼︎」

 

 

 一瞬、野次馬たちは固まった。

 しかしその意味を呑み込み、今この場がガラスの落下地点である事を理解すると、一気に爆発するようにパニックに陥った。

 意味を為さない悲鳴がそこかしこであがり、歩道も車道もなく縦横無尽に逃げ去る。最前列にいたものほどパニックになり、その場から無理に離れようとするため、ドミノ倒しみたいに『天体水球(セレストアクアリウム)』を中心に扇状に人が倒れる。

 

「よし、このまま群衆に紛れんぞ。こっちに気が付いた奴がいたら適宜頼んだ」

「うわー、これはどっちかと言うと……テロリストの発想じゃないかな?」

 

 嬉美が叫んだ言葉は嘘だ。

 周囲に被害が及ばないよう細心の注意を払い、特に窓ガラスは飛び散らないように計算して爆発を行った。

 

 しかし、野次馬はそんな事を知る由もない。

 もはや人の波のようになった群衆の中に突っ込み、人の体で人の目から隠れる。これで僕たちが『天体水球(セレストアクアリウム)』にいた痕跡はもう何もないだろう。

 

『うおおおおおお、めちゃくちゃ車椅子が蹴られる……‼︎』

『車椅子だし流石に不審に思われるかと危惧したが、案外そんな事もねぇ。パニックってすげーな』

『引き起こした嬉美がそれを言う⁉︎』

 

 揉みくちゃにされながら『念話能力(テレパス)』で会話する。

 普通に喋っても、悲鳴のせいで何も聞こえないのだ。

 

『そういや、オマエって夢とかあんのか?』

『い、今それを聞くのかい⁉︎ ここでっ⁉︎』

『これから自由って時だ。今こそだろーが。オレだけ一方的に知られてんのも不公平だしな』

 

 車椅子を押す嬉美の空色の長い髪が僕の首元をくすぐる。

 全方位から人間の感触を感じながらも、どうしてか首元の小さな感触だけが強く印象に残る。

 

『夢……うーん、僕は一度人生を経験している身だ。老衰で死んだ僕だよ? 未練も何もないのだけれど……』

『そんなんじゃあ人生に張り合いがねーだろ。夢っつーか、前世でやってみたかったけどできなかった事とかねーのか?』

 

 前世の心残り。

 自分で言うのも何だけど、僕の前世は一般的ではない特殊な経験を多く積んだと思っている。

 もちろん、僕自身は特別でも何でもない何処にでもいるありふれた大人だったのだけれど。

 

 それでも、一つだけ叶わなかった事がある。

 ……いや、叶わなかった事はたくさんあった。しかし、その中でも諦めきれない事が一つだけある。

 

 

『……()()()()()()()()

 

 

 仕事に生きた人生だった。

 大人としての役目を果たすために世界中を駆け回り、公私関係なく時間を仕事に注ぎ込んだ。

 

 だから、と言うべきか。

 僕は死ぬまで独身だった。

 ……定年後も働いていたし、何ならあの頃は視覚を失ったりして婚活する余裕もなかった。

 

『別に、伴侶がいない人生が不幸せとは言わない。僕の前世だって、独身でも幸せだったからね』

『…………』

『でも、憧れがある。好きな人ができて、好きな人に好きになってもらって、二人で家庭を築く。そんな当たり前ってヤツにさ』

『……だったら、さ』

 

 歯を剥き出して、嬉美は笑った。

 後ろから車椅子を押す彼女の顔は見えないはずなのに、どうしてかその光景が目に浮かんだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは、いつか僕が言った言葉。

 それは、彼女が僕に返した言葉。

 

『前世の性別に合わせるなら良い女を探すか? それか今の性別に合わせて男? ……あ、そもそもオマエって異性愛者なのか?』

『この体の場合どっちが異性なのかな? ……いや、まず僕は年老いた老人だから性欲とかは死んでると思うのだけれど』

『そんな訳ねーだろ。老人っつったって、その体は子供のそれだろ? オマエの中身がどれだけ老成してたって、分泌されるホルモンがオマエの心を若返らせる』

『……それに、僕みたいな複雑怪奇な人間を伴侶にしたいと思う人がいるとは思えない』

 

 何せ、中身が男で老人のクローン人間だ。

 属性を盛りすぎてもはや対処できない。

 

 ぽんぽん、と嬉美は僕の頭を撫でた。

 同時、人混みを突っ切り夜の街へ飛び出す。

 

『安心しろって。誰もオマエを貰わないなら、オレが引き取ってやるから』

『それは……大きくなったらお父さんと結婚するって言う娘みたいだね』

『誰が娘だ、誰が』

 

 コンクリートの街に夜風が吹き付ける。

 こうして、僕と嬉美は学園都市に降り立つ。

 

 これが全ての始まり。

 僕と嬉美とこの街と、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 クローンに憑依した転生者(まじゅつ)継雲雷糸(つくもらいと)

 少年院から脱獄した能力者(かがく)春暖嬉美(しゅんだんきみ)

 二人の少女が交わる時、物語は始まった。

 

 






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