食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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4/16 21:30に「第十話」を更新しています




行間一 処理されぬ例外 Catastrophe_999.

 

 

 その部屋は窓がなかった。

 窓だけではない。ドアも、階段も、エレベーターも、通路も、通気孔も、何もかも。建物として機能するために必要な一切のものが存在しなかった。

 

 その部屋は要塞であった。

 大能力(レベル4)の『空間移動(テレポート)』でもなければ出入りすらできない密室。

 『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト=フォートレス)』で覆われた外壁は核兵器の直撃にすら耐え得る。

 

 その部屋はまるで宇宙のようだった。

 室内と呼ぶにはあまりにも広大な空間には、一切の照明が存在しない。

 しかし、それは室内が暗闇である事を意味せず、無数のモニタやボタンの瞬く光がまるで星のように満ちていた。

 

 その建物こそ窓のないビル。

 学園都市統括理事長の居城。

 

 そして、その部屋の中央。

 星々から伸びたコードの先。

 巨大なガラスの中で逆さに浮かぶ『人間』。

 

 この星の半分を覆う科学サイドの王。

 『人間』アレイスターは空中に浮かぶ映像を眺め、厳然と告げた。

 

 

「───()()()()()()()()

 

 

 聞く者が聞けば聞けばひっくり返って驚いただろう。

 学園都市統括理事長アレイスター、あるいは二〇世紀最高の魔術師アレイスター=クロウリー。この『人間』がまずい事になったなんて弱音を吐くのは、想像もつかない事だからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 宇宙のような部屋にアレイスターの声がこだまする。

 幸いと言うべきか、その弱音を聞く人間はいなかった。

 ……()()()()()()()

 

 

()()()()()()?』

 

 

 アレイスターとは別の声。

 ダンディな壮年の男性の声が響く。

 

 その部屋にアレイスター以外の人間はいなかった。

 つまり、その声の主は人間ではなかった。

 

「……君か、()()()()

 

 それは()()()()()()()()()()だった。

 ゴールデンレトリバーがダンディな声を発し、人の言葉を話していたのだ。

 

 人の言葉を話す動物と聞けば、蠢動俊三(しゅんどうとしぞう)のような動物の姿形に変貌した人間を思い浮かべるかもしれない。

 しかし、そのゴールデンレトリバーは違った。動物の肉体を得た人間ではなく、人間の知能を得た動物。純粋に犬の脳を拡張して高い知性を得たゴールデンレトリバーである。

 

 木原脳幹(きはらのうかん)

 それが彼の名前だった。

 

『まさか、想定カタストロフ999が実際に起こるとはな。この項目を作成した者は夢にも思わなかっただろう』

 

 想定カタストロフ。

 それは学園都市統括理事会が想像し得る限りの災害(カタストロフ)を書き記したものだ。

 学園都市を襲い、統括理事会が機能不全になり、莫大な被害が発生する場合を予測した一覧。

 

 例えば、想定カタストロフ029。

 『学園都市に七人いる超能力者(レベル5)が全て同時に統括理事会へ敵対行動を取った場合』。

 

 例えば、想定カタストロフ034。

 『突発的、偶発的に出現するヒーローが先端技術研究開発計画を阻害した場合』。

 

 統括理事会はこれらの災害に備え、事前に対応策を考案している。

 しかし、そんな想定カタストロフの中でも一際目立つ荒唐無稽な項目が一つ存在した。単なる穴埋めか、ジョークの一種か、それともこれだけの摩訶不思議でもない限り想定カタストロフはあらゆる災害を網羅しているという自信の現れだったのか。

 今となってはもう、真相は分からない。ただ、言えることは一つだけ。

 

 

 ()()()()()()()()9()9()9()

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……私の『プラン』に支障はない。あれは成功しようと失敗しようと前に進むものだ。AIM拡散力場が乗っ取られようと、学園都市がまとめて吹き飛ぼうと、彼女(かれ)の言ったように『プラン』が破綻する訳ではない」

『私の前で強がりはよせ、アレイスター』

「…………」

『確かに、即座に「プラン」が破綻する事はないだろう。だが同時に、アレの影響を受けた時点で「プラン」の軌道修正も不可能になる』

「…………、」

『何せ、アレは我々の知る既存の法則では理解できないモノだ。演算できないが故に、アレと関わったモノもまたその結果が予測できない』

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 アレイスターは沈黙する。

 返す言葉がなかったのだ。

 継雲雷糸(つくもらいと)。最大のイレギュラー。

 彼女(かれ)はたった一撃で『プラン』を軌道修正が不可能なまでに揺るがした。

 

 『プラン』に誤差が生じる程度なら構わない。

 『プラン』が大きく逸れても元のレールに戻せばいいだけだ。

 

 だが、継雲雷糸は計算できない。

 彼女(かれ)を0と1で説明できない。

 それはもはや許容できる誤差を超えていた。

 もしも彼女(かれ)が『プラン』に致命的な影響を及ぼしてしまえば、そこからどう力を加えれば元に戻るかも分からない。

 

『だが、手をこまねいている訳にもいくまい。あれは現在進行形で「プラン」を歪めるイレギュラー。科学の及ばぬオカルトだ』

「……何が言いたい」

『始めに言っただろう。()()()()()()、と』

 

 木原脳幹、彼の名を知る者は意外と多い。

 彼は犬とは思えないほど各界に顔が利く。

 しかし、一方で。

 学園都市の『暗部』の者ならば、彼自身の名前よりも『木原』という苗字に注目するだろう。

 

 木原一族。

 その名は『暗部』の研究者の間では有名だ。

 正真正銘の天才を多く輩出し、その大多数が科学の発展に大きく貢献している。

 そして、何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目的のためならば手段を選ばない。

 むしろ、わざわざ悪趣味な手段を好んで選ぶ。

 『暗部』でしか有名になれない研究者たち。

 そんな木原一族の中でも、頂点に近い位置にいるのが木原脳幹である。

 

 木原脳幹は木原一族の中でも特別。

 それは見た目や脳の構造の話ではない。

 現存する木原の中でも最古に等しい彼は、言い換えれば学園都市の創設者であるアレイスターと最も近しい立ち位置にいる。

 故に、アレイスター直属の部下である木原脳幹の役割は『科学』だけに収まらない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 魔術(イレギュラー)の撃滅。

 それこそが、木原脳幹の役割。

 

「いや、まだだ」

 

 しかし、アレイスターは首を振った。

 ゴールデンレトリバーは首を傾げる。

 

『らしくないな、アレイスター。お前は思い付きで動く性格だろう。何をそんなに恐れている?』

「……ヤツの目だ」

『目?』

「あれはかつて……『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『黄金』。

 ヘルメス学、薔薇十字(ローゼンクロイツ)の遺伝子を下地として重ね、世界最高峰の頭脳が結集し、有史以来最大の発見と実践を繰り返した最大規模の魔術結社。

 近代西洋魔術の雛型となり、魔術サイドはおろか表世界の歴史にさえ名を刻んだ天才達の巣窟。

 

 アレイスター=クロウリーがかつて所属していた魔術結社であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『黄金』はメンバーの一人一人が独立した伝説を持つ傑物であると同時に、遠慮なんて言葉を知らない我の強い変人でもあった。

 天才特有のカリスマを持つ変人共にはある種の吸引力のようなものがあり、継雲雷糸の目にはアレイスターのよく知るそれが宿っていた。

 

「継雲雷糸。彼女(かれ)の本当に恐ろしい所は『自由な魂』という性質でも、『真なる外』からやって来たという経歴でもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『そこまで……?』

「具体的に何をするかは分からない。だが、ヤツの生み出した『うねり』は世界を動かし、善悪どちらにしろ私の『プラン』を大きく歪める」

『しかし、彼女(かれ)は自分がどこにでもいるありふれた大人だと……』

「そんなもの、ヤツの主観に過ぎない。ヤツの語る前世とやらにおいて、その名前が教科書に載っていても私は驚かない」

『………………、』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 実際に世界を『魔術』と『科学』の二つに区切り、両方の頂点を経験し、やがて学園都市すら築き上げた『人間』の言葉には説得力があった。

 

「だから、今はまだ動くな。継雲雷糸を確実に封じられる、その手段が開発されるまでは」

『では、彼女(かれ)を放置すると?』

()()()()()()()()()()()()()()

『…………何だと?』

 

 『プラン』への影響が未知数だと言ったその口で、継雲雷糸を『プラン』に組み込むとアレイスターは言った。

 その切り替えの早さがこの『人間』の長所であるが、思い付きで行動して考えなしの大後悔をするのが短所でもあった。

 

「この世の動植物は周囲の環境に合わせて体の仕組みを変えていく。例えば、寒冷な地域に適応するため、動物は体温が上がりやすい大きな体へ進化する。この『環境』とは、地形や気温だけに留まらない。例えば、人間とコミュニケーションを取るため、犬は顔の筋肉が進化したなんて話もある」

『確かに、な』

 

 通常の犬よりも表情豊かなゴールデンレトリバーは頷いた。

 木原脳幹もまた、人間社会で生きていくに当たって表情筋が発達した生物。つまり、『環境』に応じて進化したと言っても過言ではない。無論、通常の進化論における緩やかな進化ではなく、極端な条件における急速な突然変異ではあるが。

 

『しかし、それが継雲雷糸と何の関係がある?』

「分からないか? どんな動植物も、単体では進化しない。必ず、周囲の『環境』に引きずられる形で機能を追加・洗練させる」

 

 ならば、とアレイスターは言う。

 空中に浮かぶ継雲雷糸の映像を眺め。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 木原脳幹はアレイスターが言いたい事を理解した。

 この世界に存在しない『環境』──()()()()()()

 

「進化の道筋は大きく変わる。この世界に存在しない継雲雷糸という『環境』に合わせて、この世界の生物はその形を歪めていく」

『…………』

「具体的にはどうなるのだろうな? 彼女(かれ)を天敵とみなして攻撃的に形を変異させるか、それとも共生対象とみなして融和的に適応するのか。いずれにせよ、彼女(かれ)の意思に関係なく世界が歪む事は間違いない」

『しかし、彼女(かれ)はこの世界に物質的な肉体を持たない。憑依した肉体はあくまでこの世界の物である筈だが』

「逆に言えば、物質的でないものが歪むという事だ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アレイスターは再び空中に浮かぶ映像に目を向ける。

 そこに映るのは継雲雷糸。しかし、今注目したいのはそちらではない。

 

春暖嬉美(しゅんだんきみ)。彼女は継雲雷糸と最も長く過ごし、魂同士の繋がりさえ持った存在。いわばその影響を最も深く受けた者だ。であれば、()()()()()()()可能性が歪むのも無理はない」

『「無限動力(ホワイトホール)」の事か?』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 継雲雷糸は、彼女の能力を『宇宙のどこかにブラックホールを生み出す』能力だと覚え間違いをしていた。

 春暖嬉美は、『無限動力(ホワイトホール)』を自身の能力のAIM拡散力場だと勘違いしていた。

 

 しかし、彼女の能力はそれではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 学園都市における能力とは、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を観測する事でミクロな世界を量子論的に歪め、結果としてマクロな現実に影響を及ぼすもの。

 つまり、小さな世界を歪めて大きな超常現象を引き起こす方法。

 

 一方で、春暖嬉美はその真逆。

 宇宙というマクロなスケールでブラックホールという歪みを発生させ、結果としてミクロな現実にエネルギー放射という影響を及ぼすもの。

 つまり、大きな世界を歪めて小さな超常現象を引き起こす方法。

 

 

 それこそ、全体論の超能力。

 ブラックホールの発生は過程でしかない。

 春暖嬉美に宇宙を歪めている自覚はない。

 通常の能力者を『量子を歪める』能力者とは呼ばないように、彼女もまた『宇宙のどこかにブラックホールを発生させる』能力者ではない。

 

 

 例えるならば、机を一メートル動かすために手で押すのが通常の能力者。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「全体論の超能力というのは、ただの人間程度に実現できるものではない。あの現象を一つの脳で実行しようとすると、いくつかの壁が生じる。だからこそ、春暖嬉美は無能力者(レベル0)であったのだよ」

『継雲雷糸に何らかの影響を受け、脳構造か魂とでも呼ぶべきものに「進化」が起こったという訳だな』

「あるいは、本来ならばあり得ざる未来を引き寄せたのか。この世界には存在しないモノと、この地球には存在しない技術。相性は良かっただろうしな」

 

 そして、ごく僅かな可能性が実現すると言うのなら。

 本来なら不可能な未来さえ引き寄せると言うのなら。

 継雲雷糸が関わるだけで、アレイスターの進める『プラン』を大幅に短縮する事が可能かもしれない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 物語(せかい)は本来の原作(レール)から外れた。

 もはやこの未来(さき)がどうなるのかは、超高度並列演算処理器(アブソリュート=シミュレータ)──『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』にすら予測できない。

 

 






《原作キャラ紹介コーナー》

木原脳幹(きはらのうかん)
初出:新約とある魔術の禁書目録7巻
人の知能を持ったゴールデンレトリバー。推定寿命は八〇歳で、ダンディな声で言葉を話す。
学園都市の『暗部』に君臨する木原一族の一員で、木原一族の始祖とも言うべき七名の研究者に演算回路を外付けされた。
アレイスターの友人であり、直属の部下。物理法則により安定した世界に対するイレギュラー──即ち、魔術(オカルト)の撃滅が本来の役割。

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