4/17 0:00に「行間一」と「行間二」を更新してます。
ご注意ください。
第一一話 亡霊は科学の街に潜む Beehive.
「うっ、うーん!」
奇妙な声をあげて少女は伸びをする。
ぽきぽきっ、と関節から軽い音が響く。
体の伸びに合わせて、蜂蜜色のセミロングの髪が揺れた。
そこは朝日が差し込むとあるビルの一室。
少女は車椅子にもたれかかって眠っていた。
椅子で寝たのに疲れが取れるなんて凄いなぁ……と改めて肉体の若さを実感しつつ、少女は周辺を見回す。
「
「…………うるせー」
蜂蜜色の少女が目を向けた地べたには、黒いセーラー服を着た少女が転がっていた。
彼女はパンツが見えるのもお構いなしにロングスカートから足を放り出し、ウェーブがかかった空色の長髪を床中に広げて寝ていた。
空調設備があるとは言え、夏で良かったと蜂蜜色の少女は思った。
もしも今が冬だったなら、寒さに凍えていただろう。布団もなしにコンクリートの床の上で眠るのは厳しい。
「はぁ……おはよう、
「おはよう、
蜂蜜色の髪の少女、
空色の長髪の少女、
二人の少女は手に入れた拠点で言葉を交わす。
七月二〇日、夏休み初日。
その、朝の事だった。
「それにしても、学園都市にもこんな場所があったんだね。全体的に管理された街ってイメージだったけれど……」
コンビニで買ったパンを食べつつ僕は呟く。
ここは第七学区にある黄色い雑居ビルの一室。
脱獄する前に、
「学園都市が管理できてない場所なんて色々あるぜ。『裏』で生きてりゃそんなもんはいくらでも聞く。……もしかしたら、
「『蜂の巣』……?」
「この辺、表向きは商用施設として貸し出された小さな雑居ビル群だが、賃貸契約はホームページで行うだけで審査も超ゆるゆる。しかも、管理者でさえ誰がどう利用しているのか把握してないっつーケースも多い」
「それ、めちゃくちゃ危ないんじゃないかな?」
「だろーな。家出してるヤツがアパート代わりにしてるなんてマシな方。危険動物の飼育場、盗聴器を作る工作室、宗教法人として認められねー連中のアジトだなんて話も聞くぜ」
不味そうな顔でパンを食べながら、嬉美は言った。
彼女には味覚がないため不味そうなのは仕方がない……が、それはそれとしてこのパンは不味い。
大量廃棄されかけのめちゃくちゃ割引されたパンを購入したからだろうか。パンの包みには『脳を活性化させる一二の栄養素が入った能力上昇パン』と書かれてあり、薬みたいな名称を裏切る事なく味気なかった。
(それにしても、『蜂の巣』……か。何というか、僕は蜂という言葉に縁があるみたいだね)
ひとまず、心の中の不満は置いておくとして。
『
「……学園都市統括理事長を脅迫した話ってしたっけ?」
「昨日寝る前に聞いた。信じられねーけど、実際にオレのIDが再発行されてんだから信じるしかねーよな……」
何でも、学生ID証には数十種類にも及ぶ偽造防止技術が施されており、その厳重さは『外』の紙幣とは比べ物にならないらしい。
つまり、IDが発行されている時点で、『暗部』の中でも相当な技術を持った偽造職人か公的な機関に作成を命じられるだけの権力を持った人物によるものだと分かるとの事。
「そう、IDは発行された。僕らはアレイスターの庇護下に入った……とはちょっと違うけど、少なくとも色々な刺客を差し向けられる事はもう無いと思う」
「それは……」
「嬉しい? それとも、呆気なくてやっぱり信じられない?」
彼女は数年間苦しめられていた。
友人を失い、身柄を狙われ、自由を奪われ、少年院に入った方がマシだなんて人生を歩んできた。
苦しんだ期間が長かっただけに、たった一日で解決してしまった事に納得はいかないだろうと思う。
「……複雑な気分は、ある。もっと早くこうなってたら、
「…………」
「でも、嬉しいよ。複雑な気分もあるが、それでも、また学校に通えるのは嬉しい、と思う」
嬉美の感情が銀色の糸を通して僕に伝わる。
僕が肉体に収まっても繋がったままだった糸は、嘘偽りのない感情を表明する。思わず、僕も嬉しくて笑顔になった。
その顔を見て、嬉美も自分がどんな感情を浮かべているのか分かったのだろう。苦笑するように、彼女もまた笑みを浮かべた。
「じゃあ、これからの話をしようか」
「おう」
「僕は君を再び学校に通わせるつもりでいる。まぁ夏休みに入ったばっかりだから、そんなにすぐの話でも無いのだけど……逆に言えば、色々な面倒ごとは夏休み中に終わらせるつもりでいる」
「通う高校の選別、ここ以外の拠点の確保、金稼ぎの方法の確立。他にも色々あんぞ」
「君の親友たちへ脱獄した事を報告するとかね?」
「……それは、落ち着いてからで良いだろ。迷惑はかけたくねーし」
銀色の糸を通して伝わってくるのは、迷惑をかけたくない気持ちよりも嬉美の心の準備が間に合っていない方が大きいようだけれど。
野暮な事は突っ込まないでおこう。
「そんな中、まず一番初めに行うべき事がある」
「……それは?」
僕は包帯を巻きつけた白い肌を指差した。
つまり、昨晩負傷した足を。
「足を治したい。ここで機動力を削がれるのは、あらゆる面から言っても害にしかならない」
「……つっても、どうやって? 学園都市のIDがなけりゃ病院にも行けねぇ。それとも、また学園都市統括理事長に頼んでオマエの分のIDも発行してもらうか?」
「それは無理だろうね。IDなんて公的に残る記録で、
「なら、闇医者でも探すか? 信用できる闇医者なんて矛盾したモンを探すのは、相当骨が折れるだろうが……」
「頼る宛がない事もないのだけど……」
優れた技能を持ち、訳アリの僕らにさえ手を差し伸ばし、それでいて学園都市の『闇』に呑まれる事のない医者。
心当たりがあるにはある。というか、彼以外に相応しい人物を僕は知らない。
「彼の名は……あっ、名前は知らないけど、
カエル顔の医者。
本名不明、年齢不詳の男性。
神の摂理すら捻じ曲げると謳われた腕前から、『
「また『原作』とやらの知識か?」
「そうだね。具体的な居場所は知らないけれど、彼のいる第七学区の病院まで行けば何とかなると思う」
「第七学区っつってもいくつ病院があると思ってんだ。一つ一つ確認するつもりか?」
「別の病院でも、近くにあるなら医者同士は顔見知りなんじゃないかな。僕の能力で頭を覗けば一発で見つかるさ」
「いいや、問題はまだある。公的な記録に残すのがマズイってんなら、正面から病院に訪問して監視カメラに映るのも同じだろ」
「…………」
少し、考え込む。
あらゆる痕跡を残さない、とまで言わないが。
せめて、公的な記録は残す訳にはいかない。
「うーん、良い案だと思ったんだけどな……」
「病院近くで通勤途中の医者を捕まえる方が確実だな」
「車の中とかに潜んで病院内に突っ込めたら良かったんだけど。流石にそんな怪しいものの侵入は許されないか。救急車とかなら行けるかもだけど、そっちはそっちで公的な記録に残るだろうし」
「…………いや」
「うん?」
「あったな、一つ。
嬉美は悪巧みをした顔でニヤリと笑った。
『先程、公衆電話から人が倒れているとの通報があった。しかし、通報者は場所だけを伝えてすぐに切った事からガセの可能性も高い』
「どちらにせよ、向かえば分かる事でしょう。移動は車の自動運転で、私が一人で向かいます」
『了解した。任せたぞ、山川』
それは、白塗りのステーションワゴンのような車だった。ただし、屋根には赤いパトランプが取り付けられていて、全体的に救急車のようなイメージを受ける車だった。
山川と呼ばれた男は、その車に乗っている白衣を着た人物だった。救急車と合わせて言うなら、救急隊員と呼ぶべきか。
(
『
学園都市には、そう呼ばれるサービスがある。
簡単に言えば、民間の救急車と言えばいいのか。くだらない通報で一一九がパンクしないよう、処理能力を拡大させるために導入されたサービスである。
更に、ここ最近では、保健室では対処しきれなくなった暴走能力者の搬送にさえ手を広げている。何しろ民間の救急車というのは、
少しして、車は指定の位置で停車する。
道路の端に、空色の髪の少女が大の字で倒れていた。
「『即応救急』の山川です! 私の声が聞こえていますか? 聞こえるなら返事をしてください! 声をあげるのが無理そうなら手を握るのでも構いません!」
山川は少女の手を握って、大声で呼びかける。
少女は唇の端を緩めて笑った。
「ああ、聞こえてる。……ありがとな」
「これから、あなたを救急車で病院に運びます。立てそうですか?」
「無理だな。手を貸してくれ」
「了解しました」
山川は少女に肩をかして立ち上がらせる。
この時、山川はいくつかの点を見落としていた。
例えば、少女の体をよく見ると、突然倒れたにしては何の外傷もない事が分かったかもしれない。
例えば、少女の声をよく聞くと、それが通報者と同じ声である事に気がついたかもしれない。
例えば、周囲の状況に気を配ると、そこが人気も監視カメラもない死角である事に驚いたかもしれない。
山川は全てを見落とした。
故に、彼は背後にいる蜂蜜色の髪の少女にも気付かず。
「
瞬間、がくんっ、と山川の頭が揺れた。
まるで目眩のように彼は倒れ、一切の思考が停止した。
「どうやら上手く行ったようだね」
「オレの考えた策のお陰だな」
そう言って、空色の髪の少女と蜂蜜色の髪の少女──嬉美と僕はハイタッチした。
僕らが必要なのはカエル顔の医者がいる病院の情報と、記録に残らず病院内に侵入する方法。
『即応救急』の救急車はそのどちらも満たすものだった。病院への搬送を仕事とする救急隊員ならば医者の顔を知っているだろうし、民間の『即応救急』なら公的な記録に残らない。それでいて、救急車であるため何の警戒もなく病院内に侵入する事ができる。
「
指メガネの形を組み替えて、白衣を着た男の頭の中を覗く。
「その『
「そうだよ。僕の能力は『
「何かあったか?」
「この人、どうやら『暗部』の人間みたいだ。名前も偽名だね。とは言っても何らかの実行犯というよりも、何処かの誰かが『即応救急』の救急隊員という役職を使いたい時のために枠を作っておく下っ端……って感じかな。組織からは『フリーパス』って呼ばれているみたいだ」
「むしろ良かったんじゃねーの? 善人を洗脳するよりかは、悪人を利用した方がオレらにとっても罪悪感が少ねーだろ」
「それはそうかも……?」
そう喋りつつ、精神にいくつかのセーフティを設けて山川(仮)の目を覚まさせる。
「う、あ? なんっ、おまえはっ、…………っ⁉︎」
「あー、無理だよ。僕らに手を出せないように精神を書き換えた。というか、僕らに害のある行動全般が取れない」
「つーか、そのまま警察に突き出しちまえよ」
「いやいや、それはまだ早いかな。僕らが車内に潜む代わりに、堂々と顔を見せる人が必要だからね」
「なんっ、何なんだおまえらはっ、何が目的だっ⁉︎」
「ビビんなよ。ちょっとヒッチハイク受けたみてーなもんだろ」
「救急車をヒッチハイクするヤツがいてたまるかっ‼︎」
山川(仮)の抵抗も虚しく、車は自動で目的地に向かって進み始めた。
「いやぁ、助かるよ。これからよろしくね、山川くん」
「………………は」
これが二人の少女から無茶振りをされて振り回される受難の始まりだとは、山川(仮)には知る由もなかった。
《原作キャラ紹介コーナー》
▽カエル顔の医者
初出:とある魔術の禁書目録1巻
カエルのような顔をした、白衣を纏う小太りの医者。第七学区の病院で働く。本名不明、年齢不詳。
『
どんな病気や怪我であっても決して患者を見捨てず、治療のためには手段を選ばない。現在までほぼ全ての手術を成功させており、唯一の例外は上条当麻の記憶のみ。
▽山川(仮)
初出:新約とある魔術の禁書目録11巻
民間の救急車サービス『即応救急』の隊員、を装った学園都市『暗部』の人間。白衣を着た男。
名前は偽名である可能性が高く、本当に『即応救急』に所属しているかも怪しい。何らかの暗部組織に所属しているが、『原作』においては組織の一部が