食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第一二話 医師は白衣に袖を通す The_Heaven-Canceler.

 

 

 その医者は学園都市第七学区の病院にいた。

 彼はちょうど一仕事終わらせた所で、簡単なソファとテーブルだけが置かれた談話スペースの自動販売機でコーヒーを購入する。

 自販機は紙コップを使う方式のもの。四角い金属製のボックスの中に元から『コーヒー』という液体が入れられているのではなく、あらかじめ焙煎された豆を機材がすり潰す所から始まる。多少時間はかかるが、このコーヒーを医者は味と気分転換の効率の面から好んでいた。

 

 ふう、と医者は息を吐く。

 

(さて、と。これで急を要する用事はあらかた────)

 

 瞬間、その医者の思考は唐突に途切れる。

 

 

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「動くな、大声を出すな。オレは発火能力者(パイロキネシスト)だ。この意味が分かるな?」

「……また、随分なご挨拶だね?」

 

 医者は後ろを振り返らない。

 声を荒らげたりもしない。

 見つかって自棄になった犯人が暴れると、犠牲になるのはこの病院にいる患者だと分かっているからだ。

 

「オマエが『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』だな?」

「そう呼ばれる事もあるね?」

「オマエに診て欲しいやつがいる。足を怪我した」

「病院にだってルールはあるよ? まずは受付に行って、順番を守り、名前を呼ばれるのを待って──」

「訳ありなんだ! ……学園都市のIDがない。病院に行く事ができねぇ。頼れるのは、もうオマエくらいしか……」

()()()()()()()()()()

 

 彼は一瞬たりとも躊躇わなかった。

 脅迫されたとか、相手が怪しいとか。

 そんな事を全く考慮していない。

 その医者は、何があったって患者を見捨てない。

 

「まずは、臨床研究エリアへ向かおうか?」

「……そこは?」

「特に立入禁止な訳ではないけど、病棟と主要施設を繋ぐルートから大きく離れた所にあるからか、自然と誰も近づかない場所だね。君()にとっても、人目につかない場所の方が都合が良いのだろう?」

 

 

 

 臨床研究エリアの廊下の片隅に設置された、小さな待合所。おざなりなソファとテーブル、暇潰し用の雑誌が何冊かマガジンラックに差し込まれているだけの場所。

 僕と嬉美(きみ)、そして山川(仮)はそこに通された。空気は暖かい。冷たい印象を受ける名前のエリアだったが、意外とポカポカとした日差しを窓から取り込んでいる。

 

「……要望の通り、あなたを病院まで連れて行きました。まだ帰れませんか……?」

「帰りにも君の車が必要なんだ。諦めて座ってくれるかい?」

「…………くそっ」

 

 渋々と山川(仮)はソファに腰を下ろす。

 僕は同じソファの反対側に、嬉美は座る事なくソファの後ろ側で待機していた。

 そして、医者はキャスター付きの椅子を移動して、僕の真正面に座った。

 

「君かな? 僕の患者は」

 

 カエル顔の医者。

 白髪で白衣を身に纏った初老の男性。彼は一見、何処にでもいそうな小太りの男性だった。

 特徴と言えばそれこそ、顔がカエルに似ている事くらいか。彼自身もそれを自覚しているのか、胸元のIDカードには小さなアマガエルのシールが貼り付けてあった。

 

「よろしくお願いします、先生。お噂はかねがね。こんな形ではありますが、あなたと会えて光栄です」

「ふむ、君とは初対面の筈だけど……褒められて悪い気はしないね?」

 

 『とある魔術の禁書目録』という作品の中で、僕が最も好きな登場人物(キャラクター)が彼だった。

 最も尊敬する人物。僕にとって人生の師とも呼べる医者。僕が子供を助ける事に人生を費やしたのならば、彼の人生は患者を救う事に費やされた。

 

 彼の功績は単純に善悪では語れない。

 救った命は数え切れず、誰から見ても究極の善人。

 一方で、彼は死にかけたアレイスターの命を繋ぎ、ある意味では学園都市という子供が犠牲になる街を築き上げた元凶とも言える。

 彼は善悪関係なく患者を救い上げ、誰よりも医者という役割を全うする。僕は彼のその姿勢を尊敬する。

 

『オマエ、そういう男が好み(タイプ)だったのか……』

『違うよ⁉︎ これは単なる尊敬! 君だって校長先生とかを尊敬しても恋愛感情は抱かないだろう⁉︎』

『でも、明らかに他の人とは見る目がちげーし』

『いや、確かに頼りやすい僕より年上の男性は安心感があるけど……』

『…………枯れ専か?』

『違う‼︎‼︎‼︎』

 

 そんな馬鹿みたいな脳内の会話は放っておいて、カエル顔の医者は淡々と診察を進める。

 

「珍しい傷痕だね? 動物に噛まれでもしたかな?」

「あー、まぁ……ちょっとシャチに」

「……うん、冗談じゃなさそうだ。応急処置はされてあるみたいだね?」

「ええ。あなたの作った対外傷キットのお陰です」

「これくらいなら、手当はすぐに終わるかな」

 

 カエル顔の医者の処置は一分をかからなかった。

 その手は驚くほど速く、それでいて一ミリの狂いもなく傷口を保護する。

 

「後は薬を毎食飲んで、一ヶ月でも安静にすれば元通り歩けるようになるよ?」

「そうか。ありがとうござ────」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ガタンッ‼︎ と。

 突如、状況が動く。

 

 

 それは嬉美がソファを蹴った音だった。

 僕の位置をずらし、自らの掌とカエル顔の医者の間に何の障害物も置かないようにした。

 

 いつでも炎を噴射する事のできる状況でも、カエル顔の医者は全く動じなかった。

 むしろ、全然関係のない山川(仮)がソファから転げ落ちるようにして驚いていた。

 

「オマエ、それを何処で知った?」

「……また、随分と余裕のない子だね?」

「答えろ! 聞いてんのはオレだ‼︎」

「きっ、嬉美……‼︎ 一旦落ち着いて……‼︎」

 

 青筋が立った嬉美を羽交締めにする。

 少年院にいた頃と比べると、短い期間で随分と感情豊かになった。

 

「……僕は彼女のいわゆるオリジナル……食蜂操祈(しょくほうみさき)と面識がある。それと診断結果を合わせて考えれば、ある程度は想定がつくよ?」

「危険ってのはどーいう意味だ。コイツを処分するつもりか?」

「違うね。何があっても僕は患者を見捨てない」

「だったら……っ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そういった意味での、危険。命の危険。

 過剰な遺伝子操作と成長促進制御の副作用。

 『安価個体(ライトパッケージ)』。そう名付けられた僕の体は、長持ちするように作られちゃいない。

 

 ……何となく、自覚はあった。

 全体的に体がダルく、熱っぽいという自覚が。

 病院に急いだ理由はそれもある。この熱が足の怪我によるものか、体細胞クローン由来のものかは分からなかったが。

 

「そ、そんなの、どうすれば……」

()()()()()()()()()

 

 カエル顔の医者は即座にそう返した。

 クローンだとか、暗部だとか。そんな理由で、彼は救う命を選り好みしない。

 

「急速な成長を促すホルモンバランスを整え、細胞核の分裂速度を調整する事である程度の寿命は回復できる。()()()()()()()()()、人間の平均寿命程度まで伸ばすくらいなら容易だよ?」

 

 実際に人間の寿命を克服し、学園都市統括理事長アレイスターに生命維持装置を提供した男の言葉は重かった。

 

「……よかった」

「嬉美……」

「ほんとに、よかった……」

 

 気が抜けたみたいに、嬉美はソファに肘をついてもたれ掛かる。僕も彼女のその顔が嬉しくて、つい頭を撫でる。

 山川(仮)はそんな様子を気まずげに眺めていた。

 

「……この話、私が聞いていて良いものなのでしょうか?」

「気になるなら記憶を消そうか?」

「いっ、いえ! それには及びません!」

「そう? 遠慮する事はない。僕は君を害さない。君は体調の悪い僕をここまで運んできてくれた恩人だからね」

「…………いえ」

 

 再び、山川(仮)は気まずそうに顔を伏せる。

 ……いや、恥ずかしそうというべきか。照れている訳ではなく、自身の行いを恥じているような……?

 

『ほっといてやれ。暗部に落ちてまで医者の格好をしてるやつだ。医者に何らかの思い入れがあるんだろーよ』

『……それが、どうして恥じているのかな? 医者に憧れていたのなら、喜ぶべきなんじゃ……?』

『オマエみたいに真っ直ぐ生きてきたやつばっかじゃねーって事だ。目の前に本物の医者と患者がいるんだ。それに比べて自分は……って思ったんじゃねーの?』

 

 知らねーけど、と嬉美は締めくくる。

 ……僕が何か言っても、逆効果か。

 

「『調整』の間は一ヶ月くらい入院してもらう事になるかな。一ヶ月のリハビリが終われば、次は病院の外を出歩くリハビリに移る形だね?」

「それ、入院じゃなく通院に変える事はできますか?」

「……理由を聞いても良いかな?」

「いくつかあります。あなたに頼り切りになる訳にはいかないとか、外出許可が出るまでにやらなければならない事がたくさんあるとか。でも一番は……」

 

 チラリ、と目線を嬉美に向ける。

 

「?」

 

 首を傾げた嬉美に、何でもないと首を振る。

 それで、カエル顔の医者には伝わったようだ。

 

 今、嬉美を一人にはしたくない。

 彼女は少年院から出たばっかりで、人と向き合い始めたばかりの不安定な時期だ。

 保護者代わりの青星鈴蘭(あおほしすずらん)からも離され、信頼されているとは言え付き合いの短い僕しか側にいない状態。

 そんな状況で僕からも離されたら、彼女はどうなってしまうのだろうか。何も起きない可能性もある。友達ができて、彼女自身の人間関係が構築される可能性もある。

 

 でも、僕はそんな希望が裏切られる瞬間を山ほど見てきた。

 だから、彼女から離れる事は到底許容できない。

 

「……なら、あらかじめ診断の時間を決めておこうか?」

「週一度。あなたの都合の良い時間に、この場所に集まりましょう。私は山川クンの車に乗って病院に入ります」

「オイ!」

「既に能力で『首輪』はかけてある。君が僕の電話を無視したらどうなるか……思い知らせてあげようか?」

「こっ、このクソ野郎……‼︎」

 

 ギリギリ! と山川(仮)は歯を食いしばる。

 どうやら元気が出てきたみたいだ。

 

 ちなみに、『首輪』というのは嘘である。

 『心理掌握(メンタルアウト)』なら可能なのだろうが、僕の『夢幻能力(デイドリーム)』はそこまで自由自在ではない。

 

「……君たちのやるべき事が何かは訊かないけど、短時間歩き回る程度ならまだしも、実戦並みの本格的な運動は許可しないよ?」

「それはこの街に言ってください。僕たちは戦いに巻き込まれた側ですから」

「…………」

 

 カエル顔の医者は目を伏せた。

 それは、かつて死にかけていたアレイスターを救い、この街が生まれるきっかけを作った責任のためか。

 

 彼は何か言葉を告げようとして、口を閉じる。

 代わりに、別の言葉を告げた。

 

「死ぬなよ。死なない限りは助けてやる」

「はい、先生。絶対に死なせません」

「……僕は、君の事も言っているのだけどね?」

 

 

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