第七学区。
それなりに広い、ありふれた公園。
夏休み初日のためか、人はそこそこ多い。
先ほど通った駅前広場もそうだったが、弾き語りや大道芸人などが集まっている。
それらを見物する者、構わず公園で遊ぶ者、ベンチで談笑する者、待ち合わせ相手が遅刻しているのか時計を見ながら貧乏ゆすりをする者。そんな子供達の間を突っ切り、座れる場所を探す。
「あちぃ……何か飲みもん買おーぜ」
午後二時三〇分。
太陽がアスファルトに照りつける。
山川(仮)はもういない。
僕らは救急車で病院から出て、昼食を買った所だった。
「……この街の自販機って、地獄みたいなラインナップだね」
『ヤシの実サイダー』なんてまだマシ。
『ハバネロパイナップルジュース』やら『いちごおでん』(おでんの具材入り)など、飲む地獄としか思えないラインナップに目が眩む。
ある意味では、学園都市名物と言えるのか。
学園都市とは言い換えると『実験都市』である。この街には至る所に、大学やら研究所やらの実験品が実地テストの名目で溢れている。
自販機の缶ジュースもまたその一種。おおよそ人前には出せないような挑戦的な(オブラートに包んだ言い方)商品が溢れているのもまた、それらが実験段階の商品であるからだろう。
(こっ、これはどうすればっ! 郷に入れば郷に従えとも言うし、まずはその身で学園都市の文化を体験するべきか⁉︎ いっ、いや、しかし……っ‼︎)
悩んだ末に自動販売機のボタンを押してもらう。
車椅子に座った僕では、上の方向ボタンには届かないのだ。
「有名喫茶店お墨付きのアイスティー……なんか、フツーだな」
「くっ……‼︎ 僕の負けだ。殺せ!」
「ど、どーした急に……?」
別にアイスティーが飲みたかった訳でもないのに、学園都市特有の缶ジュースを避けて『外』にもありそうな飲み物を選んでしまった。
ちなみに、
厳密には、ラベルに『霞』とだけ書かれた天然水のミネラルウォーター。
何というか拍子抜けというか、そもそも味覚の鈍い嬉美はわざわざ味付きの飲み物を買う理由が無いのだった。
車椅子を木陰まで押して一休みする。
ベンチはもちろん全て埋まっているため、嬉美は花壇の端を椅子代わりにした。
「んで、これからどーするよ」
嬉美はハンバーガーの包みを剥がしながら尋ねる。
道中にあるハンバーガーショップでテイクアウトしたラージバーガーだ。
「学校の選別とか、他の拠点の確保とか。やるべき事は山ほどあるだろーが、ある程度は優先順位を付ける必要があるだろ?」
「まずはお金稼ぎかな」
アイスティーの甘さに顔をしかめつつ答える。
有名喫茶店のアイスティーが基になっているのだろうが、デフォルトで大量投入されたミルクと砂糖と蜂蜜で全ての風味が失われていた。
「統括理事長に言ったら金は貰えるんじゃねーのか?」
「貰えるだろうね。だけど、資金源が他人頼りかつ一本というのはあまりにも不安だろう? 言い換えれば、統括理事長が心変わりしたらいつでも口座を止められる状況にある訳だしね」
「…………」
「だから、別口の稼ぎ場所を見つける。それも、暗部組織みたいなのじゃなくてもっと健全な場所で」
基本的に学園都市の子供の資金源など親からの仕送りがほとんどであるが、僕らにそれは望めない。
だから、アルバイトするしかないのだが……
「……オレはともかく、オマエにはアルバイト無理だろ」
「IDが無いのが痛いね。そんなヤツを雇ってくれるとこなんてアングラな仕事しか残っていないか……」
「オレも働けば……」
「君は学校優先だ。せめて働くにしても、週三で放課後に三時間程度のヤツね」
「…………だったら」
嬉美は目を伏せて言う。
「
「
即答。
馬鹿げた意見を切り捨てる。
「僕は君がそういった組織に狙われないように手を回したって言うのに、そこに君を売ったら本末転倒だろう?」
「……何も、『暗部』に売り込めって話じゃねぇ。オレの能力を欲しがってんのは表の学校だってそうだ。そーいうヤツらに売り込めば、奨学金とか助成金とかの名目で金が振り込まれるだろ?」
「君が能力開発に力を入れたくてそんな学校を選ぶのなら否定はしないよ? でも、最初からお金のためにそこを選ぶのは無しだ。学園都市という無数に学校が存在する街で、わざわざ選択肢を狭める必要なんて一つもないんだ」
「…………でも」
「そもそも、そういう研究所の資金源ってつまりは学園都市の上層部だろう? それじゃあ統括理事長の気分一つで援助を打ち切られるのに変わりはない」
「そう、だな」
(まあ、それで言ったら学園都市の……いいや、科学サイドである限りアレイスターの影響からは逃れられないのだけど)
行政、学校、研究所、企業。
それがどんなものであっても、学園都市に存在する限り統括理事長の命令には抗えない。学園都市の『外』でもそうだ。科学サイドにある限り、科学の王は絶対的な権力を持つ。
(うーん、やっぱり科学サイドとは別の……
魔術。そして魔術サイド。
科学技術を日々研究している学園都市が科学サイドであるならば、魔術サイドとはその対極。
異世界の法則を用いて魔術を操る、魔術師達の勢力。
伝説の魔術師アレイスター=クロウリーは魔術サイドにさえ大きな影響を与えたが、それは現在進行形ではなく過去の成果。現在の魔術サイドはアレイスターの手からは完全に離れている。
木っ端魔術結社なら兎も角、魔術サイドの中心である十字教旧教の三大宗派ならば統括理事長からの圧力に負ける事もないだろう。
(魔術サイドとの繋がりに心当たりはある。例えば魔術サイドと科学サイドを股にかける多角スパイとか、もうすぐ始まる『原作』の一巻とか)
『原作』一巻。
二人を中心にして巻き起こる、科学の街を舞台とした魔術の戦い。
二人の出会いはそれこそ今日の朝だったか。
タイミングとしてはこれ以上ない。
(……でも、ダメだね。嬉美を戦いに巻き込みたくないし、
急ぐ必要はない。
どうしても魔術サイドとのツテが必要になったとしても、八月上旬には『原作』二巻の戦いがある。
錬金術師アウレオルス=イザードとの戦い。今はその予定はないが、必要ならばそこへ介入すればいいだけの事。
「ま、どうしようもなくなってから考えるか」
「
「いや、何でもない。資金繰りにも煮詰まってきたし、一旦こっちは後回しにしようか」
新たな資金源は最も重要な事項ではあるが、期日が決まっている訳ではない。
ならば、他の用事を済ませながらゆっくりと進めればいいだろう。何より、脱獄してからずっと作業ばかりでは嬉美も気が滅入る。
「資金繰り以外となると、学校の選別……は夏休みが終わるまで当分必要ない。となると、他の拠点探しか?」
「そうだね。僕も土地勘をつけるべきだし、観光がてら拠点候補を回ろうか」
そうして。
学園都市観光が始まった。
とは言っても、学園都市は東京都の三分の一を占めるほど巨大な都市。一日で全て見て回る事など不可能。
僕たちが見て回ったのは、二三ある学区の内の第七学区。その中でも更に、南部に位置する辺りだけだった。
「こうして見ると、オレの知らない建物も多いな。三年間も少年院にいたんじゃ仕方ねーが」
「たった三年でそこまで変わるものかな?」
「学園都市の土地は限られてる。取り壊し予定だったり、建築中・工事中だったりするビルは多いぜ。準備中って印象を与えないように、様々なテクノロジーが投入されているがな」
観光を始めて六時間ほど。
既に日は傾き、空はオレンジに染まっていた。
学校で言うと放課後の時間帯。いくら夏休みとは言っても、学生が八割のこの街から人通りは少しずつ減っていた。
「……珍しいな。あれを見ろ」
「どうかしたのかい?」
嬉美は驚いた顔で指をさす。
その先にあったのは、学園都市ではほとんど見ない建物。
「この辺の道が複雑だからか? こんなもん第七学区で初めて見たぜ」
「……え?」
「
「────っ⁉︎」
十字教の教会。
別に、それだけですぐに魔術サイドに結び付く訳じゃない。
様々な国から研究者がやって来る学園都市では教会があった所で不自然な点はなく、教会の信者だって大部分は魔術という科学とは別の法則を知らない。
嬉美の指差した先。
十字教の教会……
不規則なカタチをしたビルだった。
ビル自体は何の変哲もない四角い一二階建て。
しかし、四棟のビルは十字路を中心に配置され、それぞれは歩道橋のように道路をまたぐ空中の渡り廊下で繋がっていた。
ドローンでも飛ばして上空からビルを眺めれば、その形は漢字の『田』を作るように配置されている事が分かっただろう。
そのビルの名前は。
そのビルを拠点とする
「……『
『三沢塾』学園都市支部校。
見覚えがある。知っている。
「『三沢塾』……確か、学園都市外で有名な進学予備校とかだったよーな。日本ではシェア一位とかの。知ってんのか?」
「知ってる……けど、僕が知ってる状況ではないかもしれない」
「?」
確か、アウレオルス=イザードが『三沢塾』を乗っ取ったのは八月上旬。今の『三沢塾』は魔術師とは関わりのない、ごく普通の進学予備校だ。
「少し、過敏になりすぎていたかな」
「まぁ、何でも良いけど。早く帰ろーぜ。車椅子押すの疲れたから山川を呼ぶか」
「やめてあげなさい。可哀想だろう」
「冗談だよ」
だから、安心した。
だから、気を抜いた。
だから、失敗を犯した。
──
『三沢塾』への視線を遮る位置。
そこには誰もいなかった筈なのに。
隠れる場所など何処にも無いのに。
一度の瞬きの間に、そこに人が立っていた。
「──────」
今度こそ、息が止まる。
虚空から現れた正体不明の人物。
その足音の正体は、イタリア製の革靴の底。
そこから伸びる長い脚も、二メートルに届く細身の体も、高価な純白のスーツに包まれていた。
歳は一八。性別は男。
髪色は緑、五大元素の『土』を示す
髪型はオールバック。ともすれば笑い者になりかねない煌びやかな格好でさえ様になるような、中性的な美貌の外国人。
黙れ。喋るな。目を逸らせ。
湧き出す恐怖が僕の思考を縛る。
しかし、思考で体は止められない。
恐怖の内圧を抑えきれない。
半ばおまじないでも呟くように、僕の口は動いていた。
錬金術師。
その男の名を。
「
《原作キャラ紹介コーナー》
▽
初出:とある魔術の禁書目録1巻
イギリス清教『
『完全記憶能力』により一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記憶した魔道書図書館。彼女自身は魔力を練れないため魔術を使う事はできないが、その知識を正しく使えば『魔神』にさえ至る事ができると言う。
諸事情により、一年以上前のエピソード記憶が存在しない。
▽アウレオルス=イザード
初出:とある魔術の禁書目録2巻
元・ローマ正教所属の魔術師。緑に染めたオールバックの髪に、白いスーツに身を包んだ長身の男。一八歳。
パラケルススの末裔たるチューリッヒ学派の錬金術師。元々は教会のために魔道書を書く
インデックスの記憶の問題を解決するためにローマ正教から離反し、吸血鬼を追い求めた。