食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第一四話 錬金術師は黄金を詠う Ars-Magna.

 

 

 アウレオルス=イザード。

 

 元・ローマ正教所属の錬金術師。

 『原作』二巻で登場した印象的な登場人物(キャラクター)

 一人の少女を苦しめる記憶の問題を解決するために、永遠の命を持つ吸血鬼を追い求め、無限の記憶を蓄える『術』を知ろうと考えた男。

 

 ……ああ、本当によく覚えている。

 特に印象的だったのは彼が使用した魔術。

 

 黄金錬成(アルス=マグナ)

 世界の全てを呪文に変えて詠唱する事で、頭の中に世界と寸分違わぬシミュレーションを構築し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 思った通りに世界を歪める。まさしく全能と呼ぶべき最強の術式。

 

「アウレオルス=イザード……⁉︎」

 

 思わず、というふうに言葉が溢れる。

 しまった。今更そう思っても遅い。

 既にその錬金術師の瞳は僕を捉えた。

 

(……いや、まだ問題はない。黄金錬成(アルス=マグナ)の詠唱には数百年を必要とする。『原作』では二〇〇〇人の子供を操って詠唱させる事で時間を大幅に短縮したが、今の時期ならまだ『三沢塾』は乗っ取られていないはず……‼︎)

 

 そんな儚い幻想は。

 ()()()()()で霧散する。

 

 

()()()

 

 

 それだけだった。

 それだけの言葉で、()()()()()()()()()()()

 

 声もあげられなかった。

 腕は上がらず、足は動かず、表情を作れない。

 瞬きをする事すら許されない景色で、ただ近づくその錬金術師を眺める。

 

「…………っ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 背後で、車椅子を押していた嬉美(きみ)が必死にもがいている気配を感じる。

 しかし、動かない。動けない。アウレオルス=イザードの言葉の通りに。

 

黄金錬成(アルス=マグナ)ッ⁉︎ 既に詠唱は完了していたのか……ッ⁉︎)

 

 『原作』知識に頼り過ぎた。

 『原作』知識を盲信し過ぎた。

 継雲雷糸(つくもらいと)という異物が存在する時点で、『原作』が歪んでいる事など明らかだったのに。

 

「唖然、この街に私の名を知っている者が居ようとは」

 

 カツ、と足音が真横まで迫る。

 そんな距離にまで近づかれながら、僕らは何もできなかった。

 錬金術師はゆったりとした声で僕の瞳を覗き込む。

 

「当然、私が次に発する言葉も予想できるだろう。──()()()。貴様、何者だ?」

「っ、が、はぁ、はぁ……‼︎」

 

 未だに動かない体の中で、口元だけが自由になる。

 荒い呼吸を繰り返すが、自分の意思に関係なく口は言葉を紡ぐ。

 

「っ、……僕の名前は継雲雷糸(つくもらいと)。科学サイドと魔術サイド、そのどちらにも属さない亡霊(オカルト)

「依然、理由が分からない。なぜ私の名を知っている?」

「本で読んだ。君という人間を知っているんじゃない。君とよく似た登場人物(キャラクター)を知っているだけさ」

「偶然、名前が一致しただけだと?」

「ある意味ではそうとも言えるね」

「…………、」

「そして、一つ忠告をしておこう」

 

 勝手に動く口を捩じ伏せる。

 これだけは言わねばならない。

 

 この錬金術師がどれだけ最強の力を持っていようと。

 この錬金術師がどれだけ世界の闇に精通してようと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 アウレオルス=イザードは目を見開く。

 瞳は不安を表すかのように揺らぎ、唇は震える。

 

 しかし、それも一瞬の事。

 錬金術師は懐にある細い(はり)を一つ、己の首筋に打ち込むと、溜め息を吐いて僕の言葉を黙殺した。

 

 吸血鬼を利用してインデックスを救う方法は、彼が三年もかけて辿り着いた最後の希望。会ったばかりの得体も知らない女の妄言を信じて、はいそうですかと諦める訳がない。

 分かっていた。それでも、言わずにはいられなかった。目の前の苦しんでいる()()を見捨てられなかった。

 

「──もはや貴様の妄言などどうでもいい。当然、その言葉を吐いたからには殺される覚悟はあるのだろうな、女」

 

 背後で、息を呑む音が聞こえる。

 幻聴だろう。嬉美(きみ)は喉も肺も動かせないのだから。

 それでも、彼女が似たような感情を抱いた事に違いはない。魔術(オカルト)をいまだ理解できていない彼女でも、相手がマトモな存在ではないと実感している。

 

 思った通りに現実を歪める究極の黄金錬成(アルス=マグナ)

 そんな最強の魔術を理解して。その上で、僕は言った。

 

 

「やって見ろ。僕は手強いぞ」

「そうか、ならば──────()()

 

 

 その瞬間、アウレオルス=イザードの言葉は世界を歪めた。

 刺殺。絞殺。毒殺。射殺、斬殺、撲殺、博殺磔殺焼殺扼殺圧殺轢殺凍殺水殺爆殺。知りうる限りのあるゆる死因と比べても、訳が分からない()そのもの。

 傷も、出血も、病状もなく、電池を切るみたいなあっさりとした死。魂だけを抜き取る『死』の魔術。

 

 世界を支配する魔術に抗える訳がない。

 その魔術に正面から打ち勝てるのは、世界を丸ごと創り出せる『魔神』やあらゆる異能を打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)くらいのものである。

 

 

「…………………………は?」

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 傷も、出血も、病状もなく、()()()()()()()

 まるで魔術が発動しなかったみたいに。

 

「な…………ありえん、なんだそれは⁉︎ 我が金色の錬成を、打ち消しただとッ⁉︎」

「打ち消した訳じゃない。僕は『魔神』でもなければ、幻想殺し(イマジンブレイカー)でもない。君の『黄金錬成(アルス=マグナ)』を防ぐような力は何もない」

「貴様ッ、何者だ⁉︎」

「ああ、そうだったね。僕は自己紹介で一つ、言い忘れた事がある」

 

 僕は亡霊だ。

 だけど、継雲雷糸はそれだけじゃない。

 

 

「僕の名前は継雲雷糸。『夢幻能力(デイドリーム)』──()()()()()()()さ」

 

 

 思い通りに世界を歪める。

 その力自体を防げないのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 黄金錬成(アルス=マグナ)、その絶対的な()()

 

 『洗脳能力(プリセット03)』。

 本来ならば、指眼鏡を通して相手を認識するというルーティンで発動される能力。

 ルーティンを無視した事で発動までに時間がかかり、洗脳自体の効果も一瞬だけ考えている内容を霧散させる程度。その上、自覚すれば洗脳を無視できる程度の一度限りの奇襲にしか使えない効果。

 

 だが、問題はない。

 自分は洗脳されている、相手は自分の魔術を捻じ曲げられるという()()()()()()()()()()()()()()()()()が僕の能力を強くする。

 卑金属を黄金に変える錬金術の如く、鍍金(ニセモノ)の能力でも黄金(ホンモノ)に近い力を発揮できる。

 

「──────」

 

 無言で、アウレオルス=イザードは首に鍼を突き刺した。

 ただの鍼ではない。それは自身の不安を抑えるための医療鍼、黄金錬成(アルス=マグナ)の制御装置である。

 

「──窒息せよ」

「無駄だ」

「…………内から弾けよ」

「分からないか?」

「暗器銃をこの手に‼︎ 能力者を殺す弾丸を‼︎」

「生まれない。何度やったって意味はない」

「黙れ! 動くな! 消えろ‼︎ 死ねッ‼︎」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全能の力が霧散していく。

 『疑心暗鬼』がアウレオルスの脳を蝕み、黄金錬成(アルス=マグナ)の実現を妨げる。

 

 アウレオルス=イザードの武器は黄金錬成(アルス=マグナ)だけじゃない。他の魔術や魔道具だってあるだろう。

 しかし、使えない。他の方法で僕を打倒してしまえば、これから一生()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()という不安が付き纏うのだから。

 

「君の思い通りに世界が歪むのなら、そして僕が君を自由自在に洗脳できるのなら、こんな事もできるんじゃないのか?」

「貴様、何を────」

()()

「──っっっ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 アウレオルス=イザードの口が強制的に閉じられる。

 舌が噛み千切られ、喉の奥から絶叫が迸る。それなのに、口から声は一切漏れない。

 

(く、そ。この女、まさか私の黄金錬成(アルス=マグナ)を……ッ⁉︎ やめろ、考えるな! 取り返しがつかん、それを思考しては────‼︎)

 

 無論、幻覚(ニセモノ)である。

 アウレオルス=イザードの舌は千切れていない。

 声も口から発せられている。ただ、それを自分だけが認識できないだけで。

 

 『幻覚能力(プリセット04)』。

 黄金錬成(アルス=マグナ)による強化も合わさったそれは、人間の五感全てを書き換えるに至る。

 アウレオルスが幻覚を認識すれば、その思いの通りに世界を実際に歪める。僕は実質的な黄金錬成(アルス=マグナ)のコントローラを得た事になる。

 

「形勢逆転だ。黄金錬成(アルス=マグナ)は僕の手に、君が振りかざした全能の力をその身を持って知るといい」

 

 そして──

 

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「………………え?」

 

 痛みは無かった。

 その光は実体を持った攻撃ではない。

 傷も、出血も、病状もなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼︎」

 

 錬金術師の嘲笑う声が響く。

 黄金錬成(アルス=マグナ)を奪った、それが失敗だった。

 思った通りに現実を()()()()()()()()から解き放たれた錬金術師は、もはや手段を選ぶ必要すらない。

 

「忘れたか! 黄金錬成(アルス=マグナ)を手にした私に貴様が何をしたか‼︎」

「……ま、さか」

()()()()()ッ、()()()()()()()()()()()()()──ッ‼︎」

 

 

 ()()

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 思い出せ。アウレオルス=イザードは二〇〇〇人の子供を操る事で黄金錬成(アルス=マグナ)の詠唱時間を短縮させた。

 ならば、存在する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎

 

「『偽・聖歌隊(グレゴリオ=レプリカ)』。三三三三人の聖呪(いのり)を集める大魔術『グレゴリオの聖歌隊』、ローマ正教の最終兵器。当然、これはそれを模した偽物(レプリカ)に過ぎない。だが、二〇〇〇人もの人間を同時に操り同調(シンクロ)させる力を応用すれば、貴様の肉体を支配する事など容易い」

 

 黄金錬成(アルス=マグナ)のコントローラを奪い返される。

 それも、思った通りに現実を歪めてしまうという欠点を失くした状態で。

 

「全然、問題はない。むしろ思わぬ収穫であった。感謝するぞ、能力者」

「…………っ」

「そして報いを受けよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「──────ぁ、」

 

 口が無理やり動かされる。

 意思に反して、その()()を口ずさむ。

 

「──し、熾天の、つば、さは。輝く、光」

 

 錆びた歯車にも似た不快な声が漏れる。

 止まらない。止められない。

 

 この物語(せかい)にはとある原則が存在する。

 ()()()()()()()使()()()()

 

 超能力も魔術も似たような異能の力だが、中身は全く違う。

 魔術とは『才能のない人間』が『才能のある人間』と同じ事をしようとして生み出された術式と儀式の名前。才能のある能力者は普通の人間とは()()が違い、才能ない人間のために生み出された魔術(システム)を使う事ができない。

 では、仮に能力者が無理矢理に魔術を使おうとすれば?

 

「輝く光は、罪を暴く純白。純白は浄化の証、証は行動の結果、結果は未来、未来は時間、時間は一律、一律は全て、全てを創るのは過去、過去は原因、原因は一つ、一つは罪、罪は人、人は罰を恐れ、恐れるは罪悪、罪悪とは己の中に──」

 

 ビキビキビキビキッ‼︎ と。

 皮膚の内側で血管が脈動する。

 それはまるで、体内で小規模な爆発が連続して起こったみたいに。

 

 そして、異変が起こる。

 異常が、異質が、異端が、異物が、異界が。

 

 最後に。

 少女の口が詠唱を完成させる。

 

「──己の中に忌み嫌うべきものがあるならば、熾天の翼により己の罪を暴き内から弾け飛ぶべし」

 

 そして。

 そして。

 そして。

 

 

 ────()()()()()()()()()

 

 

 静寂。

 誰も言葉を発さない沈黙。

 時間が止まったような間。

 

 厳密には、何も起こらなかった訳ではない。

 僕の眉間から、ピンポン玉くらいの大きさの青白い光が生まれていた。

 

 しかし、それだけ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、にが────どういう事だ⁉︎」

 

 錬金術師は知っている。

 能力者が魔術を使用した末路を。

 この目で何度も目にしてきた。

 

 内側から体が弾け飛び、血をブチ撒けて死ぬ。

 

 一発で死なない事はある。

 運良く致命傷を避ける事もある。

 それでも、何も起こらないはずがない。

 魔術を使ったのが()()()であるのなら。

 

()()──()()()()()()()()()⁉︎」

 

 アウレオルス=イザードの思考が停止する。

 僕はその隙を見逃さなかった。

 

 自由になった右手で指眼鏡を作り、その中から錬金術師を覗き込む。

 瞬き(トリガー)によって対象の姿形を脳に焼き付け、その身体に秘めた異能を発動する。

 

 

夢幻能力(デイドリーム)──『洗脳能力(プリセット03)』‼︎」

 

 

 世界の全てを操る最大規模の詠唱(まじゅつ)

 人間の心理を操る最小規模の能力(かがく)

 

 たった一言で始まった二つの異能の衝突は、たった一言で終わりを迎えた。

 

 

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