アウレオルス=イザード。
元・ローマ正教所属の錬金術師。
『原作』二巻で登場した印象的な
一人の少女を苦しめる記憶の問題を解決するために、永遠の命を持つ吸血鬼を追い求め、無限の記憶を蓄える『術』を知ろうと考えた男。
……ああ、本当によく覚えている。
特に印象的だったのは彼が使用した魔術。
世界の全てを呪文に変えて詠唱する事で、頭の中に世界と寸分違わぬシミュレーションを構築し、
思った通りに世界を歪める。まさしく全能と呼ぶべき最強の術式。
「アウレオルス=イザード……⁉︎」
思わず、というふうに言葉が溢れる。
しまった。今更そう思っても遅い。
既にその錬金術師の瞳は僕を捉えた。
(……いや、まだ問題はない。
そんな儚い幻想は。
「
それだけだった。
それだけの言葉で、
声もあげられなかった。
腕は上がらず、足は動かず、表情を作れない。
瞬きをする事すら許されない景色で、ただ近づくその錬金術師を眺める。
「…………っ⁉︎⁉︎⁉︎」
背後で、車椅子を押していた
しかし、動かない。動けない。アウレオルス=イザードの言葉の通りに。
(
『原作』知識に頼り過ぎた。
『原作』知識を盲信し過ぎた。
「唖然、この街に私の名を知っている者が居ようとは」
カツ、と足音が真横まで迫る。
そんな距離にまで近づかれながら、僕らは何もできなかった。
錬金術師はゆったりとした声で僕の瞳を覗き込む。
「当然、私が次に発する言葉も予想できるだろう。──
「っ、が、はぁ、はぁ……‼︎」
未だに動かない体の中で、口元だけが自由になる。
荒い呼吸を繰り返すが、自分の意思に関係なく口は言葉を紡ぐ。
「っ、……僕の名前は
「依然、理由が分からない。なぜ私の名を知っている?」
「本で読んだ。君という人間を知っているんじゃない。君とよく似た
「偶然、名前が一致しただけだと?」
「ある意味ではそうとも言えるね」
「…………、」
「そして、一つ忠告をしておこう」
勝手に動く口を捩じ伏せる。
これだけは言わねばならない。
この錬金術師がどれだけ最強の力を持っていようと。
この錬金術師がどれだけ世界の闇に精通してようと。
「
アウレオルス=イザードは目を見開く。
瞳は不安を表すかのように揺らぎ、唇は震える。
しかし、それも一瞬の事。
錬金術師は懐にある細い
吸血鬼を利用してインデックスを救う方法は、彼が三年もかけて辿り着いた最後の希望。会ったばかりの得体も知らない女の妄言を信じて、はいそうですかと諦める訳がない。
分かっていた。それでも、言わずにはいられなかった。目の前の苦しんでいる
「──もはや貴様の妄言などどうでもいい。当然、その言葉を吐いたからには殺される覚悟はあるのだろうな、女」
背後で、息を呑む音が聞こえる。
幻聴だろう。
それでも、彼女が似たような感情を抱いた事に違いはない。
思った通りに現実を歪める究極の
そんな最強の魔術を理解して。その上で、僕は言った。
「やって見ろ。僕は手強いぞ」
「そうか、ならば──────
その瞬間、アウレオルス=イザードの言葉は世界を歪めた。
刺殺。絞殺。毒殺。射殺、斬殺、撲殺、博殺磔殺焼殺扼殺圧殺轢殺凍殺水殺爆殺。知りうる限りのあるゆる死因と比べても、訳が分からない
傷も、出血も、病状もなく、電池を切るみたいなあっさりとした死。魂だけを抜き取る『死』の魔術。
世界を支配する魔術に抗える訳がない。
その魔術に正面から打ち勝てるのは、世界を丸ごと創り出せる『魔神』やあらゆる異能を打ち消す
「…………………………は?」
──
傷も、出血も、病状もなく、
まるで魔術が発動しなかったみたいに。
「な…………ありえん、なんだそれは⁉︎ 我が金色の錬成を、打ち消しただとッ⁉︎」
「打ち消した訳じゃない。僕は『魔神』でもなければ、
「貴様ッ、何者だ⁉︎」
「ああ、そうだったね。僕は自己紹介で一つ、言い忘れた事がある」
僕は亡霊だ。
だけど、継雲雷糸はそれだけじゃない。
「僕の名前は継雲雷糸。『
思い通りに世界を歪める。
その力自体を防げないのならば、
『
本来ならば、指眼鏡を通して相手を認識するというルーティンで発動される能力。
ルーティンを無視した事で発動までに時間がかかり、洗脳自体の効果も一瞬だけ考えている内容を霧散させる程度。その上、自覚すれば洗脳を無視できる程度の一度限りの奇襲にしか使えない効果。
だが、問題はない。
自分は洗脳されている、相手は自分の魔術を捻じ曲げられるという
卑金属を黄金に変える錬金術の如く、
「──────」
無言で、アウレオルス=イザードは首に鍼を突き刺した。
ただの鍼ではない。それは自身の不安を抑えるための医療鍼、
「──窒息せよ」
「無駄だ」
「…………内から弾けよ」
「分からないか?」
「暗器銃をこの手に‼︎ 能力者を殺す弾丸を‼︎」
「生まれない。何度やったって意味はない」
「黙れ! 動くな! 消えろ‼︎ 死ねッ‼︎」
「
全能の力が霧散していく。
『疑心暗鬼』がアウレオルスの脳を蝕み、
アウレオルス=イザードの武器は
しかし、使えない。他の方法で僕を打倒してしまえば、これから一生
「君の思い通りに世界が歪むのなら、そして僕が君を自由自在に洗脳できるのなら、こんな事もできるんじゃないのか?」
「貴様、何を────」
「
「──っっっ⁉︎⁉︎⁉︎」
アウレオルス=イザードの口が強制的に閉じられる。
舌が噛み千切られ、喉の奥から絶叫が迸る。それなのに、口から声は一切漏れない。
(く、そ。この女、まさか私の
無論、
アウレオルス=イザードの舌は千切れていない。
声も口から発せられている。ただ、それを自分だけが認識できないだけで。
『
アウレオルスが幻覚を認識すれば、その思いの通りに世界を実際に歪める。僕は実質的な
「形勢逆転だ。
そして──
『
「………………え?」
痛みは無かった。
その光は実体を持った攻撃ではない。
傷も、出血も、病状もなく、
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼︎」
錬金術師の嘲笑う声が響く。
思った通りに現実を
「忘れたか!
「……ま、さか」
「
思い出せ。アウレオルス=イザードは二〇〇〇人の子供を操る事で
ならば、存在する。
「『
それも、思った通りに現実を歪めてしまうという欠点を失くした状態で。
「全然、問題はない。むしろ思わぬ収穫であった。感謝するぞ、能力者」
「…………っ」
「そして報いを受けよ。
「──────ぁ、」
口が無理やり動かされる。
意思に反して、その
「──し、熾天の、つば、さは。輝く、光」
錆びた歯車にも似た不快な声が漏れる。
止まらない。止められない。
この
超能力も魔術も似たような異能の力だが、中身は全く違う。
魔術とは『才能のない人間』が『才能のある人間』と同じ事をしようとして生み出された術式と儀式の名前。才能のある能力者は普通の人間とは
では、仮に能力者が無理矢理に魔術を使おうとすれば?
「輝く光は、罪を暴く純白。純白は浄化の証、証は行動の結果、結果は未来、未来は時間、時間は一律、一律は全て、全てを創るのは過去、過去は原因、原因は一つ、一つは罪、罪は人、人は罰を恐れ、恐れるは罪悪、罪悪とは己の中に──」
ビキビキビキビキッ‼︎ と。
皮膚の内側で血管が脈動する。
それはまるで、体内で小規模な爆発が連続して起こったみたいに。
そして、異変が起こる。
異常が、異質が、異端が、異物が、異界が。
最後に。
少女の口が詠唱を完成させる。
「──己の中に忌み嫌うべきものがあるならば、熾天の翼により己の罪を暴き内から弾け飛ぶべし」
そして。
そして。
そして。
────
静寂。
誰も言葉を発さない沈黙。
時間が止まったような間。
厳密には、何も起こらなかった訳ではない。
僕の眉間から、ピンポン玉くらいの大きさの青白い光が生まれていた。
しかし、それだけ。
「な、にが────どういう事だ⁉︎」
錬金術師は知っている。
能力者が魔術を使用した末路を。
この目で何度も目にしてきた。
内側から体が弾け飛び、血をブチ撒けて死ぬ。
一発で死なない事はある。
運良く致命傷を避ける事もある。
それでも、何も起こらないはずがない。
魔術を使ったのが
「
アウレオルス=イザードの思考が停止する。
僕はその隙を見逃さなかった。
自由になった右手で指眼鏡を作り、その中から錬金術師を覗き込む。
「
世界の全てを操る最大規模の
人間の心理を操る最小規模の
たった一言で始まった二つの異能の衝突は、たった一言で終わりを迎えた。