食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第一五話 退魔師は亡霊と出会う One_Night_Encount.

 

 

「終わった、のか?」

 

 そう呟いたのは、戦いに混ざる事のできなかった嬉美(きみ)だった。

 恐怖か、悔しさか、震える手で車椅子の取っ手を握る。

 

 黄金錬成(アルス=マグナ)、現実を思い通りに操る錬金術師は目の前で固まっていた。

 その様子を見ても、僕は何一つとして安心できなかった。

 

 

「……()()()()()自動切断(オートヒューズ)を忘れていた」

「え?」

 

 

 あと一手足りなかった。

 ……いや、あと一手遅かった。

 

 未だ状況を理解できず震える嬉美を安心させるため、彼女の手に僕の手を重ねる。

 

「彼はこの世界に存在する『科学』とは別の方式の異能を操る陣営、『魔術』サイドの魔術師だ」

「……オカルトの人間。亡霊(オマエ)のお仲間か?」

「一般世界における異物という意味ではそうだね。そして、心という分野は魔術の専売特許とも言える。だからかな? ()()()()()()()()()()()()()

「…………っ」

 

 言ってしまえば死んだフリみたいなものだ。

 精神に何らかの干渉を受けた際、自動的に精神を切り離して意識を落とし、精神操作を無効にする術式が仕込まれていた。

 

「どうする? 意識のない間に縛っておくか?」

「やめた方がいい。衝撃を受けたらすぐさま目を覚ましても可笑しくない。僕の洗脳は食蜂操祈(オリジナル)と違って、弱い効果しか持たない」

「……なら、一撃でブッ殺すか」

「論外だ。僕が君に殺人を犯させる訳がないだろう」

 

 否定された嬉美は、不満げに口を尖らせる。

 無理もあるまい。洗脳もできない、捕縛もできない、殺害もできない。当然、警備員(アンチスキル)に通報した所で意味はない。

 現実を思い通りに歪ませる最大の脅威をこのまま放置するしかないのだから。

 

「…………このまま逃げろって? 次にいつあるかも分からない襲撃に怯えながら?」

「いいや、応援を呼ぼう」

「統括理事長か?」

「いや、そっちはダメだ。魔術サイドと科学サイドには互いに不可侵の『条約』がある、魔術師の問題は魔術師にしか解決できない」

 

 つまり、

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 現在、この街に存在する魔術師はアウレオルス=イザードだけではない。

 『原作』知識に頼り過ぎて失敗した今、また『原作』を頼るのは不安だが……仕方あるまい。

 

(それに、僕は()()()()()()()()()使()()()()。これは物語(せかい)の法則から逸脱した所業のはずだ。……少し、魔術サイドの知識を頼りたい)

 

 固まった錬金術師を置いて、戦場を離脱する。

 車椅子を押す嬉美から心配の声があがる。

 

「頼る(あて)はあんのか?」

「問題はない。()()なら僕の頼みも断らないはずさ」

 

 

 

 

 夜。辺りはすっかり真っ暗になっていた。

 暗闇に消防車と救急車のサイレンの音が響く。

 どうやら、どこかの学生寮で火災報知器が鳴ってスプリンクラーが作動したらしい。

 

 消防車と野次馬で無人の学生寮は埋め尽くされ────しかし、その近くの路地裏にいた()()()()()()()()()()()()()には誰も気付かなかった。

 

「ち、くしょう……、」

 

 少年は震えながら言葉を吐き捨てた。

 いいや、違う。震えているのは抱えた少女だった。

 出血が酷すぎる。何十本もの安全ピンで継ぎ接ぎになった針のむしろのような純白の修道服が、赤黒い血で染まっていく。

 

 それは少女を追って来た()()()がつけた傷跡。

 このまま放っておけば、少女はすぐに死に至る。

 それなのに、少女を病院に連れて行く事ができない。

 

 少女は学園都市の外からやって来た部外者で、この街のIDを保有していない。

 そんな中、救急車でも呼べば騒ぎになってあっという間に情報は漏れ、敵の『組織』にも居場所が伝わる。

 そうなれば病院を巻き込んで被害が拡大する上に、最悪、手術中に襲撃を受ければ防御手段は何もない。

 

「そんなのって、あるか。そんなのってあるかよ! ちくしょう、何なんだよ! 何で、こんな……ッ‼︎」

 

 そして、もう一つの手段。

 ()()を利用した傷の治療も不可能だった。

 

 少女は魔術の知識はあるが魔力を練る事ができない。

 一方で、少年もまた魔術を使えない。少女から教われば使用自体は可能だろうが──無能力者(レベル0)であっても能力開発を受けた少年は、使用した瞬間に内側から吹き飛ぶかもしれない。

 

 少年が持つ右手(チカラ)では少女は救えない。

 学園都市の医療に頼る事もできない。

 目の前に人を救う魔術(ほうほう)があるのに、誰にも彼女を救う事ができない。

 

 少年は無力に打ちひしがれる。

 ────その、時だった。

 

 

()()()()!」

 

 

 咄嗟に、少年は右手をかざす。

 その発言から追っ手──先ほど倒した()()()()()()の仲間かと思った。

 

「あれ?」

 

 しかし、違う。

 呆然と、車椅子に乗った()()()()()()()()()()()()()()が纏う服装を視認する。

 

「それ、ビリビリの制服と同じ……」

「話は後にしよう。君達は()()()に追われているんだろう?」

「ッ!」

「取引だ。僕が全身全霊をかけて君達を助ける。だから、君達もまた僕に力を貸してくれ」

 

 ガタガタと、整備されていない路地裏で車椅子の車輪が揺れる。

 落ち着いて観察すると、そこにいたのは一人だけじゃない。ロングスカートの黒いセーラー服を着た少女も、後ろから車椅子を押していた。

 

「こいつを、救えるのか……?」

「ちょっと待ってくれ。今、救急車を呼んだ」

「だっ、ダメだ! こいつは学園都市のIDを持ってない! 病院に運ばれたら騒ぎになって、居場所がバレちまう‼︎」

「安心してくれ。IDがないのは僕も同じ。知り合いに『即応救急』の隊員がいる。そっちに助けを呼んだから問題ないよ」

 

 どこまでも怪しい、そんな少女の口ぶり。

 だけど、少年の心にあったのはどうしてだか()()()だった。

 

(こいつ、こんな口調だったか……?)

 

 ()()()()()()にも(かかわ)らず、少年はそんな感想を抱く。

 

 そんな少年の疑念は意にも介さず。

 車椅子に乗った蜂蜜色の少女は、セミロングの髪を無造作にかきあげて、自己紹介をした。

 

「僕の名前は継雲雷糸(つくもらいと)。こっちは春暖嬉美(しゅんだんきみ)。僕らを救ってくれ、上条当麻(かみじょうとうま)くん、インデックスくん」

 

 

 

 

 夜。消防車と野次馬が集まった学生寮。

 無人と看做されたその場所で、一人の魔術師が倒れていた。

 

 その男は教会の神父が着るような漆黒の修道服を身に纏っていたが、その姿を見て神父さんだと思う人は誰一人としていないだろう。

 二メートル近い長身、甘ったるい香水の匂い、左右一〇本の指に嵌められた銀の指輪、毒々しいピアス、肩まである金髪は赤く染め上げられ、右目のまぶたの下にはバーコードのような刺青(タトゥー)が刻まれている。

 この上で普段は煙草を吸っているのだ、どう見ても『表』の人間ではない。

 

 彼の名はステイル=マグヌス。

 インデックスという少女を追い詰めた『敵』にして、先ほど上条当麻(かみじょうとうま)に撃破された魔術師である。

 意識は取り戻したが体は回復していない彼は、その場しのぎに『人払い(Opila)』の刻印(ルーン)を刻んで人目を避けていた。

 

「生きていますか、ステイル」

「……神裂(かんざき)か。生きてるよ。どうやらあの素人、敵対した相手にトドメを刺さなかったみたいだ」

 

 故に、声をかけたのもまた同じ魔術師。

 神裂火織(かんざきかおり)。腰まで届く長い黒髪をポニーテールにまとめた彼女はステイルとは違って、白い半袖のTシャツに片足だけ大胆に切ったジーンズ、膝まであるブーツというまだ普通の範囲の服装をしていた。

 しかし、その印象を腰からぶら下げられた長さ二メートル以上の日本刀が台無しにしている。日本刀は革のベルト(ホルスター)に挟むようにぶら下げられており、まるで西部劇の保安官が拳銃の代わりに日本刀を下げているようにも見える。

 

「僕が倒された後、あの子の追跡はどうなった?」

「もちろん、行いました。同伴していた少年の身元は未だ問い合わせ中ですが……少々まずい事になりました」

「何?」

「──禁書目録(かのじょ)が正体不明の人物と接触しました」

 

 神裂はステイルに伝える。

 車椅子に乗った蜂蜜色の少女と、それを押す空色の少女の二人組を。

 

「善意の第三者ならば構いません。そちらの少女達の身元も統括理事会に問い合わせ中ですが……もしも、それが魔術結社の人間ならば。あるいは『条約』を無視して魔術の知識を取り込もうとする科学サイドの人間であれば──」

「──あの子の身が危険に晒される」

 

 彼らは紛れもなくインデックスの『敵』である。

 しかし、インデックスを傷つけたい訳ではない。

 

 二人の魔術師がインデックスを追うのは、彼女自身を救うため。完全記憶能力を持ち、どうでもいい記憶すら忘れられず、脳がパンクして死んでしまう少女の命を繋ぐため、彼女の記憶を一年周期で消去している。

 二人の魔術師がインデックスの『敵』として振る舞うのは、彼女自身の苦しみを減らすため。少女に残酷な幸福(であい)を与えるより、不幸(わかれ)という死のような苦痛を軽減するため、親友を捨てて『敵』である事を選び、少女の思い出(すべて)を真っ黒に塗り潰した。

 

 だからこそ、二人の魔術師は牙を研ぐ。

 インデックスの()()()()、それら全てを排除するために。

 

「準備しろ、神裂」

「何の、でしょうか」

「わざわざ訊くな。()()()()準備だよ」

 

 ゆっくり、赤髪の魔術師は立ち上がる。

 魔法名に刻んだ、『インデックスのためならば誰であろうと殺し、何であろうと壊す』という想いを果たすために。

 

「三日だ。その間に敵の身元を探り、正体が判明次第対象を殺す」

「……もしも、正体が判明しなければ?」

「この街で統括理事会の監視から逃れられる者など怪しすぎる。勿論、殺すよ」

「………………、」

 

 

 

 

 夜。世界が止まったような静寂。

 暗闇の中で、錬金術師は一人立ち尽くす。

 

 思い起こすは先程の戦闘。

 錬金術師は紛れもなく敗北した。

 しかし、彼の胸の内にあるのは怒りでも悔しさでもない。

 

「はは、」

 

 錬金術師は。

 口を歪め、笑みを浮かべていた。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼︎」

 

 精神系の能力者。

 魔術と科学の異能交差(ハイブリッド)

 車椅子に乗った蜂蜜色の少女の顔を思い浮かべ、錬金術師アウレオルス=イザードは叫ぶ。

 

 

()()()‼︎」

 

 

 精神系能力による黄金錬成(アルス=マグナ)の補強。

 一度はアウレオルスもそれを考えた。

 

 断念したのは二種類の不安があったからだ。

 まず、洗脳などという不純物を混ぜても黄金錬成(アルス=マグナ)が成立するのか。

 そして、能力者が黄金錬成(アルス=マグナ)の一部となって魔術の反動を受けないのか。

 

 しかし、継雲雷糸(つくもらいと)はその両方の不安を解消した。

 彼女という不純物(かがく)を組み込んでも黄金錬成(アルス=マグナ)は発動する。彼女は能力者でありながら魔術を使える。

 あの少女ほど黄金錬成(アルス=マグナ)のコントローラに相応しい人間はいない。

 

(……さて。私が襲撃すれば、自然、勝敗は今回とは変わらない。あの女は私にとっての──否、黄金錬成(アルス=マグナ)にとっての天敵なのだから)

 

 錬金術師は冷静に頭を回す。

 黄金錬成(アルス=マグナ)は再び彼の手に戻った。『また失敗するんじゃないのか』という疑心暗鬼で成功率にムラはあるが、(はり)を首に刺せば雑念は消える。

 一方で、継雲雷糸と顔を合わせれば自身の黄金錬成(アルス=マグナ)が暴発するだろう事を自覚している。精神系の能力もそうだが、一度敗北した事で苦手意識が生まれている。勝てないというイメージはアウレオルスを確実に弱くする。

 

 ならば、どうするか。

 錬金術師の手札は黄金錬成(アルス=マグナ)だけじゃない。

 『偽・聖歌隊(グレゴリオ=レプリカ)』やそれを使って操った二〇〇〇人の生徒、『三沢塾』そのものに仕掛けられた結界、その他様々な魔道具、極め付けに『吸血殺し(ディープブラッド)』。

 

 それらの手札(カード)の中で、最も継雲雷糸が苦手とする天敵(ジョーカー)を選び取る。

 

 

「精神系の能力者、か。()()()()()()()()()()()()

 

 

 そこにいたのは、アウレオルス=イザードと()()姿()()をした────

 

 

 

 

 科学の街で魔術(オカルト)が胎動する。

 

 一人の少女を救う。

 互いに同じ願いを抱いたはずの少女の『パートナー』達は、皮肉な事に、一人の少女を巡って潰し合う。

 

 






《原作キャラ紹介コーナー》

▽ステイル=マグヌス
初出:とある魔術の禁書目録1巻
イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師。赤に染めた肩まである髪に、漆黒の修道服を身に纏う長身の男。一四歳。
ルーンを極めた天才魔術師。教皇級の魔術を数秒で発動し、主に炎を扱う魔術を得意とする。特に拠点防衛・攻略において優れた能力を発揮する。
インデックスを生き延びさせるために記憶消去の役割を担う。記憶消去の際の悲しみが薄れるようにインデックスの『敵』となった。


神裂火織(かんざきかおり)
初出:とある魔術の禁書目録1巻
イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師。長い黒髪をポニーテールで括り、Tシャツに片方の裾を根元まで切ったジーンズを着用した女性。一八歳。
世界に二〇人といない『聖人』の一人。音速の挙動を可能とする脅威の身体能力と、十字教・神道・仏教を組み合わせた独自の魔術を用いて戦う。
インデックスを生き延びさせるために記憶消去の役割を担う。記憶消去の際の悲しみが薄れるようにインデックスの『敵』となった。


書き溜めが終了したため、次回更新は間隔が空きます。

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