ドタドタドタ‼︎ と、冷たい床に足音が激しく響く。
まるで駆けっこでもしているかのようだ。その騒ぎで地べたで寝ていた
現在地は『蜂の巣』にある黄色い雑居ビルの一室。
家具も何もない無機質な部屋の中だった。
一応、敷布団は二組あったのだが、女性陣三人に引き渡した事で上条は冷たい床で直接寝る事になった。
かろうじて分けてくれた掛け布団が暖かい。
「な、なんだ……?」
ドタドタドタ‼︎ という足音は近づいてくる。
やがて、ドバン‼︎ と扉を開けて少女が飛び出してきた。
「助けてくれ上条くん‼︎」
車椅子に乗った蜂蜜色の髪の少女が、
その後ろからは、必死の形相で
「オマッ、雷糸⁉︎ なんつー格好で男の前に出てやがる! つか上条も目を逸らせ‼︎」
「え、ええっ⁉︎」
「むりだっ、無理だよ! やっぱり女の子にパンツを替えられるのは恥ずかしい! 代わりに上条くんにパンツ替えてもらうから‼︎」
「はぁ⁉︎」
突飛な発言に上条の頭がフリーズする。
そんな拒む様子のない上条を見て、春暖嬉美は『まさか承諾するつもりじゃないだろうな』と冷たい視線を突き刺す。
上条当麻は慌てて継雲に否定の言葉を吐く。
「か、上条さんが……オンナノコのパンツを……⁉︎ そっ、それはいくら何でも難易度が高過ぎと言いますか──」
「僕も
「──
だが、突然のカミングアウトによってまたもや上条の頭は凍り付いた。
そして、そんな様子を背後から見つめる少女が一人。
「
「は……っ‼︎」
今更気づいてももう遅い。
「ふ、不幸だ──‼︎」
ちなみに、継雲雷糸は春暖嬉美にしっかりと怒られたようだった。
上条当麻は僕の事を記憶していた。
どうやら彼は
オリジナルとクローンを同一視しない彼だからこそだろうか。
奇跡的に、僕は上条当麻の記憶に残った。
そんなプチ奇跡が起こったものの、昨晩は話もそうそうに終わらせて眠ったため、今日は改まってそれぞれの説明会となった。
お昼時。
机すらない部屋で地べたに座り、ご飯を食べながら僕たちはそれぞれの事情を話す。
上条当麻は自身の右手に
インデックスは自身がイギリス清教『
嬉美は自身が『
僕は自身が学園都市第五位の超能力者のクローンである事、能力者であるにも
僕が転生者である事、『原作』の知識を持っている事は話さなかった。
どう考えても信じられないし、混乱させるだけになるだろうと思ったからだ。
この辺りになると、インデックスの熱も下がって来たようだった。
彼女の熱はウイルスによるものではなく、『足りない体力を補おうと』してのもの。怪我そのものは塞がっていても、治すのには自分の体力が必要なため。
しかし、体力──言い換えれば、生命力は嬉美の『
「まずは、決着の仕方を考えよう」
それぞれの事情を説明し終えた後、僕はそう切り出した。
「決着?」
「そう。逃亡生活を一生続けるっていうのは現実的じゃないだろう? だから、どこかでこの戦いに区切りをつけなくちゃならない。敵組織を潰すか、安全な場所に匿われるかしてね」
「なら、英国式の教会に逃げ込むといいかも」
インデックスが身に纏っていた『歩く教会』も教会としての機能を持った霊装であるが、現在必要なのは教会の『機能』ではなく、教会の人間が属する『組織』──イギリス清教である。
「イギリス清教に匿われれば魔術結社も手を出せないから。魔女狩りや異端狩り、宗教裁判──そういう『対魔術師』用の文化・技術が異常に発達したイギリス清教なら、らいとを狙う悪い魔術師も倒せるんだよ」
「……、その組織って信用できるのかい? 重要人物である君を今まで放り出していた組織だろう?」
僕は『原作』知識で知っている。
インデックスと敵対している二人組こそ、イギリス清教『
「というか、そもそもどんな経緯で君はイギリス清教の庇護下から外れたんだい?」
「うーん、その辺の事情は私も詳しくないかも」
「なんでだよ。お前の育った場所じゃねぇの?」
上条当麻は首を傾げる。
「私、気がついたら
「ふうん。ってことは日本育ちなのか。道理で日本語がペラペラだと思った」
「ううん、そうじゃなくて。私の生まれはロンドン、育ちは
「らしい?」
上条当麻は曖昧な言葉に眉をひそめ、嬉美はその言葉の意味に気づいて目を見張る。
反応の違いは単純。
「
「……くそったれが」
上条当麻は怒りを吐き捨てる。
脳に強いダメージを受けたか、それとも思い出したくもないほどの精神的苦痛を受けたか。どちらにせよ、彼女のこれまでが苦痛に満ちていた事に違いはない。
「……
「?」
「ああ、なるほど。僕の能力は精神系の『
「良かったじゃねーか。科学に詳しくねーオマエは不安かもしれねーが、こいつの『
嬉美は安心したようにインデックスを撫でた。
一方で、上条当麻はどこか不安そうだった。忘れたくなるほどの記憶、それを思い出させても良いのだろうかという心配だった。
「ダメ!」
しかし、否定の声を上げたのは他の誰でもなくインデックスであった。
「私の記憶なんて読んだら廃人になっちゃう! 魔道書の汚染は脳を破壊するんだから‼︎」
魔道書。
『異常識』と『違法則』の描かれた魔術の
その知識は人間にとって『有毒』である。
「
だからこそ、魔術結社は
彼女の頭の中にある一〇万三〇〇〇冊の魔道書、それを使えば世界の全てを自由に捻じ曲げられる存在──『魔神』に成れると知っているから。
「いいや、たとえ君の記憶を読んでも僕は廃人にはならない」
それでも。
どんな理由があっても、幼い少女が命を狙われるなんて許せない。
たかだか神様に成れる程度の理由で、子供の人生を歪めて良いわけがない。
「
「?」
「??」
「???」
「いや、インデックスくんは兎も角、君たちが首を傾げるのはなんでだよ」
科学の街にあるまじき無知だが仕方ない。
夏休み補講の上条当麻と最終学歴小卒の嬉美は
「あのね、一言に『記憶』と言っても様々な種類がある」
指を三本立てて、一本ずつ折り畳む。
「言葉や知識を司る『意味記憶』、運動の慣れを司る『手続記憶』、思い出を司る『エピソード記憶』」
「……あー、オレも聞き覚えがあるかも」
「それぞれの記憶は別の容れ物に保管されている。君が記憶喪失になった時だって、思い出は失われても知識は残っていただろう? だから、君の過去の思い出を見たからといって魔道者の知識に汚染される事はないよ」
……これは『原作』一巻における非常に重要なギミックであった。
このタイミングで共有できたのは幸運だったかもしれない。
「君の『意味記憶』には触れない。ただ、『エピソード記憶』だけを見る。それでも、ダメかな?」
「……ダメ。さいこめとりーの事は分からないけど、もしもがあったら危険だから」
「そうか。無理強いはしない。僕を心配してくれてありがとう」
脱線した話を元に戻す。
イギリス清教が信頼できるか否かは未だ結論が出ない。
「なら、ひとまずは英国式の教会を探して『
その光景を、六〇〇メートル先から監視している者達がいた。
「インデックスに同伴していた少年の身元を探りました」
「
赤髪の魔術師、ステイルは双眼鏡から目を離すことなく女性に尋ねる。
「評価としてはケンカっ早いダメ学生。少なくとも魔術師や異能者といった類ではないようです」
「……冗談はよしてくれ。ただの素人が
「そうですね」
「情報の……意図的な封鎖。問題は情報を封鎖しているのが統括理事会か、それとも統括理事会ですら出し抜く魔術組織なのか」
「その線は薄いでしょう。この街で動くとなれば、統括理事会のアンテナにかかるはずです」
二人は上条当麻を特別な力を持つが故に統括理事会によって隠された異能者だと結論づける。
本来ならば結論を早めて思考を狭める事をしない二人だが、今回ばかりは上条当麻以上に不可解な存在がいたからだ。
「それで、あっちの二人の女は?」
「…………、」
「神裂?」
「一人は判明しました。春暖嬉美。不登校のどこにでもいる普通の学生。特殊な能力を持つ事から、能力に関する情報は規制されましたが。ですが──」
視力八・〇の神裂は、蜂蜜色の少女を目に映して告げた。
「──
情報の封鎖、どころではない。
何一つとして、情報がない。
この街のIDさえ持っていない、正体不明の何者か。
「この街の全てを監視する統括理事会が? 何一つとして?」
「……はい。ですが、まだ彼女が危険だと決まった訳では──」
「──何の情報もない不審な女が彼女に近づいた。それだけで殺すに値すると思うけどね」
それに、と。
ステイルは言葉を付け足す。
「深傷を負ったあの子が生きているという事は、向こうにも魔術の使い手がいるはずだ。魔力の練れない彼女と能力者二人を除けば、ヤツこそが魔術師だと考えられる。学園都市に潜む魔術師が
「…………、」
神裂は目を逸らした。
インデックスが死ななかったのは嬉しい。
それでも、見知らぬ人物を殺さなければならないのに耐えられないように。
「何を迷っている。疑わしきは罰せよってヤツさ 。
対魔術師に先鋭化したイギリス清教。
その中でも魔術の汚れを一身に受け止める『
「始めようか、魔女狩りだ」