「おっふろ、おっふろ」
安全ピンだらけの修道服は真っ白に戻っていた。洗濯機もない部屋の中で、よくぞあそこまで綺麗に血を洗い落としたものだと感心する。
「何だよ、そんなに風呂に入りたかったのか? 正直、匂いなんて気になんねーぞ?」
「うわ。デリカシーがねーな、オマエ」
魔術師の襲撃から三日が経った。
初めの頃は再びの襲撃に備えて『蜂の巣』の雑居ビルで籠城していたのだが、三日も経てば引っ越したての部屋の備蓄も尽きる。
風呂のない部屋で我慢していたのもあるのだろう。上条たちは買い物がてら、最寄りの銭湯へと向かっていた。
「ジャパニーズ・セントーではコーヒー牛乳が飲めるって、らいとから聞いた。子供ならみんな買って貰えるって!」
「……
「だ、だって、インデックスくんは素直で可愛いし……」
年下の女の子が珍しいのか、彼女にはインデックスを甘やかす癖があった。上条からすればどちらも年下の女の子なのだが(継雲は心が男性らしいが)、中学生からすれば数年の差は大きいのだろう。
「女の子に数百円奢る甲斐性もねーのかよ」
「……あのなぁ、こちとら万年貧乏学生の
「へぇ、オレも
「…………、」
気まずいオンナノコ空間で一番話しやすいのは年齢の近い彼女だったが、一方で最も上条の心を傷つけたのも彼女だった。
シンプルに口が悪い。あと多分、継雲が何故か上条に厚い信頼をつけているのもあって、春暖は上条を警戒しているのだった。
「やるよ! やってやりますよ! コーヒー牛乳の一杯や二杯、それどころかインデックスが満足するまで! 俺が全額奢ってやるよ‼︎」
売り言葉に買い言葉。クラスメイトに対して軽口を叩くような気分で、上条当麻は見栄を張った。
にたぁ、と春暖嬉美は笑う。
「じゃあオレらの分も頼んだ」
ダー‼︎ と少女達は一斉に駆け出した。
継雲雷糸さえ車椅子を春暖嬉美に押され、上条当麻は完全に出遅れた。
「えっ⁉︎ ガチでやるつもりか⁉︎ インデックスが満足するまでガチでコーヒー牛乳を飲み続ける気なのかぁーっ⁉︎」
この三日間で散々に少女の食欲を叩き込まれた上条当麻は震えるが、誰も彼の嘆きを聞いてくれない。
唯一、継雲だけは上条に同情していたが、車椅子を春暖に押されているため一瞬で遠のいていく。
少女達の喧騒が静まる。
夜の街を沈黙が支配する。
上条の足音だけが辺りに響き渡る。
「あれ?」
気づけば、夜の街から人の気配は消えていた。
時刻は夜の八時。夏休みの学生達にとってはまだ早い時間であるはずなのだが、上条はこれまで歩いていて未だ誰ともすれ違っていない。
いいや、それどころか。
車道には一切の自動車が走っていない。
近くのコンビニを覗いても、客どころか店員すら存在しない。
「
ゾン、と上条当麻の背筋に寒気が走る。
先程まで確かに誰もいなかったはずの場所。
そこに、瞬きした一瞬だけで女が出現していた。
女はTシャツに片脚だけ大胆に切ったジーンズという現代的な衣装に身を包んでいたが、腰から拳銃のようにぶら下げられた長さ二メートル以上の日本刀が彼女を『普通』と判断する事を許さない。
その女は間違いなく魔術師だった。
「
全方位に殺意を放つ彼女の佇まい。
ただ一つ、例外があるとすれば──
「なぜ、あなたが……?」
──その魔術師が首を傾げていた事くらいか。
同時刻。
春暖嬉美は二人の少女と逸れ、一人の魔術師と向かい合っていた。
赤く染め上げられた髪に黒い修道服。
三日前、上条当麻に倒された魔術師。
ステイル=マグヌス。
ルーン魔術を用いてこの状況を作り出したはずの魔術師は、ただ茫然と呟いた。
「
ステイルは確かに
しかし、起こったのは本来の想定とは異なる事象。
ステイルがインデックスを相手に時間稼ぎを行い、神裂火織がその時間で継雲雷糸を仕留める。
そうマッチングされるように
そんな二名の魔術師の様子を見た少年少女は、全くの同時に笑った。
「「──
二日前。
作戦会議をしながら、継雲雷糸はこう話していた。
『盗聴されている可能性があるから、ここから先の話は「
まず少女が話したのは、この部屋の備蓄が大して無いこと。
『だから、ここで籠城は不可能。僕らが分断されて奇襲を受けるのはまず間違いないだろうね。……
『……あえて隙を晒すってわけか』
『いつ来るか分からない襲撃よりも、来るタイミングの分かっている襲撃の方がやりやすいとは思わないかい?』
そして、継雲はインデックスに対して襲撃者についての情報を求めた。
『襲撃者が二人っていうのは間違いないのかな?』
『うん。少なくとも実働部隊は二人なんだよ。十字教の要素を取り入れたルーンを専門に扱う魔術師と、日本刀を持った魔術師……後者は「聖人」だと思う』
『「聖人」ってのは?』
『生まれつき神の子に似た身体的特徴を持っていて、その力の一端を体に宿した人間の事。「
上条当麻は顔を顰める。
いくらこの手に異能を打ち消す『
『そんなヤツ相手に戦えるのかよ』
『余裕かも。言ったよね。魔術っていうのは、「才能のない人間」が「才能のある人間」と同じ事をしたいと思って生み出された術式と儀式の名前。生まれ持った才能にあぐらをかいた「聖人」に対する勝ち方なんて、一〇万三〇〇〇冊の魔道書にいくらでも載ってるから』
インデックスは誇るでもなく、ただ当たり前のようにそう言った。
これこそが魔術師の求める魔道書図書館、
『敵は多分、僕とインデックスくんを分断するはずだ。禁書目録の知識を狙っている彼らは、同時に禁書目録の知識がどれだけ凶悪なのかも知っている。魔術を使える僕と彼女をひとまとめにして戦いたいと思うわけがない』
『それなら、私が妨害できるんだよ。魔力がなくたって、魔術師の頭に割り込めばいいんだから』
『それなら僕とインデックスくんが自由に動けるようにできるかい? インデックスくんの力で敵の魔術を妨害しつつ、僕の能力で精神を乗っ取る』
それは魔術師二人を
『よっし、やってやろうぜ!』
『時間稼ぎの技術は私が叩き込むんだよ!』
「上手くいったんだよ!」
「よし、次は僕の番だ。一瞬で片付けてやる」
『
それによって、魔術で分断させられるはずだった僕とインデックスと合流する事ができた。
後は、指眼鏡を通して二人の魔術師を観測すれば全てが終わ──
「──
「────ッ⁉︎」
あり得ざる声を耳にする。
正面から来る事はないだろうと予想していた、白いスーツを着た男。
錬金術師、アウレオルス=イザードの声を。
動いたのは同時だった。
僕は指眼鏡を通して声の主を観測する。
その能力は今──
「
──
ゆっくりとした動作で、男は右袖から黄金の刃物を取り出す。
そして、告げる。必殺の名を。
「──『
瞬間、黄金の
避けられない。それは特別な力が働いているからではなく、単純に、その攻撃の速度は銃弾すらも超えていた。
ドガッ‼︎ と顔面スレスレを通って、黄金の鏃がビルの壁面を破壊する。
瞬間、コンクリートは溶けるようにして黄金に変化した。あと一歩ズレていたら、そうなっていたのは僕だった。
勿論、当たらなかったのは偶然でも何でもない。攻撃が当たらないように、インデックスが車椅子を咄嗟に移動してくれたお陰だった。
アニメの六〇フレームを一つ一つ認識できるレベルの動体視力を持つインデックスだからこそ反応できた。僕には発動の瞬間すら見えなかった。
「あなた、まさか……」
しかし、避けたはずの少女は誰よりも驚愕していた。
新たに現れた魔術師を認識して──
「
『
『
「基礎物質にケルト十字を使ったテレズマの塊。錬金術を用いて生み出された、意志を持った魔道具」
隣で呟くインデックスの言葉を聞いて、ふと記憶が思い出される。
アウレオルス=イザードによく似た、アウレオルス=イザードの
「
一人の
予定調和の勝利にはもう届かない。
異能を打ち消す右手を持った少年の前には、音速で戦う事のできる聖人が。
一人では超能力を使えない少女の前には、万全の準備を行なった魔術師が。
人間の精神や魔術に対して割り込みをかけられる二人の少女の前には、人間の真似事をした錬金術師の
自身の力を十分に発揮できない状況を前にして、三者三様の死闘が始まる。
《原作キャラ紹介コーナー》
▽アウレオルス=ダミー
初出:とある魔術の禁書目録2巻
アウレオルス=イザードが錬金術によって作り出した魔術人形。アウレオルス=イザードと同じ外見、同じ格好、同じ精神を持ち、自身のことをアウレオルス=イザード本人だと思い込んでいる。
基礎物質にケルト十字を用いたテレズマの塊。純粋な異能の塊ではないためか、