「私達はもう、耐えられません。全てを忘れた彼女の笑顔を見続けるなんて、もう不可能です……」
インデックスの脳の八五%は魔道書の記憶で占められており、完全記憶能力によって残り一五%も一年で使い潰されてしまう事。
インデックスが一年周期で記憶を消さないと生きていけない事。記憶消去の
全てを知った上で、上条当麻は奥歯を噛み締める。
「ふ、ざけんな……。んなモン、全部テメェらの勝手な理屈だろうが‼︎ テメェの臆病のツケをインデックスに押し付けてんじゃねえぞ‼︎」
そんな理由で今ここにいるインデックスを苦しめて良い訳がない。
そんなモノは何の言い訳にもなりやしない。
こんな事、
上条当麻は、一度インデックスを見捨てて日常に帰った人間だ。だから、きっとこの感情は
でも、それでも。
彼女を救えるのならニセモノだろうが何だろうが構わない。
上条当麻はもはや砕けている腕を握り締めて、無理やり身体を起こす。
「インデックスを取り囲む
立ち上がる。ただそれだけの動作で、全身から血が溢れる。
限界なんてとっくに超えていた。神裂火織にとっては時間稼ぎにもならない敵。
それなのに、彼女は無意識のうちに一歩足を引いていた。
「つーか、そもそも」
そして。
上条当麻は更に切り込む。
「
「────は?」
その瞬間。
完全に、神裂火織の思考は停止していた。
「完全記憶能力ってのがどれだけ珍しいのか俺は知らない。けど、脳の一五%を使ってもたった一年分の記憶でパンクするって言うのなら、
「………………、」
「いいや、そもそもの話、八五%だの一五%だのって数字は誰がどうやって導き出したんだ? 科学に疎いお前はそんな数字を誰から聞いたんだ? ……
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
神裂火織が数字を聞いて思考停止してしまうのも無理はない。
上条当麻も、何の前触れもなく脳の八五%が魔道書の記憶に使われているなんて言われてしまえば、そんなモノかと飲み込んでいただろう。魔道書なんて門外漢の用語を使われれば特に。
だけど、それは神裂も同じではないか?
上条当麻がその矛盾に気づいたのは、自分の力ではない。
たった二日前、彼は記憶についての話を聞いていた。
「これは俺も他人から聞いた話だけど、記憶ってのは三種類あるらしい。言葉や知識を司る『意味記憶』、運動の慣れを司る『手続記憶』、思い出を司る『エピソード記憶』。この記憶はそれぞれ別の容れ物に保管されている」
「…………それ、は」
「
「…………ッ‼︎」
「────な、に……⁉︎」
アウレオルス=ダミーは言葉を失う。
今まで自分を支えていた正当性がひっくり返る。
「騙されていたんだよ、君達は。教会はインデックスに首輪を付けたくて、何の問題もない彼女に細工を仕込んだ」
僕は真実を告げた。
教会によるメンテナンスがなければ一年間しか生きられない──そんな謳い文句でインデックスと彼女のパートナー達を縛り付ける、悪魔の考えたような『首輪』。
「そんなものッ、どうしろと……‼︎」
「でも、僕らなら解決できる」
「…………ッ⁉︎」
「こっちには神様の
最後の一押しは。
白い修道服を纏った少女の言葉だった。
「
「──────」
生徒だった時代の記憶は少女にはない。
先生だった時代の記憶は、
それでも、見捨てられない。
彼女を救うために生まれたアウレオルス=ダミーは、その少女の助けを絶対に拒めない。
「唖然。私のような偽物にも、そんな道があったとは──」
そして。
「────
アウレオルス=ダミーの言葉を遮って、
「…………なるほど、見ていたのか」
僕はアウレオルス=ダミーを睨み付ける。
いいや、違う。本当に見据えているのは、彼の瞳の奥にいるもう一人のアウレオルス。
「
ずっと。
ずっと。
ずっと。
その男は一部始終を観測していた。
「禁書目録。彼女を救えるのは私だけだ。私の理論こそが完璧で、私以外に救える者などいない! 自然、貴様の妄言など信用するに値しない‼︎」
アウレオルス=イザードはそう言い切った。
多分、仕方のない事なのだろう。
だからこそ他者を疑ってかかり、『疑っている』と自覚した時点で
アウレオルス=イザードは疑心暗鬼に溺れている。だから、この想いが伝わるはずはない。
そう分かっていても、思わず僕は言葉を漏らした。
「──可哀想に」
「き、さまァ‼︎」
返答は音速で迫る黄金の
精神攻撃は効かず、説得もできない。
僕は迫る黄金をただ見つめる事しかできず──
「
──
瞬間、真っ直ぐ放たれたはずの鏃が突然蛇のように左へ逸れる。
何もない空間を抉る黄金を横目に、インデックスは無防備に錬金術師へ近づく。咄嗟にアウレオルスは黄金の鏃を横に振るい、
「
バランスを無視して動いた両足に釣られ、体勢を崩して盛大に地面に転がった。
魔力も超能力も持たない少女は、無様にも地面に平伏す錬金術師を見下す。
『
自動制御のアウレオルス=ダミー相手には効かない技術だが、遠隔操作のアウレオルス=イザード相手には大いに刺さる。
元々戦闘を専門にしている訳でもない錬金術師は、一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記憶した少女に手も足も出ない。
「だがッ、今ここで私を封じ込めたとして全然意味はない! アウレオルス=ダミーはこれ一体だけではない。禁書目録がいくら奮闘したとて、ただの時間稼ぎにしかならない‼︎」
「うん。それでいいの」
「…………なに?」
「時間稼ぎができたらそれで良い。だって、あとは待てばいいだけだから」
インデックスは。
かつてアウレオルス=イザードのパートナーだった少女は、頬を緩ませて言った。
「
そして。
それは、もはや言葉の応酬ですらなかった。
上条当麻の言葉に苦しみ、神裂火織は無我夢中で彼を突き飛ばす。
何度も、何度も、それをただ繰り返した。
だから、それに気づくのが遅れた。
(あ、れ──)
そこは既に、人払いの
いつの間にか。神裂火織が気づかぬ内に、彼女は本来の戦場から大きく移動していた。
(まさ、か────まさか……ッ‼︎)
どこにそんな気力が残っていたのか。
上条当麻は走り出す。その横顔は笑っていた。
ほんの一秒の躊躇。
僅かに開く彼との距離。
それを一瞬で詰める音速の踏み込み。
「────ステ、イル⁉︎」
「神裂⁉︎ なぜ此処にッ⁉︎」
そして、魔術師達は集結した。
上条当麻を追っていた神裂火織。
今更ながらに気づく。
上条当麻はこの場所を知って神裂を誘導していた。
「今だ! やれッ、継雲‼︎」
上条当麻はそう吠えた。
目的語は必要ない。
一手。
車椅子の少女は指眼鏡の中からステイルの姿を見つめる。
その瞬間、ステイル=マグヌスの動きは完全に停止した。
(超能力⁉︎ 精神干渉系ですか⁉︎)
驚きに目を見開く。
しかし、タネが分かれば対処は簡単。
指眼鏡を作らせる暇すら与えず、継雲雷糸を倒せばいいだけの事。
鞘に入ったままの日本刀を音速で振るう。
少女は避けられない。神裂火織は外さない。
一瞬で意識を奪う一撃。
しかし──
「雷糸! 危ないッ!」
「ッ⁉︎」
春暖嬉美は少女を身を挺して庇う。
『聖人』にとっては障害にすらならない壁。
そもそも鞘に入っている武器で、躊躇する必要もない。
だが、神裂はつい先日、親友だった少女を誤って切り裂いたばかり。
その生々しい感触は今もなお手に残っている。
だから、止まった。
どうしようもなく、神裂火織はトラウマを振り切れなかった。
二手。
継雲雷糸は指眼鏡の中から瞳を覗かせる。
神裂火織もまた、ステイルと同じく意識を奪われた。
「インデックスぅぅうううううううううう‼︎」
そして、三手。
その攻防は継雲雷糸とは反対側で行われた。
絶叫に似た声と共に、全力疾走の足音が響く。
インデックスが封じ込めていた錬金術師を相手に、上条当麻が拳を振りかぶった。
それが決め手だった。
一瞬の交錯。それだけでアウレオルス=ダミーを遠隔操作していた術式は崩れ、三人の魔術師は倒れ伏した。