食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第二〇話 偽善使いは右手を握る Fox_Word.

 

 

「私達はもう、耐えられません。全てを忘れた彼女の笑顔を見続けるなんて、もう不可能です……」

 

 上条当麻(かみじょうとうま)は全てを知った。

 神裂火織(かんざきかおり)やステイル=マグヌスがインデックスの親友である事。

 インデックスの脳の八五%は魔道書の記憶で占められており、完全記憶能力によって残り一五%も一年で使い潰されてしまう事。

 インデックスが一年周期で記憶を消さないと生きていけない事。記憶消去の不幸(わかれ)を軽いモノにするために、それ以前の幸福(おもいで)を全て真っ黒に塗りつぶそうとした事。

 

 全てを知った上で、上条当麻は奥歯を噛み締める。

 

「ふ、ざけんな……。んなモン、全部テメェらの勝手な理屈だろうが‼︎ テメェの臆病のツケをインデックスに押し付けてんじゃねえぞ‼︎」

 

 未来(さいご)の苦しみを失くすため。

 そんな理由で今ここにいるインデックスを苦しめて良い訳がない。

 そんなモノは何の言い訳にもなりやしない。

 

 こんな事、偽善使い(フォックスワード)に言えた義理ではない事はよく分かっている。

 上条当麻は、一度インデックスを見捨てて日常に帰った人間だ。だから、きっとこの感情は偽善(ニセモノ)に過ぎない。

 

 でも、それでも。

 彼女を救えるのならニセモノだろうが何だろうが構わない。

 上条当麻はもはや砕けている腕を握り締めて、無理やり身体を起こす。

 

「インデックスを取り囲む現実(ホンモノ)が残酷だったのなら、テメェは(ニセモノ)を突き通せば良かったんだ! 記憶を失うのが怖かったのなら、そんな怖さも吹き飛ぶほど幸せにして、次の一年もこんな幸せな日々が続くんだって心底から信じさせれば良かったんだ! そうすりゃあ逃げ出す必要も追いかける必要もなかった! ただそれだけの事だったのに‼︎」

 

 立ち上がる。ただそれだけの動作で、全身から血が溢れる。

 限界なんてとっくに超えていた。神裂火織にとっては時間稼ぎにもならない敵。

 それなのに、彼女は無意識のうちに一歩足を引いていた。

 

「つーか、そもそも」

 

 そして。

 上条当麻は更に切り込む。

 

 

()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「────は?」

 

 

 その瞬間。

 完全に、神裂火織の思考は停止していた。

 

「完全記憶能力ってのがどれだけ珍しいのか俺は知らない。けど、脳の一五%を使ってもたった一年分の記憶でパンクするって言うのなら、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………………、」

「いいや、そもそもの話、八五%だの一五%だのって数字は誰がどうやって導き出したんだ? 科学に疎いお前はそんな数字を誰から聞いたんだ? ……()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 神裂火織が数字を聞いて思考停止してしまうのも無理はない。

 上条当麻も、何の前触れもなく脳の八五%が魔道書の記憶に使われているなんて言われてしまえば、そんなモノかと飲み込んでいただろう。魔道書なんて門外漢の用語を使われれば特に。

 だけど、それは神裂も同じではないか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 上条当麻がその矛盾に気づいたのは、自分の力ではない。

 たった二日前、彼は記憶についての話を聞いていた。

 

「これは俺も他人から聞いた話だけど、記憶ってのは三種類あるらしい。言葉や知識を司る『意味記憶』、運動の慣れを司る『手続記憶』、思い出を司る『エピソード記憶』。この記憶はそれぞれ別の容れ物に保管されている」

「…………それ、は」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………ッ‼︎」

 

 

 

 

「────な、に……⁉︎」

 

 アウレオルス=ダミーは言葉を失う。

 今まで自分を支えていた正当性がひっくり返る。

 

「騙されていたんだよ、君達は。教会はインデックスに首輪を付けたくて、何の問題もない彼女に細工を仕込んだ」

 

 僕は真実を告げた。

 教会によるメンテナンスがなければ一年間しか生きられない──そんな謳い文句でインデックスと彼女のパートナー達を縛り付ける、悪魔の考えたような『首輪』。

 

「そんなものッ、どうしろと……‼︎」

「でも、僕らなら解決できる」

「…………ッ⁉︎」

「こっちには神様の奇跡(システム)だって打ち消せる少年と、精神の専門家たる僕がいる。悪魔の仕組み(プログラム)だって打ち砕いてみせる‼︎ だから……‼︎」

 

 最後の一押しは。

 白い修道服を纏った少女の言葉だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()

「──────」

 

 

 生徒だった時代の記憶は少女にはない。

 先生だった時代の記憶は、偽物(ダミー)のものではない。

 

 それでも、見捨てられない。

 彼女を救うために生まれたアウレオルス=ダミーは、その少女の助けを絶対に拒めない。

 

「唖然。私のような偽物にも、そんな道があったとは──」

 

 そして。

 

 

「────()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 アウレオルス=ダミーの言葉を遮って、()()()がアウレオルス=ダミーの口で話した。

 

「…………なるほど、見ていたのか」

 

 僕はアウレオルス=ダミーを睨み付ける。

 いいや、違う。本当に見据えているのは、彼の瞳の奥にいるもう一人のアウレオルス。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎」

 

 

 ずっと。

 ずっと。

 ずっと。

 

 その男は一部始終を観測していた。

 偽物(ダミー)の視界を通して、黄金錬成(アルス=マグナ)が邪魔をしないように遠隔から。

 

「禁書目録。彼女を救えるのは私だけだ。私の理論こそが完璧で、私以外に救える者などいない! 自然、貴様の妄言など信用するに値しない‼︎」

 

 アウレオルス=イザードはそう言い切った。

 多分、仕方のない事なのだろう。黄金錬成(アルス=マグナ)がある限り、彼は自分を疑ってはならない。そうした瞬間、自身が考えていた策は全て無に帰すのだから。

 だからこそ他者を疑ってかかり、『疑っている』と自覚した時点で黄金錬成(アルス=マグナ)がその感情を実現して増幅させる。

 

 アウレオルス=イザードは疑心暗鬼に溺れている。だから、この想いが伝わるはずはない。

 そう分かっていても、思わず僕は言葉を漏らした。

 

「──可哀想に」

「き、さまァ‼︎」

 

 返答は音速で迫る黄金の(やじり)

 瞬間錬金(リメン=マグナ)。未だ黄金錬成(アルス=マグナ)は安定していないのか、高速化されただけの単なる錬金術を振るう。

 

 精神攻撃は効かず、説得もできない。

 継雲雷糸(つくもらいと)が用意していた万策は尽きた。

 僕は迫る黄金をただ見つめる事しかできず──

 

 

左方へ歪曲せよ(T T T L)

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 瞬間、真っ直ぐ放たれたはずの鏃が突然蛇のように左へ逸れる。

 何もない空間を抉る黄金を横目に、インデックスは無防備に錬金術師へ近づく。咄嗟にアウレオルスは黄金の鏃を横に振るい、

 

両足を交差せよ(B B F)

 

 バランスを無視して動いた両足に釣られ、体勢を崩して盛大に地面に転がった。

 魔力も超能力も持たない少女は、無様にも地面に平伏す錬金術師を見下す。

 

 『強制詠唱(スペルインターセプト)』。

 自動制御のアウレオルス=ダミー相手には効かない技術だが、遠隔操作のアウレオルス=イザード相手には大いに刺さる。

 元々戦闘を専門にしている訳でもない錬金術師は、一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記憶した少女に手も足も出ない。

 

「だがッ、今ここで私を封じ込めたとして全然意味はない! アウレオルス=ダミーはこれ一体だけではない。禁書目録がいくら奮闘したとて、ただの時間稼ぎにしかならない‼︎」

「うん。それでいいの」

「…………なに?」

「時間稼ぎができたらそれで良い。だって、あとは待てばいいだけだから」

 

 インデックスは。

 かつてアウレオルス=イザードのパートナーだった少女は、頬を緩ませて言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして。

 

 

 

 

 ()()()()

 

 

 

 

 それは、もはや言葉の応酬ですらなかった。

 上条当麻の言葉に苦しみ、神裂火織は無我夢中で彼を突き飛ばす。

 何度も、何度も、それをただ繰り返した。

 

 だから、それに気づくのが遅れた。

 

(あ、れ──)

 

 そこは既に、人払いの刻印(ルーン)が仕掛けられたエリアの外側だった。

 いつの間にか。神裂火織が気づかぬ内に、彼女は本来の戦場から大きく移動していた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

(まさ、か────まさか……ッ‼︎)

 

 どこにそんな気力が残っていたのか。

 上条当麻は走り出す。その横顔は笑っていた。

 

 ほんの一秒の躊躇。

 僅かに開く彼との距離。

 それを一瞬で詰める音速の踏み込み。

 

 ()()()()()()()

 

 

「────ステ、イル⁉︎」

「神裂⁉︎ なぜ此処にッ⁉︎」

 

 

 そして、魔術師達は集結した。

 春暖嬉美(しゅんだんきみ)を追っていたステイル=マグヌス。

 上条当麻を追っていた神裂火織。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今更ながらに気づく。

 上条当麻はこの場所を知って神裂を誘導していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「今だ! やれッ、継雲‼︎」

 

 

 上条当麻はそう吠えた。

 目的語は必要ない。()()()()()()()()()()

 

 一手。

 車椅子の少女は指眼鏡の中からステイルの姿を見つめる。

 その瞬間、ステイル=マグヌスの動きは完全に停止した。

 

(超能力⁉︎ 精神干渉系ですか⁉︎)

 

 驚きに目を見開く。

 しかし、タネが分かれば対処は簡単。

 指眼鏡を作らせる暇すら与えず、継雲雷糸を倒せばいいだけの事。

 

 鋼糸(ワイヤー)を使う余裕はなかった。

 鞘に入ったままの日本刀を音速で振るう。

 少女は避けられない。神裂火織は外さない。

 

 一瞬で意識を奪う一撃。

 しかし──

 

 

「雷糸! 危ないッ!」

「ッ⁉︎」

 

 

 春暖嬉美は少女を身を挺して庇う。

 『聖人』にとっては障害にすらならない壁。

 そもそも鞘に入っている武器で、躊躇する必要もない。

 

 だが、神裂はつい先日、親友だった少女を誤って切り裂いたばかり。

 その生々しい感触は今もなお手に残っている。

 

 だから、止まった。

 どうしようもなく、神裂火織はトラウマを振り切れなかった。

 

 二手。

 継雲雷糸は指眼鏡の中から瞳を覗かせる。

 神裂火織もまた、ステイルと同じく意識を奪われた。

 

 

「インデックスぅぅうううううううううう‼︎」

 

 

 そして、三手。

 その攻防は継雲雷糸とは反対側で行われた。

 

 絶叫に似た声と共に、全力疾走の足音が響く。

 インデックスが封じ込めていた錬金術師を相手に、上条当麻が拳を振りかぶった。

 

 それが決め手だった。

 一瞬の交錯。それだけでアウレオルス=ダミーを遠隔操作していた術式は崩れ、三人の魔術師は倒れ伏した。

 

 

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