辺りを見回す。
「とうま?」
そう気づいたくらいに、上条はようやくインデックスが覗き込んでいる事と、自身が敷布団に寝かされている事を知った。
驚く事に既に朝日が差し込んでいる。
上条が覚えているのはインデックスの声に従って錬金術師を殴った所までだったが、そこで意識が途切れている。
あれから、何が一体どうなったのか。
「痛てて。何だこりゃ。今何時──」
痛む体に鞭打って起き上がる。
その瞬間、気づいた。
「──────は?」
「
なんか、いた。
狭い部屋が似合わない、二メートル近い長身。
赤い髪にバーコードの刺青、漆黒の修道服を着ながら神父にあるまじき香水の匂いを漂わせる男。
魔術師、ステイル=マグヌス──
継雲雷糸や春暖嬉美はもちろんのこと。
上条がブン殴った錬金術師、アウレオルス=ダミーから。
上条を散々痛めつけた『聖人』、
雑居ビルの狭い一室に、七人もの人間が密集していた。
「目は覚めたな? なら、その間抜けヅラを水で洗って支度を済ませろ」
「な、なんっ、なんでお前がここに⁉︎」
「僕が懇切丁寧に教えるとでも? 既に三日待った。あとは君が準備するだけなんだ。さっさと動け」
ステイルの後ろで、神裂が申し訳なさそうに頭を下げる。
ダミーは見向きもせず、春暖は横目で呆れる。
心配そうなインデックスを押し除けて、継雲は笑って言った。
「インデックスくんを助けるために、君の力が必要なのさ」
三日。
それが上条当麻の眠っていた期間だった。
本来予定されていた
しかし、記憶消去なんて悲しい
三日かけて三人の魔術師を説得し、インデックスを救うための舞台をセッティングして、あとは上条当麻が目覚めるのを待つところまで漕ぎつけた。
「お前は良かったのか?」
誰もいない空き地へ向かう車内で、上条当麻はステイル=マグヌスに問いかけた。
狭い車内で、ステイルは鬱陶しそうに顔を顰める。何も関係ない運転手の山川(事情は何も聞かされていない)がビクッと怯える。
「……何がだ?」
「インデックスの『首輪』を仕掛けたのはイギリス清教なんだろ? それを破るって事は、上司に楯突くようなもんじゃねえか」
ハッ、と。
ステイルは上条の心配を鼻で笑う。
「確かに、
イギリス清教の
『
「────
その上で。
全てを理解して尚、ステイル=マグヌスには一切の迷いが見られない。
「曖昧な可能性ならいらない。あの子の記憶を消せば、とりあえず命を助ける事ができる。あの子のためなら僕は誰だって殺す。そう決めたんだ、ずっと前に」
「なら──」
「
だって、ゆっくり考えれば当然なのだ。
こんな残酷なシステムを作った教会が、真実を知ったステイルや神裂を放っておくとは思えない。
それどころか綻びを見せたシステムを更新して、より最悪な『首輪』が生まれたって不思議ではない。
「僕は自分の“
魔法名とは魔術師が己に刻んだ信念。魔術に手を染めるに至った原因、魔術師が絶対に裏切る事のできない原初の願い。
一人の少女を守るために最強に成ろうとした少年の願いは、どんな事情にも阻まれない。
「神裂だって僕と同じ事を言うさ。そこの
「当然、私は同意見だとも。そもそも私は
「君はその後に作成された個体だろう。……それで、君の
ダミーは首を振る。
インデックスのかつてのパートナー達の中で唯一、アウレオルス=イザードの姿だけがこの場にはなかった。
「自然、オリジナルも状況を理解しているはずだが。この三日間、彼からの接触はなかった」
「……仕方ない、か。二年もの間裏に潜って吸血鬼を追い求めていたにも
ステイル=マグヌスは同情するように目を伏せる。
だってそれは、彼自身が辿るかもしれなかったもしもの姿だから。
第一七学区。
工業製品の製造に特化した学園都市の地区。
施設の大半が
そんな寂れた地区に、僕達は踏み入れた。
「……始めようか」
深夜一二時。
無人の操車場にて、性別も姿形も全く異なる七人が準備を始める。
インデックスと上条当麻。
戦いの中心となる二人を真ん中に、残り五人が周りを取り囲む。
「お願い、とうま」
上条当麻はインデックスの口の中を覗き込む。
少女は頬を赤く染めるが、そんなのは気にならない。
喉の奥。
『脳』に近い場所。
赤黒い喉に刻まれた真っ黒な
「────私と一緒に、地獄の底までついてきて」
「ばーか。そんなの断るに決まってんだろ」
上条当麻は笑って告げた。
「地獄の底から引きずり上げてやる‼︎」
そして。
少女の口の中に突っ込まれた少年の手が喉奥に触れ────
──バギン! と上条は勢い良く後ろに吹き飛ばされた。
「怪我はありませんか」
「だ、大丈夫だ。助かった」
吹き飛んだ上条を神裂が受け止める。
しかし、背後の事は気にしていられない。
「───警告、第三章第二節。
目の前、インデックスの赤く光る瞳──
「『首輪』の自己再生は不可能、一〇万三〇〇〇冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」
一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記憶した魔道書図書館。
全ての知識を活用すれば『魔神』にさえ手が届くとされる最悪の叡智。
それを利用した自動迎撃システム、『
「──侵入者個人に最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより
正真正銘、魔術世界の『怪物』が目を覚ます。
「行くぞ! 事前の計画通りにッ‼︎」
二つの魔法陣を中心に、バギン! と真っ黒な亀裂が空間を引き裂く。亀裂の内側から、『獣』のような臭いが漏れ出る。
そして、亀裂の奥から『何か』が覗き込んで──
──ゴッ‼︎‼︎‼︎ と。
亀裂の奥から光の柱が襲い掛かる。
「────
瞬間、地面に張り巡らされたカードから炎が渦巻く。
人のカタチの巨大な火炎は両手を広げ、『光の柱』の盾となる。
光の柱──『
その魔術自体は予想できずとも、似たような魔術が用意されるだろう事は想定していた。故に、事前に計画した。無数のカードを設置して、ステイルの魔術で上条を守る事を。
「飛ばせ! 神裂‼︎」
「了解しました!」
「う、おおオオオオオオオオオオオオオ‼︎」
神裂火織の腕力が上条を投げ飛ばす。
突き放された四メートルを一瞬で詰める。
アウレオルス=ダミーの操る黄金が、上条当麻の着地を補助する。
「警告、第二二章第一節。炎の魔術の術式を逆算……
ステイル=マグヌスの魔術を逆算し、即座に対応策を考える事もまた想定していた。
だからこそ、あらかじめ逆算に対するジャミングを仕込んでおく。嬉美の『
よって、ここに必殺は整った。
一切の反抗を許さず、何の被害もなく、予定調和のハッピーエンドを叩き付ける。
「行け! 上条くん!」
上条当麻は拳を思い切り開く。
そして、右手を振り下ろした。
「──悪魔の
巨大な黒い亀裂。
亀裂を生み出す魔法陣。
それを、少年の右手があっさりと引き裂く。
「────警、こく。最終……章。第、零──。『 首輪、』致命的な、破壊……再生、不可……消」
そして。
そして。
そして。
そして。
そして。
「この程度で終わりけると思うたか?」
大聖堂の奥で、女は悪魔のように笑った。
「──────は?」
ドシャ、と上条当麻は地面に落ちた。
立ち上がるそぶりはない。そもそも身動きすらしない。ただ、ドス黒い血だけが地面に広がっていく。
理解が及ばなかった。
思考が回らなかった。
誰も、何も、言葉を発せなかった。
『
なのに、それなのに。
「……警告……。ジジ……第四章ガガガ……第八節。遠隔……利用者、による……接続を、確認。ガガギギ……再起動。……侵入者の、排除を再開します……」
「何が……
ステイル=マグヌスの声が響く。
誰もそれに答えられない。
そんな中、僕だけがそれを知っていた。
僕だけがどうしようもない馬鹿だった。
僕はその
即ち──
「──
《原作キャラ紹介コーナー》
▽ローラ=スチュアート
初出:とある魔術の禁書目録7巻
イギリス清教の
魔術を悪用する人間を取り締まる秩序側の存在であるが、一方で