食蜂操祈のニセモノ   作:大根ハツカ

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第二二話 ニセモノは白衣を纏う Dedicatus545.

 

 

 血溜まりに沈む上条当麻(かみじょうとうま)を眺める。

 どうしてか、その光景には現実感がなかった。

 

 ふと、違和感が頭をよぎる。

 それはきっと最初から付き纏っていた。

 

 僕は嬉美(きみ)を事件に巻き込みたくなかった。

 だって、彼女は守られるべき子供だったから。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 上条当麻は物語の主人公(ヒーロー)だった。

 だから、負けるはずがないと思っていた。

 だから、彼さえいれば全て解決すると思っていた。

 

 ……ふざけた話だ。

 その結末が、目の前の光景だというのに。

 

「…………かみじょう、くん」

 

 遠隔制御霊装によって再起動した『自動書記(ヨハネのペン)』は、『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』によって上条当麻を吹き飛ばした。

 咄嗟に幻想殺し(イマジンブレイカー)で身を守ったのか肉体こそ消滅していない。しかし、右手の処理能力を超えた攻撃により腕はあり得ない方向に曲がり、受け身も取れず吹き飛ばされたため頭から出血が止まらない。

 

「第一一章第二節。有効な破壊力を確認。体勢を立て直す暇を与えず、追撃を重ねる事が最善の策であると判断します」

 

 それでいて、『自動書記(ヨハネのペン)』は容赦をしなかった。

 再び、光の柱が収束する。

 

 僕は、今度こそ間違わない。

 子供を守る。彼らの可能性を摘ませはしない。

 上条当麻を絶対に生かしてみせる──‼︎

 

 

夢幻能力(デイドリーム)──『読心能力(プリセット02)』‼︎」

 

 

 ()()()()

 『自動書記(ヨハネのペン)』が破損して無防備なインデックスの脳を、超能力で覗き込む。

 

「──警告、第六章第一三節。『書庫』への侵入を確認。戦闘思考を変更、戦場の検索を開始……完了。現状、最も『書庫』に近い敵兵『継雲雷糸(つくもらいと)』の破壊を最優先します」

 

 優先順位が変わった。

 『自動書記(ヨハネのペン)』の役割は禁書目録(インデックス)の知識の守護。『自動書記(ヨハネのペン)』自体を破壊した上条当麻よりも、知識に直接アクセスした僕の排除が優先されるのは当然なのだ。

 

「───、────────⁉︎」

 

 しかし、禁書目録(インデックス)の頭を覗いた代償は大きい。

 『原典(オリジン)』が持つ知識の毒が脳に焼き付く。全身の血管が皮膚に浮かび上がり、雨に打たれたように嫌な汗が湧き出て、まぶたの奥から涙のように血の帯が頬を伝う。

 

「───警告、第二二章第一節。読心の魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、特定魔術(ローカルウェポン)を組み上げます」

 

 そして、『自動書記(ヨハネのペン)』は無慈悲に告げる。

 愚かにも禁書目録(インデックス)の知識を垣間見た不届者を、一〇万三〇〇〇冊の魔道書の中から選び出した魔術で抹殺する。

 

「侵入者個人に最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより特定魔術(ローカルウェポン)汝、振り返る事を赦さず(ネツィヴ・メラー)』を発────」

 

 

「───救われぬ者に救いの手を(S a l v a r e 0 0 0)‼︎」

 

 

 その、寸前で。

 振るわれたのは神速の抜刀術。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)には及ばずとも退魔の力を乗せた二メートル近い刀(七天七刀)が、必殺の魔術が発動するのを喰い止めた。

 

「私が稼げる時間はそう長くはありません! 今のうちに二人を安全な場所に‼︎」

 

 神裂火織(かんざきかおり)は周囲に呼びかける。

 しかし、意識は依然として前方へ。

 よそ見などできる訳がない。

 

「第二〇章第九節。十字教のモチーフを確認。上記の術式に対し最も有効な術式の構築を開始します。命名、『神よ、何故私を見捨てたのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)』発動準備完了。即時────」

「──唯閃(ゆいせん)ッ‼︎」

 

 再び、神裂火織の抜刀が魔術を遮る。

 それはあり得ない光景だった。

 一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記憶した禁書目録(インデックス)に対しそこらの魔術は通用せず、法王級の魔術でさえ一度見せれば次からは対策される。

 

 そのはずが、神裂火織の魔術は二度も禁書目録(インデックス)に通用した。

 

「私の中の十字教を分析しようと無駄です。我が術式は多角宗教融合型十字教術式・天草式十字凄教のもの。私は十字教だけでなく、仏教や神道にも支えられている」

 

 十字術式が分析されれば仏教術式で。

 仏教術式が分析されれば神道術式で。

 別の宗教を迂回する事で、神裂火織の『唯閃』はたった三度のみ禁書目録(インデックス)の対応を上回る。

 

 しかし、その分肉体への負担は大きい。

 過酷な運動(ハードワーク)に震える手を押さえつけ、神裂火織は禁書目録(インデックス)へ笑って告げる。

 

「もう少し、私に付き合ってもらいますよ」

 

 

 

 

「山川……こいつらの事、任せた」

「な、なんっ⁉︎」

 

 口答えは許されなかった。

 春暖嬉美(しゅんだんきみ)は重傷者二名を救急車に安置すると、山川(仮)の返答も待たずに戦場へ駆け戻った。

 

 残されたのは絶望と呼ぶしかない惨状。

 継雲雷糸はまだ良い。原因不明の症状で良くはないが、今のところ緊急性は低い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()……」

 

 

 呆然と、山川(仮)は呟いた。

 怪我を縫うとか、治療薬を投薬するとか、その程度の問題じゃない。

 

 端的に言って、それはまだ死んでないだけの肉塊だった。

 人型ではある。心臓は動いている。それでも、このぶよぶよとした赤と黒の何かをヒトと呼んでいいのか、山川(仮)には分からない。

 

 こんなモノ、救急車内の設備だけでは治せない。今すぐ緊急治療室に突っ込んで、それでようやく最低限の一パーセントの希望が見出せるレベル。

 しかし、それは不可能。現在地は人口が他の学区と比べて極端に少ない第一七学区。病院だって必要最低限しか存在しない。そして特に人通りの少ない僻地を選んだのだから、病院までの距離だってそれなりにある。

 時間が足りない。上条当麻は病院まで保たない。保たせられる力も、設備もない。絶対に、間に合わない。

 

(お、れが……()()()()の、医者だったら……)

 

 そう、例えば。

 カエル顔の医者のような、信念と技術を持った医者だったのなら。

 救えたのだろうか。目の前で死にゆく、この少年さえも。

 

 仮定に意味はない。

 結局、山川(仮)は自分自身にしかなれない。

 救急隊員のフリをしたニセモノの医療関係者にしか。

 

 そう、諦める。

 自分自身の不甲斐なさを認める。

 

 

()()()()()()()ッ‼︎」

 

 

 ()()()()

 ()()()()()()()()()()

 

「たとえ俺が医者になれなくても。たとえ俺がニセモノに過ぎなくても! それで目の前の命が見捨てられて良い訳がないだろう⁉︎」

 

 自分はどうして医者になりたかったのか。

 自分はどうして『暗部』に堕ちても医療に固執したのか。

 

 それは多分、崇高な理由なんかじゃない。

 ドラマの医者に憧れたとか、誰もに尊敬される地位が欲しかったとか、単に給料が高そうだったとか、その程度の事でしかないのだろう。

 でも、それでも。心のどこかにあったはずなのだ。人を救いたい、目の前で失われる命を見捨てられないという想いが。

 

 自分は医者にはなれない。

 自分の身分はニセモノでしかない。

 それでも、この心はきっとホンモノだ。

 

「やる。やってやる! 今ここでッ、彼の命を繋いでみせる‼︎」

 

 プライドも、常識も捨てろ。

 それで命を救えるのなら、どんな方法だって構わない。

 全ての記憶をひっくり返す。技術はない。設備もない。それでも、上条当麻を救うために命を懸けられる覚悟がある。

 

 そして────()()()()

 上条当麻をこの場で救う、たった一つの方法。

 山川(仮)の記憶にある、()()()()()()()()()()()

 

 

「────()()()使()()

 

 

 かつて見た光景。

 禁書目録(インデックス)の知識を用いた魔術により、彼女自身の重傷は癒やされた。

 

 山川(仮)はその方法についての説明を聞き、その工程を間近で見ていた。

 だから、再現できる……はすだ。

 

「は、はっ、はぁ、は……」

 

 息が荒くなる。

 不安で胸が苦しくなる。

 

 魔術を使う事の問題点は三つ。

 一つ目は本当に成功するのかという点。

 二つ目は副作用のようなモノはないのかという点。

 

 ──そして、最後にもう一つ。

 山川(仮)は魔術についてよく知らない。

 だから、魔術師とやらが行き道で作戦会議をしていた内容はほとんど聞き流していた。しかし、たった一つ記憶に残っている事がある。

 それは、上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)は魔術を無効化するというモノ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………っ」

 

 超音波メスを用意する手が震える。

 一度切り始めればやり直しは効かない。

 魔術が失敗でもすれば、死にかけていた上条当麻に山川(仮)がトドメを刺したという事実だけが残る。

 

 息を吸って吐く。

 山川(仮)は学園都市の『暗部』の人間だ。

 今更、人殺しの汚名なんて怖くない。

 目の前の命が失われる事以上に怖い事なんてありはしない。

 

 超音波メスを上条当麻の右手に目掛けて振りかぶる。

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 ──その、一瞬前。

 山川(仮)の頭に声が響く。

 

 それは『念話能力(テレパス)』だった。

 振り返ると、寝そべりながらも指眼鏡をかざす継雲雷糸がいた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『それじゃあ魔術は成立しないんだよ。見よう見まねで形を再現していても、魔力を精製できなかったら何の意味もないから』

 

 継雲雷糸は中継地点に過ぎない。

 では、その声の主は誰なのか。

 思い出して欲しい。継雲雷糸が精神干渉を行った相手はそもそも誰だった?

 

『私があなたを導く。私の持つ一〇万三〇〇〇冊の魔道書の知識で、あなたが望む魔術を引き出してみせる。だから──』

 

 少女は。

 禁書目録(インデックス)は、こう言った。

 

 

『お願い、とうまを助けて』

 

 

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