三分。
それが
遠隔制御霊装によって再起動した『
だが、それでも三分は三分。たった三分では何の準備も打開策も生まれない。
「魔術師。貴様、あと一分は時間を稼げるか?」
「アウレオルス=ダミー。お前は一体何をするつもりだ?」
「何をするつもりだと?
瞬間、ダミーの周囲に同じ顔の人物が現れる。
それら全てがアウレオルス=ダミー。
錬金術師の真似事をした、ニセモノの人型魔道具。
「──
一〇人ほどのアウレオルス=ダミー達は一斉に詠唱を開始した。
否、それだけではない。ダミーの周囲には小指サイズの更なる
「
元から、アウレオルス=ダミーは一体だけではなかった。しかし、ダミーは元々存在した一〇体の複製体だけでなく、更に小人型の複製体を
小人型故に呪文を唱える以外にできる事はなく、咄嗟に作った魔道具であるため一時間も保たないだろうが、この程度の
「一万体のダミーが並行して詠唱する事で、作業の速度は単純に考えて一万倍。当然、呪文と呪文をぶつける事で相乗効果も狙った。
「つまりッ、二億倍か……⁉︎ 仮に四〇〇年かかる儀式であったとしても、六三秒で詠唱が完了するぞ⁉︎」
「だから、一分だ。その間、詠唱に全神経を注ぐため私は無防備になる。……彼女を任せるぞ」
「…………っ‼︎」
ダミーの説明が終わると同時。
神裂火織の奮闘もまた終わった。
世界に二〇人といない『聖人』でさえ、
ステイル=マグヌスは唇を噛む。
彼は普通の魔術師でしかない。
神裂火織のような特別な体質も、
そんな彼が、一つの戦争とさえ評される
「ああ、やってやるさ。あの子のためなら‼︎」
(早く、速く! もっとはやく‼︎ 誰もが愕然とする
アウレオルス=ダミーは寿命を削るような勢いで呪文を重ねる。
実際、彼の寿命はもう長くない。先にステイル=マグヌスに行った説明に加え、彼は
そして、一点。
アウレオルス=ダミーはステイルに告げていない事があった。
(く、そ……‼︎ 悄然!
考えれば当然の話。
二億倍で詠唱するという事は、二億倍で魔力を消費するという事。
これが
魔力を消費するのは詠唱者であり、二〇〇〇人の詠唱者がいれば二〇〇〇人の魔力供給源があるのだから。
しかし、今回詠唱しているのはアウレオルス=ダミーとその更なるダミー。
彼らはあらかじめ供給された魔力を用いて活動する人型の魔道具。供給源は一つであり、この場にアウレオルス=イザードがいない以上魔力の補給はあり得ない。
一人、また一人と。
(まずい! このままでは──‼︎)
わずか一〇秒。
必要最低限の人数すらも足りなくなる。
「──
その、前に。
少女が、ダミーの肩に手を置いた。
一瞬だった。
ほんの一瞬で、一万体のダミー全てに
「き、さまは……‼︎」
「『
彼女はブラックホールから得られたエネルギーを生命力として放出する。
「無限の生命力…………
「なんだ?」
「いや、なに、
「?」
魔術世界で吸血鬼が恐れられたのはなぜだったか。
不老不死であるが故に尽きぬ魔力を持つとされた吸血鬼が『世界の危機』であるならば、目の前の少女もまた『世界の危機』と言えるだろう。彼女一人を求めて、世界を巻き込んだ戦争が起きるほどに。
皮肉な話だ。
吸血鬼への執着を捨て去った時に初めて、それに類似した力を手に入れられるというのは。
「代われ! 魔術師‼︎」
一分二〇秒。
魔術師は意地で保たせた。
交代の合図に、アウレオルス=ダミーは自身の首に
「
それは、紛れもなく
「第二〇章第九節。チューリッヒ学派の錬金術だと推測。上記の術式に対して最も有効な術式の構築を──」
「──何も考えるな」
それは思った通りに現実を歪める全能の力。
あの
「……勝てるとは、思わない。私はそこまで楽観的ではないのでな。しかし、負けるとも思わない。あの少年が駆け付けるまでの時間は稼いでみせるとも」
たった一度の敗北は精神干渉によるもの。
故に、初手で全てを封じる。
何もさせなければ
そして──
「──命名、『
「────な、に」
それは神や悪魔を含む世界の全てを呪文として詠唱しているからこそだ。そして、ここでの世界とは十字教における
故に、古今東西の異端異教を記憶した
少なくともダミーの語彙では言い表せないナニカ。それが上下に裂けた。まるで血が噴出するように、黒い濁流がダミーに向かって殺到する。
「唖然。これ、は……世界の創生! 世界全てを操る私に対し、新たに誕生する世界そのものをぶつけるつもりかッ⁉︎」
これこそが
全ての知識を用いれば『魔神』にさえ辿り着くかもしれないと称される存在。
今ある世界の全てを操る
「だ──が、それでもッ‼︎」
それでも。
アウレオルス=ダミーは一歩も引かなかった。
アウレオルス=ダミーはニセモノだ。
インデックスについての知識はあっても、インデックスと共有した思い出はない。
彼女を救う理由も義理もない。
だから、これは意地だ。
自分が生まれた意味を証明したいという、意志を持った魔道具が抱いたちっぽけな想い。
「────っっっ‼︎」
思い付く限りの大魔術を展開する。
それが十字教の
当然、
一〇万三〇〇〇冊の魔道書の知識を用いて大魔術に対応する。
「────、」
ピシ、ピシッ、と。
ダミーは自身の肉体に亀裂が入るのを感じた。
それなのに、無理に
その代償が、アウレオルス=ダミーに迫っている。
(もう少し持ち堪えろッ、我が肉体‼︎)
魔術の中でも頂点に近い二つが激突する。
体感としては数時間。
実際には数分か、それとも数秒か。
使用された魔術の規模に対し、決着は非常に控えめなものだった。
結果は歴然。
一方で、アウレオルス=ダミーの肉体は完全に崩壊していた。
テレズマで構築された肉体は一片残らず消滅した。
彼がいたはずの足元には、ただ基礎物質として用いられたケルト十字が転がるのみ。
ダミーの必死の時間稼ぎも虚しく。
少年は、間に合わなかった。
「久しいな、
──
それは長身の男。
オールバックにした緑の髪。
純白のスーツに高価な革靴。
即ち。
「非常に遠回りになったがね。君を助けよう、今度こそ。私と────
アウレオルス=イザード。
ホンモノの錬金術師が来た。
戦場に不似合いな男だった。
それもその筈。アウレオルス=イザードの本質は文官。決して、戦う魔術師ではない。
その上、現在のアウレオルスは痩せこけて目の下のクマも深い。
(──思えば、挫折塗れの人生だった)
アウレオルス=イザードはローマ正教の
魔女の邪法を解き明かし、対抗策を見つけ、それを書き記して本にした。その本が魔女の脅威から無辜の人々を守ると信じて。
──その本は、教会の奥深くに保管され市井に流通する事はなかった。
アウレオルスは本を外部に持ち出し、それを活用するためにイギリス清教と接触した。そこで出会ったのが
アウレオルスは少女を救うために魔道書を書いた。数十数百と失敗を重ね、それでもと諦めずに魔道書を記し続けた。
──結局、少女を救う事はできず、アウレオルスは筆を握る事ができなくなった。
それでも諦めきれず、吸血鬼を追い求めた。
学園都市に訪れ、
──その全てが誤りであったと知った。
遠回りを重ねてきた。
それでも構わない。この人生に意味があるなら。彼女を救う一助となるのなら──‼︎
アウレオルス=イザードは
それは複数のルーズリーフを雑にまとめた、冊子とさえ言えないような紙の束。
「遅くなって、すまなかった。これが、私から君に贈る最後のプレゼント──」
「────
即ち、三日。
アウレオルス=イザードはたった三日間で魔道書一冊を書き上げた。
目の前に差し出された魔道書に
彼女の役割は魔道書図書館であり、体質は完全記憶能力。望む望まざるに関係なく、一〇万三〇〇一冊目の魔道書を頭に叩き込んでしまう。
これが
「そして、『
悪魔の
今度こそ少女の『首輪』が外れる。
「消えろ悪魔! 貴様が埋め込んだ邪悪な鎖など、私の魔道書で焼き切るッッッ‼︎‼︎‼︎」
背筋に高圧電流でも浴びたかのように。
少女は不規則に痙攣する。
あるいはそれは、少女の中に潜む悪魔が祓われているようでもあった。
「……これはあくまで、外部からの命令を遮断したに過ぎない。再び外部から起動させられる事はないにしても、先ほど再起動された『
だから、と。
かつてのパートナーは告げた。
「────
「────
そして。
一歩、一歩。
致命傷が治ったとは言え、未だその身は病み上がり。
治療に大量の体力を消費した代償として、発熱もしている。
それでも、その歩みに迷いはなかった。
あと四メートル。
あと三メートル、
あと二メートル!
あと一メートル‼︎
一瞬のようにも、一生のようにも感じられる旅地の果てに、少年は少女のもとに辿り着く。
(この
上条当麻は握った拳を思い切り開く。
最大最強の力でその掌底を振るうために。
(─────まずは、その幻想をぶち殺す‼︎)
右手は振り下ろされた。
空間に直接開いた黒い亀裂が砕け散る。
いいや、それだけじゃない。亀裂も、魔法陣も、その奥に潜んでいた『何か』さえも、一息に全てを粉砕する。
後には、何も残らない。
そして────
──
それは『
『
まるで、『運命』とでも言っているかのようだった。
『
『
──
上条当麻は都合の良い
だって、彼はまだ子供だ。親のお金で生活をしている、同級生と馬鹿をやって先生に叱られるようなそんな高校生なんだ。
そんな彼が傷つく事でしか救われない世界なんてあっていいはずがない!
そんな当たり前の事をようやく思い出した。
この世界が物語なんだとしても、この世界はたった一度きりで取り返しがつかない。ここで彼の人生を台無しにしてはならない。
記憶喪失後の上条当麻が、自分は本物の演技をしているだけの偽物だなんて自嘲する必要がないように。彼が胸を張って少女の隣に立てるように!
上条当麻を救う。
それが、
「────
思考が高速で回転する。
今からどう急いだとしても、光の羽が上条当麻の頭に接触するのは防げない。遠距離から洗脳したって、上条当麻は疲労によって物理的に動けない。
だから、上条当麻の記憶が破壊されるのは変えられない
でも、それは諦める理由にはならない。
発想の逆転。記憶破壊が避けられないのなら──
(
記憶の読み込み。
──
上条当麻の記憶が破壊される事が逃れられない運命ならば、
記憶が手紙だとするならば、上条当麻が持つ記憶の
記憶のバックアップを取る。
この記憶は
それでも、上条当麻の
「がッ────ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
脳が焼き切れるようだった。
一瞬で上条当麻の
それは多分、一〇〇年近い人生経験を持つ僕にしかできない事だった。他の誰かが膨大な人格データを自身の頭に保存していれば、きっと自分の人格とごちゃ混ぜになって元に戻らなかっただろう。
それでも、僕なら揺るがない。
僕は脳の記憶細胞に存在しない知識を引き出しているのだから、上条当麻の記憶とごちゃ混ぜになる訳がない。
瞬間、光の羽が上条当麻に直撃した。
少年は少女に覆い被さるように倒れ込む。
「君にビターエンドなんて似合わない! ここまで来たらハッピーエンドの大団円で終わらせよう‼︎ 当麻くん‼︎」
両親の記憶も。
友人の記憶も。
守ろうとした少女の記憶だって。
何一つだって欠けていいものはない。
全部が全部彼を構成する
構わない、代償は全て僕が支払う。
目の前で死にゆく子供のために世界の一つや二つ救わないでどうして大人だと胸を張れる。
それに────
「──この世界でできた、初めての男友達なんだ。細かい理屈なんか抜きにしたって君を助けるに決まってるだろ」